空間図形思考法と幾何学 電子情報学科(情報工学) 高橋 秀知 [はじめに]  デザイン等空間図形の発想訓練法の一つとして,幾何学での発想法を利用することを考え,現在試行の段階にある。この発想法利用の動機の一つは, 1)デザイン学科の教養として,数学は不要との意見が有るかに側聞しているが,デザイン学科の特殊な分野を除いて,筆者はこれまでの経験等から,必要事項の一つと考えている。その理由の一部は, 2)デザイン学は,空間図形間の位置関係(この他,色彩等との関係もあるが,ここでは,図形間の位置関係に議論を限定したい。)に芸術的評価を求める学問分野と考えるからである。 3)一方,幾何学は,空間図形間の位置関係・回転・移動等を研究し,そこに論理性等を見いだす学問と考えるからである。 4)よって,両者共に,2次元・3次元・4次元空間における図形を自由に想像し,操る技術の修得は,必要事てありかつ意義をもつと考える。 5)更に,現在のようにコンピュータの発達により,コンピュータ支援による創作活動が行われている状況を考えると,その感を強くする。  この観点に立って, 1)「デザイン学科の数学」としては,数学の如何なる分野が,より効果的であろうか?を考える一方, 2)デザイン学科には,数学に興味を持たない学生が散見する現状をも考慮して,試案を創作し,試行している段階である。  幾何学を,1次元空間,2次元空間,3次元空間の「研究」としてとらえ,図形間の位置関係より生じる全体的な構図・構想の自由な「発想」能力を養成する-思考訓練法として使用することにした。更に,これらの知識・発想力を基礎として,時間軸を含んだ次元空間の図形を発想することにより,回転系・移動系の「動的発想・構想」,また,可能ならば,任意次元空間での「発想・構想」が,自由に行える能力を養成する方法の一助としたい。  数学の世界は,大略的に2つの流れがあると思う。その一つは,数値・数式を取り扱う数値処理・数式処理の世界であり,他の一つは,図形間の位置関係を取り扱う幾何学の世界である。この2つの流れのインターフェイスとして,関数系・解析幾何学の世界があるようにも考えられる。この観点に立つと,関数系・解析幾何学の有する固有の意味を理解し,その固有の意味・機能を使用・応用出来る能力の養成も,発想・構想を育成するための基礎知識・概念として必要と考える。更に,関数系の有する表現力を想像するための能力を,育成する必要性を痛感する。 2.教授法の基礎概念  我々が,幾何学を考える場合, 第1に題意を十分に理解し,解法を見つけるため,多角的に「命題」を考え・見られる素養が要求される。(筆者の少ない経験から考えると,この「物の見方」の多様性が苦手な者に取っては,特に幾何学は苦手のようである。)更に,現在のようにコンピュータを使用してのデザインが多用されている現状を考えると,数学的教養の必要性を痛感する。その理由の一つは,コンピュータに指示を与える「プログラム」には,数学的記述が不可欠となっているのが現状である。しかも,これは,図形を関数系で表現する「解析幾何学」の分野にも属している。  更に,今後,コンピュータのマルチメディア化に伴い,これらのマルチメディア機能をより有効に利用することを要求される時代が,到来することが予想きれる。よって,これらの解法過程に至るイメージング能力・想像力の養成が,基本的には重要ではなかろうか?  コンピュータによる作図・構図機能は,今後より進歩し,我々の思考様式により近づくことも予測される。現在のコンピュータも出現の初期に於ては,数値処理に限られ,数式処理は不可能とされていた。数値処理と異って,数式処理には,ある意味では,無限の概念が導入されているからである。このため,数学者・理論物理学者から疎外視されていた時代が有った。しかるに,現在は,その数式処理が部分的に可能となり,数学・理論物理学の分野でも活躍している。一方,「発想・イメージング能力(機能)」等の創造的な機能は,将来ともに装置・機械?の類では,不可能の分野であると考える。未来にわたって,我々の頭脳の創造機能と同様な機能を有する装置・機械等の実現は,不可能の分野と考えるからである。  デザインが,或る意味においては,図形相互間の位置及び全体構図について,豊かな想像力を必要とする学問分野との観点に立って考えると,「静的図形の世界」としては,「初等(平面)幾何学の世界」に通じ,「動的図形の世界」としては,より一般的な「解析幾何学の世界」に通じる。したがって,独断と偏見が許されるならば,デザインと幾何学の違いは,対象構図・図形に対する価値観の相違にあると考えられる。そこに「芸術性を見いだすか」または,「論理性を見いだすか」の差であると思う。 3.試行カリキュラムの例  以下,この観点からデザインの基礎的教養としての幾何学教育の一試案を述べたい。 1)初等幾何の世界に於ける「用語・図形・相対位置関係」を通じて,デザインの構想における構図・発想の「静的イメージング」を養成する。例えば,点・線・三角形・円等の基本図形から構成される構図から受ける印象・芸術観を養成し,更に,与えられたテーマを前記の基礎図形での表現を通して,初等幾何とデザインとの関連を把握する。しかる後,それら基本図形の数学的特徴を学習する。これらの過程を通じて,図形に関するデザインと幾何学との間の発想の相違・類似性等を学ぶ。 2)デザインにおける構図発想の補助手法としてのCAD等コンピュータ利用に対処するため,解析幾何の世界における「用語・図形・相対位置関係」を通じて,「動的イメージング」を養成する。  