「聴覚障害学生のためのキャンパス造園計画」 建築工学科助手 櫻庭 晶子 教授 吉田 あこ 要旨:本学のキャンパス計画のコンセプト(安全性,明るい雰囲気,ふれあい)に沿って聴障学生の学習・生活の場として良好な環境になるよう配慮した。植栽を主とした造園計画であり,47種の樹木をその特徴によって配植した。保存された既存樹林も活用した。視覚や嗅覚によって四季の変化を感じることができ,学習・生活のいろいろな場面によって同一敷地内でも移動に従って気分転換がはかれるよう,6つのゾーンに分けてそれぞれに工夫した。今回は,キャンパスの緑の骨格を造るべく,全体的なバランスをみて植栽したので,補わなければならない部分も残されている。植栽を主とした造園計画の場合,竣工は成長・完成へのスタートである。今後とも,大切に育てていきたい。 キーワード:造園,植栽,聴覚部,聴覚障害,キャンパス 1.計画の概要  本学のキャンパス計画のコンセプトは以下の「SOFT(ソフト)」である。 ●安全性の十分な確保(Safety) ●明るく開放的な雰囲気(Open, Familiar) ●ふれあいの重視(High-Tech, High-Touch)  今回の植栽を主とする造園計画においてもこのコンセプトを念頭に置いて,聴障学生の学習・生活の場として良好な環境になるよう配慮した。具体的には以下のような点に反映した。 ○視覚にうったえる ・門付近など車道と接する所は密植を避け,見通しをよくする。 ・キャンパス内外からの景観を良くする。 ・四季折々の花や紅葉など変化が楽しめる。 ・観察の助けになる植物名プレートをつける。 ○嗅覚にうったえる ・花や実などに良い香りのある木を取り入れる。 ○管理を容易にする ・剪定整枝を頻繁には必要としない整形型の樹種をできるだけ取り入れる。 ・病虫害の少ない樹種を取り入れる。 ・機械刈り込みが可能な単純な形態の植え込みで庭石等は少なくする。  本計画を文部省大臣官房文教施設部技術課に提案し,技術課で設計され,施設委員会・運営委員会・聴覚部教官会議で説明の後,実現された。 所在地:つくば市天久保4-3-15 敷地面積:約44,000m2 計画:櫻庭 晶子,吉田 あこ 設計:文部省大臣官房文教施設部技術課 施工:不二造園土木株式会社 竣工時期:1992年3月 2.各ゾーンの計画  キャンパス全体を図-1に示す,①エッジ・ゾーン,②エントランス・ゾーン,③スタディ・ゾーン,④リビング・ゾーン,⑤コミュニケーション・ゾーン,⑥スポーツ・ゾーン,の6つのゾーンに分け,それぞれのゾーンの特性・役割に合わせて計画した。以下,各ゾーン毎に説明する。 ①エッジ・ゾーン(敷地周縁部)  敷地周縁部は,キャンパスと外部との接点であり,外部からの大学の印象を決める上で果たす役割が大きい。いつも緑で囲まれたキャンパスにするため,樹種は常緑のものを中心に何種類か用い,部分的に変化をつける。  西縁・南縁は,シラカシを列植する。シラカシは,この地域の植生上代表的な樹種でもあり,葉の色が緑白色系で明るいイメージである。  東縁には,同じくこの地域の植生上代表的な樹種であるマテバシイを列植する。景色を変化づけるため,アクセントとしてアケボノスギを添える。  北縁だけが道路をはさまずに直接に隣地と接している。北側隣地は民間のアパート等であり,大学側は学生寮のゾーンであるのでお互いにプライバシーを保てる区切りとなるような植栽が必要である。既存樹林と一体化してみえるように,コナラ,クヌギ等既存樹林の中に多い樹種を主として樹林風に植える。 ②エントランス・ゾーン(入口周り)  大学のメイン・エントランスとして格調高い雰囲気をつくり,四季の変化を楽しめるようにする。  植栽樹種は,サクラ類,サザンカ,チャボヒバ,ドウダンツツジ等をやや整形的に配植する。 ③スタディ・ゾーン(校舎棟周り)  校舎棟周りは,授業の合間にバルコニーに出て見れば,目が休まり気分転換ができるように花木を配植する。  植栽樹種は,アメリカハナミズキ,ハナカイドウ,エゴノキ,シャクナゲ,ライラック,ハクモクレン,シャリンバイ,ケヤキ等で春咲く花木が主体になった“春の庭”というイメージである。 ④リビング・ゾーン(寄宿舎周り)  学生寄宿舎を中心とする生活のゾーンなので,学習の場とは気分を換え,適度にプライバシーを保ち,家庭的な楽しい感じを与える雰囲気づくりをする。空間の区切りとなる門に相当するものや,柔らかい目隠しとなる植栽が必要である。既存樹林の一部が保存されている所は,適切に下刈りを施し散策路を設け自然の観察ができるようにする。  “門”としてはフジを絡ませたトレリスを置き,その他植栽樹種は,アジサイ,モッコク,ドイツトウヒ等で“夏の庭”のイメージである。 ⑤コミュニケーション・ゾーン(大学会館・アトリウム周り)  キャンパス全体の中心部に位置し,大学会館,会館前広場と共に人の溜まり場となる。また,スポーツ・ゾーンへの通路ともなる場所である。学園祭等の行事に多目的に使ったり,地域住民に開放し学習・憩いの場となるよう魅力のある公園のような雰囲気作りが必要である。  会館前広場にはタイサンボク,ハクモクレン,ケヤキで緑陰をつくり,ベンチつきツリーサークルを設置する。食堂前は“秋の庭”のイメージで,紅・黄葉するカツラ,モミジ類,ニシキギ等を配植する。アトリウム内にもハナミズキを植えベンチを置いた。 ⑥スポーツ・ゾーン(運動施設周り)  運動場・プール・テニスコート周りは,気分を換えてスポーツに打ち込めるようにする。  キョウチクトウ,マテバシイ,ツツジ類で囲いを巡らして他のゾーンと軽く区切る。  上に記したものも含めて,四季折々に変化する特徴ある樹木を選んで植栽しており,表-1に特徴別植栽樹種リストを示した。 3.今後の課題  今回は,キャンパスの緑の骨格を造るべく,全体的なバランスをみて植栽したので,部分的には密度が薄い所も残されている。今後そこを補っていく必要がある。例えば,「開学5周年記念樹」として常緑のクスノキをスタディ・ゾーンに植えることができたので,高木は落葉樹ばかりであったこの場所に重要なアクセントができた。  補うのは樹木に限らず,草花を楽しむ花壇,すでにアトリウムに設置されている彫刻のような様々なオブジェ類,ストリートファニチュア,イルミネーション,電柱・電線の埋設など,より豊かな空間を創るためには多くの手段が考えられる。  予算には限りがあるので,小さく植えて大きく育てることをモットーにした。植物材料を多用した造園計画の場合,竣工は成長・完成へのスタートである。今後とも,適切な維持管理で大切に育てていきたい。 エントランス・ゾーン  門付近と歩道沿いに植えられたサクラはこれから風格を増し,入学シーズンに花を添える。右手の列植はエッジ・ゾーンのシラカシである。 リビング・ゾーン  寄宿舎へ通じるフジが絡んだ門をくぐると,突き当たりにはクリスマス・ツリーのドイツトウヒがある。保存された既存樹林は寄宿舎南面のプライバシーを守る。 表-1 特徴別植栽樹種リスト *全部で47種である。キンモクセイのように「常緑で花が咲いて香りが良い」ものはこの表では3回表れる。