手話の形態的特徴に関する考察 電子情報学科電子工学専攻 内藤 一郎・加藤 雄士 要旨:テレビドラマなどをきっかけにして,手話や聴覚障害者に対する関心が高まってきている。その一方で,パーソナル・コンピュータにおけるマルチメディア技術が進歩し,ディジタル動画を用いた手話教材や電子辞書が市販きれるようになった。このような手話教材や電子辞書は,手話の学習や研究をより効率化できると期待されるが,その内容や検索方法は,まだ十分に検討されているとはいいがたい。そのため,よりわかりやすく,より効率的な教材や検索方法を実現するために,手話の形態的特徴や認識のしやすさなどを考慮した検討を進める必要がある。こうした観点から,今回,手話の形態的特徴についての検討を行ったので,その結果について報告する。 キーワード:手話,手話教材,電子辞書,形態的特徴 1.はじめに  最近,聴覚障害者を主人公にしたテレビドラマが放映され,それをきっかけにして聴覚障害者や手話に対する関心が高まっている。そうした中,パーソナル・コンピュータのマルチメディア化に伴い,ディジタル動画を利用した対話型の手話教材や電子辞書が市販されるようになってきた。このような手話教材や電子辞書は,これまでのイラストを使ったテキストや辞書に比べて,手話の学習や研究をより効率化することができると期待される。  これまでの手話教材においては,日本語ラベル名の同音異義語,反対語などの手話表現を列挙して単語の学習を促す場合がほとんどであるが,手話表現の類似性を考慮した方法を検討することで,さらに効果的な学習が可能であると考えられる。  また,手話の電子辞書を制作する際には,日本語のラベル名から対応する手話を検索できるばかりではなく,手話の形態情報からその手話に対応した日本語ラベル名も検索できることが重要な機能となる。我々は,神田らの音韻表記法をもとに1),手話・日本語双方向の検索機能を持った手話電子辞書の試作を行った。しかし,収録した手話単語が200語程度であったにもかかわらず,検索結果は決してよいものではなかった2)。同様の機能を持った市販された電子辞書についても,確実に手型がわかっている場合には検索できるが,ちょっと見かけた程度の手話を調べるのは難しく,仮に手型がわかっていても他の条件を相当絞り込む必要があるので,初心者が検索するのは難しいという指摘がある3)。  より効果的な手話教材や効率的な検索方法を実現するためには,手話の形態的特徴や手話表現の認識のしやすさなどを考慮する必要がある。今回,こうした観点から手話の形態的特徴についての検討を行ったので,その結果について報告する。 2.分類結果  手話の標準的なテキスト・辞書として利用されている『わたしたちの手話(1)~(10)』4)に収録されている手話単語について検討を行った。『わたしたちの手話(1)~(10)』には,指文字を含めて4178語の手話表現が収録されているが,複数の手話単語から構成される複合語,指文字と手話単語から構成される手話表現,複数の指文字から構成される手話表現は除外した。分類検討の対象となった手話単語は,4178語中の2524語であり,これは全収録語の60.4%にあたる。指文字に関しても,実際の電子辞書での検索に含める予定なので,今回の分類検討に含めた。 2.2片手手話について  片手手話,両手同型手話(両手の手型が同じ手話)ならびに両手異型手話(両手の手型が異なる手話)に関して,「動きの有無(手話開始位置までの遷移動作は除く)」による分類結果を表1に示す。片手手話で移動を伴う場合が,618/847語(73.0%)となる。指文字を含めてはいるが,それを考慮しても全体の7割以上が移動を伴う。  さらに,片手手話,両手同型手話ならびに両手異型手話に関して,「身体との距離(指文字を提示する位置を通常距離とする)」ならびに「両手の接触」「手型の変化」「手首の回転」についての分類結果を表2に示す。片手手話は両手手話に比べて「身体との距離」について「近距離」「身体接触あり」が2~4倍以上多く,「手型の変化あり」も2倍近くになる。ただし,「手首の回転あり」は,片手手話で59/847語(7.0%),両手同型手話で50/1052語(4.8%),両手異型手話で38/625語(6.1%)であり,どの場合も同程度の割合になった。  片手手話で多く使われている手型は,「静止」の場合には「1」型(人差し指だけ伸ばした形)が27/229語(11.8%),「テ」型(手刀の形)が22/229語(9.6%),「し」型(人差し指と親指を伸ばした形)が17/229語(7.4%)の順になる。「移動あり」の場合には,「テ」型が116/618語(18.8%),「1」型が82/618語(13.3%),「サ」型(握り拳の形)「ウ」型(人差し指と中指を密着させて伸ばした形)が38/618語(6.1%)の順になる。どちらの場合も「テ」型と「1」型が多い。 2.3両手手話について  表1の結果から両手手話では,片手あるいは両手の移動を伴う場合が,両手同型手話で947/1052語(90.0%),両手異型手話で556/625語(89.0%)を占め,全体の約9割がなんらかの移動を伴う。この中で,両手同型手話では両手とも移動する手話に704/1052語(66.9%),両手異型手話では片手のみ移動する手話に475/625語(76.0%)とそれぞれ集中する。  