天久保キャンパス(聴覚部)構内コンピュータ・ネットワーク構築の試み 渡辺 隆・安東 孝治・加藤 雄士・清水 豊・貞本 晃* (筑波技術短期大学電子情報学科,*機械工学科) 要旨:筑波技術短期大学聴覚部天久保キャンパスにおいて,構内コンピュータ・ネットワークの構築を試みたので概要を報告する。今回構築したキャンパス内のLAN(Local Area Network)は,Macintoshパソコン数十台をAppleTalk phoneNETシステムにより相互接続したものである。一方,このMacintosh LANは,UNIXワークステーション(WS)のLANに接続され,これが学外のネットワークに接続されているので,Macintoshユーザは,WSを経由して,インターネットなど世界中のネットワークユーザとの間で通信ができるようになった。現在,天久保キャンパスに在籍する教官の1/3がこのネットワークに参加しており,電子メールを中心に,それに付随して画像・音声データ,ソフトウエアの交換,データベースの利用などの試みが活発に行われている。また,このシステムを授業の中でも使用しており,今後研究教育の多様な分野に利用できると考えられる。 キーワード:コンピュータ・ネットワーク,インターネット,LAN,AppleTalk,障害者教育 1.概要と経過  天久保キャンパス構内にコンピュータ・ネットワークを作りたいという希望はかなり前からあったが,教官有志の間で,具体的にどのような機器の構成がよいかなどの検討が始められたのは,電子情報学科電子工学専攻LANができたころ(1992年3月)である。このLANは,主に電子工学専攻3年生(情報通信コース)の教育用に構築されたもので,1つはUNIXワークステーション複数台をTCP/IPL2)接続したイーサネットLAN,もう1つはMacintoshパソコン複数台をAppleTalk3)により接続したLANである。このふたつのLANは,ハード的にもソフト的にもそのままでは互換性がないために,プロトコル変換器(ゲートウエイ)を仲介にして両者を結合している(第1図)。このような,一見すると,複雑で使い勝手が悪いように見えるLANを作ったのは訳があった。UNIX WSはもともと全ての標準的ネットワーク機能(通信機能)を内蔵しているので,コンピュータ・ネットワークを最も有効に利用できる機種であり,後述するインターネットと接続するためには最適のコンピュータであるが,素人には使いにくい所があり,一般向きとは言いにくい。一方,Macintoshはネットワーク機能は完壁ではないが,親しみやすいGraphical User Interfaceを持つ,非常に使いやすいコンピュータである。  また,WSは当時かなり高価であったため,全てをWSで構成するよりは,パソコンLANと組み合わせる方が,ゲートウエイを含めても,費用の点で有利であった。このように,2つのLANはそれぞれの長所と短所が互いに補完的である。このようなLANの複合体がまず構築された。それから1年程の期間,このLANを電子工学専攻フロアで使用し,イーサネット,AppleTalkのそれぞれのLANの通信機能や,ゲートウエイを含めたUNIX WSとMacintosh間の相互通信機能の使い勝手などの具体的把握がなされた。その後,このLANを基本にして,それを拡張することにより,今回報告するキャンパス構内ネットワークLANが構築された。 キャンパス外への接続  このような経過で1つのLANが出来上がったが,このLANから学外のネットワーク上のユーザと通信を行うには,これをインターネットなどの世界規模のネットワークと接続する必要がある。インターネットはWAN(Wide Area Network)の一つで,世界中の大学,研究機関,企業などを結び,非営利目的で運用されるネットワークである。インターネットに直接結ばれているのは約50か国,間接的に接続できる国を含めると120か国におよぶネットワークになっている4.5)。インターネットはIP(Internet Protocol)規約と呼ばれる通信規約に従って結ばれ,利用者はIP接続(情報をIPパケットの形で交換する)によりインターネットを利用する2)。