英語リスニング試験に関する一考察 聴覚部 一般教育等 松藤 みどり・筑波大学附属聾学校 奈良 初美* 要旨:英語のリスニング試験において,「試験実施者が問題文を読み上げ,受験者が読話によって受信し,解答する」というやりかたが,聴覚障害者にとって妥当な代替方法であるかどうかを検討する資料を得ることを目的として,T聾学校の英検受験者を対象にアンケート調査を行った。その結果,この代替方法を用いても,英語のリスニングは,日本語の聞き取り・読み取りよりも格段に困難であると感じられていること,それにもかかわらず,練習の機会があれば取り組もうという意欲を多数の者が持っていることがわかった。この結果を英語検定協会に報告し,今後の試験の実施方法を検討していただくことを要請した。 キーワード:英語,リスニング,英検 I.はじめに  T聾学校高等部では昭和61年から文部省認定実用英語技能検定試験(英検)を年に2回実施しており,生徒の努力目標として,高等部の行事として定着している。  英検を導入した当初は3級の一次試験に合格して高等部を卒業する生徒は1学年に3,4名であったが,ここ4,5年は二次の面接試験にも合格し,正規の合格証を手にして卒業する者が学年全体の3分の1に相当する10名を超えることも珍しくなくなった。平成3年には中学部3年生が3級に合格し,平成5年には高等部3年生が2級に合格した。英検3級が中学3年終了程度,2級が高校卒業程度とされていること1)から,英語において学年対応の学力をつけた生徒の存在を証明したと言えよう。入学年度別の合格者数は図1のとおりである。  松藤2)は英検の合格者を増やす対策をたてるために,生徒の弱点を分析し,その補強をする手立てを考えた。昭和62年春から平成3年春までの9回の英検3級受験者のべ172人の答案を,合格者51人,不合格者121人に分けて集計し,問題の種類による正答率を分析し,レーダーチャートに示した(図2)  このチャートからT聾学校の英検受験生にとって弱い分野は,発音,アクセント,ヒアリングであることがわかり,耳から音を受容できない生徒たちに対して,健聴者以上に指導上の工夫が必要であるとした。  この結果をふまえて松藤3)は英語の読話・聴解力を高めることを目的とした指導を行い,指導の効果を評価することによって,指導の有効性について,およびそれが生徒のどんな能力に関係しているかについて考察した。その結果,聴覚に障害があっても読話によって英語の聴解問題ができるように指導することは可能であるが,言語力の低い被験者に対してはこの研究で用いた指導では効果が少なく,指導後の成績には英語力よりも日本語の言語力が反映された。また成績の伸びは示されたものの,同等の英語の学力を持つと見られる健聴者と同程度の成績を上げるところまでは到達できなかった。したがって,聴解問題の結果をそのまま健聴者と同等に評価されるのであれば,聴覚障害者にとって不利であることは否めない,との結論を出した。  文部省が平成元年に告示した改訂版「高等学校学習指導要領」では外国語の科目として,「オーラル・コミュニケーションA」「オーラル・コミュニケーションB」「オーラル・コミュニケーションC」が設けられ,「少なくともl科目は履修させるように留意すること。」と示された。「オーラル・コミュニケーションA」の目標として「身近な日常生活の場面で相手の意向などを聞き取り,自分の考えなどを英語で話す能力を養うとともに,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てる」,「オーラル・コミュニケーションB」の目標として「話し手の意向などを聞き取る能力を養うとともに,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てる」,「オーラル・コミュニケーションc」の目標として「自分の考えなどを整理して発表したり,話し合う能力を養うとともに,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てる」とある4)。この指導要領が平成6年度から学年進行で実施されることを踏まえて,平成5年には入試センターの中間報告として,外国語の試験の中にリスニングテストを実施することを検討したいと発表された。センター試験に「リスニングテスト」が導入されるのは,新指導要領で教育を受けた生徒が卒業する平成9年,あるいは2年間先送りされて11年という見方もあるが,いずれにしても目前に迫っている。  学習指導要領の改訂によりセンター入試を始めとする大学入試に英語の聴解問題が増えることが予測される今日,大学の入試を統括している大学入試センター,英検を実施している日本英語検定協会などの機関に聴覚障害生徒の英語力の特徴を知ってもらい,具体的な配慮を要求することは重要である。聾学校内部で論じているだけでは少しも発展がないと考え,今までの研究結果を日本英語検定協会の基礎教育センターに提出し,聴覚障害者の英語検定試験のありかたの検討を要請した。  