Open-source softwareと open-hardware を用いて構築した顕微鏡オートフォーカスシステムの検討 加藤一夫 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:Open source software (Micro-Manager, UCSF, CA) およびopen hardware (pgFocus, Univ. of Massachusetts, MA) を利用し,比較的容易で低コストのオートフォーカスシステムを構築した。今回,3つのオートフォーカスシステムを構築した。(1) ステップモーターによるフォーカス用ノブの駆動, または(2)ピエゾ対物レンズ用スキャナー(P-721; Physik Instrumente, Germany)とオートフォーカスソフトウエアの組み合わせ,および,(3)ピエゾスキャナーとpgFocusとの組み合わせ,の3つを構成し,これら3つのシステムを比較検討した。その結果,(1)と(2)のオートフォーカスシステムに関しては位相差顕微鏡法などの低倍率での観察に有用であったが,高倍率での観察には不向きであった。また(3),に関しては全反射顕微鏡法のエバネッセント場を照射した後の回帰レーザー光を直接利用することにより高倍率の観察で非常に高精度なオートフォーカスが可能であった。 キーワード:オートフォーカス,全反射顕微鏡,pgFocus,Micro-manager 1.はじめに 顕微鏡のオートフォーカスは,焦点位置を自動で正確に合わすことができ,写真撮影,フォーカス位置決めなどに有用なツールとなっている。特に,タイムラプスによる長時間の顕微鏡写真撮影では,温度変化や装置自体の歪みからフォーカス位置を一定に保つことは極めて難しく,人為的に時折フォーカスを合わせ直すことが必要になってくるためオートフォーカス機能は長時間の経時的撮影に是非とも必要な機材となっている。しかしながら,オートフォーカス機能を持った顕微鏡は,顕微鏡本体と一体型であったり,複雑な構造で高価な機材が多い。本報告では,Open source software (Micro-Manager, Univ. California, San Francisco, CA)およびopen hardware (pgFocus, Biological Imaging Group, Univ. of Massachusetts Medical School, MA)を利用し[1,2],比較的容易で低コストのオートフォーカスシステムを構築した。また,オートフォーカスシステムを利用し,GFPラベルした生きた線維芽細胞の全反射顕微鏡観察で,その機能を検証したので報告する。全反射顕微鏡はガラス面からおよそ100nm程度の細胞接着領域の蛍光像を得ることができる顕微鏡装置であるが,焦点面の範囲が非常に狭く,経時的な撮影時の焦点面の調節が非常に難しい顕微鏡である。 2.方法 今回,著者は3種類のオートフォーカス装置を構築した。 2.1 ステップモーターを用いて顕微鏡のフォーカス用のノブを直接駆動することにより焦点位置を自動的に調節する方法である。使用器材の組み合わせを下記に示す。使用した装置ステップモーター; TS3103N124(Tamagawa, Tokyo) ステップモータコントローラー/ドライバ;EZHR17EN (Allmotion, Union City, CA)オートフォーカス用ソフトウエア; Micro-Manager(NIH)2.2 ピエゾ対物レンズ用スキャナーによる対物レンズを駆動することにより焦点位置を自動的に調節する方法である。使用器材の組み合わせを下記に示す。使用した装置ピエゾスキャナー; P-721(Physik Instrumente, Germany)ピエゾコントローラー; E-610(Physik Instrumente) ソフトウエアによるオートフォーカス;Micro-Manager (NIH) 2.3 ピエゾ対物レンズ用スキャナーとpgFocusによる対物レンズを駆動することにより焦点位置を自動的に調節するである。使用器材の組み合わせを下記に示す。使用した装置ピエゾスキャナー; P-721ピエゾコントローラー; E610レーザー光によるオートフォーカス装置; pgFocus いずれの場合も写真撮影には冷却CCDカメラ (CoolSNAP EZ; Photometrics, Tucson, AZ)を用いた。 また,写真撮影には Micro-Manager ソフトウエアの写真撮影機能を使用した。蛍光顕微鏡および位相差顕微鏡はオリンパス社製位相差倒立顕微鏡装置(IX-70)に全反射顕微鏡装置 (TIRFM; IX2- RFAEVA;Olympus, Tokyo, Japan)を組み合わせたものを使用した。レーザー光は全反射顕微鏡装置に付属の488nm アルゴンイオンレーザー(488nm) である。