聴覚にハンディキャップを持つ生徒への英語指導 聴覚部(一般教育等) 須藤 正彦・山内 絢子 要旨:本学の2年次生が履修する「英語Ⅱ」の指導目標とその内容を概括した。初歩的な音声字母の指導,動詞変化の再学習など基本学習と講読,表現等の応用学習の内容について述べた。あわせて受講生のこれまでの英語の学習状況と各専門コースで用いられる英語の単語のデータベースについてふれた。 キーワード:高等教育,聴覚障害学生,英語学習 1.はじめに  本学はデザイン学科,機械工学科,建築学科,電子・情報学科の5コースを有する3年制の技術系短期大学である。筆者らが担当している「英語Ⅱ」(2年次生対象)では,受講生がすでに専門教育課程に入っていることから,学生にはコンピュータ等の機器のマニュアルが読める程度の読解力が要請されている。そこで5学科に共通する基礎的な講読教材として「Can Computers have a mind?」,「The Robot as Enemy? and other Science Essay」を講読している。また限られた語彙数ながらも各専門領域で使われる初歩の英語の単語データベースづくりを試みている。当データベースで扱う語は主として生徒が講義や演習,テキストの中で出会った用語である。  本稿では「英語Ⅱ」の指導における前期6週間の基本指導(山内担当)と以降の指導(須藤担当)の一端を報告しながら,聴覚にハンディキャップを持つ生徒の英語学習に対する支援について考える。 2.指導概要  指導の概要と目標は以下のとおりである 英語Ⅱ:文芸,科学技術にかかわる題材を通じて,英語講読および英語の表現の力を培う。さらに各専門課程で用いる科学・工業・技術英語の基礎を身につける。また英語Iでは,基礎的な英語力の養成を目標とし,国際理解,科学技術,障害者の生き方を学び,身近なことを英語で表すことを学ぶことを目標にしている。 1)基本学習:発音,各品詞の特徴と役割,動詞(特に不規則変化)不定詞,現在完了,受動態等,ほぼ全分野にわたって指導する。 (1)受講生について  1クラスは約10名。各学科とも一学年は10名であるが到達度や学習への参加率によっては再履修となるため学科によって多少の人数差がある。受講生の半数強が普通高校を,残り半数弱が聾学校の高等部を卒業してきている。受講生に中学,高校時の英語の使用教科書の進度,補習を含めた学習体制,英語検定試験についてアンケートを行った。その結果,卒業までに教科書を終了しているのは普通校で約3割,聾学校で約2割であった。発音記号の指導を受けたのは普通校出身者の約6割,聾学校出身者は約4割であった。ただし,上の聾学校出身者の内には同一の聾学校が含まれていることから全国的にはより小さな値になると思われる。不規則動詞の変化の理解については全体も聾学校出身者についても約6割が習得しているのみである。これまで英検の3,4級を約半数が受験し,合格している。また本年度は準2級の一次試験に5名が合格している。 (2)指導法  指導は集団ないし個人補聴器による聴覚,手話,指文字,書字,空書,OHP,とあらゆるメディアを使用している。効果的な伝達のために黒板やホワイトポードを3面ないし4面,多色のチョークやポードマーカーを用いてる。(主語,動詞等,文の構成要素を明確にする上で用いている。これらは,応用学習においても同様である)  基本学習においては,最初に広範囲にわたる問題(中学2,3年レベル)の5種類のテスト問題(実力テスト1-5)で各分野の達成度を評価する。その結果に基づいて全員に5文型などの基本的な指導を行った後,達成度に応じた教材を選択した。一週間に二回,各80分の授業は説明や学生との応答に費やされる。従って演習は毎回,達成度に応じた各人の課題評価となる。教材が物語りをはじめさまざまなものを用いているが(例えば,Prometheus and the Gift of Fire, Perseus Romeo and Juliet),内容把握のための訳を求め,採点して学生に返却すことにしている。 (3)動詞の不規則変化の再学習  動詞の不規則変化表(中学2年から高校3年レベル)を四分割(IⅡⅢⅣ)して四分の一ずつ徹底して学習する。動詞の意味とその変化を学習することはあらゆる文を理解する上で不可欠である。特に受動態や完了形の文には過去分詞が構成要素として存在し,過去分詞の未習熟がそれらの読解を困難にしている場合が少なくない。  そこでIにおいて8割以上を習得した学生については次の段階に進む。動詞の変化表は面倒がる学生が多いが,単語レベルの学習でその効果も顕著にでるため励みになるようである。スペリングのみで動詞の変化を,特に過去分詞まで覚えるのは困難であるので可能な限り音素に忠実な読み方を付して学習させる。そのためにも簡単な国際音声字母の指導を併せて行っている。 (4)国際音声字母(International Phonetic Alphabet, IPA)の活用  英語の発音は音の成り立ちが日本語と大きく異なるために聴覚に障害を持つ学生にとってその理解と習得は当然困難になる。  聾学校出身の受講生にIPAについて尋ねたところ,IPAの読み方指導をこれまでに受けたのは一部の聾学校出身者のみであった。そこで基礎的なIPAの読み方を指導することとした。しかし,当然各音声字母を正確に発音できるようにするのが目的ではない。これはIPAにより(視覚という補完感覚を用いながら),英語の音連続の法則性や各母音の複数の読み方の理解,さらに新出単語の読み方を自身で知り,音声学的な情報とともスペリングを覚えることをめざしている。  例えば,同じスペリングでもboughtとhouse[au]のように発音が異なる場合や,スペリングは異なるが発音が同じbirthdayとThursdayのような場合がある。  まず,アルファベット26文字は英語の読みがひととうりではないことを確認する。