視覚に障害のある理学療法士の職場における勤務状況の実態と課題 松澤 正(理学療法学科助教授) 香川 邦生(筑波大学心身障害学系) 要旨:弱視者を中心として,昭和40年代より理学療法士の職域が開拓されてきた。しかし,視覚障害を持つ理学療法士は医療現場においては少数勢力であり,視覚障害に対する理解は必ずしも十分とはいえない。視覚障害が故の多くの問題を抱えており,様々な工夫や努力をして対応している。そこで,現在,視覚障害のある理学療法士が抱えている問題を調査し,その実態を明らかにすることで,今後の視覚障害を持つ理学療法士養成の方向性を検討してみたい。 キーワード:視覚障害,職業,理学療法士 1.はじめに  視覚障害者の職業としては,古くからあんま・マッサージ,はり,きゅうや邦楽などがあるが,昭和40年代より弱視者を中心として理学療法士の職域が開拓され,多数の視覚障害を持つ理学療法士が輩出し,医療機関や福祉施設等において活躍している。  理学療法士の養成が始まって30年になるが,初期においては視覚障害者と健常者の人数差はさほどなかったが,近年,わが国は急激な勢いで高齢化社会を迎える中で,理学療法士の需要が益々高まっており,その増加のほとんどは健常者の理学療法士であり,Fig.1に示すように視覚障害を持つ理学療法士は少数勢力となっている。このような状況の中で,理学療法士の職場において,視覚障害を持つ理学療法士に対する理解が必ずしも十分であるとはいえないのが現状である。  従来から,視覚障害のある理学療法士の中にはカルテの管理や事務処理,あるいは患者の観察や安全管理の面で,職務遂行上の工夫を必要とする者がかなりおり,それらの者は視覚障害の程度や職場の状況に応じて,それぞれの具体的な工夫を行って,職場の理解を得る努力をしてきている。  これまで,このような視覚障害のある理学療法士の職場における勤務の実態を明らかにした研究はほとんどない。そこで,医療機関等の職場における視覚障害を持つ理学療法士が具体的にどのような問題を持ち,どのような工夫をしているかという実態を探り,今後に残きれた課題を整理することは,視覚障害を持つ理学療法士養成に有意義であり,視覚障害者の職場確保に役立つものと考え,本研究に取り組んだ。 2.目的  本研究は,視覚障害のある理学療法士の職場における勤務状況や人間関係等の実態を明らかにし,抱えている問題点を整理,考察することにより,今後の視覚障害のある理学療法士養成のあり方を検討することを目的とする。 3.研究方法  本研究は,視覚障害のある理学療法士に対する職場における勤務等の実態調査である。 3.1 調査対象  視覚障害のある理学療法士としては筑波大学附属盲学校高等部専攻科理学療法科を卒業し汗現在,医療機関や福祉施設等に勤務している168名(以下卒業者と称する)を対象とした。  また,視覚障害のある理学療法士が抱えている問題点を明確化するために,健常者の理学療法士50名(以下,健常者と称する)を比較対象者とした。 3.2 調査方法  調査は郵送による多肢選択法によるアンケート調査を行った。 3.3 調査期間  卒業者及び健常者共に,平成2年7月から8月の2ヶ月間に行った。 3.4 調査内容  質問項目数は卒業者が50問,健常者が33問を設定した。  質問紙の内容は次のようである。(括弧の付してある項目は卒業者のみの項目) 3.4.1 個人情報 ①性別 ②年齢 ③(視力) ④(視野) ⑤入学前出身校 ⑥勤務年数 ⑦勤務状況 3.4.2 職場状況 ①病院,施設の種類及び規模 ②患者の取扱い人数 ③理学療法部門のスタッフの状況 ④職場での役職 3.4.3 理学療法業務 ①評価器具及び治療器具の有無と使用状況(視覚障害に対する工夫を含む)②(患者の見分け方)③(歩行分折の方法)④(歩行訓練やトランスファーの際の安全管理)⑤視力と理学療法業務との関係 3.4.4 事務処理 ①カルテ,業務報告書等の処理方法②ワープロ,パソコン等の使用状況③(指示菱やカルテ等の読み取り方法) 3.4.5 職場の人間関係 ①同僚との人間関係②上司との人間関係③職場でのよい人間関係を作る条件 3.4.6 研究活動 ①研究活動の状況②研究活動をする上での問題点 4.調査結果 4.1 回収状況と年齢  卒業者の回収状況は約2/3に当たる112名(66.7%)であり,健常者のそれは約3/4にあたる39名(78.0%)であった。年齢の状況は,卒業者が20歳から48歳,平均33.6歳であり,30代が最も多い。また,健常者は27歳から56歳,平均41.3歳であり,40代が多かった。 4.2 卒業者の視力と視野  視力と視野については卒業者のみの調査であり,視力(両眼の矯正視力でよい方をとる)は0.1から0.3未満の者が54名で5割弱を占め,0.3以上の者が32名で3割弱で,両者を合わせると3/4を占めている。しかし,一方では0.1未満の者が26名で1/4弱を占め,その中には2名の全盲者が含まれている。大川原らによる1985年の全国盲学校児童・生徒の視覚障害原因実態調査によると,盲学校における視力は0.04以上0.1未満18.2%,0.1以上0.3未満19.7%,0.3以上10.3%となっているが,これらと比較すると,卒業者の視力がよいことがわかる。  次に,卒業者の視野は6割弱の者がほぼ正常であり,視野が30°以上ある者2割強を含めると8割弱の者は日常の行動に不自由がないものと思われる。一方,視野30゜以下や中心暗点があるものは2割強を占めていた。 4.3 理学療法業務の状況  理学療法業務については,視覚障害が影響を与える可能性の高い評価器具や治療器具の使用状況について検討する。  