筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方 坂井 友実・白木 幸一 視覚部鍼灸科 要旨:鍼灸学科における目標は医療人として社会に通用する知識,技術,人格を有した鍼灸師の育成であり,臨床実習は,それを達成するための重要な実践の場である。現代医学的な施設,設備を有した本学附属診療所での臨床実習は従来のものとは違った新しい試みがなされている。それは医師の診察の見修,症例に関する文献学習とケースカンファレンス資料の作成ならびに発表,手技臨床実習の1年次1学期での組み込み等である。本学鍼灸学科における臨床学習の目的内容について紹介する。 キーワード:臨床実習,鍼灸,カンファレンス,診察 1.はじめに  臨床実習のねらいは,これまでに学習した医学的な知識を基礎として,実際に患者を受け持ち診療と治療の進め方を学び,そして病める人を対象としていることを常に念頭に置き,医学的な知識や技術を得るのみならず,幅広い全人的な立場に立って診療に当たる姿勢を身に付けるところにある。  従来の鍼灸・手技領域における指導では,指導者による患者把握が不十分なため,診療施術に関する指導に具体性を欠いており,学生の実習状態を正確に把握した指導が困難なため,知識や技術の習得が暖昧なものになりがちであった。又,臨床検査や画像診断,薬物に関する実習体験が出来ないこと等現代医学的な知識が不十分であったといえる。  鍼灸,手技療法は治療学としての学問体系を成すところから施術経験の累積による技術の向上とそれによる臨床体験の習得に重点がおかれがちであった。  しかし,鍼灸,手技療法を医療手段の一つとして位置付けようとする社会的ニーズが高まるにつれ,鍼灸手技を行う者の資質の向上が求められているのであるが,現状では教育環境の面,施設設備の面,指導者の資質の面など,まだまだ不十分である。  こういう状況の中,国立の高等教育機関としての本学鍼灸学科が設立され,しかも,附属診療所を兼ね備えているところから,従来よりも,さらに発展させた臨床実習が期待されている。ここでは,本学鍼灸学科における3年間の学生指導を通じて,本学鍼灸学科総合臨床実習について紹介し,そのありについて述べたいと思う。 2.臨床実習の目的  本学鍼灸学科における臨床実習は主に3年次に行う総合臨床実習と,1,2年次に行う手技臨床実習とがあるが,ここでは,総合臨床実習について触れ,手技臨床実習については後述する。 2-1.総合臨床実習  総合臨床実習は,本学附属診療所及び鍼灸治療室を中心とした臨床実習で,その主な目的は,下記のことが上げられる。 ①鍼灸・手技の臨床に必要な診察と治療に関する基本的知識と技術の習得。 ②医師の診療(漢方薬を含む)を見修し,それを鍼灸・手技臨床に生かす態度の育成。 ③鍼灸・手技臨床の診療記録並びに臨床に関する諸文書の記載方法の習得。(紹介状,依頼状,御高診願い等) ④症例に関する文献学習と症例カンファレンス資料の作成並びに発表。 ⑤医療体制と各医療スタッフの役割を理解し,今後の鍼灸・手技療法のあり方を学ぶ。 3.対象・期間。内容 3-1.実習学年  対象は,鍼灸学科3年生。平成5年度と6年度は鍼灸学科3年生が対象であったが,臨床実習をより充実したものにし教育的成果を高める目的で,1年次から実習可能な内容については履修した方がよいとの見地から現在カリキュラムの見直しがなされている段階である。 3-2.実施期間  4月1日~翌年2月28日。 3年生をA組・B組の2組に分け,毎週,月・火・木・金曜日の4日間のうちの2日間を臨床実習にあてる。例えば,A組は月,木,B組は火・金という具合である。 臨床実習でない曜日は3年次の他のカリキュラムが組み込まれている 3-3.