鍼灸開業者のAIDSに関する意識・知識調査について 筑波技術短期大学 佐藤 謙次郎・高橋 昌巳・西條 一止  エイズは1981年アメリカで確認きれて以来急速な勢いで全世界に蔓延し,1987年の患者数が56,000人であったのが,6年後の1993年には851,628名に達している。これらは主としてアメリカ,アフリカを中心として発症しているが,今後はアジアで急増すると考えられている1)。  一方,わが国では1985年に始めて患者が確認されて以来,年々増加し続けている。それらは主として,輸血や男性同性愛者の間で感染が成立してきたが,1990年より異性間の感染が急速に増加し始め,社会的な問題となってきている。  エイズ感染の有無は血液の抗体検査によって行われているが,感染後抗体が陽性に出るまで6週間を要し,発病までには成人では数年を要するといわれ,その間に患者が治療所を訪れることが考えられる2)。  そこで今回我々は今後のエイズ教育の資料にするために全国の鍼灸開業者を無選択に選び,現状におけるエイズに関する意識・知識調査を試みた。なお,全国盲学校の保健理療科・理療科学生及び晴眼者の鍼灸養成学校生を対象に比較検討した3)。 研究方法 調査対象:東京,神奈川,千葉,茨城,栃木,新潟,和歌山,岡山,長崎,熊本,高知の11都県の主としてエイズ感染者と接触する可能性のある開業者1800名についてである。  一方,将来鍼灸師としてエイズ感染者と触れる可能性のある盲学校生(2022名)並びに晴眼鍼灸養成学校生(675名)を対照とした。調査方法:意識調査は20項目,知識調査は15の短文からなる質問形式による調査表を点墨両方を作成し,墨字は回答用紙に自記式で行い。点字使用者に対しては我々が考案した点字枠の中に鉛筆かマジックインキで印を記入させる方法で行った。  千葉県を除いて,各県の代表の先生方に一括依頼し,また,回収して頂いたものを集計した。 検討方法:意識あるいは知識調査のどちらか一方の回答のあったものを有効とし,その686(37.4%)について,対照学生との割合の差をカイ二乗検定で比較した。表のアンダーラインは開業者に比較して有意に高いか低いことを示している。 結果並びに考察  表1 各都県への発送数と回答数の比較  回収は1836名中724名(39.4%)に達したが,しかし,48名は無回答または不完全な回答であったので無効とし,意識,あるいは知識どちらか一方の回答のあったものは有効とした。  意識と知識の回答数の比較では,意識の回答数の方が多い傾向を示したが有意差は認めれられなかった。  なお,年齢,性別,点字使用の有無に関する比較は別の機会に発表する予定である。 A項 意識調査:  質問事項の概略と回答率を表2-1~3に示した。なお項目を-部削除しているので回答数と一致しない個所がある。  表2-1 1 エイズを知ったのは  「マスコミを通じて」は障害のあるなしにかかわらず最も高く認められ,有意差は認められないが開業者群が最も高い割合を示し,次いで盲学校群であった。  また,「専門家の話」では開業者群が,対象群より有意に高く認められた。 2 エイズに対するイメージ  3者共に「とても恐ろしい病気」が最も高く認められ,有意差は認められないが開業者群が最も高い割合を示した。 3 歯科医からの感染  一部のマスコミで取り上げた報道であるが「知っている」と答えたものは養成校群より有意に低かったが,盲学校群よりは有意に高く認められた。 4 鍼からの感染  「感染すると思う」が対象群より有意に低く,「感染しないと思う」では有意に高く認められた。 5 自分が感染しているか否か検査を受けたいか  「是非受けたい」が対象群より有意に低く,「どちらでも良い」が有意に高く認められた。しかし最も回答者が多かったのは「絶対に受けたくない」であったが,これらの間では有意差が認められなかった。 6 エイズの相談や検査を受ける場所  「知っている」は開業者群では約72%に達し,対象群の50%代より有意に高かった。 7 もし自分がエイズに感染したら  「とても不安」は開業者群53%を示したのに対し,養成校群では37%と有意に低く,盲学校群では47.3%の割合を示したが有意差は認められなかった 表2-2 8 その時の態度  「家族のみに知らせる」は開業群が約52%に達したのに対し,対象群は37%と有意に低かった  また,「誰にも知らせない」は開業群より盲学校群の割合が高かったが両者の間では有意差は認められなかった。 9 親しい人が感染した時どんな態度をとるか  4・5の「治療を薦める」が開業者群が最も高く,養成校群との間に有意差が認められた。しかし,「普通に接する」は3者の間に有意差が無く低い 10 もしワクチンができたら  「是非受けたい」が開業者群では49.3%認められたが対象群に比較して有意に低い。また,「受けない」が開業者群が有意に多く認められた。 