視覚障害学生に対する基礎生理学実験実習の実際 筑波技術短期大学 鍼灸学科 大沢 秀雄・佐藤 優子 要旨:生理学実習は学生が自分の体験を通して,生体のしくみを理解する大切な機会である。本学では,生体のしくみを理解する上で基本的な事項を中心に実習項目を選び,生理学実習を行ってきている。本稿では,はじめにこれ迄4年間にわたり行ってきた実習項目や教育方法の推移を紹介する。次に,それぞれの実習項目に対する学生の評価をアンケート調査した結果を報告する。 キーワード:視覚障害者,生理学実習,実験動物,鍼灸師,理学療法士 1.はじめに  生理学は鍼灸師あるいは理学療法士の養成において,生体のしくみを学ぶ基本的な科目である。生理学実習は学生が自分の体験を通して,生体のしくみを理解する大切な機会である。筑波技術短期大学鍼灸学科および理学療法学科では,生理学の講義と平行して生理学実験実習を行っている。  生理学実習は実験動物を対象とした基礎生理学実習と人体を対象とした臨床生理学実習とを行っている。本稿では基礎生理学実習について述べる。  我々は,既報1)2)において視覚障害学生が生理学実験実習を行う際の視覚補償方法の実際について報告した。今回は生理学実験実習で実施している実習項目について紹介し,これ迄4年間の推移と学生による評価について検討したので報告する。 2.生理学実習項目について  基礎生理学実習では実験動物を用いるが,十分に麻酔を施し,痛みを与えないようにするとともに,生命の尊さを教えることが重要である。本学では医学部3),歯学部4),コ・メディカルの学生を対象とした数多くの実習項目の中から以下のように選択した。 (1)生体の機能に関する最も基本的な事項,実験動物を用いることによって始めて理解できる事項を学生に修得させる事を念頭に入れて以下の9項目を選んだ。 1)実験機器の取扱い方:生理学実習をはじめるに当たっての心構えや注意事項を指導するとともに,実習中に誤って事故を起こさないために最初に実験で使用する手術器具,ポリグラフ等の使用方法について習熟させる。 2)神経伝導速度:カエルの坐骨神経標本を作製し,神経伝導速度を測定し,神経の興奮伝導の仕組みを理解させる。 3)神経-筋標本:カエルの坐骨神経と腓腹筋からなる神経-筋標本を作製し,神経刺激によって起こる様々な骨格筋の収縮様式及び筋の疲労現象を理解させる。 4)心電図の測定,心臓の自動能に関する実験:カエルの心臓の動きを観察させながら,心臓の動きと心電図の関係を理解させる。また,スタニウスの結紮実験によって,心臓の自動能について理解させる。 5)血圧測定,迷走神経の働き:麻酔ラットの血圧及び心拍数を記録する。迷走神経を遠心性に電気刺激した際の心拍数及び血圧の反応を観察させ,迷走神経の循環系に及ぼす作用を理解させる。 6)圧受容器反射:麻酔ラットの圧受容器の求心性神経である減圧神経を求心性に電気刺激した際の血圧及び心拍数の反応を観察させ,圧受容器反射のしくみについて理解させる。 7)自律神経刺激剤及び遮断剤の効果:麻酔ラットに自律神経刺激剤及び遮断剤投与による血圧及び心拍数の変化を観察させ,交感神経及び副交感神経のはたらきについて理解させる。なお,この項目は迷走神経刺激,圧受容器反射の実験と併せて行った。 8)瞳孔の働き(平成5年度より実施):麻酔ラットの瞳孔を実体顕微鏡と大型モニタで120倍に拡大し,頚部交感神経を電気刺激した際の瞳孔散大及び体性感覚刺激による瞳孔散大を観察させ,瞳孔の調節機序について理解させる。 9)体性感覚神経活動(平成6年度より実施):麻酔ラットの大腿神経の求心性神経活動を記録し,後肢に種々の体性感覚刺激を加えた際の神経活動の変化を観察させ,体性感覚神経の働きについて理解させる。 (2)さらに,鍼灸学科については,鍼灸療法や手技療法の治効機序を理解する上で重要な事項の1つである体性-内臓(自律神経)反射に関する項目を取り入れた。 10)体性-循環反射:麻酔ラットの皮膚の種々の部位にピンセットでつまむ刺激を加えた際の血圧及び心拍数の変化を観察させ,機械的侵害刺激によって血圧・心拍数が上昇することを理解させる。この項目は圧受容器反射の実験と併せて行った。 11)胃運動の観察と体性-胃反射:麻酔ラットの胃内にバルーンを挿入し,胃運動を記録する。腹部の刺激によって胃運動は抑制し,後肢などの刺激では胃運動の高進が起こることを観察させ,刺激部位によって胃運動の反応が異なる事を理解させる。 12)膀胱運動の観察と体性-膀胱反射:麻酔ラットの膀胱に経尿道的にカテーテルを挿入し,膀胱内圧を測定する。