インターネットの中の特定のマシンとこのIP接続により情報交換を行なうためには送信側と受信側の双方のコンピュータにユニークに決められたアドレス(IPアドレス:Internet Protocol Address)が必要になる。筑波技術短期大学のIPアドレスはすでに取得されており,それを視覚部と聴覚部両キャンパスで割り振ることにより,インターネットへの接続が行われた。この接続形態をハードウエアとして見ると,聴覚部(電子工学)イーサネットLANからNTT専用回線,視覚部LANを経て,インターネットに接続されている(第1図)。LAN上のデジタルデータはモデム(9.6kBPS;BPS=bits per second)により,音声信号に変換して専用回線内を通過させている。 キャンパス構内のネットワーク構築  キャンパス内の教官研究室,実験室のコンピュータを結合してネットワークを作るためには,使用されているコンピュータの種類や,使用目的などの要因が重要である。聴覚部の教官のほとんどはNEC PC-9801やMacintoshといったパソコンを日常使用し,ワープロ,科学技術計算,画像処理,データベースなどの作業に使用している。UNIX WSを使用している人は極く少数である。  ネットワーク構築といっても,試行であるから,予算はほとんどなく,安上がりのシステムが必要であった。  従って,幹線の配線や,幹線とユーザのコンピュータとの接続などのほとんどの作業も,業者に発注するのではなく,利用者で分担してもらう必要があった。また,このコンピュータ・ネットワークは技術的に新しいために,ほとんどの人は使用経験がないので,構築の計画を話しただけでは,有用性を納得してもらえても,接続作業などを負担してもらうことは困難である。従って,最初はネットワークの利用に熱心な少数の人達にまずパイロットユーザになって貰い,その周囲に徐々にユーザが増えていくというストーリーを期待した。うまくいけば理想的である。ネットワークに興味を持つ教官の多くはMacintoshを所有している。これらのことから,キャンパス内のネットワークとして,MacintoshによるLANを構築することが良いと判断された。幸い,冒頭で紹介した電子工学専攻ではUNIXWSのLANをインターネットに接続する作業もすでに終了し,AppleTalk LANもすでに稼働していたので,このMacintosh LANを延ばして各教官研究室のMacintoshを接続することになった。安価で接続インターフェースが良好なphoneNETシステムによるバックボーン型配線を行うことになった(第1表)。  聴覚部に所属する教官の90%は校舎棟に居室があり,残りの10%は教育方法開発センター,体育館に居室を持つ。まず,校舎棟内でAppleTalk LANの幹線を配線した。校舎棟内の配線後,体育館との接続が終了した。現在,教育方法開発センターとの接続について検討している。校舎棟各階に幹線を配線した後,チラシなどでネットワーク参加者を募った。この参加の条件としては,Macintosh本体とネットワーク接続用パーツ(コンピュータ1台あたり約4,000円)は自己負担,接続作業は原則としてユーザが行うが,経験者が作業の指導をするというものである。いずれにせよ,ネットワーク利用者が自分達で全部の作業を行った。接続作業が終了すると,サーバWSへのユーザ登録,Macintoshへの通信用ソフトウエア(後述)がインストールされて,ネットワーク・ユーザの一連の立ち上げ作業が終了する。並行してマニュアルが作成された6,7)。 第1表 LAN諸元 2.ネットワーク利用状況  現在天久保キャンパス内でこのネットワークにMacintoshを接続して利用しているのは,在籍する60名の教官の35%にあたる21名で,3人に1人は参加していることになる。多くの教官がネットワークに興味を持ち,参加・利用していることを示している。利用開始(1993年8月)からまだ日が浅いが,次の箇条書きに示されるような多様な利用がなされている。また,教育用としては,電子工学3年生が主に「ネットワークシステム実験」の授業で各種実験を行っている(後述)。  もともと視覚情報の交換を主とするコンピュータ・ネットワークは,聴覚障害に関する教育・研究を進める上で強力な手段となるので,天久保キャンパス内でのコンピュータ・ネットワークは,今後急速に利用が多様化していくものと考えられる。 