視覚部図書館システム 一般教育等 村上 佳久 要旨:視覚障害者を対象とした視覚部の図書館は,大学図書館としての要素と,点字図書館としての要素を合わせ持つ施設である。 書誌の管理,貸出,蔵書検索などの図書館情報システムは,平成2年から導入の検討し,平成7年度に稼働を開始した。本システムは,一般の短期大学図書館等と異なり,研究開発によりシステム構築し,視覚障害者でも蔵書検索や学外図書館の蔵書検索などが利用できるようになった。 キーワード:図書館,情報検索 <視覚障害者の図書館>  視覚障害者向けの図書館と言えば,点字本や録音図書などを扱う点字図書館が主体である。また,一部の公共図書館では,弱視者に対して,大活字本や地域のボランティアなどで作成された文字の大きな拡大写本を提供している。  視覚部の図書館は,一般の短大図書館などとは異なり,点字図書館的な要素を合わせ持っている。そのため,図書館内に録音図書作成用の録音室や人に本を朗読してもらうための対面朗読室などがある。  現在,視覚部図書館で扱っている図書や雑誌・資料などは次の通りである。 一般図書,一般雑誌 大活字本 点字図書,点字雑誌* 録音図書,録音雑誌* 電子図書* 触地図* (*従来,点字図書館扱い) 平成6年度末現在の蔵書数は,次の通りである。 墨字図書 点字図書 録音図書 16007(和書) 1038(和書) 164(和書) 2679(洋書) 425(洋書) 墨字雑誌 点字雑誌 録音雑誌 88(和書) 12(和書) 4(和書) 53(洋書) その他 17(和書)  点字図書は,一般図書に比べて様々な特徴がある。 1)巻数が多い  通常の1冊の図書を点字にすると大体10倍の10分冊程度になる。また,専門書や辞書などでは,1冊が,100分冊以上の点字になる事もある。したがって保管場所の確保が大変である。 2)部分本  点字では,原本の全てを点訳しない場合がある。読者が要求した部分だけとか,興味ある部分だけと言う場合である。また,図や写真など点字に表現しにくいものもあり,本の全てが点字になるとは限らない。(イラストや絵を触図にする場合もあるが,通常の点訳では行われない。相当な知識と労力が必要) 3)使用期限  点字は,触読のため,次第に点字の盛り上がりが無くなってくる。その為,一般図書に比べて消耗が激しく,閲覧や貸出などで利用できる回数は,一般の図書に比べて短い。  点字図書は,非常に多くの収録場所を必要とするが,この欠点を補うために電子図書があり,電子図書閲覧室などで活用されている。 <図書館システム>  一般に図書館システムと呼ばれるものは,蔵書管理,貸出管理,蔵書検索,発注管理システムの集合体である。最も重要なのは,図書情報である書誌データで,このデータを管理するDBMS(データベース・マネージメント.システム)の性能が,システムの性能を支配し,このDBMSに基づいて貸出管理,蔵書検索等が行われる。  また,文部省学術情報センター(NACSIS)との接続も重要である。NACSISは,全国の各大学の書誌データなどを収録し,このデータに基づいて,大学間相互貸借や文献複写依頼などが可能となっている。  貸出業務は,バーコードによる作業が定着してきているが,バーコード番号と書誌データとの整合性などの問題も残されている。  発注業務は,年間発注冊数が多い場合には必要であるが,各図書館によって発注形態が異なるために,各図書館専用のシステムとなる傾向が多い。 <視覚部図書館システムの検討> ・沿革 平成元年11月  基本構想として,図書館と電子図書閲覧室との二本建ての案が示される。 平成2年8月  聴覚部図書館がシステム導入(共通経費より)し,パソコンによるシステム運用開始。 平成2年10月  障害者教育用特別設備費等図書館設備費により図書館・電子図書閲覧室の整備開始。 平成3年4月  視覚部校舎棟完成,学生受け入れ開始,日之出図書係長着任。  図書館建設中のため,校舎棟5階の一室で図書館を,電子図書閲覧室は,2階の鍼灸講義室で開設。 平成3年8月  図書館システム検討開始(図書館システムWG) 平成3年11月  各業者のワークステーション(WS)ベースの開発・進行を見守り(F社.N社など),WSとパソコンとの音声端末の検討する。 平成4年4月  WSの開発進行状況遅延(F社.N社.H社など)で,筑波大学とNACSISでUNIXでのXUIP開発開始。 平成4年10月  WG案対立(教官側:WS,事務側:オフコン)  視覚障害補償・ネットワーク運用について見解が分かれ,視覚部図書館委員会で,「視覚障害補償は絶対必要」。 平成5年3月  WSベースのシステムの開発進行状況が不調なため,年度内の図書館システム導入の断念し,次年度に導入することになる。 平成5年4月  WSベースの進行状況不調なため,パソコンベースの図書館システムの検討を開始する。また,NACSISのXUIP開発不調。 