数学とデザインとの狭間としてのデザイン工学 電子情報学科(情報工学) 高橋 秀知 要旨:現在,「デザイン」学科の構想・発想法に数学分野の「幾何学」における「命題解法」の発想法と構想表現の手段としてのコンピュータによる作画技術を利用することを考え試行の段階にある。この課程での経験と今後のマルチメディアの発達を考え,「デザイン」を「主」とし,理工学分野の技術を「従」とする考えから一歩踏み込んで,両者を対等視する考えの概説とそれに対するカリキュラム試案を述べる。 キーワード:デザイン・マルチメディア・情報工学・芸術的価値・画像工学 はじめに  「デザイン」学科における構図発想法の訓練の一手段として,数学分野に属する「初等幾何学」の発想法を応用した「静的構図発想法」及び「解析幾何学」を応用した「動的構図発想法」の基礎訓練に利用する試案が,その試行的カリキュラムをも含めて,平成6年度の「テクノレポート」に発表し,現在試行の段階にある。一見無関係と思われるデザイン分野の構図発想法の基礎訓練に,数学分野の発想法を採用した主な理由は, 1)デザインでの構図構想法と初等幾何学における命題証明の発想法との間に,共通点が考えられること。 2)現在の科学技術の発展は,まさに日進月歩の勢いで変化・発達をしている状況にある。特に,マイクロ・エレクトロニクスを主体とする「マルチメディア」の世界は,今日不可能なことも明日には可能となる状況下にある。この「科学技術発展の恩恵」を,デザインの描画の世界にも応用し,効果的なデザインの方向を考える必要性を感じるからである。  これまで,デザインの世界には,数学分野の知識は必ずしも必要としないとの意見が有るように聞いている。その意見が正しいデザインの分野もあると思われるが,有効且つ効果的に作用する分野もあると思うが如何であろうか?この考えに立って,あえてデザインに役立つ数学の分野を考えた。(注:一般的に云って,デザイン分野の学生の中には,数学が苦手の者が多いようである。これに対応するためには,構図構想法の基礎訓練として,数学分野の知識が,デザインと直接関連がある分野であること,また数学を勉学する意義が理解出来るようなカリキュラムと指導法等~直接デザインとの関連を示す観点からの教材をも含めて~,デザインと数学との関連性に立った授業を進める必要があると考える。)  マルチメディアによって,またはマルチメディアを補助手段として構成・作成されたデザインが,芸術的観点からデザインとして価値があるか否かについては,その道の専門家の価値判断に待ちたいが,このような方向での「デザインの分野」が有っても良いのではないかと思っている。時代は良くも悪くも変化している。それが時の流れと考えたい。  この考えに立って,数学的発想法のデザインヘの応用とその構図の視覚表現手段としてのマルチメディアの利用を,デザイン学科の教養の一課程として考えたものであり,デザイン学科の教養の一環として,補助的に,理工学分野の「ノーファウ」を利用した次第でる。  この考え方は,デザインが「主」で,理工学の知識を「従」とする考え方である。この考え方の是非はともかく,この観点に立って授業を実際に行ってみると,「発想法」はともかく,マルチメディアによる作画作業のためには,予想以上に数学分野の多方面の知識が必要であることが判明した。例えば,「静止画的な構図」に対しては「初等幾何学的思考」を必要とし,「回転・移動等の動画的構図」に対しては「解析幾何学的思考」を必要とする。特に,移動系の表現に対しては,「三角関数を含んだ関数表示」をも必要とすることが判った。  このような関連性を勘案した結果,これまでのデザインが「主」で,理工学分野の「ノーファウ」が「従」との考えから-歩踏み込んで,デザイン分野の知識と理工学分野の「ノーファウ」を「対等に取り扱う新分野」が有っても良いのでは,との考えに至った。即ち,デザインと理工学の中間的な学際領域としてのとらえ方も存在すると考えた。この考えに立った学問分野を,仮に「デザイン工学」と名付けることにし,これをデザインの基礎的教養の一部として採用した場合の「カリキュラム」の展開を試みることにした。  発想の原点は,我々人間にかかっていることは言を待たない。よって,その原構図は,我々の頭の中で芽生え・成長するのであるが〆その成長構図を視覚情報として表現し,また,被写体として評価を得る必要がある。この場面にマルチメディアを積極的に利用したい。  一方,マルチメディアを使用しての作画の製作には,マルチメディアを取り扱う方法,例えば,プログラムの製作を必要とする。そのためには,作画手順としてのアルゴリズム表現のための数学的な素養と知識を必要とする。この分野は,情報工学を始めとする理工学の分野である。また,「移動・回転等」の分野は,解析幾何学の分野であり,「陰線消去等」のより高度な描画技術の分野は,「画像工学」の技術を必要とする分野である。  この考えに立つと「描画」技術も理工学の-応用分野との考え方も出来る。 1.デザイン工学の立場について  我々が,あるテーマを基に構図を考える場合,一般的には,次のような手順を経ることになろう。 1)テーマが与えられる。 2)テーマを分析・検討し,大略的な構図を構想する。 3)それを視覚情報として「描画」し表現する。 4)その描画情報が,頭の中の構図と異なる場合には,検討・修正する。 5)以上を繰り返して,自分の構想に近い構図を視覚情報として表現する。 ここで,頭の中での「構図」の取扱いと視覚`情報で表現した「構図」の取扱いについての考察を試みる。 「頭の中の構図の特徴」  頭の中での構図の変化過程を分析してみると,構図の変化は瞬時かつ自由に行える。一方,頭の中にある構図は,確定・固定したものではないため,一般に被写体として表現するするための正確な視覚,情報化は,極めて困難である。