1.教官の利用 (1)日本,海外のネットワークユーザとの電子メールの交換 ◎研究打ち合わせ,国際会議の準備,技術資料の請求・送付,井戸端会議 (2)国内,国外のデータベースの利用 ◎出版物情報検索 筑波大学の図書検索システム(TULIPS)を学外から利用 アドレス:anzu.cc.tsukuba.ac.jp(IP:130.158.64.40) ◎NASA人工衛星データベースの利用 (3)遠隔地にあるコンピュータの利用 ◎telnet, ftpなど ◎anonymous ftp フリーソフトの検索,入手 ネットワーク技術ドキュメント(RFCなど)の入手 (4)音声データ,画像データの交換 ◎CADの応用としてJViewフォーマットの写真データの伝送 ◎本学とNTIDとの間でのカラー写真データ伝送実験 (5)教育雑務についての連絡 Ⅱ.教育用(後述) (1)UNIX OS,シェルプログラムの学習 (2)ftp, telnet,電子メールなどのネットワーク利用技術(ソフト)の学習 (3)AppleTalk LANやUNIX LANのハードウエアの基礎学習 (4)通信回線のハード,データ伝送技術などの学習 (5)IPアドレッシング,ドメイン名システムなどネットワーク管理の基礎の学習 (6)学生,教官相互のメール交換 (7)国内,国外データベースの利用 Ⅲ.近い将来の利用形態 (1)本学学生と海外(アメリカNTIDなど)の学生との間の電子メールによるコミュニケーション (2)同じく画像データの交換 (3)電子ニュースの利用 (4)Mac AutoCADフォーマットによる画像データの伝送 (5)QuickTimeによる動画(静止画)の伝送(CAD/CAM設計製図などの教育方法の説明など) Ⅳ. 将来の利用案 (1)ビデオ音声,画像の中継伝送(双方向)  行事,部屋の中の様子など,話をしなくても「見える」ことによる情報交換 3.ネットワーク利用のためのソフトウエア (1)NCSA Telnet  パソコン(Macintosh)を,TCP/IPネットワーク上のホストコンピュータの端末として使用するためのソフトウエアである。AppleTalk LAN上で使用するためにはゲートウエイを仲介にしてTCP/IPネットワークと接続しておく必要がある。このソフトウエアによりDARPA標準telnetの機能が実行される。ネットワーク上の複数のコンピュータに同時にアクセスが可能である。また,ファイル転送プログラム(ftp)を使用して,遠隔地のコンピュータとユーザとの間でファイルの相互転送ができる。NCSA Telnet 2.5はイリノイ大学で開発されたもので,フリーソフトとして入手が可能である。一部日本語化されている。約150ページの詳細な英文マニュアル(ファイル)が付属している。 (2)eudora  UNIX WSをメールホストとして使用するMacintosh用電子メール専用ソフトウエアで,NCSA Telnetと同じくイリノイ大学で開発されたフリーソフトウエアである。動作させるために必要なハードウエアの設定は(1)と同様である。eudoraは,UNIX WSにインストールされるPOP(Post Office Protocol)を使用してUNIXのメールの読み書きを行う。これにより,MacintoshユーザはWSを意識せずにインターネットユーザとの間で電子メールの送受ができる。受け取ったメールの分類整理,アドレス帖の作成,ニックネームによるメールの送信などができる。また,eudoraには,電子メールにファイルを添付する機能があるので,画像・音声データやソフトウエアなどの各種のファイルを(アイコンも含めて),ネットワークを利用して交換できる。電子メールを主に使用するユーザには最適なソフトウエアである。60ページにおよぶ詳細な英文マニュアル(ファイル)が付属している。 4.構築したコンピュータ・ネットワークの評価  コンピュータ・ネットワークは技術的進歩が急速なので,今後も頻繁な改良が避けられない。構築したコンピュータ・ネットワークの機能や性能が十分かどうかについて,具体的な評価ができれば,今後の改良に役立つ。評価の主な項目としては,使いやすさ,スピード,安定性などがあげられると思われる。