公開講座「パソコンを利用した点字教材・拡大教材の作成入門」の2年間と評価 筑波技術短期大学一般教育等(視覚部) 加藤 宏・黒川 哲宇・村上 佳久・香田 泰子・青木 和子 筑波技術短期大学鍼灸学科 伊藤 隆造 要旨:視覚障害教育関係者を対象として平成5年度と6年度に実施された公開講座「パソコンを利用した点字教材・拡大教材の作成入門」の概要および主旨を述べるとともに受講者による評価,意見などを分析し,今後の企画への参考となる資料を提供する。 キーワード:公開講座,パソコン点訳,テキスト処理,触図,,情報処理教育,視覚障害教材 はじめに  障害者教育のための技術を開発するとともに,その情報を広く公開することは本学の重要な責務のひとつといえる。筑波技術短期大学では,情報公開の一端として,開学以来さまざまな公開講座が行われてきた。視覚障害教育関係者を対象とした講座としては,平成5年度と6年度に一般教育等を中心として「パソコンを利用した点字教材・拡大教材の作成入門」の講座が実施された。また,その他理療科教員のための`情報処理講座が既に実施されており,今年度中には英語教材関係の講座も予定されている。  本稿では,上記の「パソコンを利用した点字教材・拡大教材の作成入門」講座の2年間の内容を紹介するとともに参加者による評価・反応を分析し,今後の公開講座等の参考としたい。  なお,講座の実施とアンケート調査は一部2年以上前に行われたもので,その後の情報機器の進歩を考えると,いささか現状にそぐわなくなっている点もあるであろう。特にこの期間はまさにパソコンOSの主流がDOSからWINDOWSヘの移行期でもあった。当然,現在では盲学校等の環境も改善されてきていると考えられる。しかし,一方しばしば指摘されるようにWINDOWSのようなGUI(グラフィック・ユーザー・インターフェース)環境は視覚障害者にとって必ずしも使いやすいインターフェースではない。このため,視覚障害教育の現場ではMSDOSによるCUI(キャラクター・ユーザー・インターフェース)が今後もしばらくは主流となって使用されると予想され,本講座で使用されたシステムは現在でも十分有効であると考えられる。 講座の対象と目的  5年度6年度とも盲学校等の教諭または弱視学級教諭,その他視覚障害者訓練施設職員などを対象にパソコンによる点字教材・拡大教材・触図の作成を講習した。  以下年度別にその内容等を述べる。 平成5年度譜座 参加者 (1)人数18名(盲学校9,視覚障害者訓練施設5,弱視学級3,理療科教員養成施設1) (2)障害の有無全盲1,弱視6 (3)年齢構成34-64歳 (4)点字習熟度 弱視学級の教員なども含まれていたため,点字に精通した者から点字を全く知らない者まで分散していた。  参加者にはあらかじめパソコンの使用歴などに答えてもらい,実習のグループ分け等の参考にした。 (5)パソコン・ワープロ使用歴等 ・ワープロ専用機8,一太郎等ワープロソフト5,点字ワープロ2  パソコンにかなり習熟した者からキーボードに触れたことのない参加者までいた。また,パソコンの使用はほとんどワープロに限られており,ワープロ専用機や,AOKなど点字ワープロの使用者もいた。AOKはNECの98シリーズを使用しているが,DOSのテキストファイルとの互換性がない。盲学校等では共通の文書ファイルから点字や拡大教材を作るという本学のスタイルは必ずしも一般的ではないようである。 講座の内容 平成5年度筑波技術短期大学公開講座 「パソコンを利用した,点字教材,拡大教材の作成入門」 日程:平成5年8月2日~4日 8月2日(月) ・講座の概要説明 ・パソコンと教材作成の概要解説 ・一太郎によるワープロ実習 ・パソコン習熟度および講習希望別班分けのためのアンケート調査  点訳・点字打ち出しなどには基本的に電子図書閲覧室(村上,1995)のシステムを使用し,一部LL教室のマッキントッシュを使用した。 ・懇親会をかねて情報交換会 8月3日(火)9:00-17:00 ・ワープロ(一太郎)実習 ・自動点訳(EXTRA)実習 ・校正(一太郎,エディター) ・点字ファイル変換実習 ・触図の作成(花子,シルルエット) ・点字ワープロ(BASE)実習, ・点字印刷(TDC)実習 ・OCRによるテキスト取り込み 8月4日(水)9:00-12:00 ・教材作成上の問題点 ・触図を使った教育の実際 ・パソコン利用の最前線 ・まとめと評価アンケート実施  5年度の講座のコンセプトは,図1に示すように,教材はすべてMS-DOSのファイルとして共有資産化しようというものである。