建築工学科における建築設計教育について 萩田 秋雄 聴覚部建築工学科教授 平根 孝光 聴覚部建築工学科助教授 吉田 あこ 聴覚部建築工学科教授 櫻庭 晶子 聴覚部建築工学科助手 要旨:建築設計図面という視覚情報を基礎に仕事が行われる建築活動は,視覚情報を重要なコミュニケーション手段とする聴覚障害者にとって,可能性がありかつ有望な職業である。本稿ではこうした建築家を養成する本学建築工学科の建築設計教育について,その目的,基本方針,カリキュラムの概要を示した。 建築設計教育キーワード:建築設計,教育,視覚情報,建築設計図面,イメージ 1.はじめに  社会における建築活動とは,自然に働きかけて自然との調和を目指しながら,人間にとって必要であり有用であり,快適で美しい人間のための環境・生活空間を建設していく活動である。この建築活動ではすべての情報は図面として示され,図面を媒介として建築活動はおこなわれていく。建築設計図面は基本的には視覚情報として表現され,視覚情報として読み取られる。視覚情報は聴覚障害者にとって基本的な情報伝達手段となっている。それゆえ視覚情報を基礎に仕事が行われる建築活動は聴覚障害者にとって極めて可能性があり有望な職業となろう。これまでろう学校等においては建築教育はほとんど取り組まれて来なかった。そこで聴覚障害者にとっての新しい専門的職業分野として建築家養成を目指し本学の建築工学科が開設された。本稿においては建築工学科の建築設計教育のシステムについて紹介をしたい。 2.建築設計教育の目的と基本方針  建築設計教育の目的は,人間にとって必要であり有用であり,快適でかつ美しい環境・生活空間を建設していくために必要とされる考え方や,それを実現するためのプロセス及び技術を学習し,習得することにある。  建築設計において必要なのは,第1に建築の対象に深い興味を持つことである。何事にも興味を深く持ち,熱中する態度が重要である。建築設計教育においてはこうした「興味・好奇心」を醸成するために,体験学習を大切にしている。関連科目として人間工学実習で,人体寸法の計測等の体験にもとづいた設計をしている。第2には対象にたいする幅広い知識と豊かなイメージを持つことである。建築空間の創造にとって,イメージを豊かにもつことはきわめて重要である。自由な設計課題の設定によってより豊かなイメージの醸成をはかっている。第3にこうした空間イメージのプレゼンテーション(表現)法の習得である。線の引き方から,パース(透視図)のかきかた,模型の作り方,模型写真の撮り方等の技術の学習に努めている。CAD(コンピューター支援による製図)の演習も実施しており,卒業時には手でもCADでも製図ができるようにしている。第4には建築のイメージから始まって設計完成に至るまでの一連の計画プロセスを学習できるような課題設定にしている。第5にはこうしたさまざまな要素を総合化し,統一的な建築空間の設計を可能とする課題設定をしている。こうした基本方針のもとにカリキュラムの編成をしている。 3.建築設計教育のカリキュラム  建築設計教育のカリキュラムは別表ような課題の設定を行っている。1年時における課題設定は,興味がもて自分の身の廻りから考えることができ,自由な空想・想像が可能な課題設定を心がけている。別荘地の商店建築セカンドハウス等の課題は具体的に敷地を設定し,現実の条件設定を行い,現実の建築設計プロセスにやや近づけた課題設定としている。こうした設計の基礎として最も一般的な建築物-住宅の現実の図面をコピーし,設計技術の学習を試みさせている。2年次おいては,もっとも基本的な住まい-独立住宅・集合住宅の設計から,具体的で現実的な設計に導入し,さらにコミュニティライブラリー,3年次にはアートギャラリー,地域センター等の公共施設の設計課題でより複雑な機能の総合化設計プロセスの学習を進めている。最後に卒業設計を行い自分で企画し資料を集め,総合的で規模の大きい施設設計にとり組んでいくというカリキュラム構成となっている。建築設計作品例は別に示した。まとめとして2級建築士の資格試験受験指導を行っている。今後これまでの教授・学習の成果に学びよりよいものとしていきたい。 表 建築設計演習の課題内容とその教育上のねらい 建築設計演習課題作品例