また,システムのセキュリティや管理のしやすさも重要であろう。利用者の感想なども含めて,自己採点してみた。 (1)電子メールの使いやすさと機能  自分の部屋の,自分の机の上にあるコンピュータからネットワークにアクセスできるかどうかは,ネットワークの使いやすさの鍵といえる。特に電子メールをやり取りする場合にはプライベートな環境でネットワークが使えることが重要である。以前,試みに,教官が日常使っているNEC PC-9801をネットワークに接続し,教官が使えるようにしたことがあるが,これを使う人はほとんどいなかった。理由は,設置場所が学生実験室であったためである。このような意味では,今回構築したMacintoshのネットワークは,使用者が決まっていて,個人の机の上で使用されているパソコンが対象なので,使いやすさ,アクセスのしやすさという点では合格といえる。  一般的に言って,ソフトウエアの機能は高いほうがよいのだが,機能の高苔と使いやすさは,時によって両立しないことがある。だから,マニュアルを熟読しなくてもある程度使えることが大事であろう。また,マニュアルを読むことによって,さらに高い機能が使えるようになっている必要もある。フリーソフトとして今回使用者に配布したeudoraには,詳細な英文マニュアルがファイルとして付属しているが,多くの利用者はマニュアルなしで,簡単に使い始めることができた。eudoraはまた,画像・音声データ,ソフトウエアなどを,電子メールの添付ファイルとしてネットワークを介して交換することができる。この機能により,例えばユーザのMacintoshから直接,日本と米国NTID間でカラー静止画像の交換実験8)に成功しており,ソフトウエアとして機能が高い。また,この超長距離伝送実験の成功は,インターネットが良質のデータ伝送経路として機能していることを端的に示している。また,我々の構内LANの機能が正常であることもわかる。 (2)学内コミュニケーションのツールとして  会議の通知,催し物の案内など,多くの人達に同じ用件で連絡をする場合を考えると,文書をコンピュータやワープロで作成し,これをプリンタで印刷した後,必要な数のコピーを作り,これを事務室のメールボックスに入れるという作業をする。電子メールの場合は,コンピュータで文書が作成されるところまでは同じであるが,その後は宛先のユーザ名を並べて直ちにメールとして送信するだけである。1回の送信で全員にメールが届けられる。このような作業は,電子メールの最も基本的な機能のひとつである。こういった作業が学内のコミュニケーションに占める部分は決して小さくない。従って,利用者数が多ければ多いほど,学内での情報交換のツールとしてのネットワークの利用価値は高まる。  メールログファイルで調べた電子メールの利用状況は,送受信のうち,約60%が学内ユーザ,約30%が国内ユーザ,約10%が国外ユーザとの間の通信である(1993年11月の記録)。学内ユーザ同士の通信が半数を越えており,学内コミュニケーションの手段としても重要である。 (3)データ伝送スピード  コンピュータ・ネットワークのスピードは,コンピュータの,性能だけでは決まらず,ネットワークを構成する機器,回線の性能も関係する。今回構築したネットワークについて,データ伝送速度を調べたので以下に紹介する。  ネットワーク内のデータ伝送速度は,ftp(file trans ferprogram,ファイル転送プログラム)を実行して実測することができる(第2表)。その結果によれば,MacとUNIX間では平均17kbytes/s,イーサネットLAN内のワークステーション間では70kbytes/s程度である。また,SUN 4/10シリーズなどを使用すると,300kbytes/s(2.4MBPS)程度の速度が得られ,これはイーサネッ卜の公称伝送速度10MBPSに近い。イーサネット内WS間の伝送速度はAppleTalkとイーサネット間に比べ4~10倍程度高速である。AppleTalk内での伝送速度は,イーサネットとAppleTalk間の伝送速度とほぼ同程度と考えられる。一方,WSとキャンパス外のサイトとの間でのデータ伝送速度は平均0.7kbytes/s程度である。