無線LANによる可搬型ネットワーク教育環境の構築事例 電子情報学科 内藤 一郎・村上 裕史・川島 光郎・清水 豊・高橋 秀知 要旨:聴覚部電子情報学科では,教育用計算機システムの実験室・実習室・講義室などからの多目的な利用や,フリーアクセスフロアでない部屋での利用を可能にするために,ノート型パソコンと無線LANを組み合わせた可搬型ネットワークによる教育環境を構築した。本システムは,すでに稼働を開始して半年以上が経過し,この期間にプログラミング言語実習などで実際に利用されている。本稿では,システムの仕様ならびに現在の利用状況などを報告し,その結果をもとに今後の利用方法や利用形態についても考察する。 キーワード:ノート型パソコン,無線LAN,可搬型ネットワーク 1.はじめに  聴覚部電子情報学科の教育用計算機システムは,約4年間毎に更新を行っており,現システムは平成7年度3月中旬より稼働を開始している。前期の計算機システムは,汎用計算機を中心とし,パソコンを端末とするホスト集中型システムであった。しかし,近年のダウンサイジングの普及ならびにグラフィックのインターフェース(GUI)環境の普及に伴い,当学科も,汎用計算機システムから,ネットワークを中心とし,ワークステーションとパソコンによる分散型システムに移行した。  今回の教育用計算機システムは,次の3種類のシステムから構成される。 (1)UNIXシステム (2)視覚メディアを利用したWindowsシステム (3)無線LANによる可搬型システム  (1)のシステムは,UNIX環境や画像処理などの修得を目的としたシステムである。また,(2)のシステムは,聴覚障害学生への情報処理教育に,様々な視覚情報を積極的に活用したシステムであり,このシステムに関しては別稿で報告する1)。(3)のシステムは,ノート型パソコンと無線LANを組み合わせた可搬型ネットワーク・システムで,実験室や講義室などの様々な利用環境からの使用を目的としている。本稿では,このシステムについて,その仕様や利用状況を報告し,その結果から本システムの今後の利用方法や利用形態についても考察する。 2.システムの特徴  今期の更新では,無線LANによる可搬型ネットワークシステムの導入にあたり,次のような項目を目的とした。 (1)様々な実験や実習での利用を考慮して,実験室や実習室,講義室などへ移動できるシステムにする。 (2)フリーアクセスフロアでない部屋での利用を考慮して,できる限りコードレスの環境を実現する。 (3)卒業研究などで高速処理を必要とする場合に対応して,グラフィック・ワークステーションが利用できる環境を実現する。 システムの概略図を図1に,構成を表1に示す。本システムでは,電子情報学科内の電子工学専攻と情報工学専攻で個別にシステムを構築し,各ノート型パソコンから講義室や実験室内におかれた無線ブリッジを経由して,ネットワーク・サーバであるそれぞれのグラフィック・ワークステーションにアクセスすることができる。  図2にノート型パソコンと無線LANカードの写真を示す。ノート型パソコンの左側にあるのが無線LANカードで,パソコンとのインタフェース部であるPCMCIAカードとそれにつながれた送受信アンテナ部からなる。無線LANカードをノート型パソコンに装着した様子を図3に示す。無線LANカードは,電力をパソコン側から取るので,外部電源を必要とはしない。したがって,パソコンをバッテリで動かしている状態では,コードレスの環境が実現される。  図4に無線ブリッジ,プリンタ,バッテリ充電器などの写真を示す。パソコン・ラックの下段にあるのがネットワークに接続されたページ・プリンタである。各ノート型パソコンからこのプリンタを共有する。ラックの中段がバッテリ充電器で,通常充電機能と急速充電機能を有し,一度に15本のバッテリの充電が可能である。最上段にあるのが無線ブリッジと16ポートハブである。現在,導入時のトラブルも考慮して10BASE-Tのケーブルによる有線接続も可能な状態になっている。現システムでは,無線ブリッジが各1台ずつしかないため,ハブと部屋の学内LANのコンセントとの接続をはずして,ラックを移動させることでシステムの移動を可能にしている。  無線LANの仕様を表2に示す。今回導入した無線LANの伝達距離は,見通しのきく一般オフィスで40m以下とされるが,7.4m四方の講義室の片隅に無線ブリッジが設置された状態で,教室内での使用はまったく問題がなかった。また,隣接する講義室ならびに廊下をはさんだラウンジからも,壁を一枚隔てているが,問題なくアクセスできた。ただし,定常的に利用したわけではないので,2つの講義室で同時に問題なく利用できるかどうかは不明である。さらに,実験室での利用はまだ行われていないので,物品棚や実験机などで見通しが悪く,さらに様々な実験機器が作動する環境で,安定して利用できるかは不明である。  また,伝送速度は2Mbpsと,通常のイーサネット接続の場合と比較して1/5程度の速度である。しかし,プログラミング言語実習などで10人程度の学生がファイルやプリンタを共有する状況では,まったく問題がなかった。 図1 システムの概略図 表1 システム構成 図2 ノート型パソコンと無線LANカード 図3 無線LANカードを装着した様子 3.