平成6年1月  WSベースのシステム,パソコンベースのシステム再検討し,他大学でのWSベースのシステムの見学や説明を受ける。 平成6年3月  視覚部図書館システム契約。 平成6年4月  緒方図書係長が着任し,図書館システムの作り込みを開始し,合成音声補償の方法を検討する。 平成6年10月  学術情報処理センターと接続し,XUIPによる情報検索と書誌データの遡及入力開始。 平成7年9月  開放端末(OPAC)をカウンターに設置し,情報検索開始。平成7年度中に,貸出業務運用開始予定(遡及入力が終わっていないため)。 ・経緯  視覚部の図書館システムが検討され始めたのは,準備段階での平成元年頃であり,図書館と電子図書閲覧室の二本立て構想が示された。この時期は,パソコンベースのシステムを検討しており,平成2年度に導入された聴覚部のシステムと同じ物を考えていたが,電子図書閲覧室の整備を先に行い,図書係長着任後に改めて検討することとなった。  図書係長着任後に検討した結果,図書館員の絶対数が少ないことと,授業時間の関係から夜間の貸出が中心になること,NACSISとの完全自動化接続,合成音声による視覚障害補償や点字対応,ネットワーク対応等の基本的用件を確認し,数社と折衝した。  しかし,「ダウンサイジング」という言葉通りに,オフコンからWSやパソコンベースへのシステム移行が進み,各社ともに移行期に入り,視覚部の要求する用件を各社ともクリアできず,システム導入が遅れた最大の原因となった。  平成4年に図書係長が交代した時,急に従来型のシステム導入という話が事務側から提案されたが,これは本学の図書館員が大きな大学図書館と異なり,システム管理を行う人材がいないこと,視覚障害に対する理解が不足している事など,一時期混乱したためである。  その後,時代の流れと視覚障害補償ということを考えると,視覚部の図書館システムは,研究開発の要素が非常に強いという認識が高まり,予算も当初考えていたものの2倍程度に膨らむことが予想された。また,各社ともにUNIXレベルでのシステム開発が非常に遅れており,そこで導入を1年間先延ばしした。  平成5年度に入り,数校の大学で一般的なWSによるUNIXベースの図書館システムが導入され運用を開始したが,システム端境期の宿命で,問題が続出した為,パソコンベースのシステム導入を再度検討することとなったが,点字や合成音声が利用できないなどの壁に突き当たり,結局年度末になって,他の国立大学で運用実績のあるメーカと契約し,共同でシステム開発を行うこととなった。  平成6年度に入り,図書係長が交代し,新規にシステム構築を開始した。 <図書館システムの構築>  基本的なシステムは,D国立大学のものを基本線とし,本学特有の問題について検討を加えて構築することとなった。また,システム運用時期は,XUIPによるNACSISとの接続を平成6年秋とし,遡及入力の問題もあるので,各部分のシステムを随時稼働させて行き,平成7年度末頃をめどに全システムを稼働きせるスケジュールで進行することとなった。  基本的に検討を要する部分は,以下のような項目である。 1)書誌データの基本デザイン 2)貸出条件のデザイン 3)情報検索の画面デザイン 4)視覚障害補償の基本デザイン  書誌データの基本デザインで問題となるのは,前述のような他の大学図書館には見られない点字などの資料をどのように扱うかである。原本と全て同じデータが揃っている点字や録音図書は,複本扱いが可能であるが,原本の一部だけを点訳した部分点字図書の場合は,原本と同じではないので,新たに書誌データを作り直さなくてはならない。この場合,部分点字の書誌データは,原本のデータと異なることとなりデータ処理・検索上の問題となる。そこで,点字・録音図書共に新規の本扱いとして,書誌データを構築し,部分点字図書についても別物扱いとした。このため同じタイトルの本でも多数の書誌データが存在する。  また,書誌データは,NACSISとの整合`性を考えて,出来るだけNACSISのデータを利用し,XUIPによる自動処理でNACSISからダウンロードしている。  さらに,視覚部では,一ヶ月あたり100件弱の文献複写依頼がある。この文献複写依頼や相互貸借の利用は,NACSISを通じて行われるが,これにかかる処理の省力化も,重要である。  貸出条件は,書誌データより,もっと複雑で,問題点として,点字図書の貸出冊数・貸出方法などがある。 ・貸出冊数  点字は,一般図書に比べて,分冊数が多くなるため,1タイトルが10分冊の点字図書では,10冊全部借りると,段ボール箱が必要である。もし,50分冊なら台車が必要で,また1分冊づつ貸出作業をすると,バーコードを利用しても大変な作業量となる。通常の図書館では,貸出冊数は5冊(タイトル)程度であるが,点字の場合,分冊かタイトルかである。つまり,1タイトル10分冊の本では,5分冊しか借りられないと,原本の一部しか借りられない。