英語教材作成法に関するアンケート調査報告 視覚部一般教育等 青木 和子 要旨:視覚障害者の教育に関わる問題は多々あるがその中の一つに教材作成がある。ワープロやパソコンの普及により,以前に比べ拡大文字や点字の教材作成は格段にスピードアップされてきている。しかし,教育現場の実状はあまり明らかにきれていない。そこで全国の盲学校の英語教師に英語教材の作成に関するアンケート調査を実施した。その中で明らかになったことは,英語教材の作成は英語教師自身が行っている割合が9割を越えているという事実であった。また,作成方法は電子化が進んではいるが,手書きによる文字拡大や点字盤や点字タイプライターによる点字教材の作成がまだ4割程度もあり教師の負担が大きいことがわかった。今後英語教師としてはパソコンをもっと積極的に活用した教材作成技術の修得の必要性を感じるものが多く,さらに教材のネットワーク化を望む声が強くあった。 キーワード:視覚障害 英語教育 パソコン 拡大文字 点字教材 1 本学視覚部における視覚障害者用英語教材作成の実態  視覚障害者の背負う社会的なハンディの最も大きなものは情報摂取に関するもの,いわゆる情報障害であろう。様々なメディアの発達,補償機器の開発等によって以前と比べて早く,正確な情報が得られる状況が増えているように思われるが,教育現場においてはどうであろうか。適切かつ充分な教材が教師が必要とするときに,すぐ使える状態で用意されている現場はどれくらいあるであろうか。筆者は本学において視覚障害者に英語を教える立場になって,最も脳まされているのが教材作りである。  語学学習の基本はなによりも豊富なインプットにあると考えるが,目の前にいる学生の実力や興味に合わせた視覚障害者向けの教材は皆無に等しい。毎日の授業に向け,まず教材を選定し,ワープロに入力(または,OCRによる入力),それをもとに4種類の墨字テキストと2種類(英語1級,2級)の点字テキストの作成を行う。1回の授業ではリーディング用,トレーニング用,リスニング用など2,3種類の教材を準備することが多いが,これらの準備にかかる時間は相当なものである。当日のニュースなどを教材として使いたいと思ってもそれは不可能に近い。学内に教材作成のための支援体制はあるが,英語に関しては英語担当者に任きれているのが現状である。筆者が現在実際に行っている教材作成の流れを図1は示している。  一旦,オリジナル・ファイルを作成しておけば,フォントの変換や点訳作業はパソコン上で簡単にできる。ただし,拡大文字教材の場合には読み易きに配慮したレイアウトに組み直す必要があり,種類が多くなればなるほど時間のかかる作業になる。また,点訳作業とプリントアウトは,現在,筆者の能力及び,時間不足のため,技官の方にお願いしている。この場合,点訳ミスなどのチェックの問題があり,やはり英語担当者による最終チェックの必要性を感じている。 図1 英語教材作成の流れ 2 アンケート調査実施の経緯  視覚部一般教育ではコンピューターを利用した教材作成に関する公開講座を過去2回実施してきたが,今年度は英語の教材作成方法を取り上げる方向で検討して来た。そこで全国の盲学校において英語の教材がどのように作成されているかを英語教師自身を対象にアンケート調査を試みることとした。調査内容は盲学校の中・高等部ではどのような教材が用いられているか,それらの教材は誰が,どのような方法で作成しているのかを調べるものであった。また,教材作成のためにコンピューターがどの程度利用されているかも併せて調べることにした。調査項目は終わりに添付する。 3 アンケート調査結果  アンケート用紙は全国盲学校70枚に配布した。回答は原則的に各英語教師ごとに記入するようお願いした。回答数は110(55校)で,その内訳は中学部担当者からのものは41,高等部担当者からのものは63であった。担当を記入していないものが6あった。 3.1 教科書使用状況(図2参照)  全体としては普通教科書,点字教科書の使用が70%を越えており高い使用率を示している。特に高等部ではその割合がさらに高くなっている。一方拡大文字教科書の使用の40%という数字はやや低いように思われるが,前二者が出版社が作成したものであるのに対し,拡大文字教科書はそれぞれに作成する必要があるという点を考慮に入れる必要があろう。録音教科書の使用が少ないという点も検討の必要があろう。視覚障害者にとって耳からの情報は有効かつ重要であると思われるが,教科書付属のテープなどでは充分な役割を果たしていないということであろうか。なお,図には示されていないが,わずかながら全く教科書を使用していないという回答もあった。その理由は低学力にあるとの説明であるが,盲学校生徒の少人数化ともあいまってこの傾向は今後さらに増加していくのではないかと思われる。 3.2 作成している副教材の種類(図3参照)  副教材作成の有無についての質問に対し95%以上の教師が副教材を作成していると回答しており,副教材の必要度が非常に高いことをうかがわせる。