実習室用電子カルテシステムの開発と活用 鍼灸学科 宮村 健二・上田 正一 I.はじめに  本学の附属診療所は,西洋医学と漢方と鍼灸の三つの柱で構成されており,これらを機能的に統合して個々の患者さんに最も適した医療を提供することを目的としています。患者さんは国立で唯一の特徴ある診療所に期待して来診されます。したがって,診療所としてはその期待に応えるべく,完成度の高い最高の医療を提供しなければならないという社会的使命を負っていることになります。一方,診療所は,鍼灸師を目指す学生たちの大切な臨床実習の場として設置きれたという側面を持っています。鍼灸は治療の科学ですから,患者さんに直接触れて実習し,経験を積まなければ力を養うことが出来ません。一見相反するこの二つの使命を矛盾なく全うする為には,柔軟な前向きの工夫と周到な準備が必要です。そうした工夫の一環として,鍼灸学科では今年度4月から実習室実習を開始しました。地域に呼び掛けて学生の施術を受けて下ざる実習協力者を募集し,あん摩を核とする手技療法を中心に毎週3回(午後3時間)実施しています。12月1日現在で300名を越える実習協力者の登録があり,1年次から3年次まで51名の学生が参加しています。もとより学生には点字使用者と墨字使用者がおり,指導に当たる教官にも点字使用者がいます。したがって,両者が共通に用いることの出来るカルテをどのような方式にするかが大きな問題となります。附属診療所における鍼灸臨床実習では垂直分散型のネットワークを組み,ワークステイションをホストとする電子カルテシステムを構想し,その開発を進めていますが,実習室における臨床実習の場合は,もっと手軽でコンパクトな電子カルテシステムが望ましいと考え,臨床実習委員会で企画し,上田 正一助手に開発を依頼しました。幸い8月末にバージョン1.0が完成し,2学期の3カ月間実習に活用し一定の実績を得ましたので,以下にその概要を示し,成果と課題を紹介させて頂きます。 Ⅱ.実習室用電子カルテシステム 「カルテキーバー」の概要 <名称>:このシステムは,カルテを書く為のものではなく,書かれたカルテを保存・管理する為のものですので,カルテの番人という意味で,「カルテキーパー」(Karte Keeper)と名付けました。 <システム構成〉:116実習室にあるパソコンPC9801DAにハードディスクを登載し,それにディスプレイと音声合成装置を接続しただけの極めてコンパクトなシステムです。(資料1参照) <音声ガイド>:斉藤 正夫氏開発のVDM100でサポートしています。操作の要領はコンピュータとの対話形式になっています。 <キーデイスク>:学生個々に専用のキーディスクを配布しています。キーデイスクには,その学生が登録された正規のユーザーであることを示す為のパスワードとID番号が格納されており,キーディスクがなければカルテキーパーにアクセスすることは出来ません。 <カルテの記載>:カルテには,初診時カルテと経過カルテがあります。キーデイスク上にそれぞれの書式を格納したファイルが用意されていますので,その記入欄に一太郎,VZ等のソフトで内容を書き込みます。なお,出来上がったファイルの名前は,初診時カルテは「BASE0000.TXT」経過カルテは「SOAP0000.TXT」(0000は4桁の協力者番号。SOAPはSubjectivedata, Objectivedata, Assessment, Planのイニシャル)となります。(資料2,3参照) <カルテの格納>:カルテキーパーのメニューから「格納」を選ぶと,カルテファイルの名前が画面に現れます。そこで,カーソルを移動しリターンキーを押すと,そのファイルがカルテキーパーのハードディスク内に格納きれます。なお,カルテキーパーは,格納に当たって,カルテの書式をチェックします。書式が乱れている場合,何がおかしいかを表示した上で格納を拒否しますので,書式の乱れたカルテが格納きれることはありません。また,格納に当たって,漢字仮名混じり文のデータを全て暗号化し,キーデイスク上の原本ファイルも消してしまいますので,関係者以外がカルテの内容をのぞこうとしても不可能です。 <カルテの取り出し〉:カルテキーパーに読みたいカルテファイルの名前を指定すると,その内容をキーディスク上の「BASKET.TXT」という名前のファイルに漢字仮名混じり文で書き出してくれます。これはテキストファイルですから,一太郎,VZ等のソフトで自由に読めますし,プリントアウトも可能です。点訳ソフトに掛ければ,点字プリントも可能です。さらに,これを加工・編集して,カンファレンス用の資料を作成することも出来ます。しかし,このようにいったんカルテキーパーから取りだしたデータは,管理が悪いと外に漏れる恐れがありますので,その点十分な注意が必要です。 Ⅲ.カルテキーパーの特徴 1.コンパクトなシステムで,内部構造も極めて簡単であること  適当な容量のハードディスクを登載した標準的なパソコン1台とディスプレイおよび音声合成装置があればよいので,スペース的に限られた実習室で行う臨床実習には最適です。また,内部メニューも「格納」「取り出し」「終了」の三つだけで,極めて簡単であり,パソコンに慣れない学生がいた場合でも大きな負担とはなりません。 2.墨字使用者も点字使用者も遜色なく共通に操作出来ること  一太郎やVZ等のソフトを使える学生は,視力の有無に拘らず,ほとんど同じように使用出来ます。罫線は音声ガイドの場合時に邪魔になりますので,カルテの書式は罫線なしのものとしました。なお,鍼灸学科では,入学当初,集中的にキーボード操作やワープロ操作等情報処理の特別授業を実施しており,それが大きな支えとなっています。 3.データの漏洩防止に配慮していること  パスワードおよびID番号を記録したキーディスクによって個々の学生を識別する,格納に当たってデータを全て暗号化する,格納と同時にキーデイスク上の原本ファイルを消去してしまう等の方法で,データの漏洩を防いでいます。但し,いったん取りだした後の管理は,カルテキーパーの関与するところではありませんので,関係者の倫理上の問題として別途指導する必要があります。 4.誤操作対策に配慮していること  大勢の学生が係わることなので,誤操作は必ず起こると考えなければなりません。時には思いがけない誤操作でとんでもないトラブルが起きることも想像されます。そこで,どんな誤操作があってもプログラムが止まることのないようにエラー対策に万全を期してあります。 5.データ喪失防止に配慮していること  不測の事態で,カルテキーパーに格納・保存してあるデータが喪失するようなことがあっては大変です。そのようなことのないように,管理者が時々操作することにより,登載しているハードディスク内に2セットのバックアップ・データが作成されるようにしてあります。 6.速やかに検索・取り出し出来ること  検索はコンピュータの得意とするところです。既に協力者の数は300名を越えていますが,指定したカルテをほとんど瞬時のうちに見つけてくれます。 7.経過カルテの配列が自動的に管理出来ること  大勢の学生がおり,しかも実習の担当は毎回変わる仕組みになっています。そこで,経過カルテの書き手は毎回異なり,中には記載が遅れて格納の順序が前後することもあります。そのような場合でも,カルテキーパーは日付を目安として常に正しい配列にソートしてくれます。 8.所定の書式を崩さないこと  格納に当たって書式のチェックが行われますので,所定の書式を守ることが出来ます。このことは,将来カルテキーパーによってカルテ情報の統計処理を行う場合の大切な基礎条件となります。 Ⅳ. 終わりに  カルテキーパーは,バージョン1.0の開発後3カ月余りという短い使用歴ですが,この間の状況を概括するに,当初の目的に照らしてほぼ満足出来る成果を挙げているものと評価出来ます。しかし,一方,学生から実際に使ってみての色々な感想や意見が寄せられています。 今後のバージョンアップにつながる課題を含んでいますので,主なものを挙げてみましょう。 ①複数人が同時にアクセス出来ない為,時折カルテキーパーの前に順番待ちの列が出来る。 ②初診時カルテと経過カルテを一緒に取り出せるようにして欲しい。 ③カルテキーパーの書式チェック機能を講義室のパソコンに移植して欲しい。