いわゆる「ファジィ」の状態にある「もの」を,確定・固定することに対応する。したがって,頭の中にある図形に少しでも近い構図によって代変えすることに留まる。 「視覚表示化された構図の特徴」  頭の中の構図と異り,確定・固定的であるが,この構図を変更するためには,多大の犠牲と労力を必要とする。その理由の一つは,構図を変更するためには,「手を動かしての変更作業」を必要とする。一方,我々の思考継続は,統計的・心理学的には,一秒の中断によっても継続が不可能な場合が有るらしい。この数値が正しいとしたら,思考の中断が,時間的中断である間は良いが(復元可能であるため),この中断が「永遠の中断」になることもあり得ることに注意すべきである。  そこで,描画による時間の中断が,思考の中断に極力影響を与えないためにも,マルチメディアを積極的に活用することを考えた。 2.これらの観点の立って,具体的な内容のカリキュラムの試案を考えてみる。(注:このカリキュラムは,前述したように,デザイン学科の第1学年の専門的一般教養科目を対象にしている。) 「第一学期」  テーマによる「静止画」の構想及び構図発想の方法を学習し,演習を行う。この知識・演習の上に立って,「動画」の構想及び構図発想の方法を学習する。したがって,この演習には,三次元画像の頭の内での回転法も演習・訓練の対象とする。更に,頭の内の三次元図形の実物模型表現によって,構想とその視覚表現化の困難性を理解するとともに,その表現法の学習をする。 第一週:幾何学の静的図形とデザインとの類似点と相違点 第二週:静的図形のデザイン的発想法と幾何学的発想法 第三週:実例・実物による説明と自作による学習 第四週:実例・実物による実習的学習(1) 第五週:実例・実物による実習的学習(2) 第六週:幾何学の動的図形とデザインとの類似点と相違占 第七週:動的図形のデザイン的発想法と幾イ可学的発想法 第八週:実例・実物による説明と自作による学習 第九週:実例・実物による実習的学習(1) 第A週:実例・実物による実習的学習(2) 「第二学期」  静的図形及び動的図形を表現するための手段としての数学的手法及び数学的基礎としての「解析幾何学」・「関数表示」・「三角関数」等の基礎及び応用についての学習を行う。特に,構想表現と関数表示との間の相違点・限界に関する知識を理解することに重点を置く。また関数系の表示する意味・暗黙の了解事項を最小限度理解させることが必要である。例えば,y=F(x)とy=F(t)との同一性と相違性,y=F(x,a)に於けるxとaとの関係(変数と定数.パラメータ),y=F(x,a,π)に於けるaとπとの関係(定数と常数)更に,yとxとの関係(従属変数と独立変数)等,これから学習する関数表示の一般的約束ごととその約束ごとの意味についての知識を理解させる。 第一週:関数表示とは.独立変数と従属変数・変数と定数・定数と常数及びこれらの関連と意味 第二週:次元空間の概念・一次元空間,二次元空間,三次元空間及び時間軸を含めた四次元空間の概念と発想法との関係 第三週:空間座標軸の変更手段としての「三角関数」の基礎(1) 第四週:空間座標軸の変更手段としての「三角関数」の基礎(2) 第五週:一般的関数表示の変更と対象図形・構図の変化 第六週:基礎図形としての「点・直線・曲線・最小角形としての三角形・最大角形としての円」の特徴と関数表示 第七週:円・放物線・楕円・双曲線等円錐曲線の特徴と「ものの見方」の多様性 第八週:円・放物線・楕円・双曲線等円錐曲線を使用した課題の構想と関数表現の演習(1) 第九週:円・放物線・楕円・双曲線等円錐曲線を使用した課題の構想と関数表現の演習(2) 第A週:最近のデザインとマルチメディア 「第三学期」  構図・構想の視覚情報化の手段としての関数表示を効果的に実現する手法としてのコンピュータによる作画は,プログラムの作成を必要とする。そのためのプログラム作成法とコンピュータの利用法及びそれらをバックアップするための画像工学的手法の基礎知識を学習する。これらを通して, 1)構図の構想段階の諸変化を,視覚表現化するための関数表示と適切な変数とパラメータの選択力の養成, 2)その関数表示のプログラム化及びコンピュータを通しての視覚情報化により,より構想に近い構図を,速やかに作成する手法を学習する。 第一週:コンピュータとは・プログラムとは何か?その特長・機能は 第二週:プログラミング言語の特長と意味 第三週:プログラム作成演習(1) 第四週:プログラム作成演習(2) 第五週:プログラム作成演習(3) 第六週:課題による構図のコンピュータによる視覚情報化(1) 第七週:課題による構図のコンピュータによる視覚情報化(2) 第八週:課題に対するコンピュータによるデザイン化(1) 第九週:課題に対するコンピュータによるデザイン化(2) 第A週:マルチメディアによる「自動デザイン・メディア」製作の可能性 3.おわりに  以上の観点による「デザイン工学」が,多様化する「マルチメディア」を背景として変化すると,ある程度の段階までは,「デザインの自動化」が可能となるかも知れない。その製作物が「芸術的価値を持ったデザイン」と云えるかどうか?また,「デザイン」の定義そのものが変化することも考えられる。  最後に,この論文に有益なご助言をして下さったデザイン学科の五十嵐助教授に謝意を表します。 「参考文献」 1)高橋 秀知 「デザイン学科の数学としての幾何学」 第1回聴覚障害数学研究会,平成3年8月27日 2)高橋 秀知 「デザイン学科の数学」 第2回聴覚障害数学研究会,平成4年8月21日 3)高橋 秀知 「デザインと幾何学」 ろう教育科学,36(2),75-85頁,1994 4)高橋 秀知 「空間図形思考法と幾何学」 筑波技術短期大学「テクノレポート」,2号,91-93頁,1995