視覚に障害のある理学療法士の職場における勤務状況の実態と課題(第3報)-職場における人間関係の実態- 松澤 正(理学療法学科教授)香川 邦生(筑波大学心身障害学系) 要旨:視覚障害を持つ理学療法士の職場における勤務状況の実態の中で,治療器具や評価器具の使用状況についてはテクノレポート1で,また,職場における事務処理の実態についてはテクノレポート2で報告したが,今回は病院,施設等での人間関係の実態について,その現状と問題点を探った。  リハビリテーション医療はチーム医療であるといわれ,お互いの人間関係を大事にする職場である。視覚障害のある理学療法士が同僚や上司との人間関係を密接にし,視覚障害のハンディキャプを補っている現状が明かになった。 キーワード:視覚障害,理学療法士,人間関係 1.はじめに  視覚障害のある理学療法士の職場における勤務状況の実態の中で,理学療法業務について視覚障害が影響を与える可能性の高い評価器具や治療器具の使用状況についてはテクノレポート1で報告し,また,職場における事務処理の状況についてはテクノレポート2で報告したが,本稿では職場における人間関係の実態について報告する。 2.鯛査方法  視覚障害のある理学療法士として筑波大学附属盲学校高等部専攻科理学療法科卒業生(以下卒業者という)168名を対象とし,また,その比較対象として健常者の理学療法士(以下健常者という)50名に多肢選択法によるアンケート調査を行った。 調査内容は①個人情報②職場の状況③理学療法業務④事務処理⑤職場の人間関係⑥研究活動の6項目にいて調査した。  調査時期は平成2年7月から8月の2ヶ月間であった。  調査用紙の回収状況は卒業者が112名(66,7%),健常者が39名(78,0%)であった。 3.調査結果と考察  以下調査結果の中で人間関係の実態について報告する。  視覚障害がある者は人間関係において消極的になり,仲間作りが下手であるといわれるが,人間関係を大事にする医療現場において,卒業者はこれらの人間関係をどのように作っているのであろうか。ここでは理学療法部門における同僚との人間関係,上司との人間関係,よい人間関係を作る条件について,現状の分析を通して抱えている問題の所在を探り,その解決の方向性を検討してみたい。 3.1同僚との人間関係  理学療法部門におけるよい人間関係とはどのような環境なのであろうか。それは各スタッフがそれぞれの仕事の責任を担い,理学療法業務が円滑に進められるような人間関係を保つことであろう。それには,仕事を進める上でいつでも仕事上の問題を相談できるような同僚がいることであり,また,仕事を離れた面でも趣味やサークル活動を通してお互いの人間性を高めるような仲間が存在することであろう。このような人間関係について,①仕事上の相談相手の状況,②仕事を離れた面での仲間の状況等について調査した。 3.1.1仕事上の相談相手  まず,仕事上の相談ができる同僚の有無をみると,FIG1.に示す通りである。卒業者の8割5分,健常者の9割の者は相談できる同僚がいると回答しており,両者の間には大きな差は認められない。  次に,同僚と相談する内容についてみると,FIG2.に示す通りである。卒業者も健常者も共に,「理学療法業務の進め方」「研究や研修の進め方」「同僚との人間関係」「患者との人間関係」の順に相談内容の多いものから並び,両者の間ではほぼ同様の傾向を示している。また,卒業者の2割の者は視覚障害を補うための援助に関する相談を同僚にしており,視覚障害がゆえの特徴を示している。  なお,FIG1.において,卒業者の1割5分(17名)の者は仕事上の相談できる同僚がいないと回答しているが,その理由について質問した結果を整理したものが,FIG3.である。この結果から,視覚障害に理解を示す同僚がいないからという理由で相談相手がいない者は皆無であることから,相談相手の有無は視覚障害と直接の関係はないといえる。  一方理学療法部門のスタッフ数と相談できる同僚の有無との関連をみると,FIG4.に示す通りである。この結果から,理学療法士の少ない職場において,相談できる同僚のいない者が多い傾向を示している。