ボランティアを導入した按摩・マッサージ・指圧実習について 筑波技術短期大学鍼灸学科 形井 秀一,宮村 健二,小林 聰,野口 栄太郎 1.はじめに  本学科の臨床実習は,手技臨床実習と総合臨床実習の2本立てである。  手技臨床実習は,昨年まで,1年生と2年生の1学期終了時に,静岡県西伊豆にある東京都の臨海施設で,地元の希望者を対象に集中講義の形で行われてきた。この授業は,按摩・マッサージ・指圧の実習と患者の評価実習を行うものである。  また,総合臨床実習は,現代医学と東洋医学の両面から患者を把握し,よりよい医療を提供し得る鍼灸師を育てることを目指して,2年生の3学期から3年生の3学期まで,本学附属診療所内を実習の場として行われている。この授業は,鍼灸を主体とした外来臨床を実習するものである。  この2つの臨床実習は,それぞれの目的に沿った成果を上げているが,同時に,反省すべき点も生じてきており,5期生を迎えるに当たり,特に,手技臨床実習のあり方を検討し,新しくスタートさせたので報告する。 2.臨床実習の成果と問題点 (1)総合臨床実習  総合臨床実習の目的は, ①鍼灸・手技の臨床に必要な診察と治療に関する基本的な知識と技術の習得 ②医師の診療(漢方薬を含む)を見修し,それを鍼灸・手技臨床に生かす態度の育成 ③鍼灸・手技臨床の診療記録ならびに臨床に関する諸文書の記載方法の習得 ④症例に関する文献学習と症例カンファレンス資料の作成ならびに発表 ⑤医療体制と各医療スタッフの役割を理解し,今後の鍼灸・手技療法のあり方を学ぶ1)であった。  このうち,②と⑤は,本学が附属診療所を有し,その中で,西洋医学の医師の診療が行われている現場をつぶきに見修出来るという利点を活かした授業内容である。  学生は,患者として病・医院を訪れたときにしか接する機会がない医療現場をつぶさに学び,貴重な経験を積むことができると同時に,独りで開業する形態が多い鍼灸手技の実状では学び得ないチーム医療の一端を学習することが出来る。  また,③は,現行では,診療記録をつけることが義務づけられておらず,診察し治療するだけで施術を終える場合が多いため,その意義が余り明確ではないかも知れない。しかし,一つ一つの症例を疎かにしないで,きちんと記録し,次の診療に活かすことを学び,また同時に,必要ならば他の医療機関に紹介状を書き,あるいは,紹介されてきた患者については,紹介してきた先方に必ず返事を書くことを学ぶことは,広い意味で,日本の医療に携わる一員として,患者に責任を負っていることを自覚し,また,患者のためになる最良の医療を提供するために他の医療機関と連携していく必要性を学ぶことができる。  また,④の症例カンファレンスは,自分が担当した患者をまとめて発表し,教官や他の学生と話し合うことで,自分の到達点や問題点が明らかになり,また,まとめの段階で成書や過去の文献を検討し,自分の視点をより広く客観的なものにする努力も行われるようになる。  など,多くの学習成果を上げている。  しかし,実は,①の「鍼灸・手技の臨床に必要な診察と治療に関する基本的な知識と技術の習得」という最も基本的なテーマが,現実的に達成が難しい側面があった。  それは,本学附属診療所の鍼灸施術部門は,学生の教育・実習の場として設置されたものであるが,同時に,患者の治療をも目的にしているからである。これは,どのような大学付属の病院でも,両様の目的を持っているはずである。  医師教育の行われる大学附属病院では,臨床実習中の学生が各科を回って研修を積んでいる。しかし,それは実質的には見修である。つまり,教官の臨床現場を見ることで学習するのであって,患者を実習の対象として練習しているわけではない。真の実習と言える期間は,医師免許を取ってから現場で学ぶ数年間ではないだろうか。  では,鍼灸師はどうであろうか。  このあたりの教育の難しさは,昨年のテクノレポート2)にも述べられているが,一般的に,日本の鍼灸は,触診が重視される診察・治療形態であるので,見修だけでは分かり難く,触れてみないと教官の目的とする部位や,治療点が十分伝わりにくいと言う側面がある。その為,本来,鍼灸・手技の教育では,学生が納得行くまで触診をする事が実習内容の柱となる。  しかし,患者から学ぶこと,特に,触診を学ぶには,患者治療者問の信頼関係が必要である。信頼関係がないところに触診が行われる実習形態になると,患者は単なる練習台という印象を受けるであろう。  だが,視覚障害の学生で有れば,見修だけではダメであることは明白で,そこにどれだけ実際の触診や問診や刺鍼の実習が入れられるかに実習の成否がかかっている。 (2)手技臨床実習  次に,手技臨床実習の成果と問題点を見てみよう。  