英検の問題形式は平成5年度に大きく変わり,一次試験において筆記による発音とアクセントの問題がなくなり,聞き取りテストが増えた。3級では従来75点満点のうちヒアリングテストは15点であったが,平成5年度からは25点をリスニングテストが占めるようになり,実施時間も15分から20分にのびた。学習指導要領にオーラル・コミュニケーションの重要性が示され,実用的な英語教育が要請されている今日,英検がリスニングを重視することは当然である。しかしながら聴覚障害者の高等教育を専門に扱っている教育機関としては健聴者と同等の聴解問題を課せられる現状を黙認して良いものではない。検定協会に研究資料を提出するにあたり,受験した生徒たちがリスニングテストをどのように受け止めているのか調査することが必要であると考え,本研究としてまとめた。 Ⅱ.目的  聴覚に障害のある英検受験者がリスニングテストをどう意識し,取り組んでいるかを調査し,今後の聴解問題のありかたを考える上での参考資料にする。 Ⅲ.方法  平成5年6月13日にT聾学校において英検を受験した高等部生徒全員に後日アンケート用紙を配布し,自由意志で提出する方法で回収した。アンケートの内容は下記のとおりである。 Ⅳ.結果と考察 1.どんな生徒が受験したか  受験者45名のうち31名から回答を得た。回収率は68.9%であった。  回答者の内訳は普通科1年5名,2年11名,3年16名,専攻科1年3名,2年1名である。  本校高等部においては,英語の学習グループを能力別および進路別に上位からイ,ロ,ロ’,ハに分けているが,グループ別にみるとイ16名,ロ9名,ロ5名,ハ0名,無記入1名である。  性別は男子17名,女子11名,不明2名である。  今回受験した級は4級15名,3級15名,2級1名である。  英検受験経験は,初めて9名,2回目7名,3回目5名,4回目7名,5回以上3名である。  受験者数から受験に対する積極性を推定すると,本科のほうが専攻科より積極的,本科では学年があがるにつれて積極的,グループ別ではイ,ロ,ロ’,ハの順に受験数が多いことから,能力別クラス編成で,能力が高いグループのほうが積極的に受験していると言える。このことは本科において,学力が上の者が積極的に受験していること,グループが下位であっても学年が進むにつれて力がつき,積極的に受験するようになることを示していると考えられる。繰り返し受験する者が多く,多くの生徒が英検を努力目標に頑張っている様子が伺える。  専攻科では進学を目指す生徒が少ないことが受験者の少なきと関連しているように思われる。  男女別では17対11で男子が多い。平成5年度においてT聾学校高等部の在籍生徒は男子67名,女子57名であるから,英検を受験し,アンケートに答えた生徒の割合は男子全体の25.0%,女子全体の19.3%に相当し,男子がやや上回っている。 2.聴力と聞き取りについて  質問4では左右の聴力レベルの数字を自由に記入してもらったが,良聴耳の聴力を10レベルずつに区切って集計すると80~89dB4名,90~99dB6名,100~109dB11名,110~119dB2名,120dB以上0名,無回答8名であった。100~109dBが最も多く次いで90~99dB,80~89dB,110~119dBの順に分布しており,これは保健室の調査5)とほぼ同じである。無回答が8名いたが,そのうち7名は1年生である。一学期にはまだ聴力検査が行われていなかったため答えられなかったと思われる。  回答のあった25名の聴力分布を内側の円グラフで,保健室の調査結果を外側のドーナツグラフで図3に示す。  質問5~10の解答を聴力別に集計してグラフに示す。 グラフの模様は聴力レベル別に,記号1:80~89dB,、記号2:90~99dB,記号3:100~109dB,記号4:110~119dB,記号5:無回答を示し,縦軸の数字は人数を表す。  普段の授業では全体の4分の3以上の生徒が常に補聴器を装用していることがわかる。補聴器装用の習慣が身についている生徒が大部分であるが,聴力が良くても積極的に聴覚を活用していない者もいることがわかった。  集団補聴器の使用効果の自覚と聴力の関係を図5に示す。  一番多かったのは「少し聞こえるようになるが,なくても困らない」という回答で12名(38.7%)であった。「かなり聞こえるようになるので使って欲しい」は7名(22.6%)であった。このうち5名は個人補聴器は「いつも使っている」と回答しているが,1名は「忘れることもある」もう1名は「使ったり使わなかったり」と回答している。  「ほとんど効果はない」は11名(35.5%)であり,このうち8名は個人補聴器の質問では「いつも使っている」と回答している。個人補聴器で音を得ようと努めている生徒に,集団補聴器は個人補聴器ほど頼りにされていないことがわかる。「かなり聞こえるようになるので使って欲しい」に110dB以上の2名の回答がないが,それ以外は,聴力による差はみられない。  英検の聴解問題を読み上げる際には,集団補聴器を使用しているが,集団補聴器による利得のある者は全体の4分の1に満たないことがわかった。  