図3は教科書以外に作成している副教材の種類とその割合を示している。種類としてはドリルが66%と高い割合になっているが,特に中学部では78%で高等部に比べこの種の教材の必要度の高さを物語っている。テストについてはこのデーターからは読みとりにくいが中学部では約7割,高等部では6割弱が独自のもを作成している。 3.3 教材作成者(図4参照)  今回の調査の回答の中で最も注目するべき結果がこの項目であろう。9割の教師が自分自身で教材を作成していると回答している。外部への依頼は2割に満たない。これは英語教材という特殊性ゆえに引き受けてくれるボランティアなどが少ないことが-つの要因になっていると思われる。現状では教師の負担はかなり大きく,後に触れるが,自主教材の有効利用の方法を考えていく必要があろう。 3.4 副教材作成の方法 3.4.1 電子化(図5参照)  教材を電子化しておけば,パソコンを利用して文字拡大や点字拡大や点訳処理をすることができる。教材作成のコンピュター化の状況を調べようとしたのが教材の電子化の項目である。ワープロ入力が全体で57%ととなっているが,逆の見方をすれば約4割がまだ手作業に頼っているということになろうか。文字自動読みとり装置(OCR)の利用は1.8%,盲人用読書機(Kerzweil)の利用は0となっており,この両者については,どういうものか知らないという回答もあり,一般利用はほとんどされていないという現状が明らかになった。 3.4.2 拡大教材作成の方法(図6参照)  複写機の利用が7割近くあるが,これが最も手軽な方法ということになろう。しかし,拡大幅が限られていることや文字の不鮮明さは当然問題になるであろう。手書きによる文字拡大作業は当然のことながら時間がかかる点が最も難点であるが,34.5%の教師がこの作業を行っている。生徒数が少ないことに助けられている面もあるのではないだろうか。パソコンの利用者は47%ほどであるが,前二者の問題点を考えると今後はこれが主流になっていくであろう。 3.4.3 点字教材作成の方法(図7参照)  点字盤または点字タイプライターによる教材作成はいわばひとつずつ手作業によるものであるが,46%以上の教師がこの方法で点字教材を作成していると回答している。一方パソコンを利用した点字ワープロの利用は65%以上と最も多い。自動点訳は短時間に作業ができ,しかも点字の知識を特別持たなくとも可能な方法である。現在は3割ほどの利用状況であるが,この方法が普及すれば,外部への依頼や,教材の交流が行い易くなるであろう。 3.4.4 音声教材の利用(図8参照)  音声教材については当然のことながら教科書付属のテープ利用が63.6%と最も多い。しかしながら視覚障害者にとって音声は文字や絵,ビデオなどの視覚による教材を補うものとして,また言語学習という特殊性もあわせて考えるとき,この数字はまだ低いように思われる。その意味で独自教材作成がわずか15.45%にしかすぎないということは何を意味するであろうか。CD・ROM教材も徐々に増えてきている現在,パソコンを利用した音声教材,あるいは録音・編集機能が簡単に行えるミニディスク(MD)を使った独自の音声教材など新しい技術を使った教材作成が今後の課題になるであろう。 3.4.5 現状のまとめ  アンケート結果からみた英語教材作成の現状をまとめてみると,まず第一に言えることは英語教師の負担が非常に大きいということである。勿論,生徒の能力や障害の状態を把握している教師自身が教材を作成することが望ましいことは言うまでもないが,様々な職務に追われ,時間に追われる教師にとって教材作成は決して容易なことではないということが,それぞれの回答の中や,後に触れる自由記述の中にもうかがえる。このように時間のかかる(英語ではtime consumingという言葉を使う)作業を効率よく行うには,パソコンの利用が必須と思われるが,この点に関しては今回の調査でみる限り,徐々に浸透しつつあるが,まだ,十分とはいえないというのが現状であろう。今後この分野の普及のためには何が必要かを考える必要がある。 図2 使用している教科書の種類 図3 作成している副教材の種類 図4 教材作成者 図5 電子化の方法 図6 拡大教材の作成方法 図7 点字教材の作成方法 図8 音声教材の利用 4 英語教師として必要な条件(図9参照)  次に視覚障害者用の英語教材を作成する上で,英語教師が修得すべき技術についての回答をみてみよう。最も高い項目は点字ワープロの87%である。従来の点字盤や点字タイプライターに比べ,点字ワープロで作成した文書はファイル保存が可能で後で何度でも引き出して使えることが最大の利点である。現在実際に点字ワープロを使用しているのは,65.5%ほどであるがさらに20%以上の教師がこの技術の修得の必要性を感じているということになる。次に高い数字を得ているのは,パソコン入力(76.36%),自動点訳(73.64%),パソコンによる文字拡大(65.45%)となっている。