電子図書閲覧室 一般教育等 村上 佳久 要旨:電子図書閲覧室は,平成3年4月に視覚部学生受け入れ開始とともに,視覚障害者のための電子図書館として校舎棟に設置され運用を開始した。視覚部で最も古いネットワークシステムであり,学生の教育支援として,主として情報基礎教育・文書処理や電子図書ファイルなどについて利用されている。ここでは,電子図書閲覧室についての歴史や機器の技術面,教育面などについて説明する。 キーワード:ネットワーク,視覚障害,合成音声,電子図書館 <歴史> 平成3年4月  図書館が未完成のために校舎棟内の鍼灸講義室の一部を利用して開設  PC-Unixによる,ファイルサーバーとしてネットワーク運用  サーバ1台,端末10台で運用開始  合成音声装置付きワープロ(一太郎3)CD-ROM(13cm)の合成音声検索  6点入力点字エディタ(BASE)など 平成4年4月  視覚部図書館に移動してサービスを開始  NetWareによるファイルサーバ,プリントサーバに変更  サーバ1台,端末20台で運用再開  メニュー形式により多種のソフトウェアを切り替えて利用。合成音声補償が可能なものだけを運用  エディタ(VZ)日本語ワープロ(一太郎4) 点字エディタ(BASE)ローマ字入力対応 日本語点訳プログラム(EXTRA) 2級英語点訳プログラム(CONTRA) 平成5年4月  CD-ROM(電子ブック)辞書検索 点字プリンタ(TP-32) 平成6年10月  CD-ROMサーバ運用開始  鍼灸国家試験対策CAI(ELIOS)  この部屋は当初からネットワークによる運用を前提に構想されており,平成3年には,ファイルサーバのみが,平成4年以降には,ファイルサーバとプリンタサーバが,そして平成6年には,CD-ROMサーバがネットワーク化された。また,全学ネットワークに接続後に電子図書閲覧室以外の部屋への各種のサービスを開始した。  電子図書閲覧室は,いわゆる電子図書館構想に基づいて考えられており,図書館の各種サービスを提供する場として位置づけられている。 <ハードウェア環境> ・システム化とネットワーク化の困難点  視覚部は,視覚障害者のための教育機関であるので,コンピュータ機器などは合成音声装置などの視覚情報を補償する機器を付加して利用することが前提となる。  元来,視覚障害者向けの補償機器は,概して高価であり,専用機器化している為に盲学校など一部の機関でしか使用されないといった状況にあり,また,単体で利用することを前提に開発されているためにネットワーク化は極めて困難な状況にある。  そこで,出来るだけ汎用性のあるソフトウェアを利用して学習すれば,卒業後に社会に出てからでも応用性があるであろうということで,現在,DOS上で使用するソフトで日本で最も利用者の多い合成音声ソフト(VDM100)と,DOS上の各種のソフトウェアを組み合わせてシステムを構築している。しかし,システム化,ネットワーク化に関しては,幾つかの問題があった。  一番の問題点は,使用するソフトウェアとの整合性である。  例えば,合成音声ソフトと,既存のパソコン機器やアプリケーション・ソフトなどとの整合性や相性などによっては,音声が出なかったり,機器が停止するといった問題が発生する。この整合性の問題はかなり深刻である。  次にネットワークを利用するのに最低限必要なものは,ネットワークインターフェイスボード(以下ネットワークポード)と通信ソフトウェアである。通常,ネットワークボードと通信ソフトウェアは,セットになっているので,合わせて評価することになる。  当初,UNIX環境でファイル共有を構築したが,通信ソフトウェア自身のメモリ使用が非常に大きく,エディタや点字エディタしか動作できなかった。  TCP/IP+PC-NFSの環境は,DOSを利用するパソコンではメモリ環境が非常に厳しく,EMSなどを利用してメモリ環境を改善した最近のものでは,音声出力が出来ないなど何かしらの問題がある。  そして,日本語入力を導入すると音声が出なくなったり,音声がでると日本語入力が出来なくなったりといった種々の問題が続出し,合成音声との整合性の問題がクローズアップされた。その為にネットワークボードを数十種類ほど評価し,整合性のチェックを行い,併せてOS自身の問題も含めて検討した。  評価基準は,次の通りである。 1.OSやメモリ環境 2.合成音声出力が可能 3.日本語入力が可能 4.安定性 1)アプリケーションを利用する上で必要なメモリの確保やOSやネットワークOS(以下NOS)との整合性の問題である。 2)合成音声出力が可能である力画の問題である。視覚部においては,これが最重要課題であり,音声出力できないものは意味がないと考えるべきである。 3)日本語入力が可能であるかである。