デザイン教育のための「コミュニケーション・テーブル」の開発 デザイン学科 森 一彦・松井 智 要旨:デザイン教育において重要なディスカッション型の授業を円滑に進めるためにの環境整備として、机上に文字や図形を自由に記入・消去できる「コミュニケーション・テーブル」を開発し,その活用方法などを検討した。本報告では,コミュニケーション・テーブルの概要およびその特徴について報告する。 キーワード:デザイン教育,情報伝達,コミュニケーション・テーブル,ディスカッション授業 1.はじめに  デザイン教育は,一つの回答を求めるものではなく,幾つかのデザイン案や作品を検討することで,より良い作品を作り上げるプロセスを学習させることに特徴があり,デザイン教育の各段階でコミュニケーションが極めて重要な役割を持っている。コミュニケーションには,「学生と教師とのコミュニケーション」に加え,「学生と学生」,「複数の学生と教師」など,デザインをまとめていく上で様々な形式のコミュニケーションが不可欠であり,特に聴覚障害をもつ学生に対してコミュニケーションを支援する教育環境1)2)3)を整備する必要がある。  本報告では,従来の教壇に黒板を配置した教室では対応が難しいディスカッション型の授業のために「コミュニケーション・テーブル」を開発し,デザイン教育の中で有効な活用方法の検討を進めている。本報告では,コミュニケーション・テーブルの概要およびその特徴について報告する。 2.聴覚障害者のデザイン教育における課題  デザイン教育は,図1のように課題説明,アイデアの検討,作品の制作,作品の講評のプロセスに分けられ,特にアイデアの検討や作品の制作の段階では,ディスカッションによるきめ細かな学生・教官相互のコミュニケーションが必要とされる。 3.コミュミケーション・テーブルの開発  コミュミケーション手段の主なものとしては,手話,口話,筆記(文字・図など),指さしが想定され,従来の教壇型教室では手話・口話は学生と向き合い,筆記.指さしは黒板を向くため,どうしても情報伝達にずれが生じやすかった。図2のように,コミュニケーション・テーブルを活用することによって,手話・口話・筆記・指さしの4つの情報伝達を同時に,しかも集団で行うことが可能となり,高度なコミュミケーションを実現できる。  コミュニケーション・テーブルの構造は,写真1のように,従来の10~12人用のミーティングテーブルの上に900m×1800mmのホワイトポードを天板として固定したものである。簡単に整備することができるため,今後,各教育現場などへの普及も比較的容易であると考えられる。 図1 デザイン教育のプロセス 図2 コミュニケーション手段 4.コミュニケーション・テーブルの情報伝達効果  コミュニケーション・テーブルの機能は,従来のミーティングテーブルの機能である「物を置くこと」に「文字・図を書くこと」が加わり,さらに机上の文字・図形や置かれた作品などの関係を指さしによって表現することも可能となる。コミュニケーション・テーブルを活用することによる情報伝達効果を整理すると以下のようになる。 (1)痕跡型情報伝達  コミュミケーション・テーブルの情報伝達は,音声・手話などが消失型の情報伝達であるのに対し,いつまでも残る痕跡型である。 (2)情報の共有  痕跡型情報伝達であるため,学生が同一情報を共有しやすく,学生間の情報格差が生じ難い。 (3)指さしによる関係表現  机上に置かれた作品に文字・図形で注釈を加えるなど,配置物と文字・図形を併用することで,情報が豊かになり,さらにそれらの関係を指さしによって表現することが可能で,抽象的な概念等を視覚的に伝達することができる。 (4)手話・ロ話と文字・図形・指さしの併用  コミュニケーション・テーブルを学生・教官が囲むことで,従来の手話・口話に加え,文字・図形.指さしを併用することができ,統合的な情報伝達となる。 (5)能動的なコミュニケーション促進  コミュニケーション・テーブルの統合的な情報伝達により学生の聴覚レベルや発話の明瞭度などの情報格差・情報障害が小さくなり,ざらに学生が向かい合う配置のため相互に発言しやすく,能動的なコミュニケーションが促進される。 5.コミュニケーション・テーブルを活用した授業  コミュニケーション・テーブルの活用によって各種の授業でコミュニケーションが豊かになり,特に,従来困難であった複数の人間が相互に意見を交換し合うディスカッション形式の授業が可能となった。以下,コミュニケーション・テーブルを活用した例として図3に示す個別型,講義型,ディスカッション型の授業の特徴を述べる。 (1)個別型授業  個別型授業はく教官一学生〉のマンツーマンの基本的なコミュニケーションであり,通常の手話・ロ話の会話に加え,コミュニケーション・テーブルを活用した「文字・図形などによる筆記」や「机上の物・図形などの指さしによる関係表現」によって統合的な`情報伝達が可能となる。従来,デザイン教育では難しいデザインコンセプトなど概念的な情報伝達が容易になる。 (2)講義型授業  講義型授業は,上記の個別型授業を複数の学生を対象に行う授業で,個別型授業と同様に各種の情報伝達手段の統合的なコミュニケーションができる。特に,コミュニケーション・テーブル上に文字・図形,作品など,情報を共有することで,情報格差の小さい授業となる。 (3)ディスカッション型授業  ディスカッション型授業は,各学生の意見を積極的にとりあげて議論を行い,全体で考えをまとめる授業であり,デザイン教育においては極めて重要な授業である。 写真1のようにコミュニケーション・テーブルを中心に学生・教官が取り囲み,相互に顔と顔を合わせ,ざらに机上の文字・図や作品などの,情報を共有することで,活発なディスカッションが促進される。 図3 コミュニケーション・テーブルの利用形態 写真1 コミュニケーション・テーブルの利用状況 6.まとめ  本報告でのコミュニケーション・テーブルは,デザイン教育におけるディスカッション授業の必要性から開発きれたものであるが,聴覚の'情報障害を持つ学生に対する各種の教育・授業でも有効であると考えられる。今後さらに,デザイン教育での実戦的な積み重ねによって有効な活用方法を検討すると共に,デザイン教育以外での普及にも努めていきたい。 7.文献 1)Jean Lave Etienne Wenger,Situated Learning(状況に埋め込まれた学習),Cambridge University Press,1991 2)松井 智:重複障害児のコミュニケーション行動の形成を促進する学習状況の設定について,重度・重複障害教育シンポジウム,特殊教育総合研究所,1986 3)森 一彦他:学習情報ネットワーク,地域施設の計画(日本建築学会編),丸善出版,1995