聴覚障害学生に対するエリアワンセグを用いた情報保障に関する一検討 塩野目 剛亮1 加藤 伸子2 若月 大輔2 河野 純大2 西岡 知之2 村上 裕史2 皆川 洋喜2 内藤 一郎1 1東北大学大学院教育情報学研究部 〒980-8576 宮城県仙台市青葉区川内27-1 2筑波技術大学産業技術学部 〒305-8520 茨城県つくば市天久保4-3-15 E-mail:shionome@ei.tohoku.ac.jp あらまし  近年、エリア限定ワンセグ放送(エリアワンセグ)という特定の範囲に存在するユーザに対する新しい情報提供の手段が施行され始めており、複数の情報を組み合わせた情報保障への適応が期待できる。本稿では、ワンセグ放送の簡便で柔軟な情報提示の手段としての可能性を検討している。聴覚に障害がある大学生を対象としたアンケート調査の結果から、ワンセグ放送を用いた情報保障提供の有効性が明らかとなった。また、実際のシステム構築や運用上の課題を示している。 キーワード エリアワンセグ、聴覚障害、情報保障、手話通訳、文字通訳 A Study Information Assurance for Hearing Impaired Students via Area One-Segment Broadcasting Takeaki SHIONOME1 Nobuko KATO2 Daisuke WAKATSUKI2 Sumihiro KAWANO2 Tomoyuki NISHIOKA2 Hiroshi MURAKAMI2 Hiroki MINAGAWA2 and Ichiro NAITO2 1 Graduate School of Educational Informatics Research Division, Tohoku University, 27-1 Kawauchi, Aoba-ku, Miyagi, 980-8576 Japan 2 Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology, 4-3-15 Amakubo, Tsukuba-shi, Ibaraki, 305-8520 Japan E-mail: shionome@ei.tohoku.ac.jp Abstract Area One segment-Broadcasting(Area One-Seg) has been used for information service for the users who exist particular area. In this report, we constructed the remote sign language interpret/real-time caption providing system via Area presented positive response, and effectiveness of captioning history. Moreover, expected feature of One-Seg receiver to provide information assurance, and acquiring a broadcasting license are also discussed. Keyword Area One-Segment Broadcasting, Hearing Impaired, Sign Language Interpreting, Real-time Captioning 1. まえがき  聴覚に障害ある人たちは、情報の取得にバリアがあるといわれており、筑波技術大学では、遠隔情報保障の開発や実験的支援を継続的に行っている[1][2][3]。高等教育機関での情報保障の高度化に対する要求は、通訳内容の専門家にともない高まっており、そのシステム改善が続けられている。  現在の遠隔情報保障システムでは、手話通訳、講師が使用するスライド、手話通訳者が指差すキーワード、要約筆記の字幕を現地(支援する聴覚障害学生がいる)に送信し、複数の情報保障を提供している。  ワンセグ放送は空間解像度320×240、時間解像度15fpsの簡易映像に加えて、字幕、データ放送を配信することができる。