必要メモリの問題以外にソフトウェア割り込みなどの問題により日本語入力ができないといったことも発生する。 4)長時間の使用に当たって問題が発生しないと言う点である。合成音声出力を利用していると,しばらくは利用できていても,合成音声出力されるのに時間が掛かるため,通信される情報量の方が多くて止まってしまうという現象が起きる難点への配慮である。  この4つの基準の内,日本語入力だけが出来ないとか,音声だけが出来ないとか,安定性だけが悪いとか色々な種類があった。  しかし,当時のPC-Unix自身,ネットワーク環境としては貧弱であり,また,プリンタサーバとしての機能が合成音声出力との関係から難しく(*1),専用のWSを導入するための資料収集を行い,パソコン専用のネットワークOSであるNetWareに移行した。ただし,PC-Unix環境は,導入予定だった(平成6年に導入した)図書館システムで利用する可能性があるので両方の環境を併用できる形で進行した。  TCP/IPとIPXの両方のプロトコル環境で合成音声対応を満足できるネットワークボードは少なく,しかも長期安定性に乏しかった。最大の理由は,非常に大きな情報(パケット)が流れたときに,合成音声がその出力に時間が掛かり,次のパケットが次々に送られてきているため,オーバーフローを起こし,ハングアップしてしまうことである。  これを解決するために,鍼灸学科の電子カルテシステム(*2)は,パケット監視機能を組み込んでいるが,これに習って,NetWareにもパケット監視機能を有するソフトウェアを開発して組み込んである。これにより,非常に大きな通信量であっても音声が途切れたり,ハングアップすることはない。しかし,その欠点として幾つかのネットワークボードでは,相性が悪くなり,安定性が悪くなるものも発生したが,合成音声出力の安定を最優先としているので,ある程度のネットワークボードの限定は,やもを得ないものと考えている。 ・コンピュータウィルスの問題  視覚部では,平成3年以降毎年のようにコンピュータウィルスに悩まされてきている。発生源は,学生の不正コピーのゲームソフトや教官が他の大学や研究施設からの不正コピーである。  平成3年:3種類,平成4年度:5種類,平成5年度:13種類  視覚部の学生は,3年生で平均30枚以上のフロッピーディスクを所有しており,コンピュータウイルスの問題は深刻である。  AIDSや肝炎ウィルスに関しては,非常に気を使っているのにも関わらず,コンピュータウィルスに関しては,無関心な状況がある。  電子図書閲覧室でも過去2回コンピュータウィルスによりサーバが停止したことがある。現在では,サーバにウィルス監視用のプログラムを常駐させており,指定されたプログラム以外が起動するとサーバが自動停止するように設定して,サーバを保護している。 ・外字の問題  鍼灸・理学療法学科では,医学関連のJISに無い文字,いわゆる外字が多くある。これが,学習や教材作成を非常に困難にしている1つの原因でもある。  電子図書閲覧室は,その性格上文書作成が多く,また学科から教材としてのディスクを読んだりすることが多いので,外字は避けて通ることが出来ない問題である。  その為に両学科で必要な外字を厳選して63字選択してもらい,合成音声辞書,フォント,および教科書や教材作成用のアウトラインフォント数種類(800字)を作成し両学科で,だれ点・だれ拡(*3)として共通利用している。このため,例え拡大文字教材を作成してもこの外字は利用できる。また,この外字関連のファイルは,大手パソコン通信を通じて一般にも公開している。  以上のような,ハードウェアに関連した問題を解決するのに2年がかかったが,教育面に活用出来るような環境を整えることが出来た。 <教育環境> ・情報基礎教育  近年,新しい学習指導要領が実施されているが,その柱の1つに情報教育がある。昨今,情報教育といえば,プログラミング言語教育だという発想が主流であったが,新しい学力と,情報基礎教育では,コンピュータなどを扱う能力と,コンピュータを利用することによって新たな想像力と学力を育成することに力点が置かれるようになり,いわゆる「コンピュータ・リテラシー」が主流になりつつある。  かつては,コンピュータを扱うための基本的な教育は軽視されてきたが,文部省の情報処理教育研究集会などの変遷をみると,コンピュータを扱う能力育成のための教育研究も盛んになってきており,コンピュータ言語教育はどちらかといえば専門教育に移行しつつある。  例えば,キーボード入力のための練習方法など,かつては研究の対象として扱われることは少なかったが,最近では多くの研究が行われ成果を上げている。  視覚部では,各学科別に情報基礎教育を行っているが,学科のカリキュラムに位置づけられていないので,オリエンテーションや類似授業の一部を割り当てて実施していたのが実状である。