視覚障害者と理学療法士養成教育-沿革・現状と今後の課題- 視覚部理学療法学科 井野 省三・鈴木 正彦・松澤 正 筑波大学理療科 長尾 榮一 要旨:世界および日本の理学療法と理学療法士養成教育の沿革概要を述べながら,その経過の中で視覚障害を有する者の理学療法士養成教育の変遷と現状および課題について検討・報告する. キーワード:視覚障害者 理学療法教育 職業教育 医療 1.理学療法と理学療法士免許  理学療法は身体に障害のある人々に対し,基本的動作能力の回復や維持,及び障害悪化の予防のために,医師の指示のもとに運動療法,日常生活動作訓練,装具療法,物理療法等の方法を用いて行う治療法である。  実際には,まず病状を評価することで具体的な障害を把握することから始まる。そして治療目標,及び治療手技を設定し,一定期間の治療後は再び評価し,経過を把握するとともに,次の段階へと治療を進める。  対象疾患は,脳卒中,脊髄損傷,関節症,骨折,リウマチ,脳性麻痺,各種神経病などがある。また近年,心疾患,糖尿病などの内科的管理を要する疾病の運動療法や,スポーツ医学の分野でも理学療法の導入に関心が高まっている。  昭和40年に施行された「理学療法士および作業療法士法」の中で,「理学療法士は,厚生大臣の免許を受けて,その名称を用い医師の指示のもとに,理学療法を行うことをいう」と規定されている。  平成5年5月現在,日本の理学療法士総数は13,099名である。その中に後述の盲学校高等部専攻科理学療法科卒業の視覚障害を有する理学療法士が830名(6.3%)含まれ,上記の理学療法に従事し,日本のリハビリテーション医療に大きな貢献をしている1)2)。 2.世界における理学療法の沿革 2.1 理学療法体系の整備拡充  理学療法士のさきがけは,米国で第1次世界大戦後(1918年),戦傷者の訓練に当たる医療助手として誕生し,その後,医師とともに障害者の治療訓練に当たり,やがて専門職となったものである。 2.2 世界理学療法連盟の拡大 1920 米国婦人理学療法協会結成 1927 米国で理学療法士の養成開始 1940 同上理学療法士養成過程を4年制大学の学士プログラムとして発足 1949 米国理学療法協会と改称,理学療法士として法的に公認 1951 世界理学療法連盟設立。米,英,オーストラリア,カナダ,ノルウェー,スウェーデン,西ドイツなど11カ国の理学療法士協会が加盟した。 1971 全米に理学療法士法が制定された。 1974 社団法人日本理学療法士協会が,世界理学療法連盟に正式加盟。 1980 日本・台湾が中心となって,アジア理学療法連盟が結成されI舌動を開始した。 1991 世界理学療法連盟に48カ国加盟,会員数約17万名。現在は54カ国が加盟3)4)。 2.3 理学療法の発展  このように米国の理学療法士は,自分の手でその技術を拡大,教育内容を充実させ,世界をリードする活躍を現在も行っている。他の先進諸国の発展も同様の経過を示し,現在までに60~70年間の技術錬磨,内容拡大の努力がなされている。 3.日本における理学療法の歴史 3.1 理学療法技術の移入・発展 1916(大正5)高木 憲次が東大整形外科の後療法術手として「治療マッサージ」を採用。電気,運動療法を含む「理療」として発展することになった。 1918(大正7)東大で物療内科独立。水治,温熱,電気療法を中心とした「物療」が体系化されていった。 1942(昭和17)整肢療護園が高木 憲次によって設立され,小児の治療訓練が開始された。 1963(昭和38)東京都清瀬に東京病院付属リハビリテーション学院が理学療法士養成校として,日本で初めて設立され,教官にWHO顧問Conine女史など,主として米国理学療法士によってその技術が日本に導入された。同年,日本リハビリテーション医学会も設立された。 1965(昭和40)理学療法士および作業療法士法制定 1966(昭和41)理学療法士国家試験により,183名の理学療法士が誕生。