実際の利用状況  システムが稼働して,すでに半年以上が経過している。現在,このシステムを利用してプログラミング言語実習などが行われている。プログラミング言語実習の様子を図5に示す。実習で利用した結果,本システムに関して次のような長所,短所が指摘された。 <長所> (1)ノート型パソコンを使用しているため,学生の前面の見通しが非常に良く,教官の説明に従って,パソコンの操作がしやすくなった。 (2)無線LANにより,これまでの計算機室を使用せず,どの部屋でも実習が可能になり,時間割の編成に柔軟性が生まれた。 (3)パソコン単体での使用が可能なので,実習中も未使用のパソコンを持ち出して,別室で自習が可能になった。 (4)実習の履修者が多い場合にも,計算機室のデスクトップ型パソコンとノート型パソコンを組み合わせて,より多人数の実習を実施できるようになった。 <短所> (1)バッテリでの連続使用時間が短いので,2時限続きの実習では,途中でバッテリを取り替える必要がある。また,取り替え操作が煩わしく実用性に欠ける。 (2)ノート型パソコンのバッテリ交換時期を知らせるシステムが,短い時間のBEEP音と小さなLEDの点滅なので,聴覚障害者にはわかりづらい。 (3)無線LANカードをしっかりと押し込まないと,ネットワーク接続ができないため,なれないうちは失敗する学生が多かった。  長所の(2)から(4)は,無線LANとノート型パソコンの可搬性により,授業形態の多様性が確保されたことを意味している。特に,パソコン単体での利用により,これまで以上に自学習が可能になったことは,積極的な意志を持つ学生に対して,さらに学習を進める機会を提供できるようになった。また,聴覚障害者にとって視覚情報は重要な位置を占めるので,長所(1)での利用者前面の視野の解放により,授業をより効率的に進めやすくなった。  短所については,(1)(2)のため,図5からもわかるように,学生のほとんどはバッテリでの利用を望んでいない。特に(2)は,ノート型パソコンが聴覚障害者の利用を考慮して作られていないためであると思われる。今回の利用結果をもとに,機会があるごとに,各メーカーにバリアフリーな機器の開発を働きかけていく必要があるだろう。短所の(3)については,実習の進度を若干遅らせる結果となったが,こういった経験を通して学生はコンピュータ・ネットワークを実感していくものと思われるので,これは必ずしも短所ばかりでは無いと言える。 図4 無線ブリッジ,バッテリ充電機など 図5 プログラミング言語実習の様子 4.今後の課題  今回の報告は,プログラミング言語実習などを通した現在の利用状況についてである。本システムは,いくつかの短所も指摘されたが,その利用方法を検討していくことで,さらに有効に活用できることが期待される。  例えば,本学や聾学校などのように聴覚障害者に対して,少人数で情報処理教育を実践するケースでは,履修する学生の能力差の大きいことが授業の効率的進行の妨げになる場合がある。しかし,計算機室などの設備の関係で,なかなか能力別に対応することが難しい。本システムでは,隣接する講義室からのアクセスが可能であった。そのような状況で安定して利用できるかの問題はまだ確認されていないが,もし隣接する講義室で同時に1つの無線LANシステムを使用することができれば,能力別に小グループにわけた実習を,並行して実施することができる。ノート型パソコンであるので,グループの構成人数も柔軟に対応でき,また,使用する部屋がフリーアクセスフロアである必要がないことも,この可能性を大きくしている。  さらに,ノート型パソコンは場所をとらないので,実験室へ持ち込んで,実験をしながらその結果を処理したり,あるいは実験機器そのものを制御することが可能である。デスクトップ型パソコンを常設できないような実験室では,有効に利用できるものと思われる。  しかし,聴覚障害学生のほとんどはコンピュータにふれた経験を持たないのが現状である。彼らに対する最初の`情報処理教育を,現段階では決して操作`性が良いとは言えないノート型パソコンを使って実施することが,本当に効率的であるのかどうかを検討する必要がある。今後,隣接する講義室での使用や実験室での使用を確認していくとともに,学生たちへのアンケート調査などを通して,より良い情報処理教育環境の構築を目指していくつもりである。 参考文献 1)村上 裕史ほか,マルチメディアとネットワークによる情報教育環境の構築事例,筑波技術短期大学テクノレポート,No.3,1996 2)相次ぎ登場する無線LAN製品 2.4G/19GHz帯に加え赤外線利用も,NIKKEI OPEN SYSTEMS,No.4,pp82-85, 1993.7 3)Wave LAN vs 10BASE-T 無線LANは実用に耐え得るか,NIKKEI COMMUNICATIONS,pp78-87, 1993. 9. 20 4)無線LANがオフイスヘ構内配線に”廃線”の足音,NIKKEI COMMUNICATIONS, pp27-31, 1993. 4. 19 5)IBM参入で2.4GHz帯が混戦に異なる拡散方式と価格で挑む,NIKKEI OPEN SYSTEMS, No.17, pp164-171, 1994. 8