解析幾何学の世界は,動的な世界であり,回転・移動の世界であると同時に,図形を関数表示・数式的に取り扱う世界でもある。  例えば,y=F(x,t)は,ある考えに立つと,回転・移動の世界を表現していると云える。したがって,特定パラメータに着目することにより,自由に対応図形を連想・構想・変形することが可能な世界となる。これらを活用する能力を養成し,デザインの場に応用すると同時に,簡単な図形の解析幾何学的な特性を修得すると共に,頭脳内に展開する能力を養成することにある。  デザイン的構想・着想は我々が行い,コンピュータは,それをすばやく視覚情報として表現するものと考える。コンピュータがデザインし,構想し,着想するのではない。コンピュータは,視覚情報化の一補助装置である。  この考えに基づいた試行カリキュラムの大要の目次の一部を,以下,学期別に記載する。 [第1学期]  デザイン的構図・発想との関連での初等幾何の世界における「用語・図形・相対位置関係」を通じて,「静的イメージング」を養成する。 [第1回]初等幾何の世界とは,どんな世界か? (イメージトレーニングの一方法としての初等幾何の世界) [第2回]デザインと初等幾何 (構図・図形の価値判断及び芸術と論理の世界) [第3回]点・線・図形相互間の位置関係 (デザインと芸術性及び幾何学と論理性) [第4回]基本図形(1)点・線の特徴 (1次元空間とは?1次元空間及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第5回]基本図形(2)三角形の特徴 (2次元空間とは?2次元空間及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第6回]基本図形(3)円の特徴 (2次元空間の一基本図形としての円及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第7回]合同・相似 (図形間の基本関係としての合同・相似及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第8回]対称の世界とは? (点対称・線対称の世界及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第9回]多角形 (2次元空間の一般図形としての多角形及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第A回]立体の世界とは? (3次元空間としての立体の世界及びそのデザイン的視点と数学的視点) [第2学期]  デザイン的構図・発想の補助手法としてのCAD等コンピュータ利用に対処ため,解析幾何学の世界における「用語・図形・相対位置関係」を通じて,「動的イメージング」を養成する。 [第1回]解析幾何学の世界とは? (解析幾何学と初等(平面)幾何学の相違及び基本概念としての座標系) [第2回]解析幾何学の世界 (座標系(軸)と関数及び図形相互間の位置表現としての関数表示) [第3回]構図の関数表示(1) (平面図形(点・直線・三角形・円・楕円)と関数表示) [第4回]構図の関数表示(2) (任意平面図形と関数表示) [第5回]関数表示と平面図形(1) (関数表示とパラメータ及び平面図形の動的表現) [第6回]関数表示と平面図形(2) (動的表現とデザイン・構図感覚及び芸術性) [第7回]関数表示と立体図形(1) (関数表示とパラメータ及び立体図形の動的表現) [第8回]関数表示と立体図形(2) (動的表示とデザイン・構図感覚及び芸術性) [第9回]関数表示とイメージング(1) (動的立体系と想像力のトレーニング) [第A回]関数表示とイメージング(2) (動的立体系と想像力のトレーニング) [第3学期]  コンピュータ利用のための「プログラム演習」を主体としで,「空間図形の表現及びペインテイング技法の初歩」をパソコンにより養成する。 [第1回]コンピュータアートとは何か?(1) (その構造・利用法及び利点・欠点と利用限界) [第2回]コンピュータアートとは何か?(2) (CAD等コンピュータアート用コンピュータシステムの特徴・機能・構成) [第3回]構図・創造力の補助装置としてのコンピュータの利用 (芸術におけるコンピュータの限界) [第4回]パソコンによる平面図形の作成演習(1) (構図・図形作成のためのプログラムング言語) [第5回]パソコンによる平面図形の作成演習(2) (構図・図形作成のためのプログラミング言語) [第6回]パソコンによる立体図形の作成演習(1) (構図・図形作成のためのプログラミング及びペインティング技法) [第7回]パソコンによる立体図形の作成演習(2) (構図・図形作成のためのプログラミング及びペインティング技法) [第8回]パソコンによるデザイン(1) (平面図形によるデザイン) [第9回]パソコンによるデザイン(2) (立体図形によるデザイン) [第A回]パソコンによるデザイン(3) (自由課題によるデザイン) 4.おわりに  デザイン学科における数学的思考は,与えられたテーマに従って,構想を頭脳に画く時,有力な着想の手段として,利用すべき教養と考える。特に,幾何学の分野は,より関連の強い分野であり,むしろ必要性の高い関連分野と考える。今後,試行を重ね,より良い「もの」とすべく努力したい。  更に,私見としては,現在日進月歩のマルチメディアを取り入れた,「デザインエ学?」的な,芸術と理工学とが一体化した学際分野へと展開するのではなかろうか?