以後本邦の理学療法の発展は,これを業とする理学療法士の手に委ねられた。 1993(平成5)第28回目の理学療法士国家試験合格者を含め,日本の理学療法士は,13,099名に達したが,依然不足状態が続いている。 4.職能団体結成と技術発展 1966(昭和41)東京で日本理学療法士協会発足 1972(昭和47)会員数860名,社団法人 日本理学療法士協会となる。 1974(昭和49)本協会が,第7回世界理学療法連盟総会において,正会員として加盟承認される。 1990(平成2)本協会が日本学術会議法による「学術研究団体」として登録される。 1993(平成5)第28回日本理学療法士学会に,欧米アジアの諸国の理学療法協会より,多数の研究報告がなされた。 1999(平成11)世界理学療法連盟の学会及び総会を日本で行うことが決定されている。  また,理学療法は,上記の日本理学療法士協会および全国都道府県の理学療法士協会や各地区ブロックごとの学会活動等による研究,技術伝達を通して,医療技術面でも水準・内容が大きく改善された。 5.診療報酬の定着と改善  1976(昭和51)診療報酬の中に「身体障害運動療法」の項を設け,理学療法士業務の特別点数制を創設した。  1992(平成4)理学療法1では,簡単なもの170点(1点10円),複雑なもの580点,さらに入院3カ月以内の急性発症の脳血管疾患の場合は,1日につき60点の加算が認められ計640点と改善が行われた。これにより病院勤務の理学療法士の所遇改善が行われ易くなった5)。 6.理学療法士の現況 6.1 理学療法士の求人充足状況  1993年理学療法士免許取得者数は13,099名となっている。しかし,日本理学療法士協会の需要推計では28,000人といわれており,求人難の状況が続いている。  1993年度の全国の理学療法士養成学校は59校で卒業者数は1,078名である。卒業生に対する求人の倍率は1989年度で3.6倍となっており,求人倍率の増加が著しく,需要が供給に追いつかない状態が当分続くものと考えられる。 7.理学療法士養成教育の現状 7.1 全国理学療法士養成校の概要等  特筆することは,1993年度に理学療法士養成のための4年制大学が2校(広島大学医学部保健学科理学療法専攻,札幌医科大学保健医療学部)が開学したことで,今後の理学療法教育水準向上の指針となるであろう。  1993年5月の全国の養成校数は59校(内訳:4年制大学2,国公私立短大14,厚生省19,労働省1,専門学校33)で,その入学定員は1,759名で,その受験倍率は7.8倍で,1,078名の卒業者を世に出している。  この中で,盲学校(筑波大学附属盲,大阪府盲,徳島盲)3校の入学定員計は35名,倍率は視覚障害者が対象となるために3.2~1.8倍で,27名の卒業生を出している。  筑波技術短期大学は10名定員に対して,受験倍率は3.1倍で11名を合格とした。1994年3月には第1回の理学療法学科卒業生7名を送り出す予定で,内訳は公立病院1名,法人病院等5名,進学1名の予定である6)。 8.理学療法士養成教育カリキュラムと教育担当者 8.1 教育カリキュラムの特質  平成元年6月に改訂された,理学療法士養成教育のための厚生省指定規則に基づく理学療法士養成施設指導要領により,本短大理学療法学科も教育カリキュラムを編成している。 8.2 理学療法学科の教育担当者  指定規則では,病理学を含む臨床医学8科目は,医師である教員が担当し,理学療法専門科目は理学療法士の教員が担当することに定められている。 9.理学療法士養成校の所属・関連学会・団体 9.1 社団法人日本理学療法士協会  昭和41年7月発足,現在全国の理学療法士の80%が本協会に加盟しており,会員数は平成5年12月で11,147名である。各種の医療における社会的要求に応えるとともに,理学療法士の団体としては,本邦唯一の学術職能団体である。 9.2 全国理学療法士作業療法士学校養成施設連絡協議会  全国の養成学校全部が加入しており,理学療法士,作業療法士の教育養成に関する各校の共通事項について連絡協議を行う。 