補聴器の必要性の評価法 大沼 直紀 要旨:補聴器フイッテイングのカウンセリングとガイダンスをすすめるには,先ず補聴器を必要とする状態にあるか否か,その適応を判断するための適切な情報を入手しなければならない。補聴器の必要`性を評価するために,①自己評価により必要度を求める方法,②オージオグラムから明瞭度指数を求める方法,について解説した。 1.聴覚障害の程度と補聴器  テレビの音や音声が聞き取れないとき,普段から我々は,①ボリュームを上げる,②テレビに近づく,③手のひらを耳にあてがう,④じゃまなノイズを止める,などをして解決する。また,話し相手に声が伝わりにくい時には,①声を大きくする,②相手の耳に近づいて話す,③手を口にあてメガホンにして話す,などをして対処する。しかし,難聴の程度が重くなると,このような方法だけではどうしても聞き取れないので,さらに強い音を求めて補聴器を装用することになる。補聴器をつけなければならない聴力障害の程度はどれ位からなのかは一概には言えないが,少なくとも平均聴力レベルが40dBを越えるようであれば補聴器が必要となる。補聴器をつけなければならない程度の聴覚障害があるのにそのまま放っておくと言語発達,人とのコミュニケーション,学習,情報の収集などに支障を来すことになる。  聴力障害の程度は平均聴力レベル(dB HL)で表わされる。聴覚障害程度の分類の仕切り方とその名称の付け方については,我が国では統一されたものはない。例えば,難聴者の平均聴力レベルと日常生活の不自由度を参考に分かりやすく5段階に分類したものものなどがある(表1)。世界保健機関(WHO)では1980年の国際疾病分類で平均聴力レベル(500Hz,1000Hz,2000Hzの3周波数の聴力レベル値の算術平均)により図1のような障害程度の分類を示した。現在は国際的にこれに基づいて分類表記することが多い。我が国でも1984年に厚生省が「WHO国際障害分類試案」を作成し,平均聴力レベルの小さい値から大きい値の順に,軽度,中等度,準重度,重度,最重度という仮訳をつけた。軽/重の尺度に高/低の尺度を混用することに不都合はないかなどの意見から,「最重度」という訳語が生まれたようであるが,最近の90dB以上聴力レベルの聴覚障害者が望ましい聴覚活用能力の発達をみせている実態にそぐわない語感をもつという意見もある。今後は目的に応じて従来用いられてきた様々な分類表記と併せて,用語定義を明確に示した記載上の配慮が必要となる。しかし3周波数の聴力レベルを平均して求めた値だけでは個々人の聴覚障害の特性を表わすには不十分であるので,補聴器の適応やフィッティングを考える場合には,より情報量の多いオージオグラムが基礎的データとして用いられる。 図1 聴覚障害程度の分類(WHOによる)  図中の帯は大沼(1987)の長時間平均音声スペクトラムをもとに120cm離れた普通の大きさと,30cm近づいて大きめの発声をした場合の音声レベルの幅を示した。 表1 難聴者の聴力レベルと日常生活の不自由度(「補聴器の選択と評価」,小寺一興編,1996,メジカルビュー社) 図2 オージオグラムから明瞭度指数(A.I.)を求める評価法Pascoe 1991.(例のオージオグラムでは,A.I.は77%となり,補聴器の必要度はボーダーラインにある) 2.聴覚障害の種類と補聴器の適応  外耳から中耳にかけての障害による伝音難聴は,外から入ってくる音が物理的にその奥にある内耳へ伝わりにくくなったものである。伝わらなかった損失分だけ音を増幅してやれば音声は明瞭に聞き取れるようになるので補聴器の効果は大きい。聴覚機構の伝音系の部位にだけ障害がある場合は,オージオメータの気導受話器(ヘッドホン)による聴力検査の結果は,聴力レベルが60‐70dBを超えることはない中等度より軽い難聴にとどまる。しかも,骨導受話器(音の振動を頭蓋骨を通して聞かせる)による骨導聴力検査の結果は一般に正常な聴力を示す。伝音難聴は医学的治療により回復を図ることができる場合が多く,難聴である期間だけ補聴器が適応され,聾学校や難聴学級で継続して特殊教育を受けることはあまりない。  一方,内耳の聴覚細胞や聴神経,聴覚中枢の障害で起こる感音性難聴は,一般に医学的治療により聴力を回復させることは困難である。しかも,その聞こえの症状も複雑で,単に音を強く増幅して聞かせても明瞭には聞こえるようにはならない。聴力検査では,気導聴力検査も骨導聴力検査も同程度に悪い結果が出ることが多い。それゆえ伝音難聴と同じような聞こえの補償ができないのが特徴である。新しい補聴器やそのフイッティング方法の開発,聴覚障害児教育の努力のほとんどは感音難聴による障害の克服のためになされてきたといえる。伝音性の難聴では音が小さくなる「音の損失(loss of sound)」であるのに対し,感音性の難聴は中耳を通って入ってきた音を感じ取りにくい「聴覚の損失(loss of hearing)」であると言われる。  