これは,現在使用しているモデムの伝送レート9.6kBPS(1.2kbytes/s)によって速度がほぼ決まっていることを示している。LAN内と外部との伝送速度の違いは約100~400倍程度であり,LAN内が圧倒的に速い。このように,ネットワーク内のデータ伝送速度は,使用されるコンピュータの性能や回線経路の伝送能力が関係するが,その他に,ネットワークを通過するパケットの混雑状況などによっても支配されるので,実際の伝送速度はランダムに変化していることが多い。  また,時には故障かと思えるほどアクセスが遅くなることがある。パケットの混雑が原因のこともあるが,商用電源電圧の変動やコンピュータ本体の電源容量の不足などにより信号レベルの低下をひきおこし,サーバにつながりにくくなったと思われる場合も多い。 (4)システム管理とセキュリティ  ネットワークの実験が開始されて日が浅いので,システム管理やセキュリティについては問題点が十分に出尽くしているわけではない。詳しい評価をするには時間が必要である。ここでは,これまで経験したわずかの事柄と,それに関連する一般的な常識を述べる9)。 (a)ユーザレベルでは,パスワードの管理が重要である。例えば,メールソフトの設定によっては,ソフトウエアがパスワードを記憶して,立ち上げ時に自動的にメールホストWSに接続してしまうものがある。また,まれに,機密を要するメールが送られてくる場合もある。これらの場合は,ユーザが使用しているコンピュータを本人以外は使えないようにするために,Screen Saverとパスワードの組み合わせをするなどの工夫が必要である。SUN WSにはlockscreenプログラムがあるが,パソコンにこのような機能を持たせることも容易である。 (b)コンピュータ・ネットワークは,いったんインターネットなどに接続されると,世界中のほとんどのネットワークユーザとの間で通信ができるようになるが,その半面,悪意をもった侵入者による外部からのデータやシステムの破壊の危険が生じる。このような外部からの侵入は,きちんとした管理を行なっていれば,かなりの程度防げると考えられている9)。しかしながら,一般的に,企業などの業務ネットワークのセキュリティに比べると,大学は,所持しているデータやソフトなどが個人的なものが多いことから,セキュリティに対する感覚も大雑把な傾向があり,ネットワークの管理が手薄になりがちであることが指摘されている。 (c)フリーソフトウエアの扱いでは,virusの警戒が必要である。必ず,管理がきちんとしたところからdownloadするなどの注意が重要である。 (d)ユーザが,大きすぎるファイルを一度に転送しようとして,システムのテンポラリーファイルの容量限度を越えてしまい,瞬間的にではあるが,システムが停止するような場合がある。これはシステムの限度などをユーザに徹底すべきことの一例と思われる。 (e)コンピュータ・ネットワークは24時間運転が普通である。本ネットワークでは,サーバなどに対して,ソフトウエアによる自動停止機能をもつバックアップ電源を装備して,事故,落雷などによる停電や瞬断に対処している。これは,停電時に構内のネットワークユーザに対してシャットダウンの予告,シャットダウンプロセスの実行,電源切断を自動的に行う機能を持っている。このようなサーバ電源のバックアップ,システムの自動停止などは,システムのセキュリティのための基本的設備として重要である。 (f)アクセススピードの極端な低下が時々見られる。はっきりした原因は不明であるが,商用電源電圧の降下や,消費電力の大きいボードを入れたためにパソコン電源容量が不足したなどが原因となっているかも知れない。サーバ,ゲートウエイなどのシステム系の電源管理の他に,ユーザ自身によるコンピュータの電源環境の管理も必要と思われる。 第2表 ftpによるファイル伝送速度(実測値) 5.コンピュータ・ネットワークと(聴覚障害者)教育 (1)基本的考え方  コンピュータ・ネットワーク(またはネットワーク)はコンピュータの使用方法に革命的な変化をもたらしたと言われている。電子メールなど上述の利用状況を見ても,これが優れたコミューニケーション・ツールであることは明らかである。また,コンピュータ・ネットワークは視覚中心のメディアであるから,これを聴覚障害者とのコミューニケーションや教育に利用することは大きな価値がありそうである。