理学療法士が1人の職場においては,理学療法業務を進める上で,多くの悩みを抱えているものと思われる。こうした職場に相談できる同僚のいない者が,どのように問題解決の対応をしているかを質問し,回答結果を整理したものがFIG5.である。この結果から,他の職場の仲間に相談する者が圧倒的に多いことが分かるが,上司や恩師に相談する者もいる。これから考えると,学校教育の場では就職指導に当たって,新任理学療法士を指導できる理学療法士が存在する職場への就職指導を進めることが望ましく,実際にそのような方向性で行っている。しかしながら,理学療法士1人職場へ就職する機会もあり,それらの指導としては,卒業後のフォローアップや研修等を通しての学術的な指導が必要になっているものと思われる。これからの社会のニーズとしては地域の老人施設・デイーケアーセンターのような小規模施設や医療法人の病院等において理学療法士1人職場の増加傾向がみられることから卒業後の再教育の機会がますます要求されてくるものと考えれる。 3.1.2仕事以外での仲間関係  まず,職場において仕事を離れた面で親しく付き合っている仲間がいるかどうかについて検討してみたい。FIG6はその点に対する質問の回答結果である。卒業者の7割強,健常者の8割強の者が職場において,仕事を離れた面で親しく付き合っている仲間がいると回答している。また,職場において,仕事を離れた面で親しく付き合っている仲間がいないという回答に,卒業者は約3割,健常者は2割弱の者がいる。このように卒業者にかなり高い比率が現れているが,これは視覚障害ゆえというよりも,理学療法部門のスタッフが少ない職場に勤務する者の比率が健常者に比べて卒業者のほうがFIG7に示すようにかなり高率であるためであろう。  次に,職場において仕事を離れた面で親しく付き合っている仲間がいないと回答した者は,職場以外で親しく付き合っている仲間がいるのであろうか。FIG8.は,この点に対する質問の回答結果である。職場にも,職場以外にも親しく付き合っている仲間がまったくいない者は卒業者にも,健常者にも若干いるものの,むしろ健常者の比率が高くなっている。  さて,仕事を離れた面で親しく付き合っている仲間関係はどのような内容であろうか。FIG9.に示すように,卒業者も健常者も「趣味の合う仲間」「飲み友達」という回答が多く,仲間との付き合いの内容面においても,卒業者と健常者とは差はなかった。 3.2上司との人間関係  理学療法部門での「上司」には,医療面での医師と理学療法士の関係,理学療法の直属上司の関係がある。医師との関係では,指示を受けながら理学療法に関する治療を進めていくことになり,お互いの信頼関係を基にして業務が遂行される関係である。また,直属上司との関係では,理学療法の各分担を任されたり,数名でチームを組んで業務を遂行する場合,上司を軸としてのチームワークが最も大切となる。上司に信頼され仕事をすることは,自分自身の存在価値が認められることでもあり,仕事を進める上での大きな励みとなるものである。理学療法業務を円滑に遂行するためには,上司との人間関係が重要な要素の一つであるといえる。  このような上司との人間関係がうまくいっているかどうかという質問に対する回答結果は,FIG10.に示す通りである。卒業者の8割弱の者が上司との人間関係において,うまくいっていると感じている。また,健常者もほぼ同様の傾向を示している。  次に,上司との人間関係において視力障害の程度が何らかの影響を及ぼしているのか否かをみると,FIG11.のような結果であった。これからみると,0.1未満の低視力の者ほど職場で仕事を円滑に進めていくために上司との人間関係を大切にしていることを示すものとなっている。  では,上司との人間関係をうまく保っていくためには,どのようなことに気をつけているのであろうか。この点についての回答結果を示したものがFIG12.である。卒業者,健常者共に,「仕事をしっかりやっている」,「相談,報告をする」をあげている者が群を抜いて多い。