会陰部の皮膚にピンセットでつまむ刺激を加えると,膀胱の排尿収縮運動の抑制が起こる事を観察させ,会陰部以外の皮膚ではこの反応は出現しないことを理解させる。  これらの体性-内臓反射の実習を通して,体性感覚刺激によって内臓機能が反射性反応を起こすこと,また,それらの反応の様式は臓器によって異なることを理解させる。 3.生理学実験実習の項目及び教育方法の推移  表1に平成3年度より平成6年度まで4年間の生理学実習項目の推移を示す。以下,その要点を記す。 (1)平成3年度実施していた,血圧測定・体性-循環反射は,平成4年度以降,血圧測定は迷走神経刺激の実験と合併し,体性循環反射は圧受容器反射の実験と合併した。 (2)体性-膀胱反射の実験を平成6年度より中止した。 (3)眼に関する実習として,平成5年度より瞳孔機能の実験を追加した。また,平成6年度より感覚に関する実習として体性感覚神経活動に関する実験を追加した。 (4)ラットを用いた実験において,平成5年度まではグループ実習を行わせていたが平成6年度より,生理機能の観察に重点を置く目的で,デモンストレーションを中心とした実習を採用した。 (5)平成3年度は事前に制作したビデオによりデモンストレーションを行った。平成4年度以降は,実際に標本作製を行い,それを,ビデオカメラや実体顕微鏡で拡大提示するとともに,全盲学生に触知させることによって行った。 (6)平成4年度より,レーズライターを併用することによって,実習のその場で全盲学生に対し波形を示せるようになった。 4.実習の評価 (1)目的  前項で述べた生理学実習の各項目が学生にどのように評価されているか調べ,今後の実習の改善をはかる目的で行った。 (2)方法 1)対象:本学鍼灸学科及び理学療法学科1~3年生 2)期間:平成6年12月1日~9日 3)調査方法:無記名によるアンケート方式で行った。 4)調査内容:各実習項目について,以下の該当するものを選択させた。複数回答を可能とした。 1.たいへん興味があった。 2.講義の理解に助けとなった。 3.将来の仕事に役に立つと思う。 4.理解しにくかった。 5.この項目の実習を行う必、要はない。 (3)結果および考察  表2にアンケートの回収率および実習項目別の標本数を示す。学年・学科によって実施した実習が異なるので標本数が異なる。回収率は全体で対象学生87名中75名で86%であった。  各実習項目の結果を図1に示す。  「たいへん興味があった」とする実習項目は瞳孔の働き(52%)が最も高かった。これは学生自身が視覚に障害を持つ影響かと思われる。ついで神経筋-標本(48%),圧受容器反射(44%)の順で高かった。  「講義の理解に助けとなった」とする項目は神経-筋標本(73%),迷走神経の働き(69%),神経伝導速度(67%),圧受容器反射(65%),心電図(55%)の順に高かった。これらの項目は生体のしくみを理解するための最も基本的な事項である事から,生理学実習の目的を果たしていることがうかがえる。  「将来の仕事に役に立つと思う」とする項目は体性-胃反射(35%),心電図(34%),体性感覚神経活動(33%)の順に高かった。これらの事項は鍼灸の機序や臨床に関連する項目である。  「理解しにくかった」とする項目は体性-膀胱反射(18%),体性-胃反射(16%),神経伝導速度(13%)の順に高かった。体性-内臓反射は,神経系,内臓機能の両方を学生が理解していないと実習を理解しにくいため,比較的高率であったと考えられる。神経伝導速度は装置が煩雑であることが原因と考えられる。これらの項目については今後,指導方法の改善をはかりたいと考えている。  「この項目の実習を行う必要はない」とする項目は,いずれも10%未満であった。  以上の事から,大部分の実習項目において,講義の理解の助けになっていた事が確認された。 表1 実習項目の推移(鍼灸学科) 図1 生理学実習の評価 表2 アンケート回収率・実習項目別標本数 5.終わりに  以上,本学の生理学実験実習で実施している実習項目とこれ迄4年間の推移を紹介し,学生による実習の評価に関するアンケート結果を報告した。今後,さらに検討を加えつつ,実習内容の充実をはかっていきたい。 参考文献 1)大沢 秀雄,佐藤 優子:視覚障害学生に対する生理学実験実習,筑波技術短期大学テクノレポート1,157-159,1994 2)大沢 秀雄,佐藤 優子:筑波技術短期大学鍼灸学科における基礎生理学実験実習,理療の科学18,7-13,1994 3)日本生理学会編:新・生理学実習書,南江堂,1991 4)坂田 三弥,村上 俊樹,佐藤 俊秀,松井 洋一郎,中村 嘉男:歯科生理学実習書,医歯薬出版,1986