また,学科により考え方が異なっているので,その方法は一様ではない。  鍼灸学科では,学生のみならず教官にも全盲がおり,通常文字(以下墨字と呼ぶ)と点字の文書作成技術の習得は不可欠である。  理学療法学科では,一般文書の作成と統計処理などの習得を重視している。  情報処理学科の場合は,各個人に1台の端末機器があるので学科で情報基礎教育を行っているのが現状である。  鍼灸・理学療法学科は,入学時のオリエンテーションの時期から情報基礎教育を開始するが,初めに徹底したキーボード入力練習を行う。  よく「ブラインドタッチ」の練習と言うが,視覚部では全盲と弱視で状況が異なるので,以下のような方法でキーボード入力練習を行っている。 1.光覚の無い学生を除いて全てアイマスクをし,モニタの電源を切る 2.合成音声だけを便りに通常の英文タイプの練習を行う 3.英文のタイプのままローマ字入力の練習を行う(RENSYUUなど) 4.日本語入力を入れて,ローマ字入力の練習を行う 5.一般文書の練習を行う  合成音声を利用して音声だけを聴いてキーボードの練習を行うと非常に速くブラインドタッチを習得できる。(6校時,9時間)  この方法を普通科の高等学校3校で約120名を対象に比較実験を行ったが,1%水準で有為な差があり,約1/3の時間で習得できることが判った。  各都道府県ごとに設置されている情報処理研究会(高等学校)での報告をみると,キーボード練習に関しては2分化されている。つまり練習を非常に重視するか,生徒の自主的練習に依存するかである。また,キーの誤入力に関しても情報処理研究会(高等学校)や文部省の情報処理教育研究集会(短大以上)に数十例が報告されているが,英文タイプとローマ字入力,かな入力などでミスタイプの傾向は一致しており,結論的にホームポジションの正確な習得が不可欠であるとしている。  このことは,全米理科教育学会,全英科学教育学会などでの報告からも一致しており,いかに正しくFとJのキーに手がなじみ,手が添えられるかがポイントであろう。  視覚部の学生の場合は,アイマスクをさせて練習を行わせているが,暫くすると画面表示に依存するものと画面をあまり見ないで音声で入力するものとに2分化されていく。個人差はあるが,合成音声に依存している学生の方が誤入力は少ない。(これらは,NetWareサーバと端末の通信ログからデータを収集している)  また,ブラインドタッチ以降の練習では,英文のままのローマ字入力は必須である。「しゅ」を「SYU」と表現することを中学校以来と言うことで,意外に忘れている学生が多い為である。  ブラインドタッチ練習を重視する背景には,眼性疲労による視力低下が少なからずあることである。特に進行性疾患の場合,授業や寄宿舎での集団生活でのストレスなど様々な要因で視力低下が多いが,少しでも眼を酷使しないためにもブラインドタッチの習得は不可欠なものである。  次の課題は,文章練習である。これは,習うより慣れるの世界であり,学科の協力も得て,学科の専門授業も取り入れて行ったりする。  例えば,鍼灸の経絡経穴を書かせたり,試験のレポートをこの部屋で行ったりして,基本的なワープロやエディタの操作を習得出来れば,情報基礎教育は終了である。もちろん,墨字から点字への変換や点字エディタなどの利用方法,CD-ROMの利用方法なども併せて行っている。  そして,手書き(墨字)・手打ち(点字)のレポート禁止という(絶対に禁止ではないが,それに近いものがある)名のもとに学生はパソコンに向かわざるを得ないのである。  以上のことから,学生に対して,情報基礎教育を行えば,例え全盲の学生でも点字ではなく墨字でレポートを提出することは可能となる。このことは,教官が点字を知らなくとも学生側で対応することにより,学習・評価が可能となり,その為かどうかは判らないが,視覚部の場合,点字を知らない教官も少なからずいるのも事実のようである。 ・CD-ROMサーバ  視覚障害者の辞書といえば,弱視向けの文字の大きな辞書(通常の辞書の約8倍の体積)や全盲用の点字の辞書(通常の辞書の約100倍の体積)で通常の辞書に比べて冊数・体積とも異常に大きくなり,また,冊数が増えることにより検索が非常に困難であることが知られてきたが,昨今,電子辞書を利用してこの問題を解決しようとしている。  電子図書閲覧室には,現在各端末にCD-ROM装置があり,各種の辞書検索を合成音声を利用して行うことが出来る。特に「電子ブック」と呼ばれる8cmのCD-ROMは安価でしかも多種類の辞書が販売されていること,また容量が大きくないので画像データなどを出来るだけ省いて文字データを多く収録していることから視覚障害者には最適である。現在は,検索ソフトをエディタ上から起動し,各辞書の検索メニューごとに検索画面を作成し,ほぼ無制限にダウンロードが可能になっている。  