触図の作製と触図原稿の利用について 鍼灸学科 伊藤 隆造・理学療法学科 前島 徹・一般教育等 村上 佳久 要旨:パソコンによる描画ソフトを用いた触図の原稿用の図の作製方法と触図の作製にあたって配慮すべき点を整理した。 キーワード:触図,描画ソフト(CG)  重度の視覚障害者のために指で触ってみる地図や絵本などの印刷物が発行され,点字以外の情報伝達方法として利用されている。また,カプセル紙の発明と実用化により盲学校などの教育の場で容易に短時間で触図が作製出来るようになり,広く利用されている。  本学でも多大な時間と労力および予算をつぎ込んで教科書を中心として教材用に触図が作成されている。主として鍼灸学科関係の科目の触図の原稿作成に従事し,また解剖学の教育に触図を利用してきた経験から触図作成に関して現在の状況をまとめてみた。触図を教材として利用しようとするときの参考にしていただければ幸いである。 1 触図の有用性と限界  触図は一般に線と面,および点字で構成される。したがって物体の形の把握,大きさの比較,複数の物体の2次元的な位置関係を表現するには十分に有効である。晴眼者(視覚の健常者)を対象として黒板に板書するようなおおまかな図形の場合,これに代用することは,ほぼ可能である。もっとも板書のように即席にというわけにはいかず,あらかじめ準備しなければならないという不便さはある。  形態学の一分野としての解剖学では,教科書にも多数の図が用いられる。人体を構成する臓器の形態と位置関係,および,その構造,栄養血管,支配神経などが学習内容となるので触図が有効なものが多い。しかし実際に触図を教育に利用してみると最初から触図で理解することは初学者にとってはかなり難しいようである。体表から触れる生体での観察,隣接する医学部解剖学教室の好意による人体標本の観察,正確な模型の観察という実物ないしそれにできるだけ近い模型,標本の触覚による観察を組み合わせることによって触図の有用性が高まることを体験している。  特に先天的ないし乳幼児期に失明したものは視覚的な事物の形態把握の経験が無いために視覚的な経験を必要とするような図は,意味がない。しかし,このような利用者の場合も,触図による情報伝達について訓練と経験を積んで行けば形態的な理解の補助教材として十分に役立つように思われる。  次に医学および鍼灸学関連の専門分野の各種の触図の原稿の作成に関与してきて得られた知見から触図作成にあたって配慮すべき点をまとめてみる。 1)触覚の特性から視覚に比べ細密な部分を表現することが困難である。一般的に鍼灸学や医学関係の成書の図は大きさも小さく,かつ1つの図に数多くの情報を盛り込む傾向が強いので拡大するだけでは触図の原稿とは出来ないものが多い。したがって立体コピーとなったときの図の大きさと内容の細かさを配慮しながら原図を作成したり,改変したりしなければならない。 2)最近の教科書などでは写真や多色刷りの美しい図が取り込まれているものが多いが,これらもそのままでは説明の補助教材としての触図としては利用できない。輪郭をなぞったり,面を適当なパターンで塗ることによって触図に改変する。 3)透視図や遠近法,影付けなどによる立体図形の表現は,触図になると利用者にとってむしろ邪魔な情報であることが多い。すなわち触図による3次元的な表現は,通常の印刷物などにおける図に比べて困難度が大きい。 4)図の部分の説明のための引き出し線は,一般的には使えない。矢印や点字の符号をその部位ないし指示するものの左に配置して周辺部の空白ないし別紙に説明をいれる方法がとられる。この符号はアイウエオとかabcを時計回りに順に割り付けると触図の利用者が見つけ易い。 5)事物の相互関係を表す流れ図は,矢印や枠の利用によって文章表現より分かりやすい図に出来ることがある。ただし,この場合も情報が多すぎるとかえって分かり難くなる。 6)折れ線グラフなども触図として有効であるが,多数の曲線が1つの図に入っているものは,2つ以上の図に分割するか,最低限のものだけ残す様な工夫が必要である。X軸,Y軸および基線や補助線の表現に工夫がいることがある。 2 触図の作成  カプセルペーパーを利用する簡易立体コピーによる触図は,発泡樹脂を含むマイクロカプセルを塗布した用紙に原図を複写機でコピーし,これに強力な光線を照射することによって図形が紙面より盛り上がるという簡単な原理で作成される。しかし触図では線と塗りつぶされた面によって表現される形態が触覚によって認知されるので例えばカラー写真を複写してもそのままでは触図として使用できる場合は極く特殊な例に限られる。一般には触図は,輪郭線と塗りつぶしの模様の粗さの程度を変えることによって表現される白黒の世界であり,色彩はもちろんのこと白黒でも微妙な中間色を触覚の差に変換することは難しい。  