また,表2の結果から,両手同型手話ならびに両手異型手話とも「身体との距離」の項目では「通常距離」が80%以上を占める。「身体との接触あり」や「手型の変化あり」の割合は片手手話の半分以下である。「両手の接触」は両手同型手話では,372/1052語(35.4%)であるが,両手異型手話では,335/625語(53.6%)と多い。「手首の回転」に関しては,両手同型手話では,両手とも回転を伴う場合が33/1052語(3.1%)で,片手のみ回転を伴う場合の17/1052語(1.6%)の約2倍になる。両手異型手話では,両手とも回転を伴う場合はなく,片手のみ回転を伴う場合は38/625語(6.1%)であった。  両手同型手話で多く使われている手型は,「静止」の場合で「テ」型が22/105語(21.0%),「l」型が13/105語(12.4%),「サ」型が11/105語(10.5%)の順になる。また,「片手のみ移動あり」の場合には,「テ」型が152/243語(62.6%),「サ」型が22/243語(9.1%),「1」型が17/243語(7.0%)の順に,「両手とも移動あり」の場合が,「テ」型が212/704語(30.1%),「1」型が75/704語(10.7%),「サ」型が57/704語(5.3%)の順になる。どの場合も「テ」型が最も多いが,特に「片手のみ移動あり」では,同じ分類の60%以上を占める。両手異型手話では,「テ」型と「1」型の組み合わせが最も多かったが,左右逆の組み合わせを合わせても64/625語(10.2%)で,移動の有無に関わらず特定の組み合わせに集中することはなかった。  さらに,両手手話に関して,両手とも移動する手話の両手の動きの形態についての分類結果を表3に示す。両手同型手話では,左右対称に移動する場合が「対称」ならびに「対称かつ平行」を合わせて416/704語(59.1%)となっている。両手異型手話では,「継続的接触動作(両手が接触したまま移動する)」が45/81語(55.6%)と最も多く,他の場合では「結婚」「離婚」などの同一直線上を両手が移動するかまたは「売る」「買う」などの平行に移動する動作や,野球や卓球などの球を打つ動作がある。  次に,両手同型手話ならびに両手異型手話に関して,両手の掌の向き(手話表現開始時の掌の方向)と両手の指先の向き(手話表現開始時の位置で中指を伸ばした方向)についての分類結果を表4,表5に示す。表4の結果から,両手の掌の向きは,両手同型手話では「同方向」が506/1052語(48.1%),「反対方向」が410/1052語(39.0%)と多く,両手異型手話では,「異方向」に379/905語(60.6%)と集中する。また,表5の結果から,両手の指先の向きは,両手同型手話では「同方向」に625/1052語(59.4%),両手異型手話では「異方向」に424/625語(67.8%)と集中する。 表1 動きの有無による分類結果 表2 身体と距離や局所運動などによる分類結果 表3 両手動作の形態による分類結果 表4 掌の向きによる分類結果 表5 指先の向きによる分類結果 3.考察 3.1全体的特徴について  手話の全体的な特徴として,移動を伴う表現が圧倒的に多かった。これは,移動を伴う表現の方が静止した表現より,表現のバリエーションが豊富になるためである。この結果から,手話では「動き」が他のパラメータに比べて重要なウェイトを占めていることがわかる。なお,鎌田らも,手話の特徴として「動き」の占めるウェイトが他のパラメータよりも大きいという予想を立てている5)。 3.2片手手話の特徴について  片手手話の手型は,両手同型手話に見られるような,特定の手型へ極端に集中するような傾向は見られない。また,手型の変化を伴う手話が両手手話に比べて多いのも特徴である。このことは,片手手話では「手の形(掌や指先の向きを含む)」に意味を持ち,それが移動したり変化したりすることで手話単語を構成している例が多いと考えられる。  さらに,両手手話に比べて身体との接触や近距離での表現が多いことから,特定の身体部位を指し示したり,あるいは意味を持った「手型」を特定の身体部位に近づけたり遠ざけたりするなど,身体部位を利用した表現も多いことがわかる。  これらの結果から,片手手話では両手手話に比べて「動き」ばかりでなく,「手の形」のウェイトも大きいと考えられる。 3.3両手手話の特徴について  両手同型手話に関しては,手型が「テ」型,「1」型ならびに「サ」型など比較的単純な手型に集中し,しかも両手移動が全体の70%近くを占めるため,他の場合に比べて「手の形」よりも「動き」のウェイトが大きいことがわかる。さらに,掌と指先の向きは,同方向か反対方向を向く場合が圧倒的に多く,左右の動きも対称的になる場合が全体の約6割を占める。そして,簡単な手型で左右対称に運動する場合には,身体的な制約により掌や指先の向きが同じ方向か互いに向き合う場合が最も自然に表現できるので,このような手話が多くなっているものと思われる。手話の歴史的変化に関する検討結果からは,手話の動作が簡単化・円滑化に向かうと指摘されているが6),両手同型手話のこの掌と指先の向きの特徴ならびに比較的に簡単な手型が多いことは,その一例であると考えられる。  