11 今後エイズが増えつづけるか  「大流行する」は開業者群,養成校群ほぼ同じであったが,盲学校群は有意に低い 12 将来自分が感染すると思うか  「感染しない」は開業者群が対象群より有意に高く,「感染するかも知れない」では開業者群が最も低く,対象群との間に有意差がみとめられた。 13 現在エイズに最も関心のあること  「自分や家族の感染」の回答者数は少ないが開業者群が対象群より有意に高く,「治療法」については養成校群より有意に低いことが認められた。 14 職場などでのプライバシー  「難しい」は開業者群は盲学校群より有意に高く,養成校群とは割合では低いが,統計上では有意差が認められなかった。 表2-3 15 異性との性行為で感染する  「感染する」は多くの人が知っているが,開業者群は養成枝群より有意に低いが,盲学校群とは差が認められなかった。 16 コンドームの配布  多くの人が「知っている」と回答したが,開業者群より養成校群の方が割合では高いが,統計上の有意差は認められなかった 17 配布は日本でも必要か  「必要がある」との回答が最も多く,割合では開業者群が最も低かったが統計上の有意差は認められなかった。 18 患者の血液などは消毒すれば感染しない  「感染しない」は開業者群では最も多く,盲学校群とでは有意に高い,また,「感染する」は20%認められた。 19 エイズに関する教育を受けた場所  「無い」は3者共に50%をこえ,最も高く,割合では開業者群が対象群より少なく,「講演」が対象群より有意に多く認められた。 20 教育を受けたいか  「受けたい」は開業者群が対象群より有意に低く,「受けたくない」が約23%認められ,対象群より有意に高く認められた。 B項 知識調査  知識調査の結果を表3に示した。  問の3,4,5,6,7,8,9,11,13,14などでは教育効果が見られ,ともに高い正解率を示した。  しかし,HIVの正式名については開業者群39.4%は対照群の46.8%,68.2%より有意に低かった。反面,「現在は血液製剤や輸血による感染はない」は開業者群51.1%で,盲学校群より有意に高く認められた。 表1 調査対象と有効回答数の比較 表2-1 質問事項と回答率 表2-2 質問事項と回答率 表2-3 質問事項と回答率 まとめ  今回の調査から視覚障害者はマスコミ情報が大きい程影響を受け,情報量の少ないものに対しては有意に低い傾向がみられ,特に,開業者群より盲学校群の方が伝達されにくい傾向が認められた。  職業的な問題に対しては開業者群がエイズ教育を受けているものが多く,対象群より正しい知識を保有している傾向が有意に高く認められた。  感染に対しては開業者群の方が不安感を持っているものが多い反面,ワクチンなど予防注射ができたとき受けたくないとするものが19%あり,対象群に比較して有意に多いことは年齢的なことが考えられる。  教育は3者共に「受けていない」ものが50%を越えている。  「受けている」ものについては,開業者群では講演から,対象群では学内での教育を受けている。  今後「教育を受けたい」とするもは開業者群では75%に達しているが,対象群の85-90%に比較すると有意に少ない4)5)。  一方,「受けたくない」とするものが開業者群に23%認められ有意に多いことは,年齢的なものか不明である。今後分析したい。  意識調査では講演と教育の違いか,エイズウイルス名など開業者群が低い傾向にあるが,その他の点では概して対象群より知識が豊富であることが認められるが,しかし,統計上の有意差はほとんど認められない。  最近,東南アジアをはじめ,わが国でも,エイズ`患者が急増し,鍼灸開業者の取り扱う`患者の中にもエイズ患者が含まれる可能性が大きくなってきている6)。したがって,将来鍼灸業に携わるであろう学生にたいする正しい,適切なエイズ教育が必要となってくるのである。  今後は,年齢,’性別,点字使用者と墨字使用者の別などに分けて分析を試み,それぞれの特徴などについて調べてみたいと考えている。 表3 エイズ知識に関する理解度について 参考文献 1)南谷 幹夫:エイズの現況:モダンメデイア:38.116-128, 1992. 2)木村 哲夫:AIDSの病態経過:Modern Physician,13 1238-1241 1993. 3)高橋 昌巳,佐藤 謙次郎,西條 一止他:エイズに関する意識調査:理療の科学:18:33-42:1994. 4)藤田 晴明,高橋 昌已,楯博,エイズに対する意識,知識について第52回日本公衛雑誌抄録:1119, 1993. 5)今中 正美:高橋 昌已他:女子学生のエイズに関する意識,知識について,第40回日本学校保健学会抄録,1319,1993. 6)橋本 修二,他,HIV感染者数とAIDS患者数の将来推計,日本公衛誌40, 926-933, 1993.