これは,守秘義務の立場から,カルテの記載を講義室に限定していることによる意見です。 ④カルテキーパーにカルテを読んだり書いたり出来るエディターの機能を持たせて欲しい。 ⑤書式に不備のあることを発見したら,カルテキーパーが自動的にそれを修正するようにして欲しい。  最後に,予想されるカルテキーパーの発展に触れておきます。盲学校における治療室実習は,本学の実習室実習とほぼ同じ条件下にありますので,カルテキーパーの導入により,その貢献が期待されます。盲学校においてもカルテ処理には色々工夫を凝らしておられることと思いますので,その点での交流を望むところです。  次に,カルテキーパーは卒業生の職場開拓に貢献出来る可能性を秘めています。医療機関や企業内へルスキーパー部門等で視覚障害者と健常者が一緒に働くような場合のカルテ処理に道を開くものとして,小さなソフトに大きな期待が寄せられます。  視覚障害の本質は,情報障害です。情報処理を得意とするコンピュータ技術を導入して,情報障害克服を目指す実践の一例として,実習室用電子カルテシステムの開発と活用を紹介しました。今後実践に即して更により良いシステムに育てていきたいと考えているところです。 資料1カルテキーパー仕様書(抜粋) 開発プログラム名:カルテキーパー(Karte Keeper) システム構成: CPU;パーソナルコンピュータNEC PC 9801,A 1台 主記憶装置;内臓増設4MB なお,データの増加に際しては増設を認める 補助記憶装置; SCSI対応ハードディスク 40M以上 1台 なお,データの増加に際しては増設を認める フロッピーディスクドライブ 1台 メディア3.5インチ2HD 1.2M MS-DOSver5.0拡張フォーマット 出力装置;NEC PC-9800シリーズ対応 アナログRGB15P l4インチCRT 1台 動作環境: OS;MS-DOSVer5.0相当のこと。 ソフトウェア形態;アプリケーションパッケージであること。 特殊環境;標準出力に対し対話的音声出力が可能なこと。 セキュリティー;キーデイスクによるユーザ限定が出来ること。 ※パスワードとキーデイスク--学生,補助員,教官の個々についてユニークな定数を定め,これを記録格納した3.5インチフロッピーディスクをキーデイスクとして配布する。カルテの書き込みや取り出しは全てこのキーディスクを用いて行うものとする。このキーデイスクにはという隠されたファイルを持つものとし,パスワード兼ユーザID番号を格納しておくものとする。 提供形態;基本装置内ハードディスクにインストールのこと。 要求機能: 1表示可能な標準全角表示シフトJIS漢字かな混じり文標準規定レコード長で構成されている実習カルテデータをフロッピーディスクドライブから保存用のハードデイスクドライブヘキーデイスクを持つ特定ユーザーのみが保存可能なこと。 2キーデイスクを持つ特定ユーザーのみが表示可能な標準全角表示シフトJIS漢字かな混じり文標準規定レコード長で構成されている実習カルテデータをユーザごとにユニークなキーディスク上に可読可能文字コードで出力可能なこと 3プログラムの一連の操作は音声によるガイドを伴うことが可能なこと。 資料2 初診時カルテの書式 協力者番号(半角4桁10進数) 初診日: フリガナ: 氏名: 性別: 年齢: 生年月日: 住所: TEL: 勤務先: 職業: 担当者: 指導教官: Chief Complaint: History of Illness: Past History: Complications: Family History: Patient Status: バイタルサイン: 身長: 体重: 脈: 血圧: 食欲: 睡眠: 便通: 排尿: 他の医療機関での治療及び併用薬物: Patient Profile(生活像)及び問題点: 治療の目的及び方法: 問題リスト: 教官コメント: 資料3 経過カルテの書式 協力者番号(半角4桁10進数) 施術日(年月日をスラッシュで区切り西暦で書く) 施術回数: 協力者名: 施術者名: S(subjective data): O(objective data): A(assessment): P(Plan):