コンピュータ・ネットワークの特徴を挙げれば次のようになるであろう。 (1)テキスト,画像,音声の正確で高速な伝送 (2)これらの情報の遠距離間相互利用 (3)情報の再生,拡大,縮小など編集,再利用が容易  このような特徴は聴覚障害者,健聴者を問わず,使用するすべての人にとって意味がある。聴覚障害関係の教育に使用した時のメリットを,強いてこれらの特徴に加えれば,次のようになる。 (4)視覚情報が中心である (5)言葉が文字に置き換えられている  これらのことから,健聴者がコンピュータ・ネットワークを使用してできることのほとんどは,そのまま聴覚障害者が享受できると考えられる。コンピュータ・ネットワークの利用に関しては,聴覚障害者のハンディはほとんど無いようである。  コンピュータ・ネットワークはコンピュータの応用技術なので,前段階で,コンピュータそのものを使いこなす教育が必要である。幸い,本学では,全学科においてコンピュータを使った教育が行われているので,ネットワークを教育に使用するための環境は本学ではすでに整っていると言える。 (Ⅱ)教育への応用例  電子工学専攻ではネットワークを使用して授業を行っている。もっとも,この授業はネットワークの仕組みそのものを学習の対象としているため,ネットワークを教育の手段として考えたときの応用例としては,あまり参考にならないかも知れない。  この授業は,電子工学専攻3年生(定員10名)の約半数が受講する,情報通信コースの学生を対象としたもので,「ネットワークシステム論」と「ネットワークシステム実験」の2つの授業がある(授業は著者の1人,渡辺 隆が担当している)。このコースの学生は,この2つの授業と並行して,コンピュータ周辺機器のハードウエア及びソフトウエアについての授業,「周辺端末機器論」と「周辺端末機器実験」をセットで学習している。また,学生は1,2年次にコンピュータの基礎知識,C言語などのプログラミング技術や,ワンポードマイコンなどのハード,ソフトを学習している10)。  この授業では,ネットワークシステムとその管理技術の基礎的知識の学習と,実際にネットワークを使用してその利用技術を修得することに重点が置かれている。教科書は「ローカルエリア・ネットワークの基礎と実際」(丹野 州宣著,共立出版)を使用したが,また,前述のネットワーク使用マニュアル6,7)などをもとに,「学生用コンピュータ・ネットワークの利用マニュアル」を作成して,これを適宜授業に使用している。授業内容は以下の通り。 (1)1学期  コンピュータの基本操作方法,ファイル操作(読みだし,記録),日本語入力  簡単なUNIXコマンドの学習  LANの基礎技術  伝送媒体の特性  UNIX端末としてのMacintoshの操作 (2)2学期  ftp, telnet,電子メール  anonymous ftp(登録外ユーザによるftp)を使ったファイル転送  ファイル転送速度の測定(他大学のWS,NASAの人工衛星データベース11)のアクセスなど)  AppleTalk LANやUNIX LANのハードウエアの基礎  IPアドレッシング,ドメイン名システムなどネットワーク管理の基礎  プロトコルと階層モデル (3)3学期  テキスト処理プログラムの学習(ログファイルの解析)  シェルプログラムの学習  IPパケットの解析 (Ⅲ)授業の様子  ネットワークを利用して,遠隔地のWSにアクセスすることは大変エクサイティングである。東京大学,京都大学,カリフォルニア大学,NASAなど,国内,国外を問わず,同じ手続きで接続でき,anonymous ftpによるファイル転送などが利用できる。ただし,これについての学生の反応は多様で,「先生,本当に東京大学につながっているんですか?」と興奮気味の学生もいれば,自分でカリフォルニア大学のWSと接続ができ,先方からメッセージが返って来ても,当たり前といった態度の学生もいる。また,遠隔地のWSと接続していることの意味がよく分からない学生もいる。このような学生は,何度か同じ操作を自分で繰り返しているうちに,だんだん状況が理解できていくようである。  講義の中で,例えば,ファイル転送プロトコル,あるいはIPアドレスといったネットワークの基本的知識を説明しても,講義のみで理解することは難しい。