オートフォーカス機能のチェックには蛍光色素を塗布したガラスボトムディッシュ(Type 1s; Matsunami, Tokyo, Japan),蛍光ビースが付着しているスライドグラス(Rainbow Fluorescent Particle Slide, 10μm; SPHERO Lake Forest, IL)あるいはGFP-paxillinを導入した線維芽細胞をガラスボトムディッシュ上に培養したものを用いた[3]。GFP-paxillin は培養線維芽細胞では細胞基質間に認められる接着斑(focal adhesion)の良いマーカーとなるものである。本報告ではこれら3つのオートフォーカスシステムを構築し,その機能を比較検証した。 3.結果 3.1 ステップモーターを用いたオートフォーカス装置とピエゾ対物レンズ用スキャナーを用いたオートフォーカス装置ステップモーターを用いたオートフォーカス装置(図1a) とピエゾ対物レンズ用スキャナー(P-721) を用いたオートフォーカス装置(図 1b)を示す。特に低倍率での位相差顕微鏡像の観察には非常に有用であった(図1c)。図1(c)中の矢印(↑)は焦点が合っていない状態であり△はオートフォーカス観察時の画像を示している。写真は位相差顕微鏡で撮影した血球計算盤 (Burker-Turk)である。ステップモーターを用いたオートフォーカス装置により全反射顕微鏡像を撮影した(図2)。CCDカメラ画像は焦点が合っていないが( 図2a),オートフォーカス設定にすることにより焦点の合った画像を撮影することができた( 図2b)。これらの方法は取り込んだ画像のコントラスト比をリアルタイムで測定することにより,コントラストが一番高い部分に焦点位置を合わせることにより,合焦点位置を決定するものである。合焦点の位置はMicro-Managerに組み込まれたソフウエアを用いている。構成は非常に簡単であり,ステップモーターとそのドライバ/コントローラを購入するのみでオーフォーカス装置を構成することができる。倍率60倍の油浸レンズ(X60 APON objective lens; Olympus) を用いてGFP-paxillinを導入した線維芽細胞を全反射顕微鏡像にて撮影した写真を図2(黄色い四角)に示す。ステップモーターによるソフトウエアによるオートフォーカスはコントラストの違いによる焦点の合致を行なっているためある程度の範囲まではオートフォーカス機能を作動するだけで合焦点を判断することができるので,事前の厳密な焦点合わせは必要ない(大まかな焦点合わせを行うと合焦点の検出が早い)。しかしながら,被写体によっては焦点の合った位置を見失う場合があり,暗い蛍光像あるいは倍率の高いレンズを用いた像(合焦点の位置が変動しやすい被写体)を撮影する際には注意が必要である。また,ステップモーターによりフォーカスノブを動かす代わりにピエゾ対物レンズ用スキャナー(PI P-721; Piezo scanner)を用いることにより焦点を合わせる時間,精度を大幅に上げることができるが,ピエゾ対物レンズ用スキャナーはステップモーターに比べて高価であるという問題がある。 3.2 Open-hardware pgFocus の構成 (図3a) と全反射顕微鏡装置との組み合わせ(図3b)Open-hardware pgFocus (図3a-1) は全反射顕微鏡のガラス面で反射した後のレーザー光( アルゴンイオンレーザー 488nm) を利用して焦点面を検出する装置である。エバネッセント場を照射した後のレーザー光(図3-a;↓)は光センサー(Linear light array;図3a-2)により検出される。合焦点の時,光センサーのレーザー光のピークの値は最大になり,その値は合焦点位置として保持される。オートフォーカス作動時,pgFocusは合焦点時の回帰レーザー光のピークの値を維持するように出力される電圧値を変化させ,ピエゾスキャナー( 図3a-5) が対物レンズを上下に移動させる。結果的に1度合わせた合焦点面は移動せず常に焦点が合った像を得ることができる。全反射顕微鏡に接続されたpgFocusオートフォーカス装置である(図3b)。レーザーは細胞が接着しているガラス面に向かい(図3b; ↓),エバネッセント場を照射した後のガラス面で反射した回帰レーザー光(図3b; ↑)は光センサー(Linear light array; pgFocus light sensor) で検出され,その信号はpgFocus に送られる。合焦点位置(画像の正確なフォーカス位置を事前に決定し,その焦点位置をグラフ上の中心とする)では光センサーにより検出されたレーザー光はピークとなり( 図4a; *.),pgFocusはそのレーザー光のピークを維持するようにピエゾスキャナーを移動させる。焦点面以外ではレーザー光の輝度は低下するためグラフ上のレーザー光のピークは低下する(図4b;*.