このような複数の情報を提供できるシステムは、複数の手段による情報保障やコミュニケーションを必要としている人たちにとって有用であると考えられる。近年では、エリア限定ワンセグ放送(以下、エリアワンセグ)を用いた、特定の範囲に存在するユーザに対する情報の提供がいくつかの場面で施行されている。[4][5]  本検討では、聴覚に障害がある大学生を対象としてエリアワンセグを用いた情報保障の提供を実際の講義場面で試行している。アンケート調査の結果から、ワンセグ放送を用いた情報保障の提供が有効であることがわかり、Nintendo DSのワンセグ放送受信機の持つ字幕の履歴機能が特に好まれていることがわかった。さらに、実際的な情報保障提供のために必要な免許取得のための手続きや免許制度の課題、情報保障提供のためのワンセグ放送受信機について考察している。 2. エリアワンセグ情報保障配信システム  既存の遠隔情報保障システムと接続し、ワンセグ放送で情報保障(手話映像、文字通訳字幕)を配信するシステムを構築した。本章では、システムの構成、動作、およびシステム運用に必要な無線免許の取得について述べる。 2.1 システムの構成と特徴  ここでは、システムの構成要素とその機能・特徴について述べる。主なシステムの構成機器を表1に示す。  システムのもつ機能は、(1)遠隔情報保障スタジオとの通信機能、(2)映像、字幕の合成・多重化機能、(3)ワンセグ放送受信機への配信機能、(4)各種映像の記録機能である。  これらの機能を持つシステムをパッケージングすることで、持ち運び可能な情報保障配信システムを実現している。 2.2 システムの動作  ここでは、エリアワンセグを用いた遠隔情報配信システムの動作概要について述べる。 (1)ビデオカメラで講義の映像(講師や板書などを)、ワイヤレスマイクで講師の音声をシステムに入力し、遠隔情報保障スタジオに送信する。 (2)スタジオでは、講義映像、音声をもとに手話、字幕への変換を行い、返送する。 (3)システムはワンセグ放送の形式に適合させるため手話映像のエンコード、字幕の変換、および多重化を行い、映像と字幕をOFDM変調器で送信する。 (4)情報保障を受けるユーザは、ワンセグチューナを用いて、手話映像(または講義映像)、字幕を受信する。 2.3 実験試験局免許の申請と取得  現在の電波法では、エリアワンセグを使って情報を配信するためには原則として実験試験局免許の取得が必要である。1 なお、免許取得には実験計画書の作成から申請、最終的な免許取得までに約3ヶ月の期間を要した。免許取得に係る均衡、書類の提出先は総務局、および関東総合通信局である。 ・実験計画書の作成  電波を利用する目的や実験の内容、実験試験局の概要などを含めた実験計画書を作成する。作成にあたっては総務省、および関東総合通信局の担当者と打ち合わせの上、電波の使用実験という目的を打ち出すような計画を立てる必要がある。 ・潜在電界測定  潜在電界強度を測定し、既存放送波との与被干渉について検討する。一般の放送波に影響を与えないことを確認する必要がある。 ・免許申請書の作成 ・免許申請・提出 ・予備免許の交付  本免許の前段階として、予備免許が交付される。 ・登録点検・電界強度測定 ・落成届提出  一般の放送波に影響を与えていないことを確認するため、既存放送波(NHKなど)と試験電波を受信している様子をカメラで撮影して提出する。 ・本免許の返却  規定の期間(本件では約1年を期限として申請)が経過した後、本免許を返却する。  なお、通常、関東地区では関東総合通信局のみへの申請手続きで免許取得が可能であるが、本研究では「聴覚障害学生に対する情報保障」という本来の免許付与の目的とは離れた要素が入っており、その説明のために総務局にも実験計画書を確認いただく必要があった。 1 微弱電波を利用する方法ならば、無線免許は不要であるが[6]、電波が有効に届く範囲が限られており、教室内での情報保障には不十分である。このため、本研究では十分な電波フィールドを構築できるよう、実験試験局免許を取得した。 表1 主なシステム構成機器 3. 講義場面での情報保障配信実験  筑波技術大学産業技術学部で開講されている非常勤講師による講義場面において、2.で示した遠隔情報保障配信システムを使用し、聴覚障害学生に対するアンケート調査を行った。 