視・聴覚障害学生の精神的健康管理の試み 保健管理センター 市川 忠彦 保健管理センター 石川 知子 視覚障害系 友部 久美子 聴覚障害系 平田 三代子 要旨:視、聴覚障害をもつ本学学生の心理的特性を把握し,心の健康増進を図るためにどのような試みがなされるべきか種々討論を行ってきた結果,平成5年度から新入生を含む全学生にUPIを実施することにした。  UPIの概要と共に,それを学生の精神的健康管理にどのように役立てていくか,私たちの意図するところを列挙した。また,今後の展望についても簡単に触れた。 キーワード:UPL,視・聴覚障害,心理的特性,心の健康増進 1.はじめに  筑波技術短期大学は,視覚障害者及び聴覚障害者の高等教育機関として,わが国で初めて設立された国立3年制大学である。  私たちは,障害者である本学学生の精神面の健康状態を把握し,こころの健康増進を図るためにはどのような試みがもっとも妥当であるか討論を行ってきた結果,平成5年度からUPI(University Personality Inventry:大学生性格調査)を実施することにした。  ここでは,UPIの概要を説明し,それが学生の精神的健康管理にどのように寄与されるか紹介したい。 2.UPIの概要  対象は,筑波技術短期大学にそれぞれの年度に入学した新入生全員とするが,すでに平成5年度に新入生ならびに在学生全員に実施していることから,本学に在学した学生は全員もれなく実施されることになる。  方法は,新入生オリエンテーション時にUPIテストの意義を十分に説明し,全員の同意を得たうえで実施する。  テストは,質問用紙と回答用紙の2枚から成っている。「健康質問表」と題する質問用紙(表)には,1から60までの番号を付した60の簡単な質問が記載されているが,本学の特殊性から,このほかに両障害関係学科共61~65の項目が追加されている。  回答者は設問を読み,自分の心身の状態がその内容に合致する場合は,回答用紙の同一番号の付いた○を黒く●と塗りつぶし,合致しない時には○の中に×印をつける。なお,視覚障害学生のうち,全盲者や高度の視力障害者に対しては点字版を作成している。  設問はいずれも分かりやすく短い文章であるため,設問を読み回答し終わるのに要する時間は通常10~15分程度である。  質問表の内容は,表に示すように,上から下に15問を列記し,60の問題を4列に分けて表記している。この配列にはいくつかの工夫が凝らされている。その1例を挙げれば,質問表の上方に位置する設問は身体的内容,下方に行くにしたがって精神的内容,そして下方の左半分は感情・気分・情緒の問題,右半分は対人関係の問題が集約されている。  設問の特徴を知れば,回答用紙の●の数や位置の間から,回答者の人柄や困っていることの全貌があたかも一枚の絵を見るように浮かび上がってくるのである。 3.学生の精神的健康管理へのUPIの寄与について  UPIは,昭和40年から東京大学や名古屋大学が集まり,休学・退学あるいは自殺を含む精神障害の早期発見および大学生の精神保健の増進を目的に作成された,質問方式による心理テストである。  設問の内容は,CMIやMMPIに類似しているが,これらとは別個に作られたテストである。まだ標準化されていないため,諸外国のデータとの比較検討ができにくいという難点はあるものの,短時間のうちに実施できるという簡便性,手軽な割には妥当性が高いという利点があり,本学でUPIが採用された理由もここにある。精神保健思想の普及と共に,現在ではほぼ全国の大学において,定期健康診断の一部として,通常は入学時にUPIないしはこれに代わるテストを実施し,必要な場合には心理面接をすることが定着している。  さて,UPIの結果を学生の精神的健康管理にどのように役立てていくかについては,これまでいろいろな方法が試みられている1~3)が,私たちは,次のような点に着目しながら活用したいと思っている。 (1)設問25,「死にたくなる」に●をつけた学生については,速やかに呼び出して面接する。  ただ,設問25に●をつけていないからと言って,自殺の可能性を否定することはできない。自殺を未然に防ぐためには,学生の出すささやかな自殺のサインを,周囲の者がいち早く的確に受けとめるしかないわけであるが,これは至難の業である。この設問25が,学生の自殺予防に少しでも役に立てればと,改めて思う次第である。 (2)設問5,20,35,50を除いた56項目の●数が30個を越えている学生については,「要注意」と判断して,速やかに呼び出し,カウンセリングを実施する。 (3)本学固有の付加設問63~65に対する回答を検討し,学生の視覚障害,聴覚障害に対する心の受けとめ方を把握する。 (4)「相談希望あり」に○をつけた学生についても速やかに面接し,どういうことで困っているかを把握し,解決に努力する。 (5)それぞれの設問に対する回答をすべて統計学的に処理し,視覚障害学生と聴覚障害学生が集団としてどのような精神医学的特徴を示すのか明らかにしていく。 表 健康質問表 4.今後の展望  視・聴覚障害をもつ本学学生にとって,自分自身の心の健康に留意しこれを保持することは,将来の健全な社会参加を実現するうえで何ものにも変え難いことである。  私たちの研究目的は,大学という教育現場においてUPIを媒体に,障害をもった学生の現実の苦悩や性格特性を把握することによって,専門教育の効果を高めると共に健全な心を育てて卒業後のより良い社会参加を図ることにある。  今後,本学だけではなく,ロチェスター聾工科大学を含めた他施設の視・聴覚障害学生,他大学の健常学生のデータとの比較を行う横断的検討だけではなく,進級や卒業後の社会参加に伴う経年的なデータとの比較を行う縦断的検討を加えることにより,本学学生の心理的特性を客観的に把握し,彼らの心の健康増進を図りたいと思っている。 参考文献 1)平山 皓,岡庭 武,沢崎 俊之:UPIの有効性の検討第25回全国大学保健管理研究集会報告書,25, 241-244,1987 2)平山 皓,岡庭 武,沢崎 俊之:UPIの有効性の検討(2)第26回全国大学保健管理研究集会報告書,26, 228-231,1988 3)平山 皓,岡庭 武,沢崎 俊之,湊 博昭:UPIの有効性の検討(3)第27回全国大学保健管理研究集会報告書,27, 84-89,1989