補聴器の適応を考える上では平均聴力レベルで表される難聴の程度だけでなく,伝音難聴か感音難聴か,あるいは混合難聴か,そしてどのような聴力型のオージオグラムかを知っておかなければならない。聴力レベルが同じだとしても,補聴器の効果は伝音難聴,混合難聴,感音難聴の順に高い。 3.補聴器の必要度の自己評価  補聴器の効果が十分に発揮されるための条件は何かについては,様々な要因が複雑に作用してその効果が生み出されるので一概には言えない。大きく分けると補聴器と使用者と環境の3つの側面から補聴器の効果は影響を受けると言える。まず,補聴器自体のもつ性能やフィッティング調整の条件が重要であることは容易に想像できる。ところが使う人のもつ条件と,環境や周囲の人のもつ条件の重要性についてはあまり認識されないことが多い。いくら高性能な補聴器が用意されても,使う人の条件が整わないと満足な結果は得られない。特に,使用者本人が補聴器を使う必要性を感じていなかったり,使おうとする意欲が無かったりすると何の恩恵も受けられないでしまう。診断の結果,我が子に思ってもみなかった補聴器を薦められても,未だ補聴器をつけることの必要性が納得できない親の心情や態度は敏感に子どもに影響する。話が通じにくくて困るといって家族が薦めた補聴器がお年寄りには機能しないことの原因の一つに,本人が補聴器の必要性を認識していないことが挙げられる。  補聴器フィッティングの第一の関門は,使用者自身が補聴器を着けたがるようになるかどうかである。表2は補聴器の必要度をお年寄りや難聴の疑いのある人などに自己評価してもらうための質問項目と採点の仕方である。15点以下の結果であれば補聴器を装用する必要はない,30点前後であれば補聴器を試してみる必要がある,40点以上の結果であれば補聴器を装用する必要があるという目安がたてられる。 表2 補聴器の必要度を自己評価するためのワークシート(Pascoeの資料を参考に作成,大沼1996) 4.明瞭度指数による補聴器の必要性の評価  オージオグラムに表された難聴の程度と聴力型に応じて音声言語の情報がどれだけ入力しにくくなるかを,明瞭度指数(articulation index:A.I.)により推測する方法がある。オージオグラムに沿って図2にある周波数ごとの数値を合計することにより明瞭度指数(A.I.)が求められる仕組みになっている。得られたA.I.の%値を下欄の分類に照らし合わせると,音声言語によるコミュニケーションの困難度が推定できる。これは聴力検査の結果から補聴器の必要性を説明するのに有効な資料となる。  図3は,音声言語情報が加齢によりどれ程聞き取りにくくなるか,小さめの声で話された日常会話に対する明瞭度指数(A.I.)を,年齢と男女別に示したものである。一般に男性では65歳を過ぎると,女性では75歳を過ぎると補聴器を必要とするボーダーラインに入ると考えられる。 図3 加齢による明瞭度指数(A.I.)の変化と補聴器を必要とするレベル 5.補聴器の選択法  補聴器を選択する一般的手順は,先ず「規定選択法」(descriptive selection procedure)により試用補聴器の電気音響特性を規定する処方菱をつくることから始まる。ある論理的なフィッティングルールに従って,試用者の難聴の特性と適合するであろうと思われる補聴器の特性を選択する訳である。補聴器のコンピュータ・フィッティングのプログラムはこれにあたる。次に「比較選択法」(comparative selection procedure)により,候補補聴器を試用しての聴覚的データを基に最適補聴器を決定する。 つまり,「特性処方的手順」と「装用試行的手順」を組合わせて行うのが補聴器選択法の基本である。  補聴器の特性処方的手順は,オージオグラムなどの聴力閾値検査のデータを基に,聴力の損失分のほぼ1/2が補償されるような処方を行おうとするハーフゲインルールや,その変法であるPOGO法など,半利得の原理(halfgain principle)によるものが一般的である。しかし,同じオージオグラムをもつ人に一律に同じ特性をもった補聴器を与えてしまうことは合理的でない。適合する補聴器の選択には,難聴者1人ひとりの周波数分解能や時間分解能,ことばの弁別能,補聴器の使用意欲,グローバルなコミュニケーション能力や言語力,聴能の発達レベル,音声言語的・社会的環境などがより強く関わってくる。装用試行的手順では,実際に補聴器を装用した状態での補聴効果を基に比較選択を進めていくので,規定選択法に比べてより個人に即したフィッティングができる。装用試行した結果を比較するには表2のような3つのデイメンジョンと6つの主な観点が考えられる。 表3 補聴器を装用試行する場合の比較選択の主な観点 [参考文献] 大沼 直紀:教師と親のための補聴器活用ガイド,1997,コレール社