3.1 実施概要  アンケート調査の対象とした講義は「エコ環境システム」「流れ学」「機械工学概論B」「管理システム論」「情報マネジメント論」の5つであり、これらの講義に参加したのべ34名の学生がアンケートに回答している。  なお、ワンセグ放送受信機にはNintendo DSシリーズ(以下DS)、およびDSテレビを使用し、字幕は講義室前方のスクリーンにも同時に提示している。DSの上画面には講義映像、下画面には文字通訳の字幕履歴が表示されるよう設定した。講義映像としては、講師や、必要に応じて板書、スライドのズームを表示しており、アンケートでは字幕に関してのみ評価した。 3.2 アンケート項目、および結果  アンケート項目とそれぞれの選択肢に対する回答数、パーセンテージを示す(表2)。 3.3 自由記述の抜粋 ・DSを縦で見られたら見やすくなると思う。上の画面が粗すぎて(講義映像中の板書が)全く読めなかった。 ・DSだけという機会も必要だと思う。 ・スクリーンよりも表示される速度が遅いので、どうしてもスクリーンを見てしまった。 ・タイムラグが気になります。動画(講義映像)はいらないと思う。あとちょっと見にくいです。 ・DSだけにしても問題ないと思います。 ・文字の大きさのところで見にくいところがありました。 ・画面が暗すぎると思った。 ・画面が見づらかったのでスクリーンを見る方が多かった。 ・文字も遅れて表示されるのでスクリーンを見た方がわかりやすい。 ・スクリーンとDSでも表示にずれがあったのでわかりにくかった。 ・映像部分(講義映像)は遠隔講義時に利用価値があると考える。 4. 考察 4.1 講義場面でのワンセグ放送を用いた字幕情報配信実験について  アンケートに対する回答の全体的な傾向としては、ワンセグ放送を用いた情報保障に好意的な感想が多く見られた(Q1)。  Nintendo DSのワンセグ受信機が持つ字幕の履歴を見られる機能については80%近くの学生が利用しており、履歴機能が情報保障に有益であることが示唆されている(Q6)。複数行の字幕表示は実験的な調査でも有効性が示唆されており[7]、アンケート調査は実際の講義場面での有効性を支持する結果となった。  「DSを用いた情報保障で良かった点を教えてください。」の問いかけ(Q7)に対しては、25/34人が「理解が深まった」と回答していることから、字幕の履歴表示が授業理解を促進していることがわかる。  表示の速度については、アンケートの自由記述に文字の表示の遅れがいくつか指摘されている。教室前方のスクリーンとDSの両方を同時に使用したことで、DSの映像・字幕の遅れ(ワンセグ放送で配信するためのエンコードや字幕多重化処理に起因)が目立っているといえる。このことがQ5での表示速度に関する評価にも影響していると考えられる。  また、「今後の情報保障のやり方はどれがいいと思いますか?」との問いかけ(Q9)に対し、「両方」との回答が70%を占めている。このことは、スクリーンとDSの情報保障が相補的に利用されていることを示唆している。スクリーンの字幕とは異なり、DSは30分程度の字幕の履歴を保存しているため、授業の振り返りをリアルタイムにできるというメリットもある。  全体を通して好意的な意見が多く、ワンセグ放送の新しい情報保障提供手段としての可能性を確認できる結果となったと考える。手話通訳や字幕への要求は予備調査[7]により個人差が大きいことがわかっているが、複数の情報提示によってより幅広い特性を持つユーザに有効な情報保障を提供できると考えられる。 4.2 情報保障配信のためのワンセグ放送受信機  ワンセグ放送は簡易映像と字幕、データ放送によって構成されている。これらの構成要素の表示レイアウトは受信機依存であり、受信機のメーカーが自由に調整することができる。例えば、前節であげたNintendo DSのワンセグ舗装受信機が持つ履歴機能は、字幕表示の仕方を拡張したものといえる。  また、インターネット接続機能を持たない受信機の場合はデータ放送も受信・表示しないものが多いし。しかし、データ放送の受信・表示を可能とすることで、その領域を字幕表示に利用することも有用であると考える。  字幕の履歴機能や複数行の字幕表示は、通常のテレビ視聴にも有用であると考えられ、多くのワンセグ放送受信機が標準搭載することが望ましい。また、画面の明るさ・コントラスト、字幕の文字の大きさの調整に柔軟性があることも有用であると考えられる。  