内容 ①鍼灸治療室での実習 ②診療室,検査室の見学実習 ③臨床カンファレンス 3-4.担当教官  鍼灸専門教官(8名)及び臨床実習に関わる教官(医師7名) 4.実習日程(表1)  表1に臨床実習の主な内容の年間スケジュールを示す。 4-1.鍼灸治療室での実習(4月~翌年2月)  病歴聴取・診察・各種検査結果等から病態を把握し,鍼灸・手技施術の適否と限界を判断し,適切な施術計画を作成する。また各学生の習熟度に応じて鍼灸・手技施術の実習を行う。  1学期 診療・施術の見学,病歴聴取とその記録,診察の実習とその記録,医師のカルテや検査データの読み方等。  2学期 病歴聴取・診察・医師のカルテや検査データを基に正しく病態を把握し,適切な施術計画を立てる。また鍼灸・手技施術の実習を行う。 3学期臨床実習のまとめ 4-2.診療所全般(4月~12月)  医療機関で働く各スタッフの専門性と役割を認識すると共に,鍼灸・手技療法師の果たすべき役割とその領域を正しく理解する。 4-3.診察室での見修(4月から8週間,午前・午後の単位で1人の医師に2回)  医師の診療手順を見学し,これからの鍼灸・手技療法の正しいあり方を学習する。またこの見修を通して,講義で学習した疾病に関する知識を一層深める。  医師には状況の許す範囲内で,病気の説明や課題の提供をしてもらい,また2学期以降のカンファレンスに関する学生からの相談にのってもらう。 4-4.課題学習(4月~12月)  鍼灸治療室や診療室で学習した内容や不明な点,あるいは教官よりだされた課題を調べて資料を作成する。また,鍼灸・手技の診察,施術に関する基本的技術の練習を行う。 4-5.カンファレンス(4月~2月)  鍼灸・手技の施術に関する診察・治療の技術の再点検と指導,記録の点検と指導,新患・症例報告書の作成と発表に関する指導等。 1学期 鍼灸・手技施術に関する基本的技術の指導,記録に関する指導等。 2学期 新患・症例報告書の作成と発表等。 臨床実習年間スケジュール 5.臨床実習評価・評定  臨床実習の評定は鍼灸学科鍼灸科学教室教官(鍼灸専門教官)の合議で評定を行う。  評定は以下の資料で行う。 ①鍼灸治療室担当教官,診療所医師の評価・評定表。 ア.実習態度し患者への接遇,言葉遣い,身だしなみ等)。 イ.学習意欲と実践的努力 ウ.実習に関する基礎的な知識と技術。 エ.実習に当たっての応用能力。 オ.カンファレンスの報告書の内容及び発表態度。 ②臨床日誌:各学生から提出された臨床日誌。臨床日誌記載項目 ア.鍼灸治療室での実習項目と実習内容(課題学習の成果も含めて)。 イ.診療室実習での実習事項と実習内容(課題学習の成果も含めて)。 ウ.検査室実習での実習事項と実習内容(課題学習の成果も含めて)。 エ.その他(自分の課題や感想など)。 6.総合臨床実習の具体的内容 ①目標:日常の鍼灸・手技臨床で対象患者の多い疾患, 即ち ア.一般診察事項(病歴,バイタルサイン等) イ.頚・頚腕痛(頚椎症及び胸郭出口症候群を中心として) ウ.肩関節痛(五十肩を中心として) エ.腰・下肢痛(腰痛・坐骨神経痛症候群を中心として) オ.膝関節痛(変形性膝関節症を中心として) 等について,これらに対する臨床能力(診察の進め方,病態の把握,鍼灸・手技施術を身につけさせる。 ②診療室での学習 ア.画像診断(X線,CT,MRI等)についての知識。 イ.臨床検査データに関する知識。 ウ.特徴的な症状に関する知識。 エ.現代医学による治療法 オ.その他,上記以外の疾患の原因や特徴的症状。 ③鍼灸治療室での学習 ア.病歴聴取 イ.診察の実習 ウ.病態並びに患者の全体像の把握 エ.問題点の抽出とその考察 オ.施術計画の作成と施術の実習 力.診療記録・経過記録の記載。 7.