実際に自分でコンピュータを操作して遠隔地のWSにアクセスしたり,そこからファイルを自分のコンピュータに転送を行うことにより,初めて理解が本物になってゆくようである。そのような意味で講義と実験が密接に関連している必要がある。  メールは,きちんとした文章を書くことが必要なので,文章作成能力の訓練という効果もある。また,考えをまとめながら,文章化することになるのでコンピュータの基本操作に慣れている必要がある。また,ネットワーク上のWSにアクセスすると,そこは英語の世界であり,やりとりされるメッセージ,頻繁に参照されるREADMEファイルなどは全て英語である。UNIXのマニュアル類も英語が多く,英文マニュアルを読む力も必要である。これらの英文はそれほど難しくはないが,それでも英語力不足の学生が多い。  実験結果のレポートをコンピュータファイルとして作成し,教官に電子メールとして提出させる,あるいは課題の詳細を教官が各学生宛にネットワークを使って送り,それに従って授業を進めるなどのことは授業の中に取り入れており,効果があるようである。  この授業は平成4年度に開講したばかりであり,カリキュラムはまだ工夫の余地が大きい。この授業を受けた学生の中からネットワーク管理技術者が育つようになってほしいと考えており,今後,カリキュラムの大幅な改善を行ってゆきたい。  コンピュータ・ネットワークを教育に取り入れるには,ネットワークに詳しい知識を持った担当者がいること,使用者がコンピュータの扱いに慣れていることが必要であろう。このようなことから,今のところ,ネットワークを教育,コミュニケーションに使用できるのは大学,企業などに限られるのではなかろうか。しかし,コンピュータの価格が急速に下がり,専門知識が不要で使いやすいコンピュータが普及して来ているので,近い将来,中学,高校レベルでも教育の重要なツールになる可能性がある。 6.今後の課題 (1)現在のように電子メールの送受が中心の場合は9.6kBPSでも遅すぎることはないと思われるが,今後,大量の画像データを高速に送るなどの高速伝送の必要性がでてくれば,NTT専用回線の部分を現在の9.6kBPS(1.2kbytes/s)から,64kBPS(8kbytes/s)ディジタル回線にする,あるいは光ケーブルの回線にするなどの改善が必要になると思われる。 (2)今後NEC PC-9801,DOS/V機,WSなど各種のコンピュータをネットワークに続するために,構内イーサネットLANを早急に検討する必要がある。イーサネットLANはAppleTalk LANと比較して,施設の費用は1桁程多くかかるが,伝送速度は数倍大きい(上述)ので,Macintoshも近い将来はAppleTalk LANの他に,イーサネットLANに直接接続するEtherTalkを併用することになると思われる。すでに各階のWSを接続できるようなイーサネット幹線の配線は一部終了しており,今後イーサネット・インターフェースを備えたコンピュータを利用者側が用意し,それを各階(学科)でまとめて幹線に接続するような構築方法を検討する必要がある。 (3)現在,全学ネットワーク構築の構想が進行中である。これが正式にスタートした場合には,我々が今回構築したLANのハードウエア,構築の経験,ネットワーク利用のノウハウの蓄積などは,全学ネットの有効利用に役立つと思われる。 (4)コンピュータ・ネットワークを利用者の使いやすい環境として保つには,きめの細かいユーザ・サービスおよびシステム管理が必要である。特に,聴覚部ではコンピュータ・ネットワークの重要性は非常に高く,今後急速に利用が多様化していくことが予想されるので,近い将来,システム管理の比重は,現在の実験LANよりはるかに大きなものとなるであろう。UNIXのシステム管理は一般的に難しく,我々のような基本的にはネットワーク・ユーザである学科教官有志による連用管理には限界がある。今後,本格的なネットワークの構築と運用には専任のスタッフが必要である。 まとめ  当初,参加者がせいぜい10人程度の,ささやかな構内ネットワークの実験をするつもりで始めた今回の試行であったが,予想外に多くの教官の参加を頂いたので,結果的にはかなり規模の大きい,本キャンパス初の,構内LANの実験になった。