この図には拡大教材や触図作成は含まれていないが,DOSのファイルとして扱う点に関してはまったく同じである。つまりDOSのファイルをもとに点訳したり,拡大印刷したり,図表を文章中に貼り込んだりすればよいわけである。これに対し,AOKなどの点字専用ワープロで作成したファイルでは資産としてのデータの共用化は困難となる。そこで実習も印刷物などからいかにDOSのファイルを作るかと,それをそれぞれの必要に応じて点訳等の処理をするかという点を中心におこなわれた。  次に評価アンケートの集計結果について述べる。5件法による評価項目の集計については後に2年分まとめて述べるので,ここではまず5年度講座に対する評価アンケートの自由記述蘭からおもな意見を拾ってみる。 ・色々な機器を実際操作できてよかった。 ・もっと実習の時間をとってほしい。 ・英語点訳の講座もやってほしい ・習熟度別にグループ分けして実習したのはよかった。 ・参加募集の段階でパソコン習熟度別に募集して欲しい。 ・一応パソコン点訳を知っている者としては触図作成法にもっと時間をかけてほしかった。 ・触図については鋏で切り貼りする従来の方法の方が楽と感じた。 ・WINDOWS中心の講座も開催して欲しい。 ・最後の日にも実習時間をとって欲しい。 ・宿舎の照明が暗くて自習できなかった(注:斡旋した宿舎への不満が高かったため,6年度は宿舎の斡旋を取りやめた)。 ・講師の熱心さは評価できる。 などの意見があった。受講者のパソコン習熟度の分散が大きく評価にも開きがあるようである。 図1 点字教材・拡大教材作成の手順 平成6年度講座 対象:5年度と同じく盲学校・弱視学級を中心とした視覚障害者の教育に携わる者 人数:18名 所属:盲学校15,弱視学級1,視覚障害者訓練センタ1,不明1 障害の有無:弱視3 年齢:23-56歳 講座の日程:平成7年3月16日-18日 3月16日(木)13:00-17:00 ・講座の目的と内容説明 ・視覚障害教育とテクノロジーについて ・電子図書閲覧室説明 ・班分けのための講習希望アンケート ・ワープロ操作実習 ・拡大印刷実習 3月17日(金)9:00-17:00 午前は全員以下の講習を班ごとのローテーションで行った ・OCR文書入力 ・文書校正 ・自動点訳  午後は午前の未消化分と触図作成と拡大教材作成を中心に個人別に分かれ実習 ・点訳校正 ・点字印刷 ・触図作成(シルエット,花子) ・拡大(MS-WORD) ・CD-ROM検索 3月18日(土)9:00-12:00 ・マッキントッシュによる読み上げソフト(Outspoken)を使いながらの英文ワープロの実習 ・実習希望アンケート ・各自の希望により班に分かれて実習の補充 ・わかりやすい触図について ・質疑 ・評価アンケートの実施  6年度ではパソコン点訳そのものはかなり一般的になってきていると考え,触図作成とWINDOWSによる拡大教材作成の実習に当てる時間を拡大した。  次に6年度の講座1日目に行った講習希望アンケート(18名,各設問重複回答可)の結果について述べる(数字は人数)。 1.主にこの講座で学びたいこと (1)点字教材作成10(2)拡大教材作成8(3)触図作成10(4)障害工学一般5 2.パソコン使用経験パソコン経験18(全員) (1)NEC18(2)IBM4(3)Mac1 3.マウスの使用経験14 4.CD-ROMリーダー使用経験2 5.ワープロ使用経験18(全員) (1)専用機11(2)一太郎13 (3)その他0 6.エディタ使用経験5 (1)VZ 1(2)MIFES 4 7.点訳ソフト使用13 (1)エクストラ5(3)BASE12 (3)80点3名(4)BE1 8.MS-WINDOWSの使用経験2 9.現在何らかのシステムでパソコン点訳をしているもの15 10.拡大教材の作成 (1)一太郎Ver53(2)拡大コピー7(3)手書き2 11.触図教材の作成 (1)手書き原稿2(2)図描きソフト(IBM)1(3)立体コピー4(4)サーモフォーム1  これらアンケートからうかがわれる特徴には ・ほとんどの受講者の所属する盲学校等でなんらかのシステムによってパソコン点訳はすでに行われている。 これは5年度受講者の多くが点訳ソフト未経験者であったのと大きく状況が変化していることを示している。 ・「98+一太郎」の組み合わせ経験者が圧倒的である。 ・点訳ソフトは無償ソフトの使用が多く,パソコン点訳が行われているところでもエキストラのような有償ソフト使用は必ずしも一般的ではない。 ・触図の作成にあたってはグラフィックソフトはほとんど使用されていない。 という盲学校等の実態である。  次に講座修了時の評価アンケートの自由記述欄より主な意見を拾ってみる。 ・3日間パソコンが使えたのがよかった。 ・実習内容の希望・パソコン習熟度別にグループ分けして指導してくれたのはよかった。 ・詳しい操作マニュアルが欲しかった。 ・開講時期は夏休み期間中にして欲しい。 ・参加者が自分の教材を持ち寄り,それを点訳したり触図化するという実習形式であったら,より実習にも熱が入ったと思う。  次に評価アンケートの5件法評価項目の結果について2年間分まとめてのべる。  評価アンケート(表1)は講座修了時に全員に実施した。評価項目は5・6年度とも同じものが使用された(6年度は宿泊に関する評価項目は除いた)。なお統計解析にはマッキントッシュの統計ソフトSYSTAT5.0を使用した。 評価アンケートの結果  アンケートの主な結果は以下のとおりである。 (1)評価は各項目とも2年間でほとんど差がなかった(図2)。全項目とも有意差はなかった。このグラフでは一般に数値の小さい方が評価が高いことを表している(表1参照)。  項目別でみると,設備の充実度や講師の教え方などへの評価は高い一方,講習の程度や期間への評価は,必ずしも受講者の要望と合致していなかったのか,やや低くなっている。  次にこのような評価がどのような評価軸から行われているのか検討するために,次元を要約するために主成分分析を実施した。分析には相関行列による方法を用いた。本アンケートの回答者は20名足らずで多変量解析的手法を使用するにはデータ数が少ないが,探索的試みとして実施した。また,得られた主成分の第1主成分から第4主成分の主成分得点を説明変数とし,また総合的評価である質問項目(15)「今回の講座は全体的にみてどうでしたか」を目的変数として重回帰分析を行った。 (2)多変量解析的分析の結果については5年度についての分析を中心に述べる。  累積寄与率80%以上を基準に4個の主成分を求めた。主成分負荷量の表を表2に示す。 a)第1主成分:設備,新しい,予想,全体評価などをはじめほとんどの項目と正の相関がある。宿泊,期間,程度以外の項目と正の相関をしている。これは「講座の内容評価の因子」と考えられる。 b)第2主成分:範囲,期間,新しい,障害配慮などと負の相関があり,宿泊,程度とは正の相関がある。これは「受講者の要望とのマッチングの因子」と考えられる。 c)第3主成分:これは程度,説明と相関が高く「講師の教え方の因子」といえる。 d)第4主成分:障害配慮,宿泊などの項目と関連しており「アメニティの因子」と考えられる。つまり快適さである。  第1主成分と第2主成分を軸として各項目の主成分負荷量をプロットしたものが図3である。なお,6年度の評価アンケートの主成分分析(表3)からは「設備と導入可能性・実現度の因子」,「企画の配慮の因子」,「講師の教え方の因子」,「講座への期待の因子」が得られた。 重回帰分析の結果  5年度の主成分分析で得られた第1から第4までの主 成分得点を説明変数とし総合的評価の質問項目「今回の講座は全体的にみてどうでしたか」を目的変数にして重回帰分析した(表4)。なお,ここでは解釈が容易なように項目得点の素点5が評価が高く1が低いことを表すように再変換してから主成分得点を再算出し,これと総合的評価項目との関係を分析した。モデルの適合度は高く,「因子1:講座の内容評価因子」,「因子4:アメニティの因子」の偏回帰係数が高かった。受講者からの評価をあげるには,講座内容の充実と同時に諸般の都合をつけて参加している受講者への配慮・気配りが重要なことがわかる。 図2 アンケート平均値2年間の比較 表1 公開講座についての評価アンケート項目 図3 平成5年度評価アンケート項目の主成分負荷量 まとめと今後の展望  講座は2年間ともおおむね好意的に評価されている。特に実習環境の設備や実習内容についての評価は高い。ところで,この2年間はまさにパソコンが社会一般に認知され普及した期間でもある。パソコン点訳もこの間に全国の盲学校等に普及し,一般的になった。今後は英語点訳,拡大教材,触図教材のための講座への要請がより高まっていくであろう。また,視覚障害者に対するGUIへの対応問題としてWINDOWS上での教材作成を中心とした講座も早急に求められるであろう。受講者の講座についての評価を決めているのは「講座の内容」,「受講者の要望とのマッチング」,「講師の教え方」,「アメニティの因子」などであり,今後の公開講座においては,これらの点について配慮した計画が必要であろう。 引用文献 村上 佳久(1995)電子図書閲覧室,筑波技術短期大学テクノレポート2,113-117 表4 平成5年度全体評価と主成分得点による重回帰分析