聴覚障害学生の体育教材としてのエアロビクスダンス 聴覚部・一般教育等 齊藤 まゆみ 要旨:エアロビクスダンスはアメリカのクーパー博士の提唱する「エアロビクス」理論を基に構成されたダンスである。エアロビクス,つまり有酸素運動としてダンスを用いるので,表現力を基本とする創作ダンスとは異なり,心肺機能を高めるためのエクササイズとして位置づけることができる。聴覚障害者にもスポーツ感覚で音楽に触れることができる教材であり,男女に関わらず実施できる種目であろう。全国の聾学校でも少数ではあるがエアロビクスダンスは体育教材としてとりあげられている。そこで,エアロビクスダンスをさまざまな形に応用し,体育教材として取り入れた本学の取り組みを紹介する。 キーワード:エアロビクスダンス 聴覚障害学生 体育 1.はじめに  エアロビクスダンスはアメリカのクーパー博士の提唱する「エアロビクス」理論を基に構成されたダンスである2)。エアロビクス,つまり有酸素運動としてダンスを用いるので,表現力を基本とする創作ダンスとは異なり,心肺機能を高めるためのエクササイズとして位置づけることができる。聴覚障害者にもスポーツ感覚で音楽に触れることができる教材であり,男女に関わらず実施できる種目である。井上らの報告1)によると全国の聾学校でも少数ではあるがエアロビクスダンスは体育教材としてとりあげられている。そこで,エアロビクスダンスをさまざまな形に応用し,体育教材として取り入れた本学の取り組みを紹介する。 2.本学におけるエアロビクスダンス 2.1 対象  本学では,1992年度の授業の中でエアロビクスダンスを全学年対象に実施した(表1)。  体育Iでは「健康・体力づくりの理論と実際」というテーマの一部として採用し,3回のエアロビクスダンスを行った。事前学習としてウォーミングアップとクーリングダウンについて,運動強度について,運動の組み立て方法等の理論を実習を通して展開してきた。その総まとめとしてエアロビクスダンスを教材として用いたのである。  体育Ⅱでは,「エアロビクスダンス」を教材としてとりあげ,全15回,1回65分のプログラムを作成し実施した。  体育Ⅲでは,選択種目の「ハンドボール」のなかで,球技に必要なフィットネスという内容でエアロビクスダンスを全2回実施した。  また上記以外で,準備運動としてエアロビクスのウォーミングアップの部分を応用したものをハンドボール,バドミントンにも用いた。内容としてはハンドボールで用いるステップやバドミントンのフットワークを基本の動きに組み入れながら5分程度体を温めた後,ストレッチングを行うというものである。  図1は運動強度と達成度に関する受講生のレポートから,エアロビクスダンス授業時における運動強度の変動を示したものである。いずれの学生も目標強度を達成していた。  エアロビクスダンスについての反応をみると「音楽にふれられて楽しいⅡ・女性」,「動きの変化についていくのが楽しいI・男性」,「思っていたよりハードだけど気持ちいいⅢ・男性」,「自分がこんなに弱いなんて,運動不足。これからがんばる。Ⅲ・男性」「また来年もやりたいⅡ・女性」という積極派が「男がやるのは恥ずかしいI・男性」「こういうのは苦手I・男性」という消極派よりも圧倒的に多く,今後の可能性に期待できると恩われる。  この反応を受けて,本学では,今年度は男女共修の選択種目としてエアロビクスダンスを実施する予定である。 2.2 プログラム構成  エアロビクスダンスはウォーミングアップ(UP,準備運動),メインであるエアロビクス(有酸素運動),コンディショニング(EX,筋力・筋持久力強化),クーリングダウン(DW,整理運動)から構成される。さらにエアロビクスの部分は,必ずどちらかの足が地面についていて下肢への衝撃が少ないローインパクト(LI)とジャンプやランニングのように両足が地面から離れ,下肢への衝撃が大きいハイインパクト(HI)に分類できる。  1回の授業時間としては,初心者の場合で30分~50分,中級からは50分~90分を基準にすれば適当であろう。表2は1回の授業構成を示している。具体的な内容については文献4を参照されたい。 2.3 動きづくりでの留意点  エアロビクスダンスの授業は指導者の動きを学生が模倣するという形式で進行する。