現在のところ,システム停止などの大きなトラブルもなく,円滑に運用されているので,本ネットワークは利用者のための良好な実験環境となったと自負している。また,予算の少ない今回の実験だったので,フリーソフトを中心にした使用環境を作ったが,これらは全て十分に使用実績のある使いやすいものであった。また,マニュアルを熟読しなくても使いこなせるという利点もユーザには好評であった。ネットワークの利用形態は電子メールのやりとりが中心であるが,それに付随して画像データや,ソフトウエアの交換,データベースの利用など,各利用者が自由に,それぞれの利用方法を積極的に開拓している。  今回のネットワークの構築において,ケーブルを各階に張巡らし,天井裏を配線し,研究室や実験室のパソコンと接続するハードウエアの作業は,著者たちを含めて,実際にネットワークを利用する熱意ある人たちのボランティア的作業であった。業者に頼んだ工事はほとんどなかったため,計画通り,あまり費用をかけずにネットワークが出来上がった。このようなことは,チームワークを無視しては不可能であった。その意味では,多くの人達と一緒にネットワークの構築や運用を,試行ではあるが,何もないところから立ち上げた経験は大変貴重なものであった。また,多くの若手教官には,ネットワークの構築に参加して頂きその実際を体験してもらえた。今回の構築実験は,これから若手教官が中心となってネットワークの利用を推し進めるきっかけになったと考えられる。  最後に,この構築実験に当たっては,ネットワークに関連するいろいろな専門の方々のご指導,ご助言を頂きながらの作業であったことを強調したい。また,ネットワーク構築作業に積極的に参加あるいはお手伝い頂いた,荒木 勉,岡田 昌章,翁長 博,土田 理,前島 健,米山 文雄,篠崎 達明の各氏に感謝致します。視覚部河原 正治氏には視覚部LANとの接続作業にご協力とご教示を頂きました。感謝の意を表します。 参考文献 1)J. Postel(edited),Transmission Control Protocol DARPA Internet Program Protocol Specification RFC 793. September 1981. 2)J. Postel(edited),Internet Protocol DARPA Internet Program Protocol Specification, RFC 791, September 1981. 3)AppleTalk Network System Overview(日本語版), Addison-Wesley Publishing Co.,1990. 4)E.Krol and E. Hoffman,What is the Internet?,RFC 1462, May 1993. 5)E. Hoffman and L.Jackson, Introducting the Internet A Short Biliography of Introductiory Internetworking Readings for the Network Novice, RFC 1463, May 1993. 6)(マニュアル)ネットワーク利用手引き,NETWORK USER'S GUIDE version 1.0 1993年7月6日渡辺 隆,安東 孝治. 7)(マニュアル)マッキントッシュネットワーク利用手引き,Macintoth Network User's Guide version 1.2 1993年11月1日渡辺 隆. 8)荒木 勉・B.Clymer・渡辺 隆,インターネットを利用した日米画像伝送実験,テクノレポート,本号,1994. 9)下山 智明・城谷 洋司, SUNシステム管理, 第14章「システムのセキュリティ」,アスキー出版,1991. 10)後藤 豊・内藤 一郎・篠崎 達明・加藤 雄士,聴覚障害者のための技術系短大におけるマイクロコンピュータ教育の一事例,電子情報通信学会,ET 92-49,1992. 11)渡辺 隆,オゾン全量分光計(TOMS), 日本リモートセンシング学会誌,Vol.13, No.4,5-9, 1993.