例えば,一般の図書館で,1タイトル50冊程度の百科辞典を貸し出すと考えてほしい。  検討の結果,利用者の便を考慮して,貸出冊数は5タイトル・2週間以内とした。 ・貸出方法  点字は分冊が多いので,一部分だけ借りることがある。 10分冊の点字があると, 分冊の1~5を借り,6~10は借りない 分冊の1,3,4,6を借り,2,5,7,8,9,10は借りない 分冊の3だけ借り,その他は借りない  実際にこのような例は,点字図書館ではよくあるという。 問題は,貸出後に残った本の貸出である。  開式書架では,残った分冊に対して借りる可能性があるので,貸し出さないとなると,残った本を別の場所に移動させるか,貸出禁止処理を行わなければならない。もし,貸し出す場合は,同じタイトルの本を二人以上で借りるという事態となる。  さらに,複本があれば複雑で,例えば1タイトル10分冊の点字が2セットあると, Aセットの一部を借りた人 Bセットの一部を借りた人 AとBセットの残りで,10分冊すべて借りた人 最後に残っている分冊を借りた人 などの様々な例が発生する。  これは,非常に複雑なので,例外規則を設けて対応する仕組みを開発中で,出来るだけ点字を貸し出せるようにしたい。  情報検索の画面デザインは,開放端末(OPAC)の方法として,専用端末とネットワーク端末の2通りがある。  専用端末は,文字どおり,図書検索機能だけを盛り込んだもので,それ以外の業務には利用できない。ネットワーク端末は,ネットワークを利用して外部からでも検索が可能となるような設定とシステム化を行うもので,近年,UNIXベースの図書館システムでは,この方式が採用されている例が多い。  また,OPACの画面構成として,文字端末(CUI)ベースが一般的であったが近年の流行として,画像画面(GUI)ベースやWeb(WWW)ベースの画面構成も増えてきている。  視覚部では,全盲と弱視で視覚障害補償が異なり,全盲は音声か点字,弱視は,拡大文字か音声である。そこで画面構成は,教官など晴眼者もいることから,CUI・GUI・WWWの3つとも平行して行い,合成音声補償を付加するものは,CUIベースで,ネットワークで検索する場合はWWWベースを基本線として設計を開始した。  実際に開発途中の画面では,GUI画面の必要を感じない。特にWebサーバにアクセスする画面は,GUIベースよりも利用度が高いと思われ,X端末で利用するより,パソコンなどで利用する方が簡易であり,システムに対する負荷も少ない。  情報検索の中心となるCUIベースの画面は,他の大学に比べて余分な,情報量を少なくし,合成音声で利用してもわかりやすいように,必要最小限度のものを厳選して設計を行っている。また,音飛ばし機能で必要な情報を早く検索できるように工夫している。  また,本システムでは,検索条件として中間一致を採用している。一般的なDBMSが完全一致や前方一致などの検索しか出来ないのに対して,本システムは中間一致による検索が可能で,全盲のように本の題名などを探しづらい学生にとっては,中間一致の検索が出来るDBMSは,非常に有力な手段である。  視覚障害補償は,合成音声を優先して,必要なら点字ディスプレイをつけ加えることとした。また,本学以外でも利用できるよう,出来るだけ汎用`性のあるシステムにするため,端末部分で音声化を行い,通信上問題となる部分については,システム内のごく一部を変更するだけで実現できるような開発を進めた。 <視覚障害補償の困難点>  図書館システムの開放端末(OPAC)は,情報検索の要である。  今回,視覚障害補償は,出来るだけ汎用性のあるものとし,他大学図書館への接続も可能なような技術を開発しなければならない。  昨今の急速なネットワーク化への進行状況は,インターネット上で多くの図書館が蔵書検索を公開を始めたことでもわかるが,視覚障害者がこれらの検索を利用できるようになるためには多くの技術的な問題点が存在する。  一番大きな問題は,端末のハードウェアと合成音声の整合`性である。特にネットワーク絡みの場合は,ネットワークボードとネットワークで通信するためのソフトが,合成音声ソフトと不整合を生じてしまう。  近年,GUIベースの画面が増加し,それに伴って,ネットワークによる通信も高速化されてきており,ソフト・ハード共に2~3年前に比べると2倍程度早くなっている。そのため合成音声が利用できないものが多く,ネットワーク関係のソフトとハードの選択には非常に苦労する。  図書館システムは,UNIXベースでの開発であったので,通信プロトコルは,TCP/IPであり,これに合成音声と日本語入力が必要となる。  電子図書閲覧室のネットワーク化の時に様々なボードとソフトウェアを評価したが,電子図書閲覧室は,IPXプロトコルによるNetWareを採用しており,サーバに合成音声による不都合を監視する機能を開発して組み込んであるが,今回も同じような仕組みが必要となった。  