このように,上司とのよい人間関係を保つためには,自分に与えられた仕事を責任をもって行うことであり,次に,よく相談したり,報告することによるお互いのコミュニケーションを大切にすることを示すものである。また,ここで注目しておきたいことは,「視覚障害に対する上司の理解がある」ことを卒業者の2割の者があげていることである。視覚障害者は多少のハンデキャップはあるが,それに対する周囲の者や上司の理解があれば,視覚障害を克服して仕事を円滑に行うことは,決して困難ではないといえる。しかし,その理解を促すためには,視覚障害者自身の積極的な努力が何よりも必要であることを示すものであると思われる。  以上,同僚や上司との職場における人間関係においてアンケート調査結果を分析してきたが,最後に職業人としての彼らは,職場におけるよい人間関係を保つために,どのようなことが大切であると考えているかについて質問し,その回答結果はFIG13.に示す通りである。条件として適当なものを複数回答してもらい,卒業者,健常者について各項目ごとのパーセントで表した。これによると,卒業者,健常者共に,「分担した仕事をきちんとすること」,「チームワークを大切にすること」,「協調性があること」,「欠勤や遅刻をしないこと」,「笑顔で挨拶すること」を5割以上の者があげている。このように,よい人間関係を保つ条件して,ここにあげた項目は,いずれも視覚障害があるかないかにかかわらず,職業人として守らなければならない基本的事項であるといえる。 Fig1 仕事の上の相談ができる同僚の有無 Fig2 同僚と相談する内容 Fig3 同僚に相談する相手がいない理由 Fig4 理学療法のスタッフ数と相談できる同僚の有無との関係 Fig5 同僚以外の相談相手 Fig6 仕事を離れて職場で親しく付き合っている仲間の有無 Fig7 職場におけるPTスタッフ数の状況 Fig8 仕事を離れて職場以外で親しくつき合っている仲間 Fig9 仕事を離れてた付き合いの内容 Fig10 上司と人間関係 Fig11 上司との人間関係と視力との関係 Fig12 上司とうまくいっている理由 Fig13 よい人間関係を保つ条件 4.まとめ  視覚障害者は,とかく人間関係を積極的に構築していくのが苦手であるといわれるが,実情は視覚障害者も健常者も差はみられなかった。  同僚との人間関係では,卒業者,健常者共に8割から9割の者が相談相手をもっており,主な相談内容としては,日々の業務の進め方,研究・研修の進め方,患者や同僚との人間関係,視覚障害を補うための援助等であった。また,卒業者の中の1割5分の者は仕事上の相談ができる同僚がいないと回答しているが,これらの者は,理学療法士が1人の職場に属している場合が多いように思われる。また,視覚障害に関して理解がないので相談できないと回答した者はいないこと等から,相談相手の有無は,視覚障害とは直接関係ないといえる。しかし,仕事上の相談ができる同僚がいない者がいることは,それらの者に対する学術的な援助が求められ,その対応としては,教育機関や職域団体にその使命があるものと思われる。  上司との人間関係では,チームを組んで仕事を行う上で大切なことはいうまでもないが,上司の信頼が,仕事への励みにもなることから,卒業者,健常者共に,8割の者はその人間関係においてうまくいっていると感じている。特に,卒業者の中で0.1未満の低視力の者の方が人間関係がうまくいっていると感じている者が多い。このことは低視力の者ほど人間関係の構築を大事にしていることを示すものである。特に,視覚障害者が人間関係がうまくいっていると感じている理由の中で,「視覚障害者に対する上司の理解」を約2割の者があげている点は注目しなければならない。  また,同僚や上司との人間関係をうまく保つ条件は,卒業者,健常者共に,職業人として守るべき基本的事項であり,視覚障害者として要求されることは,まず,社会的な行動がとれるような人間形成が重要であるといえる。 参考文献 1)日本理学療法士協会:理学療法白書,1985年. 2)安井 秀作:職業リハビリテーション,中央法規出版,1989年. 3)西川 実弥:リハビリテーション職業心理学,リハビリテーション心理学研究会,1988年.