例えば,aは[ei]の他に[記号1],[記号2][記号3]の読み方があること,cには[si:],[s],[k],iには[ai],[i]があることを実例を挙げる。きこえる学生の場合,文字と発音の関係を系統だてて指導しなくともスペリングを聴覚情報に対応づけながら理解することはさほど困難でないが,受講生の場合,過去分詞(特に不規則変化動詞)は上記のようにIPA等の視覚情報とスペリングの変化をマッチングきせながら学習するとよいようである。 2)応用学習 (1)講読:受講生の英語に関する学習の達成度は多様であるため講読教材の選択はきわめて困難である。本年は5学科に共通する内容を含む以下のテキストを使用している。 a「Can Computers have a mind?」「コンピュータは心を持てるか?」 b「The Robot as Enemy? and other Science Essay」「ロボットは敵か,他の科学エッセイ」である。前者は米雑誌「ニュートン」に掲載された科学論文でコンピュータと心の関係について書かれており,未知な単語を辞書で引けば内容を推論することができる教材である。後者のテキストはSF作家のアシモフによるものでロボットの3原則が述べられ,好奇心を喚起させられる内容といえる。授業の進め方は,およそ以下のようである。先ず辞書を使用しながら大意を把握させ,キーワードを発表させる。その際,不明な単語や重要表現は取り出してパラグラフごとに解説する。解説とキーワードを参考に再び各自でパラグラフおよび文章全体の主旨を再考し,その後討論する。この他に教材として科学・工業英語検定試験の問題集(日本テクニカルコミュニケーション協会編)を併用している。これらには不定詞,受動態,その他の重要表現が多く含まれ,内容の難易度は実用英語検定試験準2級相当である。それらの一部を引用する。 Today's computer has extremely limited intellectual functions Certainly expert system can deal with specialized knowledge. But that is because the amount of special knowledge of specific field is limited Conversely, humans have a great deal of “commonsense”・・・・・・.[from reference 2] a I would like to use this computer as a word processor. Please tell me how to use it・ b Have you ever used it before? a yes,a little. b Here is the diskette that includes the wordprocessing program. Please insert the diskette into the upper disk drive,and the program will load automaticaUy. Then, you can use the computer as a word processor. If the printer does'nt work,push this key. [from reference 4] (2)表現:新聞や手紙の読み方や書き方を5時限ほど学習する。記事は本学周辺で発行されている外国人のための情報誌や市販の英語誌から大学生として知っておきたい内容を選んだ。また,読後の感想を初歩的な英語で書かせたり,各自の専攻や学習課題,関心事項を紹介することを行っている。これは英作文をつうじて講読時に扱かつた重要表現等を受講生自身が使用することにより,理解を深めるとともに各表現に対して動機づけを高めることができる効果もある。 (3)単語データベース作り  各専門領域で使われる初歩的な英単語のデータベースづくりを試みた。これは接頭語や基礎的な英単語の意味を学習することにより,新出用語の概念を理解するのに役立つよう作成しているものである。各学科ごとにその一部を紹介する。 デザイン(Design)学科用語 Image イメージ Interior インテリア product プロダクト 製品 produce プロデュース 作り出す packaging パッケージング 包装 animation アニメーション(アニメ) fashion ファッション 流行 printing プリンティング 印刷 New Media ニューメディア(媒体) basic ベィシック 基礎的な graphics グラフィックス Cシー Gジー Computer Graphics graphic グラフィック design デザイン visual ヴィジュアル(視覚的な) design Create クリエイト 創作する advertisement アドヴァータイズメント(アド)広告 電子工学(Electronics)情報工学(Information Science) 学科用語 unit ユニット単位 electronics エレクトロニクス 電子工学 electron エレクトロン 電子 frequency フリークエンシイ 周波数 sine wave サインウェイブ 正弦波 インテクレイティング サーキット integrating circuit 積分回路 ディファレン シエイション differentiaion circuit 微分回路 coil コイル condenser コンデンサー LED エルイーディー Light Emitting Diode 発光ダイオード LSI エル エス アイ Large scale integration 大規模集積回路 