また教科書などの図は,引き出し線などで部分の説明をすることが一般的であるが,これをそのまま立体コピーすると図形の輪郭線と引き出し線が区別しにくいために触図としては分かり難いものとなる。物体の立体感を表現するために常用される影付けも触図では逆に盛り上がってくるので反対の印象を与えることになる。したがってこれらの触図の特徴を理解し,さらにその触図で何を伝えたいかを厳格に捉え直してから原図の作成にあたらなければならない。  試作した触図は実際に使ってみると,より分かりやすいものに改善を要する点に気づくことが多い。この修正作業は,ほとんどすべての図に必要であり,このためには原画を容易に修正できる市販の描画プログラムを利用することが最善の方法であることが明かとなった。また触図としては点字の記入が不可欠であるが,このためにもパソコンを利用することにより点訳の基本を理解さえすれば容易に記入できる方法を開発することができた。  近年急速に進んだコンピュータのダウンサイジングと性能の高速化により数年前まではワークステーションレベルで実用化された描画ソフトと同等のものがパソコンでも使えるようになり,初心者でも短時間に基本操作を使えるようになれるソフトが入手出来る様になった。筆者らは,そのうちの代表的なもの数点について触図の原図作成に使用した経験にもとづいて以下に具体的な触図の原図の作製方法についてまとめた。 1)使用機器とソフト ・DOS環境  ジャストシステム社の描画ソフトのシルエットおよび花子v2  NEC PC9801シリーズのパソコンとイメージスキャナPC-In503Hで使用 ・WINDOWS環境  MICROGRAFIX社のデザイナー,ADOBE社イラストレイター  WINDOWS登載のNEC PC9821シリーズパソコンないしDOS/VパソコンとイメージスキャナPC-In500で使用 ・プリンタ  キャノン社 レーザプリンタ B406E ・記憶メディア  フロッピーディスク,外付けのハードディスク,光磁気ディスクを使用  なお,スケーラブル点字フォントを作成し,日本語入力ソフトWX-2を改良してローマ字入力で点字が入力出来るようにした。半角英数字でNABCCコードで点字入力することもできる。 2)原図の取り込み  参考とする図が線画で単純で分かりやすいものであれば,そのままイメージスキャナで取り込み,若干の修正を加え,点字の説明を加えて原図とする。  シルエットの場合は,取り込んだ後での拡大縮小で線が荒れるので参考図を複写機で適当な大きさに拡大縮小してから取り込む方が,仕上がりがよい。  デザイナーなどの描画ソフトでは多数の画像が付属品としてついている。そのなかの解剖学関係の図の利用を検討してみた。色彩で塗りつぶされていたり複雑に多くの画像が組み合わされているのでそのなかから必要な部品の輪郭線のみを取り出すことにより触図の原図として使用できる図を作ることが出来た。  この手法を使えば市販きれている解剖学など専門分野の画像ソフトのなかにも利用できる図が含まれている可能性が高いので目下検討中である。 3)原図の描画とトレース  円,楕円,長方形,直線などで描くことのできる流れ図などは上述のように短期間の練習で容易に描画できるようになれるので直接パソコンの画面で作画する。  人体の構造などの場合参考図の輪郭をなぞって原図としたいことが多いが,参考図をイメージスキャナで取り込んで必要なだけ輪郭をトレースする。参考図が線画の場合は,オートトレースを使えるものもある。ただし,構造が重なっている図をトレースするときは手描きで連続性をもたせた方がよい。トレースの場合は後の修正を考えるとシルエット以外のソフトで描く方がよい。どのソフトでも描画の画面は複数枚の透明なシートを重ねて1枚の図とすることが出来るようになっているのでトレースする画面と参考図を取り込む画面は別にする。  面の区別をするために図の一部をパターンで塗りつぶすことをよく行うが,いままで調べた限りでは市販のソフトの持っているパターンは細かすぎて触図としてはあまり利用できない。シルエットでは自作のパターンを登録する形でのみ適度に粗いパターンを使うことができている。真っ黒に塗りつぶした図では立体コピーとしたときに中央部が凹む傾向があるので真っ黒ではなく密度の高いパターンで塗りつぶした方がよい。 4)図の編集  どのソフトでも図の移動,拡大・縮小,回転・反転,複写,削除,部分的な消去,変形などが行えるが,シルエットでは図の変形,拡大・縮小,90度の整数倍以外の回転,線の種類の変更,塗りつぶしパターンの変更などができないか,できても不満足な結果になる。 