このCD-ROM辞書の利用により,学生の辞書利用環境は非常に向上し,いままであまり辞書を利用しなかった全盲や強度弱視の学生も積極的に辞書を活用できるようになった。このために,盲学校とは異なり,一般の短期大学と同じような課題を出しても,辞書が引けないと言った問題は解決された。  但し,専門用語の辞書が不足しており,この面の充実が求められている。  現在,14種類の辞書があるが,1枚ごとにケースに入っていて,CD-ROMドライブに入れていたが,端末の台数分だけCD-ROMを購入しなければならないなどの問題もあり,時を同じくしてMEDLINEなどの医学文献のネットワーク化の話と合わせてCD-ROMサーバへの移行を行った。  NetWareは,CD-ROMをDOSの1つのドライブとして割り当てることやCD-ROMの種類に応じてそのドライブを変更することも可能である。  そこで,使用しなくなった古い規格のCD-ROMドライブをCD-ROMサーバとして再利用し,現在10タイトルをサービスしている。 CD-ROMの利点は, 1.コンピュータウィルスの心配が少ない 2.大量のデータを扱うことが出来る 3.1種類の辞書を多数のユーザが利用可能 また,欠点として 1.速度が遅い(視覚部では合成音声より速いので問題とならない) などがあるが,総じて教育効果は大変に高いものがある。  現在では,教官研究室,各講義室,寄宿舎静養室や寄宿舎個室でも利用可能である。  ただし,NetWare自身の最大利用人数の制限があるために,同時に多数のユーザが利用できない(40人まで) <電子図書館環境> ・ファイルサーバ  現在,視覚部の図書館には点字図書が開架・集密書架されているが,それ以外に電子図書閲覧室のファイルサーバに点字の電子図書として数百タイトルが収録されている。これらは,点字エディタと点字ディスプレイで閲覧可能であり,必要なら点字プリンタで点字印刷して読むことも可能となっている。  点字図書に関しては,最近,学生が点字ファイルだけでなく墨字ファイルの両方を希望するようになってきている。これは,点字は,漢字が無く(*4)文章の細かいニュアンスが欲しい場合どうしても墨字のファイルを読まざるを得ない為であるが,著作権の問題もあり,簡単に墨字ファイルを渡すことが出来ないため,対策に苦慮している。  そのため,電子図書閲覧室でも墨字ファイルに関しては,ファイルサーバに収録された電子ファイルの公開を停止しているのが現状である。ただし,授業で利用する場合には公開している。(電子図書閲覧室でも授業や試験は行われる)  しかし,コンピュータウィルスの問題もあるので,将来ファイルサーバは,CD-ROMサーバに移行したいと考えている。  以上のように,電子図書閲覧室は,学生の学習環境の場として視覚部の教育に大きな影響を与えて来た。現在,視覚部の中で80%以上の学生が,個人でパソコンやワープロを所有している。  この高率は,電子図書閲覧室での教育によって,視覚障害補償として,合成音声補償されたパソコンが教育上必要不可欠なものとして認識されるからであろう。従って今後は,寄宿舎の個室から個人所有のパソコンなどで,ネットワーク利用による電子図書館としての使命が重要課題になってくるものと思われる。 (*1)  合成音声ソフトは,プリンタポートに接続された合成音声装置に音声出力を出力する。その為にプリント出力時は,合成音声の制御文がネットワークプリンタに出力されると言った問題が起こる。 (*2)  鍼灸学科が附属診療所の鍼灸施術室で運用しているシステム。UNIXシステムのクライアント・サーバ方式よる日本で初めての合成音声を利用した電子カルテシステムである。 (*3) ・だれ点・だれ拡:(だれにでも点字(拡大文字)がつくれる)  平成2年度にシステム開発し,運用を始めた教材作成システム。平成3年度から一般教育,鍼灸,理学療法の3つの部門で使用している。理由は,当時の教育方法開発センターの教材作成部門で教材作成が行き詰まったため。多少の人力が掛かることを前提に,鍼灸・理学療法で使用する外字や拡大文字作成システム,点訳システムなどの機能を1台のパソコンで行えるように設定してある。従って,教官はワープロで教材を作成すれば,点字や拡大文字を簡単に作成できる。(外字もサポートしている) ・だれ触:(だれにでも触図がつくれる)  平成3年度以降開発中の触図作成システム。平成6年度中にネットワークによる公開を目指している。 (*4)  点字は,表音文字のために(今日は→きよーわ)漢字がない。しかし,点字で漢字を表現しようとする考えは古くからあり,点字数個で漢字を表現する「点漢字」や「6点漢字」等の試みもあるが,一般的でなく,一部のみで使われている。