IC アイシー Integrated Circuit 集積回路 RAM ラム Random ランダム Access アクセス Merory ROMロム Readリード Onlyオンリー Memoryメモリー 建築(architecture)学科用語 construction コンストラクション 建築,建設 construct 建築する structure ストラクチャー 構造 infra structure=base 下の 構造=基礎 building ビルディング build(建築する)ing(こと) carpenter カーペンター 大工 plasterer プラステラー 左官 planプラン drawingドローウィング 製図 draw ドロー(引く,引き分ける) roofルーフ 屋根 pillarピラー 柱 Ceilingシーリング 天井 moistureモイスチャー 湿気 horizontalホリゾンタル 水平の Verticalヴァーティカル 垂直の リビングルームlivingroom 居間(liveリヴ 住む) 機械科 mechanicalメカニカル engineeringエンジニアリングメカ solid ソリッド 固体 gas ガス 気体 liquid リキッド 液体 fluid フルイド 流体 flow フロウ 流れ turbulent flow タービュラント フロウ 乱流 velocity ヴェロシティ 速度 mixing length ミキシング レンクス 混合距離 length←long ロング fundamentalファンダメンタル 基礎的な unit 単位(基本単位) drivedドライヴド unit ユニット単位 誘導された(誘導単位) Double ダブル=倍の Density デンシテイ 密度 2DD(Double density 倍密度) specific weight スペシフイック 独特の weight ウェイト 重さ 比重量 elasticity エラステシイ 弾性 pressure プレッシャー 圧力 angle アングル 角度 material マテリアル 材料 3.考察  短期間で外国語の力を培うことはきこえる人間にとっても困難なことである。ましてや聴覚にハンディキャップを持つ生徒の英語力を一年間で育成することは至難の業といえるが,指導する上で重要と考えられる点を幾つか述べたい。  講読や表現の力をつけるために:語彙の拡充に加えて不定詞,現在完了,受動態,関係詞などの基本的な事項を押さえることが重要である。その際,扱う教材は基本から応用学習にかけて当初は文法の理解を目的とするため平易な題材を扱うこともあるが,可能な限り生徒の関心や生活・学習年齢に即した教材を使用する。指導上重要な文の文法的な説明においては統語構造が複雑でない文を先に取り上げるなど指導者側の工夫が必要であろう。例えば,byを伴わない受動態構文である。上記のテキスト中にSpecial knowledge of specific field is limitedというbyのない受動態文があるが,先ず意味の把握に重点を置くことが重要であろう。いわゆる受動態構文のパタン(be+動詞の過去分詞+by)にこだわりすぎるとbe frightened, be drunk, be interested, bekilledなどの英語的な表現を規則によって理解することになる。こうした点を含めて,英語の特徴的な表現が実感できる教材を精選し,さまざま媒体を通じて通じる授業を心がけたい。音連続の法則性の理解や生徒自身が新出単語の読み方や意味を音声学的な情報ととも覚えられるようにIPAなど視覚的補助を取り入れることも有効であると思われる。  聴覚および字幕映画の利用:近年,我が国でも米国を中心とした諸外国のキャプション付きのドラマ,ニュース,映画の放送が見られるようになった。これらの利用は特に外国語の学習者に有益であろう。諸外国の様子をリアルタイムで見ることができるからである。また生徒の関心が高い映画についていえば,吹き替えは理解が困難なことが多い。一方,文字は英文であってもよ確実な情報となる。今後,授業のなかでも取り入れみたい媒体である。ただし,ドラマ等で人物の台詞の代わりに効果音がストーリーの展開を暗示させたり,環境音が重要な役割を果たしている場合は視覚的な情報だけでは理解が困難である。日頃から聴覚を最大限活用しつつ,出力を補聴器に直接誘導するなどS/N比の改善をはかれば字幕と同様に聴覚的な情報も臨場感を高めるのに有効な情報となりうると思われる。 4.おわりに  言語学習はその言語使用地域の習慣,文化,芸能,産業など広範な領域におけるさまざまな活動の理解をつうじて行われることが望ましい。高等教育段階における本学の英語指導においてもこのことはあてはまるであろう。外国語の学習は時には鏡に映しだされる日本語や日本文化の学習でもある。言語学習は読解やコミュニケーションの媒体としての言語を習得することが基本ではあるが,広く文化に触れながら,また再学習者を動機づけつつ,英語Iと連携して有意義な指導を模索したい。 参考引用文献 1)Isaac Asimov: The Robot as Enemy? and other Science Essay 金星堂(1992) 2)Daniel Kahl et al: Can Computers have a mind? 一橋出版(1990) 3)Alfred. A. K noph: Romeo and Juliet,New York Press(1992) 4)日本テクニカルコミュニケーション協会編科学・工業英語検定試験の問題集(1993) 5)須藤 正彦:トータルコミュニケーションによるコミュニケーション,障害児の授業研究別冊,明治図書(1993) 6)山内 絢子:聾学校における英語教育の実践,聴覚障害,vol.35(1980)