理学療法の治療を遂行するためには,まず,患者の評価をし,それらの結果から治療プログラムを決め,治療が進められるが,評価や治療に際しては,患者の症状に応じて各種の評価器具や治療器具が選択・活用きれ,治療成績を上げることができる。視覚障害者にとって,このような器具の使用に当たっては使用上の困難や器具の工夫が必要であるが,実際の現場ではどのような状況であるのかを調査した。  まず,評価器具及び治療器具の有無と使用状況をみるとFig.2,3に示すとおりであった。  器具の保有状況は,主要な評価器具や治療器具について,卒業者の職場も健常者の職場においてもほぼ同程度の保有状況であるといえる。しかしながら,これらの保有する器具の使用状況はいずれの器具においても健常者よりも卒業者の活用状況が低いことがわかる。このように,器具の使用状況が低いことは何を意味するのであろうか。  評価器具や治療器具は,その測定値や出力計,操作盤などの表示が小さいものがしばしばみられるが,このようなことが卒業者の器具の使用を低迷させる原因になっているものと思われる。そこで,卒業者の器具の使用に際しての苦労の状況をみると,評価器具及び治療器具の使用上の苦労はFig.4,5,6に示すとおりであった。  評価器具と治療器具では,苦労を感じている者の割合が異なり,評価器具の使用上の苦労を感じている者が多いことがわかる。特に,巻尺,体重計,角度計,握力計,血圧計等は使用頻度の高い評価器具であり,5割の者が苦労を感じている。また,肺活量計,スパイロメーター,心電計,クロナキシーメーター等は卒業者で使用している者が少ないことがわかるが,逆に,何の苦労もない者は24%と少ないことから,実際に使用する際には苦労を感じる者が巻尺等の器具よりも多いことが推測される。それに対して,治療器具では,使用上の苦労を感じない者が7割弱と多くなっており,これは治療器具の場合,その操作を一度覚えてしまえばある程度の見当で操作することができるためと思われる。評価器具は目盛りや数値を正確に読み取ることが要求されるのに対して,治療器具は大まかな目安で数値をとらえて操作すればよいものと考えられる。  そこで,評価器具の使用上の苦労と視力の程度の関係をみるとFig.7に示すような結果であった。巻尺等の使用上の苦労は何の苦労も感じない者が,視力0.1以上で6割弱占めるのに対し,0.1未満ではわずかに4%で,8割弱の者は使用上の苦労を感じていることがわかる。このことから,巻尺等の評価器具については,視力の低下が使用上の苦労に大きく影響しているものである。このことは弱視がゆえの苦労であり,その苦労の軽減策をどのように考えているかをみるとFig.8,9に示すような結果であった。評価器具では表示の大文字化に期待が寄せられており,治療器具では目盛り等の文字の拡大やその部分を照明によって明るくする工夫に期待が寄せられている。このような目盛りや操作盤の拡大文字化については,それらを作る医療器メーカー側の意図で決まってくるものであり,一部のメーカーでは視覚障害者用に改良した製品を販売しているが,多くの製品はそのような配慮がされていなのが現状である。現在,視覚障害者用に改良された製品はTable1に示すとおりである。 5.考察  視覚障害のある理学療法士にとっては,評価器具や治療器具を使いこなすには多くの努力が必要であり,また,理学療法の業務の中にはMAN TO MANで治療を行う部分がかなりの量を占めている。それらは主として徒手による治療であり,今回の調査結果から視覚障害を持つ理学療法士の中には器具を使わずに,主として徒手による治療で対応しているものと推測される。  このようなことから,視覚障害を持つ理学療法士が医療現場で生き残るためには二つの面から考えなければならない。すなわち,ハード面では視覚障害者に使いやすい器具の開発であり,ソフト面では理学療法の中の徒手による治療技術の徹底教育である。 6.結び  今回は,紙面の都合上主として評価器具・治療器具についての問題を検討したが,今後,事務処理や人間関係等についても取り上げたい。 参考文献 1)藤沢 しげ子他:理学療法部門における視力障害者の業務内容に関する一経験,総合リハビリテーション,第8巻第2号,135-138,1980 2)徳島県立盲学校理学療法科:臨床実習における生徒の視力視機能に適した教材教具の研究 3)鈴木 まどか:盲学校生徒の社会への適応,性を高めるための課題について,筑波大学心身障害学系,平成元年度内地留学報告書 4)日本理学療法士協会調査資料部付理学療法白書委員会:理学療法士実態調査報告,理学療法学,VOl.17,No.6,569~592,1990 5)大川原 潔他:全国盲学校児童生徒の視覚障害原因と推移-1985年・全国実態調査を中心に-,筑波大学学校教育部紀要,第8巻,111~132,1986 6)日本理学療法士協会:理学療法白書,日本理学療法士協会,1990 7)安井 秀作:職業リハビリテーション,中央法規出版1989 8)西川 実弥:リハビリテーション職業心理学,リハビリテーション心理学研究会,1989 Fig.1 理学療法士養成学校数と養成定員の推移 Fig.2 評価器具の使用状況 Fig.3 治療器具の使用状況 Fig.4 評価器具の使用に際しての苦労1 Fig.5 評価器具の使用に際しての苦労2 Fig.6 治療器具の操作に際しての苦労 Fig.7 評価器具の操作上の苦労と視力との関係 Fig.8 評価器具使用上の工夫 Fig.9 治療器具使用上の工夫 Table1 医療メーカーの視覚障害者用の治療・評価器具