授業中の先生の話に手話がなかったら,何を頼りに話を理解するかについての質問の結果を図6に示す。  手話がなければ「主として読話に頼る」が16名で半数以上を占めている。「主として耳からの音に頼る」は2名であるが,と「音と読話に同じくらい頼る」と合計すると14名になり,「主として読話に頼る」の16名に迫っている。このことから,音声も利用して情報収集を図ろうとする生徒はかなり多いことがわかる。  「主として読話に頼る」と「音と読話に同じくらい頼る」の回答状況には聴力による差はみられない。以上の質問4~7の回答結果から,本研究の被験者の聴力分布は,本校高等部の普通科および専攻科に在籍する生徒の聴力分布とほぼ同じであること。ほとんどの者に個人補聴器の装用の習慣が身についていること。集団補聴器は個人補聴器ほど頼りにされていないこと。授業の理解には手話がなければ「音」より「読話」に頼る傾向が強いが,「音」も情報源となりうること。そして,これらの傾向は,聴力レベルにはあまり関係なくみられることがわかった。 3.英検のリスニングについて  リスニングの難しさについては受験生の3分の2が「とてもむずかしくてほとんど分からなかった」答えている。これは毎回試験を実施している側の実感でもある。必死の思いで試験官の口元を凝視し終わると,首を傾げながらマークシートをぬりつぶす受験生が大部分である。選択肢4つのうち1つが正解であるから,空欄にせずにどこかを塗りつぶしておくようにと指導している。中には確信をもって解答できる問題もあり,「むずかしい問題もあったが,易しいのもあった。」という回答にそれが反映されている。回答状況を図7に示す。  リスニングの問題を聞き取って解答しているか,読話で読み取って解答しているかについては,「聞き取ることができず,ほとんど読話に頼った」が半数近くを占めた。「耳を使って音声を聞き取ることができた」は9名(29.0%),「聞き取りも読話もほとんどできなかった」は7名(22.6%)である。このことは本研究の質問項目7(図6)において,手話がなければ授業中の先生の話は全くわからないと回答した者がわずか1名だったことと比べると,英語のリスニングの聞き取りがいかに難しいかを物語っている。回答結果を図8に示す。  本研究は英検リスニングテストの方式が従来の方式と変わったことを契機として行われた。松藤3)は実験の結果,英語の読話には練習効果があるとの結論を得たので次回の英検実施の前に模擬テストおよび練習をすることを立案した。それに先立ち,生徒の側にどれだけ要求があるか調査するために質問項目の10を設けた。回答結果を図9に示す。  この模擬テストは後日自由参加の形で実施されたが,予想以上の多数が参加した。結果として,本番の試験で4級6名,3級4名に加えて初めての2級の合格者が出たので,模擬テストは効果があったと言えるであろう。以上の8~10の質問項目への回答の状況から,英語のリスニングは日本語の聞き取り,読み取りより格段に困難であると感じられていること。それにもかかわらず,練習の機会があれば取り組もうという意欲を多数の者が持っていることが分かった。  回答者の生の声を求めた質問項目(質問11)に対し,16名から何らかの記述が得られた。内訳は次のとおりである。 教師の口が小さい,早い 6名 手話を使って欲しい 3名 大きな声でやって欲しい 1名 聴覚障害者用の問題を作って欲しい 2名 聾学校ではなくして欲しい 1名 コツを学びたい 1名 その他(真面目な内容でないもの) 2名  まとめると,試験実施者に対する要求が10あり,このうち聞き取りと読話のし易さを求める者が7,手話を加えることを求める者が3である。出題上の配慮を求めるものが3,できるように指導を受けたいという者が1である。 V.おわりに  T聾学校高等部の生徒達の大部分の者は3歳にも満たないときから耳を最大限に活用することと,目を耳の代わりにして人の話を読み取ることの訓練を受けてきた。 そして訓練すれば努力次第で不可能に思われたことも可能になるという体験を積んできた。その結果,中学から始まった英語の学習にも一応の学習成果を挙げてきた。英検の受験も「健聴者と同等の条件で,同等の資格」を持つことに意義を見出すよう指導され,取り組んできたわけである。  聴解問題に読話で取り組んでも,実際の英語の能力は100%発揮することはできない。英検に取り組んでいる聾学校が35校にも及ぶ今日,検定協会が聴覚障害者の受験者に対し,納得のゆく配慮を考えてくれることを要請したい。またその実績を,大学入試や企業の社内検定の英語のリスニングのありかたを考えていただく材料にしたい。 文献 1)日本英語検定協会「英検ガイド」1994年度用 2)松藤みどり(1991):「英検3級の傾向と対策―本校 高等部における成績上位群の英語力の分析―」筑波大学附属聾学校紀要大13巻 3)松藤みどり(1993):「聴覚障害生徒の英語教授法に関する一研究―読話による聴解問題の理解をめぐって-」聴覚言語障害第21巻3号 4)文部省(1988)改訂版「高等学校学習指導要領」 5)筑波大学附属聾学校(1992)学校要覧