実際に情報保障を受ける際には、機器の起動、チャンネルの設定、表示の調整などの作業が発生する。これらの操作を誰でも簡単にできるようにすることも、能動的に情報保障を受けられる環境づくりには必要であると考えられる。 4.3 実験試験局免許の取得について  現在、総務省においてホワイトスペース2の有効利用についての検討が進んでいるが、さまざまな測定など、小規模の事業所で実験試験局免許を取得し、エリアワンセグを用いた情報保障を行うことは難しい。  今後、エリアワンセグを用いた情報保障を普及させていくには、特定の用途に限った免許取得手続きの簡略化やガイドラインの整備[8]や、そのための機器・技術の開発が必要であると考える。例えば、情報保障配信が狭い範囲で十分ならば、免許不要の微弱電波を用いた情報保障の配信システムを利用可能であると考えられる。 2 放送用などある目的のために割り当てられているが、地理的条件や技術的条件によって他の目的にも利用可能な周波数。 5. あとがき  本研究をまとめると、エリアワンセグを用いた情報保障には、システムの構築から電波利用のための実験試験局免許の取得など、現状では多くの困難があることがわかった。他方では、字幕配信実験の際の履歴機能に対する好意的な評価から、エリアワンセグを用いた情報保障の有効性が確認できた。また、情報保障の提供に特化したワンセグ放送受信機が備えるべき機能や実験曲免許取得に関する課題について議論した。  今後の課題としては、手話通訳と字幕を同時提示した際の情報保障の有効性や、手話を主なコミュニケーション手段とする人たちの情報保障への適用などがあげられる。  今後、免許取得手続きの簡略化や、免許不要の電波の利用などの政策施策によって、限られた範囲での情報保障の配信において、エリアワンセグがより広く利用されることを期待している。 6. 謝辞  アンケート調査の実施にあたり、ご協力いただいた講師、手話通訳者、文字通訳者、筑波技術大学産業技術学部学生に感謝する。  なお、本研究は平成20・21年度厚生労働科学研究費補助金(課題番号 H20-障害-若手-001)による研究成果の一部である。 文献 [1]加藤、河野、若月、塩野目、黒木、村上、西岡、皆川、白澤、三好、内藤、”講義の情報保障におけるキーワード提示タイミングに関する基礎的検討、”信学技法、WIT2008-28,pp51-56,July 2008. [2]若月、塩野目、加藤、河野、村上、皆川、西岡、内藤、”立体映像を用いた遠隔手話通訳システムに関する研究、”信学技法,WIT2008-39,pp.57-60, July 2008. [3]河野、加藤、村上、白澤、皆川、若月、西岡、三好、黒木、石原、内藤、”講義資料とキーワードを画面合成した遠隔手話通訳システムにおける聴覚障害学生への提示方法、”ヒューマンインターフェース学会研究報告集、No9,Vol1,pp29-32, Feb.2007. [4]兵庫エリア限定ワンセグ放送実験協議会、”姫路スイーツワン 実証実験報告書、”http://web.prefhyogo.lg.jp/contents/000111729.pdf ,Retrieved June22, 2010. [5]日立システムアンドサービス、”渋谷駅周辺における地域情報配信の手段としてエリアワンセグの実証実験開始、”http://www.hitachi-system.co.jp/press/2009/pr091216.html ,Retrieved June 22, 2010. [6]総務省、”電波利用ホームページ|微弱無線局の規定”http://www.tele.soumu.go.jp/j/ref/material/rule/index.htm ,Retrieved June 22, 2010. [7]塩野目、”ワンセグ放送を用いた聴覚障害者に対する講義場面での情報保障に関する検討、”2010年電子情報通信学会総合大会(基礎・境界講演論文集)、A-19-8, p.276 Mar.2010. [8](社)デジタル放送推進協会(Dpa)、”「ワンセグメント・ローカルサービス」の送出運用に関する暫定ガイドライン、”http://www.dpa.or.jp/corp/pdf/ lseg-local-guideline.pdf, Retrieved June 22, 2010.