電子カルテシステム(*1)や電子図書閲覧室(*2)でも問題となったが,通信上で一番問題となる合成音声を利用することによる通信データパケットのオーバーフローを防ぐ手段として,いくつかの方法がある。 1)パケット監視  情報が完全に相手に伝わらない限り,次のデータを送信しないようにする。 2)パケットプール  たとえ合成音声がゆっくりと動作していても,データがオーバーフローを起こさないような巨大なデータを貯めておくプールを設けてゆっくりとデータを送り出すようにする。 3)通信ソフト組み込み  通信ソフト自身に合成音声ソフトを組み込み制御を行つ。 4)RS232C変換  イーサネットを経由するデータは,高速なので,一段階転送速度を遅くして,音声との整合性を図る。コミュニケーションサーバなどを利用して,RS232Cのシリアル転送に変換し,転送速度を10分の1程度まで遅くする。  今回のシステムでは,パケットプール方式を採用し,更にIPX/IP変換を2回行って同期を取り,WSとNetWareサーバ,UnixWareサーバとが密接に関連して,合成音声が利用できるようにしている。  したがって,視覚部図書館システムだけでなく外部への接続に関しても合成音声による視覚障害補償が可能となった。また,よりシステムを安定きせるために,データベースエンジン部分に大きなパケットを出さないような工夫を行った。これは,システムで採用しているDBMSが,検索方法として中間一致が利用できるため,大きなパケットが出来るだけ転送きれないよう,データ長を可能な限り短くした。また,画面に余分なものを出ざないために必要のないデータは転送しないような工夫も行っている。  また,漢字コードの問題は,OPAC接続時に漢字コードを選択できるようにした。このためパソコンやWSなどでの文字化けの心配もない。  これらは,電子図書閲覧室や電子カルテシステム等で培ってきたノウハウを利用して,新しく開発した技術である。もちろんネットワークボードや利用するソフトウェアは機種限定などの制約があるが,現在安定に稼働しており,また視覚障害者が在籍する他大学への技術供与(*3)も始まり,現在,二つの大学に対して,合成音声を利用した図書検索が可能となるシステムを準備している。なお,これらの技術の一部は特許申請中もしくは準備中である。 <今後の展開と問題点> 現在の問題点として,検索専用のサーバが無い。 維持費がかかる。 技術的専門知識が必要である。 ことなどが挙げられる。  予算的問題から,検索専用サーバを導入できず,検索できる端末は,図書館内の1台だけである。そこで,学内公開は検索サーバが導入されるまで,見送ることとした。これは,WWWサーバによる公開も同様である。  また,維持費も問題である。視覚部のシステムのように研究開発を行いながらシステム構築せざるを得ない状況では,毎日がトラブルとの遭遇の連続であり,操作ミスやインターネット・ネットワーク上の問題,システムの問題など様々なトラブルが発生している。本来,大学図書館システムの殆どは,レンタル契約であるが,認めてもらえず,しかたなく買い取りとなった。しかし,サポートは必要なので,年間維持費は決して少なくない金額となるが,現状ではしかたない部分である。  最後に技術的な専門知識が非常に要求されることも問題である。視覚部の図書館事務は2名であり,人事的には近郊の図書館情報大学や筑波大学の図書館などから人事移動でくる場合が多い。これらの図書館では,各業務がセクションごとで分担して行われており,システム管理体制も情報システム課というシステム管理を専門に行う部門があり,技術的ノウハウもある。しかし,視覚部では,2名の図書館員が,図書の発注・管理・貸出・返却・書架作業・文献複写依頼等をこなきなければならず,システム的な専門知識まで手が回らないのが実状である。そのため,図書館システムWGの教官も関わっている。  高度,情報化社会に入り,専門的な知識が要求されることが多くなった昨今,全国図書館大会でも問題となった,図書館員そのものの研修体制も重要な要素となりつつある。  また,未来に向けた方向性として,全盲でも図書館司書が行えるような図書館システムや視覚障害者のための電子図書館を目指すことが視覚部図書館に課せられた使命であると言えよう。 <参考> 視覚部図書館システム DBMSG-BASE(RICOH) APPLLIMEDIO(RICOH) WS:(HDD4GB,RAM32MB,DAT)*1 X:(HDD240MB,RAM16MB)*1 Barcode Scaner *1電子カルテシステム:筑波技術短期大学テクノレポート1, 1994, P103-108 *2電子図書閲覧室:筑波技術短期大学テクノレポート2, 1995, P113-117 *3筑波大学が,視覚部図書館システムと同じメーカのシステムを導入することとなり,合成音声補償付きの開放端末技術も供与される予定である。また,相互検索が可能となるべく検討を続けている。