9.3 リハビリテーション医学会,日本整形外科学会  リハビリテーション医療・教育に携わる医師が所属しており,理学療法士の指導的立場にある。 10.視覚障害者の理学療法士養成教育の成立と現況 10.1 困難であった盲学校理学療法科の発足  昭和40年6月に,理学療法士,作業療法士法が制定されたが,法制定に際して整形外科学会を始め,医学会では「盲」を理学療法士の欠格条項とするべく強い圧力をかけてきた。それは即,盲学校の理学療法科の発足を阻止しようとする動きでもあった。これに対し,芹澤 勝助,鈴木 達司氏を先頭に,大山 信郎,岡村 正平,大島 良雄,三木威 勇治,大川原 潔氏らの後援も得て,巻き返し運動を展開し,なんとか視覚障害を欠格条項に入れないこととなり難産であったが,昭和39年に現筑波大学附属盲,大阪府立盲,徳島県立盲の3校に限り,理学療法科の発足を認めさせ,以後,3校で定員35名の少数ではあるが,視覚障害者の理学療法士教育の場を確保し,さらに平成2年度の本学第1回生10名の入学へと連携することができたのである7)。 10.2 盲学校理学療法科設置3校協議会  平成2年8月24日,東京青山で,上記「盲学校理学療法科設置25周年」記念式典が行われた。その際,平成2年3月現在で3校あわせて680名の理学療法士の卒業生をリハビリ医療現場に送っているとの報告があり,多大の成果を関係者で祝福した。 11.筑波技術短期大学理学療法学科の立場 11.1 実習病院登録と教育目標  平成元年から平成2年度まで,臨床実習病院の確保のために努力が続けられ,39病院に協力を承諾していただいた。今後は学内における教育と臨床実習の実績により,患者のため真に能力のある理学療法士を育てるとともに,茨城県下理学療法士の研究の場としても利用され,理学療法教育と研究の中心になりきることである。 11.2 本学理学療法学科の現状と課題  近隣の臨床実習病院の協力を得て,第1期生7名を卒業させることが出来るに至った。 11.3 推薦入試制度の拡大  平成6年度第4期生の募集からは,推薦入試の枠を一般高校まで拡大した。応募状況は推薦入試応募者12名中で2.4倍,一般入試22名で3.7倍であった。 11.4 教育環境の充実  教育用設備・備品の整備も着々と進み,臨床実習病院の教育体制整備と相まって教育環境が充実の一途を辿っている。 11.5 今後,附属診療所の病院への昇格・学内実習の体制整備が望まれる。 12.諸外国の視覚障害者に対する理学療法教育の諸事情  イギリスでは,数年前まで英国王立協会が盲人のための北ロンドン理学療法学院(3年制)を作り,毎年約20名の視覚障害者を主に英連邦諸国(カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,オランダ,ギリシャ等)から入学させ,正規の理学療法士教育を行っていた。しかし,全盲者の数は極めて少かつた。  しかし,同校も社会の中で一定の役割を終えたとして,発展的に閉校し,現在は一般の理学療法士養成大学において,健常者に伍して教育が行われるようになった8)。 参考文献 1)日本理学療法士協会:第22回総会資料,1994,pp7,東京. 2)盲学校理学療法科設置25周年記念事業委:盲学校理学療法科25周年記念誌,1991,32-35,盲学校リハビリ研究会,東京. 3)奈良 勲:理学療法概論,2版,1986,32-36,医歯薬出版,東京. 4)日本理学療法士協会:理学療法白書1990,1990,Pp117,東京. 5)社会保険研究所:施設基準等の事務手引,1992,16-29,東京. 6)日本理学療法士協会:平成5年度入学者調査,VOl.20, N0.8,1993,PP.27,東京. 7)前出書2)鈴木 達司:視覚に障害のある理学療法士の養成課程創設25周年に寄せて,19-21. 8)柳沢 春樹:海外研修報告書,1984,1-14,国立身障リハビリセンター,埼玉.