ここでも現状との比較をしてみると,パソコン入力の現状は52.27%,パソコンによる文字拡大は47.27%であり,ともに必要性を感じる人は15%以上増えている。現状との差で最も多くの人がその必要性を感じているのが自動点訳(現状30.91%)である。実際,現実に利用している人の2倍以上の人がこの技術の有用性を認めているということになろう。文字自動読みとり装置OCR(Optical Character Recognition)については現状の利用率は1.82%であるのに対し,技術習得の必要性を感じている人は20%となっている。英語・日本語が混在する文書の読みとりにはまだかなりの問題があり,今後さらに精度の高いソフトの開発が望まれる。しかし,英語のみの文書では,筆者が使用しているOmnipageなど非常に変換精度のよいソフトがあり,これを活用することによって大幅に入力の効率をあげることができる。盲学校の英語教師のなかでもOCRの存在自体も知らないという回答があるのをみると,公開講座などを通じてその使用法などを普及させていく必要を感じる。最後に盲人用読書機(Kerzweil)については現状(0%),必要度(20%)ともに低い数字になっている。OCR同様その存在を知らないという面と,これはもともと語学学習に作られたものではないため,その利用方法が難しい,さらには価格の面でも導入が困難などの要素がこの数字の背景にはあると思われる以上まとめてみると,今後効果的な教材作成にはパソコンの利用が不可欠であると多くの教師が考えているといえるであろう。しかし,現実にはそれらの技術の習得は十分ではなく,またその機会も充分与えられていない。 図9 英語教師として必要な技術 5 教材のネットワーク化を 自由記述欄では盲学校の英語教師たちが抱える問題が集約されていると思われる記述が目立った。次に要望としてあげられたものを多い順に記してみよう。 ( )内の数字は回答数を示す。 1)適当な教材がなかなか手に入りにくい。それぞれに工夫して作成した教材を利用しあえるよう,自主教材のネットワーク化を望む。(7) 2)自動点訳システムについて知りたい。(5) 3)文法事項(中学生向け),定着をはかるためのドリル(中・高)などの本がほしい。(3) 4)Kerzweilについて知りたい。(3) 5)視覚障害を持つ生徒の学習に利用できる英語学習ソフトを紹介してほしい。(2) 6)習熟度の差の大きい生徒の指導に関して情報交換をしたい。(2) 7)特に導入段階で使える音声教材の開発の必要性がある。(2) 8)視覚障害者の使いやすい辞書(英和・和英)がほしい。(2) 9)ボランティアの養成の必要性(1) 10)LL教材の利用法を知りたい。(1) 11)視覚障害者にとって利用しやすい教材を作成する上での留意点(点字のレイアウト,弱視にとっての字体など)を知りたい。  教材のネットワーク化は,今,視覚障害生徒に英語を教える立場にある者が最も強く望んでいることではないであろうか。上記ではいくつかの意見を集約してあるので,以下に生の声を紹介したい。 *全国的な規模で自主教材が利用できるようなシステムがあればよい。 *様々な教材の交流や機器の紹介をしてほしい。かなりの教員が手探りの状態のなかで独自の努力をしているのが現状である。そのためにも交換が必要。 *副教材をどんどん与えたいと考え,‘情報ネットワークやボランティアサークルで点訳して下さったものを探すのですが,生徒の実態にあったものがなかなか見つからない。自分で時間を見つけて点訳するが限界がある。このような悩みを解消してくれる自動点訳システムなどはどのようなルートでその情報が入手できるか知りたい。 *簡単な専攻科用教材,簡単な普通科用教材がいくつか全国規模で作成できるとよい。 *現在多くの盲学校にコンピューターが普及していることもあり,コンピューターで作成した教材のデーターが全国の盲学校で利用できるようなネットワークができればよい。また,教師が作成(点訳)せずとも,すでに教材になりそうな英文があるはずだが,在所がわからないので困る。 *点訳ネットワークの集約状況など定期的に情報がほしい。そのためにどこかセンターが必要かと思う。 *多くのボランティアを養成し,短期間に生徒の希望する読み物や大学入試問題などの点訳ができるようになればと思う。  上記にも述べられているように多くの盲学校にコンピューターが導入されている現在,教材を収集し,データーバンクとして登録し,お互いに利用しあうこと,すなわち教材のネットワーク化は決して実現不可能なことではない。もし,全国の盲学校がこのような形で教材の交流を行うことができるようになれば,これはさらに弱視学級や多くの障害者が学んでいる普通学校の教師たちも利用できるであろう。今回の調査結果をふまえ,筆者自身,現場の英語教師として教材のネットワーク化を強く望む者である。また,教材だけではなく機器や指導法などについての交流ができれば英語教師にとって大きな援助となるであろう。 アンケート鯛査用紙