1年生は,数カ月間の基礎実習を履修しただけで臨床実習に臨むことになる。これは,「数カ月後には臨床を行うという明確な目標があり,学生の目的意識を高める上からも意義がある」という考えの下に行われ,最終的には,「早く臨床体験を積ませることで,3年次に行う総合実習のより高い成果を上げ」得ることが期待きれた。  実際,1学期間の集中的な手技実習で,学生は最低必要な技術を身につけ,1学期終了時の静岡での実践でも,一応の成果を上げてきた。  しかし,この集中講義形式の実習形態の問題点は,継続的な実習が出来ないということにあった。つまり,1年次と2年次に1回ずつの1週間の集中実習を行うだけでは,1年次と2年次の間に手技を学習する授業がないため,1年次に習得した技術レベルを持続できず,さらに,2年生の3学期から行われる附属診療所の総合臨床実習に手技臨床実習の成果を繋げられる様な技術の連続性も生まれ難かった。  そのため,手技を自分の卒後の仕事にしたいと考える学生には,別に手技実習の機会が必要となり,また,鍼灸実習を2年次の3学期から学ぶためにも,手技臨床実習で多くの患者に接し,触診ために必要な手(の感覚や技術)を作ることが必要であるが,それが十分ではなかった。 3.手技臨床実習充実のための新たな試み  以上のように,問題点が浮き彫りになると,次のような改善点が浮かび上がってきた。 ①集中講義ではなく,毎週行われる形式の講義の必要性 ②毎週行うためには,実習場所を大学内か短時間で移動できる場所とする必要性 ③附属診療所内の外来臨床実習形態ではなく,触診を充分学習できる新たな実習形態の立案 以上のような改善点を検討し,次のような具体案が作成された。 (1)授業形態は,毎週1回の実習形式にする (2)実習は,実習室で行う (3)手技実習を受けるボランティアを募る (4)学生の教育のための実習であることを明確にし,技術習得のための練習台であることを納得してもらった上で,ボランティアになってもらう (5)施術料は無料とする (6)ボランティアは診療所で診察を受け,健康の状態をチェックした上で,手技臨床実習を受ける (7)毎施術後,ボランティアに学生の評価をしてもらい,学生評価の参考とする(モニターシート) (8)診療上の電子カルテとは別に,実習室用の独立した簡易な電子カルテシステムを新たに作り,晴眼者と視覚障害者の両者がコンピューターを介してカルテを共用できるようにする (1)実習協力ボランティアについて  実習室で手技臨床実習を始めるにあたり,ボランティアを募ることになった。 市内の福祉団体や市の高齢課などへの相談も考えたが,平成4年度から毎年2回行っていた公開講座の受講生(延べ総数600名)ヘ手紙を送り,また,つくば市内にある3大学(筑波大学,図書館情報大学,東京家政大学),及び本学診療所の受け付けに協力を依頼し,主旨を説明したパンフレットを置いてもらい,ボランティアをお願いした。  結果的には,本年3月から12月までの間に,300名を越すボランティアが登録を済ませた。登録者数が多いため,1~2カ月に1度くらいの割合でしか順番が回ってこないことになっている。  それにしても,8回行ってきた公開講座が今回は本当に大きな力になってくれた。公開講座は東洋医学に理解を持ってくれる人を一人でも多く増やしたいという願いで開催してきた。「健康と東洋医学」という総タイトルで,春秋の2回,それぞれ連続8回の講座を行う。鍼,灸,手技,漢方薬,健康などについて,本学の鍼灸学科及び附属診療所の教官が講義を担当している。  この講座の受講生は,少なからず東洋医学に興味のある人たちであるが,受講後は,東洋医学に一層の理解を示してくれるようになり,診療所を受診したり,患者を紹介してくれたりするケースも少なくない。また,逆に,診療所を受診している患者が受講生になる事もある。今回は,手技臨床実習ボランティアの強力な核になってくれた。  また,後に述べる学生評価についても,ある程度の東洋医学の基礎を学習しているので,全くの素人の評価とは異なる評価が出来たのではないかと考えている。  さらに,つけ加えるならば,本学の教職員の実習への協力も特筆しておかなければならない。予約手続き等の事務的な部分はもちろんであるが,実習のボランティアにも一役買ってもらうこともあった。毎回20人近い人が予約していると,必ず何人かはキャンセルする人が出てくる。急なキャンセルの場合は直ぐに他のボランティアを充当することは難しい。そこで,本学の教職員に忙しい合間を縫って実習の台になることをお願いするのである。このお願いを教職員がこころよく引き受けてくれているので,その日一人も実習する人がいない学生が出ずに済んで来たのである。 (2)ボランティアの健康チェックについて  登録してくれたボランティアには,可能な限り診療所を受診して,健康チェックを受けることをお願いした。手技実習を受けるのに西洋医学的な診察を必要とするのかという疑問や,問題があると考えられる人だけ受診をお願いすれば良いのではないかとする意見もあったが,本学に附属診療所が併設されている特長を活かし,また,重篤な疾患を有きず,手技の施術を受けることに何ら問題がない人を対象とする実習であることが好ましいと考えて,全員に事前に診察室を受診し,健康状態をチェックしてもらうことをお願いした。  もちろん,学生は必要に応じて,健康チェックの結果を知るために,診療室のカルテを閲覧し,西洋医学的な診察結果も踏まえて患者の評価をし,手技を行った。  また,ボランティアには,初回来学するまでに,郵送した問診表に記入をしてもらい,各人の愁訴の全体像を把握出来るようにして,学生が問診をする際の参考資料と教官の事前チェックの資料とした。 (3)ボランティアによる学生の評価について  今回の手技臨床実習は,ボランティア相手に実習を行っているわけであるから,施術を受けたボランティアから直接,学生の手技の評価をしてもらうことにした。モニターシートを用意して,毎回,施術終了後に,各自に記入してもらっている。  モニターシートの項目は,手のあたり具合や動き具合,力の加減,施術前後での愁訴の変化,それに,施術者としての学生の態度についてである。  このモニターシートによる評価で興味あることが分かったので,それに若干触れておく。  手技臨床実習が学内で行われるようになるまでは,学生の臨床実習の評価は,本学診療所内での実習態度と実習レポート,カンファのまとめ及び発表の様子などで評価していた。  しかし,今年から,それらに手技臨床実習での教官とモニターシートによる第三者の評価が加わることになり,鍼灸を中心とした総合臨床実習と,手技を主体とした手技臨床実習で,-人の学生の評価がどのように異なるのか興味のあるところであった(表1)。  評価した15名の学生中,総合臨床実習と手技臨床実習の評価が一致した学生は4名,総合臨床のほうが高かったのが4名,手技臨床の方が高かったのが7名であった。特に,手技臨床の方が高かった7名中2名はボランティアの評価が非常に高かった。  このことは,本人に適した療法を行う場合は,学生は十分な力を発揮することができることを意味しており,新しい手技臨床実習の方法を導入することで,本人の適性を評価する幅が広がったと言えよう。また,ボランティアによる手技臨床の評価が特に高い学生があったことは,職業の適性と選択を検討する際に重要な材料が示されたものと考える。 (4)学生による本授業に対する評価について  昨年,静岡の手技実習を経験した2年生に,本年の手技臨床実習についてのレポートを書いてもらった。  その内容は,学生による本授業に対する評価ともなっているので,それらを要約すると, ①昨年までの実習では,1年に数日,数名を操んで終わりであったが,20数名の患者を継続的に操むことができた。 ②学生同士の練習では慣れなどがあったが,学生以外の方への施術であったので,緊張感があって,施術態度やマナーなどにも気を配り,真剣に施術できた。 ③問診の仕方や施術の進め方,カルテの書き方など,治療における基本的な流れやその内容を理解し学習できた。 ④触診上の感覚や,技術的な方法など,施術上の学習が出来た。 ⑤ボランティアとの接し方に最初は戸惑いながら,徐々に要領も分かって,「楽になった」,「気持ちよかった」と言われたときの感激を味わうことが出来た。 などが上げられ,全ての学生が,学内で継続的に実習を行う形式が優れていることを述べ,また,学生同士の施術では得られない多くのことを学んだことを報告していた。 4.まとめ  以上,ボランティアを導入した按摩・マッサージ・指圧実習について報告したが,現在までの所,所期の目的はおおむね達成され,順調に進んでいる。  しかし,個々の学生に即した指導の進め方や,教室での学生同士の練習から如何に臨床実習に繋げるか,また,手技臨床実習から総合臨床実習へのつながりをどのようにスムーズに行えるかなど,まだまだ,課題は残っている。本年スタートしたこの授業形態が,数年後には,内容も充実した実習となるよう,今後一層の努力を重ねるつもりである。 引用文献 1)坂井 友実,白木 幸一:筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方,テクノレポート,VOL1,153-156,1994. 2)西條 一止:鍼灸学科の鍼灸臨床実習のあり方,テクノレポート,VOL2,167~168,1995.