臨床実習にあたっての注意事項  臨床実習は患者を通して,鍼灸学科で学習した各科目の内容を統合し,併せて施術者の全人格を磨き,鍼灸・手技療法の臨床家として必要な基本的知識と技術を身につけるものである。従って,実習生は実習の場を提供して下さる診療所の規則を守り,実習生としての良識と節度を保ち,積極的の学習に取り組むことが大切である。臨床実習にあたっての注意点として以下のことを指導している。 7-1.一般的留意事項 ①診療所内では常に白衣を着用し,白衣を含め衣服は清潔に保つ。また,名札は必ず付けておくこと。 ②頭髪,手指等身体の清潔に注意を払う。 ③施術者としての礼節,言葉遣い,態度に留意する。特に言葉により患者に与えるリスクには十分注意すること。 ④診療所内での移動や行動は十分注意すること。特に患者との衝突事故を起こさないようにすること。衝突事故を起こした場合,視覚障害があるということは弁解の理由にならない。 7-2.鍼灸治療室における留意事項 ①指導教官や治療室スタッフのあらゆる場面を教材とし,積極的に学習すること。 ②疑問や不明な点は放置せず,その解明に努力すること。 ③施設と備品の配置を理解し,適切な行動がスムーズにとれるよう努力すること。 ④治療機器の取扱いや,治療法の意味を常に考えて実習を行うこと。 ⑤診察・治療の技術の修練を怠らないこと。 7-3.診察室見学実習について ①医師の行う診療の手順を十分に学習し,その意味を理解すること。 ②臨床医学で学習した種々の疾患について,医師の診療を通して具体的に学習する。 ③医師の診療の妨げにならないよう配慮する。 7-4.その他 ①課題学習は指導教官の指示もあるが,自主的に学習課題を設定して取り組む努力をすること。 ②検査室実習では各検査の意義と,医療の場における他のスタッフの専門性を理解すること。 8.手技臨床実習  手技臨床実習は,1年次と2年次のカリキュラムに組み込まれており,静岡県西伊豆にある東京都の臨海施設を利用して,1年,2年合同で行われている。 1年次は,手技基礎実習を踏まえた応用実習として,2年次はベッドサイドで行う理学テストや神経学検査等の評価実習を兼ねた臨床実習を担当教官の指導の下,行われている。  毎年1学期終了時に行われているが,特に1年次は,数カ月間の基礎実習を履修しただけで臨床実習に臨むことになる。これは,早く臨床体験をつませることで,3年次に行う総合実習のより高い成果を上げる意味からでもあり,基礎実習の履修単位時間数も1学期に2/3以上を設けている。  手技基礎実習は手技反復練習という,とかく惰性的になりがちな科目であるが,数カ月後には臨床を行うという明確な目標があり,学生の目標意識を高める上からも意義があるものと考える。  このような臨床実習の試みは,本学が初めてだと思われるが,今年度で3回を経験しており,充分な成果を上げているものと考える。 まとめ  本学鍼灸学科における臨床実習の目的と内容について紹介した。  実際の臨床実習の指導にあたっては以下のことを念頭におきながら指導しなけれがならないと考える。 ①鍼灸で取り扱う主要疾患について,その概念が理解されているか ②ベッドサイドで行う理学テストの一つ一つの意味するところが理解されているか。 ③診察で得た情報をもとに病態の把握ができるか。 ④病態の把握をした後,治療のプランが立てられるか。 ⑤プランにもとづいた治療の実際ができるか。 ⑥治療により何を期待し,その結果どうなったかを評価できるか。  鍼灸が医療手段の一つとして活用されるためにも,それを行う鍼灸師が先にあげた事柄を身に付けていかなければならないし,そういう教育をしていかなければならないと考える。 参考文献 1.文部省初等中等教育局:理療科指導の要点 文部省1990