両手異型手話では,手型は,特定の組み合わせに集中することはなかったが,右手の手型に限定すれば,「1」型が206/625語(33.0%)で最も多い。今回の検討では,右利きを想定していることから,両手異型手話では,特定の身体部位もしくは左手を指し示すような手話が多いものと考えられる。また,片手のみ移動する場合が両手異型手話全体の76%を占め,両手が動く場合には両手が接触したままか同一直線上を動く場合が多い。これは左右の手の形が異なるため,話者としては,両手を動かす場合には左右の手を動かすのは困難であり,読み取る側としても認識が難しいため,どうしても片手が移動する場合が多く,両手が移動する場合には単純な動きになりやすいと考えられる。  Battisonは,アメリカ手話の分析から両手手話には次に示す2つの制約があると報告している7)。 (1)両手が動く手話では,対称調整(symmetry condition)が働き,両手の形が同一で,動きが同じか左右対称になる場合が多い。 (2)両手の形が異なる手話では,優位調整(dominance condition)が働き,片手のみ動いて,固定した手の形は無標手型になる場合が多い。  この2つの制約が日本の手話についても成り立つか,今回の分類結果から検討した。制約(1)については,表3の両手同型手話の「対称動作」「対称かつ平行動作」ならびに「継続的接触動作」の489語が当てはまり,両手同型で両手とも移動する手話の69.5%,両手異型手話を含めて両手とも移動する手話の62.3%を占める。同時法的手話について行われた検討結果では,この手話の割合は63%と報告されており5),ほぼ同じ結果となっている。  また,制約(2)については,両手異型で片手のみ移動する手話で,固定している手型が無標手型-「サ」型,「テ」型,「5」型(5指を伸ばした形),「1」型,「C」型(Cの形)と「O」型(指先でOをつくる形)の6つの手型-となるものは369語あり,両手異型で片手のみ移動する手話の77.7%,片手異型手話全体の59.0%を占める。このタイプの手話は,アメリカ手話に関しては,stokoeらのアメリカ手話辞典8)では69%を占めるとぎれている9)。このように,日本の手話に関しても,この2つの制約が十分に当てはまると考えられる。 4.今後の課題  今回の検討の結果,次のような手話の形態的特徴がわかった。 (1)片手手話では,移動を伴う場合が多いが,両手手話に比べて,手型の変化や身体との接触,近距離での表現も多く,「動き」ばかりでなく「手の形」にもウェイトが大きいと考えられる。 (2)両手同型手話では,手型は簡単な形に集中し,左右対称に両手とも動く場合が多い。 (3)両手異型手話では,片手のみ移動し,静止している側の手型は無標手型になる場合が多い。また,両手が動く場合にも,両手が接触したままか同一直線上を動くような単純な動きが多い。  このような手話の形態的特徴は,長い年月を通して,話者としての表現のしやすさと読み取る側の認識のしやすぎから形成きれてきたと考えることができる。したがって,今回の検討の結果から得られた手話の形態的な特徴は,手話を読み取る際の認識のしやすさとも関係していると思われる。今後は,さらに手話の形態的特徴を検討していくとともに,その結果を基にして,より効果的な手話教材やより効率的な検索方法の検討を具体的に進めていく予定である。 5.おわりに  なお,本研究の成果は,平成7年度科学研究費補助金,奨励研究(A)の研究課題「手話検索のための動的重み関数導入の検討」(課題番号第07780164号)によるものである。 参考文献 1)神田 和幸,中 博一,”日本手話の音韻表記法”,手話学研究,12,pp、31-39,1991. 2)内藤 一郎,安東 孝治,加藤 雄士,”手話学習システムのための電子化辞書の検討”,信学技報,ET93‐114,pp、57-64,1994. 3)小山 千穂,”新製品レビュー:日本手話電子辞書ムサシα,”日経パソコン,no、241,pp、138-139,1995. 4)”わたしたちの手話(1)-(10),”全日本聾唖連盟,東京,1987. 5)鎌田 一雄,藤野 淑子,薄井 幸江,”コンピュータ処理の為の手話記述パラメータの基礎検討,”聴覚言語障害,vol.2,no、1,pp、9-15,1991. 6)N.Frishberg,”historical change:from iconic to arbitrary,”in The signs of language,ed.E. Klima and U. Bellugi,pp67-83,Harvard University Press,London,1979. 7)R.M. Battison,”Phonological deletion in American Sign,” Sign Language Studies,5,ppl-19,1974. 8)W. Stokoe,D. Casterline and C. Croneberg,”Adictionary of American Sign Language on linguistic principles,”Gallaudet College Press,Washington,D.C.,1965(reprinted 1976). 9)神田 和幸,”手話学講義”,福村出版,東京,1995.