したがって指導者が作成したプログラムをその目的にかなうように学生に伝え,実行させるためにはハード面(ミラーの設置や音響設備等)に加え,特に次のようなことに留意すると聴覚障害者には効果的であった。  動きのパターンは8を基本に8×1,4×2,2×4などという規則で変化させると聴覚障害者にも分かりやすく変化に対応しやすいようである。健聴者の場合はメロディ変化などで次の動きが予測できるのであるが,リズム程度しか聞こえない学生にはこの規則変化が有効であった。しかし,あまりにも簡単すぎたり,同じ動きばかりであると新鮮さがなく単調なものになってしまうので注意が必要である。  指導者の注意としては,規則変化と同時に動きが変化するときには前もって予備動作や合図をだして学生に知らせることである。出来れば変化するひとつ前の動作時に合図が出せると動きが止まらなくてよい。声だけではわからないことが多いのでできるだけ先行動作で示す,あらかじめ決めておいた合図で示すなどの方法を用いるとよい。 2.4 音楽の選定  聴力レベルにも関連すると思うが,本学では事前の測定から前後4ヶ所にスピーカーを設置し,床から160cmの高さで85±3dBとなるように設定した。理論上は大部分の学生がビートを感じることが出来るはずである。実際の状況は図2に示す通り,全く聞こえないものは10%であり,90%はビートやメロディの移り変わりまでわかるという結果であった。  音楽を選ぶときには,目標に応じたBPMであるならば,ユーロビートのシリーズや学生が知っている曲,例えばテレビドラマの主題歌や流行歌,Jリーグがブームの今ならWE ARE THE CHAMP('93サッカー日本代表オフィシャル応援歌)あたりをとりいれるとよいであろう。 2.5 運動強度の設定  ACSM(アメリカスポーツ医学会)が提唱するエアロビクスの適切な運動強度は,60~90%HRmax,50~85%VO2maxである5)。授業で行う場合は目標HR(心拍数)を個々で設定しておき,各自に測定させ強度を調節させるとよいと思われる。運動強度は,個々の学生のHRmaxを測定できればよいのであるが安全面とフィールドで行うということを考慮し,本学では推定式を用いた5)。  HRの測定はくび(頚動脈)または親指の付け根(橈骨動脈)で行う。10秒間または15秒間測定させ,それを1分間の拍動数に換算して公式にあてはめ運動強度を求め,目標運動強度に対応する目標HRを個々の学生に把握させた。事前の約束として,苦しくなったり動きについて行けなくなった時は無理をせずステップだけ続ける,またはその場足踏みを行い各自でペースクロックを見てHRチェックをするように指示しておけば,目標HRを超えている場合は足踏みをしながらHRが下がるのを待たせることもできる。急に運動を止めることはかえって体に負担をかけることになるので,心拍数が落ちつくまであるいは動きについていけるところにくるまで少し強度を落として動くなど,運動強度を自分でコントロールできるというところが最終目標である。 表1 エアロビクスダンス実施例 図1 運動強度の変化 表2 プログラム構成 図2 音楽の聴こえ方 3.今後の課題  球技のウォームアップとしてエアロビクスダンスを応用したりエアロビクスダンスそのものを楽しむなど体育教材としてのエアロビクスダンスは,聴覚障害学生にとっても有効であることが過去2年間の授業から示唆された。今後はさらに聴覚障害学生のリズム感,リズミカルな動き,ポディバランスの向上を意図したしたリズムエクササイズを検討していきたい。 4.参考文献 1)井上 茂子,佐分利 育代:聴覚障害児のダンス学習.実践報告書.1990.鳥取聾学校 2)K.H.クーパー:エアロビクス.ベースボールマガジン社. 3)Michele S.et.al.:A comparsion of target heart rate methods. J. Sports Med. Physical Fitness(32):372-377.1992. 4)斉藤 まゆみ:聴覚障害学生のエアロビクスダンスの指導.筑波技術短期大学公開講座抄録.1992. 5)山地 啓司:最大酸素摂取量の科学. 1992.杏林書院.