5)点字と拡大文字の挿入  シルエットでは点字のメの字の列を図形として作画・登録し,必要に応じて画面にこれを呼び出し,6点の不要の点を消去することによって凸面の点字を描いている。  WINDOWSで使っている描画ソフトでは上述のように筆者らのうち村上が作成した点字フォントを使って点字をキーボードで記入している。これはスケーラブルなので必要に応じて大きさを変更することができる。  触図用の原図に拡大文字を記入して弱視者用の図としても利用している。シルエットでも記入できるが,フォントとサイズが限定されているためもあり,現在では書体と大きさの選択の幅が非常に広いWINDOWSでのソフトを利用して入力している。いずれの場合も拡大文字と点字を同じ原図に入れておいて印刷するときにどちらか一方のみを選ぶことが出来るようにして1つの原図から点字の入った原図と拡大文字の入った原稿を印刷している。  なお本学教育方法開発センターの小川教授らが開発し公開された描画ソフトは,描画と点字入力が出来るソフトである。しかしイメージスキャナーによる参考図の取り込みとトレースによる描画が出来ないので筆者らは流れ図や関係を示す図など直接パソコンで描画できるような触図原図の作成にのみ使用している。 3 触図用原図の管理と利用  上述のように触図は,最初から満足できる図が出来上がることは少ない。使いながら是正してゆくことが必要である。またよく似た図が複数の分野で使用されることがよくある。自分で作製した触図原図でも枚数が多くなると必要とする図を多数の(将来的には数千枚の見込み)なかからどのように見つけだすか,関連した図をどのように探すかが問題となってきた。そのための方式を試行錯誤した上で現在用いている方式を紹介したい。 1)ファイルノート  印刷した原図と5インチのフロッピーディスクをクリヤブックに収納,1冊に約40図しか入らないので保管にスペースを要するし,一般の利用者に公開する方法としては問題もある。原図作製にあたり参考にした図や修正の前の図と一緒に保管するなどの目的に使っている。 2)印刷した原図の集成  そのまま立体コピー用に使用可能であるが,利用者が自ら修正してより分かりやすいように手を加えるには不便。 3)光磁気ディスク  他のシステムの事故に備えてのバックアップ用。1枚のディスクの容量が125MBなのでサイズが小さいシルエットと花子の原図は1枚に約4000図収録可能。WINDOWS上のソフトで作製すると1図のサイズが5から10倍大きくなるので何枚かに分割することが必要になる。 4)外付けハードディスク  現在,LANが学内に敷設されたのでネットワークを介して利用者にオープンできるシステムを構築中である。大容量のハードディスクに今までに作成した原図の入力作業が進行中である。これをネットワークのサーバにつけることによりネットワークの検索ソフトを使って必要な図を検索し,印刷するか,使用中の端末のパソコンにコピーして使えるようになる。 5)CDROM  パソコン利用者の最近の動向からみて触図の原図を全国の盲学校などの関係者に利用の便をはかるにはこの方式が最も利用しやすいと推測される。現在のところCDROMライターが手近に存在しないので計画中。  4)と5)は,WINDOWSを登載したパソコンで単独に,あるいはネットワークを介しても利用できる。WINDOWS登載のパソコンではピクチャーマネジャーなどのソフトで触図原図の縮小図を画面に提示しながら検索できるシステムの記憶装置として用いる。  パソコンによる検索方法としては触図原図のファイル名からの検索が行いやすいようにツリー形式の保管をしている。  一方シルエットと花子などDOS上で描かれた原図は,花子ないしシルエットのソフトで見出しによっても検索できる。  このようにして,パソコンなどを利用して簡単に触図を作成できる環境を整えるべく,だれ触(だれにでも触図が簡単につくれる)としてシステム化を行ってきた。現在は,まだ完全なものではないが,あまり点字をよく知らない人でも簡単に触図が作成できるようになりつつある。  現在,鍼灸・理学療法・一般教育などのパソコンにだれ点・だれ拡(だれにでも点字(拡大文字)がつくれる)と共にだれ触も導入されている。  鍼灸・理学療法といった基礎医学・臨床医学系の教材作成では,触図原図は全盲・弱視共に利用することは,前述したが,それらの例を図1に示す。  WINDOWS環境により作成したもので,触図原図(胆嚢や膵臓などの図)を元に,輪郭線を太くしたり,胆嚢の部分をわかりやすくするために斜線を入れたり,全体を点線化したり変形している例である。さらに拡大文字や点字を入力している。  本研究の一部は,平成5年度教育研究特別経費の配分を受けて行われた。 図1 触図原図と様々な加工の様子