*.)。pgFocusはレーザー光のピークの値が合焦点面となるようにピエゾ対物レンズスキャナーへ送る電流値をリアルタイムに調整し,対物レンズを常に合焦点となるように移動させる。GFP-paxillinを導入した生きた線維芽細胞を全反射顕微鏡像にて撮影した像を図5に示す。60倍の油浸対物レンズを用いている。通常の全反射顕微鏡観察ではオートフォーカス装置が作動していない場合,10min 程度で焦点位置の“ずれ”が生じるが( 図5a-c),pgFocusを用いると写真撮影時は常時,合焦点を維持することができる(図 5d-f)。このpgFocusによるオートフォーカス装置は,通常,焦点合わせが非常に困難な全反射顕微鏡観察に非常に有効であり,特に高倍率のレンズを用いた際の焦点合わせが自動的に可能になるため細胞内の微細な構造の経時的な撮影に有効である。 4.考察 ステップモーターによるフォーカス用ノブの駆動(1)とピエゾ対物レンズ用スキャナーによる対物レンズ駆動を用いたソフトウエアオートフォーカス装置(2)に関しては,連続撮影よりも1枚毎の撮影時の焦点合わせに有効であると考えられる。また,連続撮影ではソフトウエアオートフォーカス装置によるオートフォーカスは位相差顕微鏡法などの低倍率での観察に有用であったが,高倍率での観察には不向きであった。特に全反射顕微鏡では焦点位置の検出が難しい場合が発生し,タイムラプス撮影時には注意が必要である。しかしながら装置の構成は単純で,安価であり,導入が容易である。 また,ピエゾスキャナーとpgFocusとの組み合わせ(3)では全反射顕微鏡法のエバネッセント場を照射した後の回帰レーザー光を直接利用することにより高倍率において非常に高精度なオートフォーカスが可能であった。装置の構成はやや複雑であるが,Open source softwareとOpen hardwareと汎用部品を用いることにより,比較的低コストのオートフォーカス装置を構築できる。通常,全反射顕微鏡法による観察では,焦点位置の調節が困難であるが,本システムによりオートフォーカスでのタイムラプス撮影が可能となった。現在までのところ,本報告ではpgFocusによるオートフォーカスシステムは全反射顕微鏡像の取得のみが可能となっているが,今後は,比較的入手の容易な波長の違うレーザー光を用いて,位相差顕微鏡,通常の蛍光顕微鏡でのオートフォーカス装置の構成を検討している。本研究の一部は,平成28年度 筑波技術大学 教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクトA) 研究費により行われた。 参照文献 [1] pgFocus wiki (http://big.umassmed.edu/wiki/index.php/PgFocus) [2] Arthur D Edelstein, Mark A Tsuchida, Nenad Amodaj, Henry Pinkard, Ronald D Vale, and Nico Stuurman (2014), Advanced methods of microscope control using μManager software. Journal of Biological Methods2014 1(2):e11 [3] 加藤一夫,マイクロパターン接着面上で培養した線維芽細胞の細胞軸決定機構.筑波技術大学テクノレポート. 2015;23(1):p6-12. 図1 ステップモーターを用いたオートフォーカス装置(a) とピエゾ対物レンズ用スキャナーを用いたオートフォーカス装置 (b)ソフトウエアオートフォーカスと写真撮影はMicro-Managerによる。図(c)中の↑は焦点が合っていない状態,△はオートフォーカス観察時の画像を示す。写真は位相差顕微鏡で撮影した血球計算盤 (Burker-Turk)である。対物レンズ10倍。  図2 ステップモーターを用いたオートフォーカス装置による全反射顕微鏡像ステップモーターを用いたオートフォーカス装置により全反射顕微鏡像を撮影した。CCDカメラ画像は焦点が合っていないが (a;右下の□),オートフォーカス設定にすることにより自動で焦点の合った画像を撮影することが可能となった(b;右下の□)。右下の□で取り囲んだ部分ははオートフォーカスを行うために選択した領域を示す。オートフォーカスは□の領域のコントラスト差を最大にする位置に維持される。対物レンズ60倍。 図3 pgFocus の構成 (a) と全反射顕微鏡装置との組み合わせ (b)(a) pgFocus (a-1) は全反射顕微鏡のガラス面で反射した後のレーザー光 (アルゴンイオンレーザー 488nm;↓) を利用して焦点面を検出する装置である。エバネッセント場を照射した後のレーザー光(↓)は光センサー(Linear light array;a-2)により検出される。オートフォーカス作動時,pgFocusは合焦点時の回帰レーザー光のピークの値を維持するようにピエゾスキャナー (a-5) が対物レンズを上下に移動させる。(b) 実際の全反射顕微鏡に接続されたpgFocusオートフォーカス装置。レーザーは細胞が接着しているガラス面に向かい(↓),エバネッセント場を照射した後のガラス面で反射した回帰レーザー光(↑)は光センサーで検出され,その信号はpgFocus に送られる。 図4 pgFocusを用いたオートフォーカス装置による合焦点検出(a)合焦点位置では光センサーにより検出されたレーザー光はピークとなり(a; *),pgFocusはそのレーザー光のピークを維持するようにピエゾスキャナーを調節する。(b)焦点が合った面以外ではレーザー光の輝度は低下する(b; **)。pgFocusはレーザー光のピークの値が合焦点面となるようにピエゾ対物レンズスキャナーを電気的に調整し,対物レンズを合焦点となるように移動させる。ガラス面には蛍光塗料を塗布しマーカーとした。全反射顕微鏡像。a; フォーカスが合っている時の画像。b; フォーカスが合っていない時の画像。 図5 通常の全反射顕微鏡像とpgFocusを用いたオートフォーカス像の比較GFP-paxillinを導入した線維芽細胞を全反射顕微鏡像にて撮影した。通常の全反射顕微鏡観察ではオートフォーカス装置が作動していない場合,10min 程度で焦点位置の“ずれ”が生じるが(a-c),pgFocusを用いると写真撮影時は常時,合焦点を維持することができる (d-f)。(a-c) pgFocus OFF (d-f) pgFocus ON 5min毎にタイムラプス撮影した画像のうち,00min (a and d),10min後 (a and e),20min後 (c and f) の画像を示す。スケールバー 20μm. Construction of Autofocus Microscope Using Open-source Software and Hardware KATOH Kazuo Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: The autofocus system of a microscope can adjust the focal position automatically and accurately, and it is a useful tool for time-lapse photography and determining the focal positions of samples. However, the autofocus microscope has complex structures and is an extremely expensive equipment. Here, we report the construction of a relatively simple and low-cost focus-stabilization system using open-source software (Micro-Manager, Univ. California, San Francisco, CA) and open-source hardware (pgFocus, University of Massachusetts, MA). Using the returned laser beam after irradiation of the evanescent field in a total internal reflection fluorescence microscope, we constructed an extremely high-precision autofocus microscope for observing high-magnification fluorescent images. Although adjusting and stabilizing the focal position is difficult in a total internal reflection fluorescence microscope, the autofocus system developed using open-source software and open-source hardware allowed us to capture well-focused time-lapse images easily. Keywords: Autofocus, Total internal reflection fluorescence microscope, pgFocus, Micro-manager