聴覚障害者専用衛星テレビ放送の受信実験と学内放送での実用化 筑波技術短期大学 内野 權次 川口 博 石原 保志  本学の聴覚部教育方法開発センターでは,聴覚障害者専用の衛星放送の実現のために以前から種々検討をし,各方面との情報交換をしてきたが,1995年11月,全日本ろうあ連盟と郵政省が共同で標記放送の実験をするとの情報を得た。その後,この実験に本学で開発した「リアルタイムのビデオ字幕挿入装置」を用いて,字幕提示に関する放送効果を評価することがきまった。本報告は,本学がこの実験放送に,送信側と受信側の両者に参加したが,その受信側についての報告である。  また,上記実験の進行中に障害者を支援する社会福祉団体の「やまびこ会」によって「やまびこテレビ株式会社」が設立され,平成7年10月8日から試験放送を開始した。本年4月から「ろう者のための専用衛星放送」をしている。現在はまだ試験放送段階であり週2日土,日の16:00~20:00の間放送している。,いづれ本放送に切り替わる予定である。この放送を本学で受信し,学内広報設備であるテレビ放送システム(CATV)を通じて,平成8年10月から全学放送(学生寄宿舎の個室も含む)を開始した。放送の受信システムや受信方法および受信結果等々について報告する。 キーワード聴覚障害,衛星放送,CS通信衛星放送,聴覚障害者専門衛星放送,CATV,学内広報 やまびこテレビ 1.実験放送に至る経過の概要 ・平成5年5月に「障害者利用円滑化法」(略称)が制定され字幕番組や解説番組等の制作費に対しての助成を行う制度が制定された。 ・平成5年10月「文字放送普及推進協会」設立 ・平成6年4月身体障害者の日常生活用具給付または貸与の対象に「文字放送デコーダー」を追加 ・平成5年3月政府の障害者施策推進本部が「障害者対策に関する新長期計画」を決定し,その重点施策実施計画として障害者プランの内の放送関係について,①字幕や解説番組に対する制作費の助成。②効率的な番組制作技術の研究開発を推進し,障害者向け放送番組の充実をはかる。③視覚・聴覚障害者向け専門放送システムの開発を行い,視覚聴覚障害者が放送を通して十分に情報にアクセスできるような環境整備を図る」ことなどが盛り込まれた。 ・平成7年10月「視聴覚障害者向け専門放送システムに関する調査研究会」が4回開催された,同年12月9日聴覚障害者向け専門衛星放送の実験を実施した。 ・平成8年3月3日には,同一の方式で全日本ろうあ連盟の主催で実験放送を実施した。どちらの実験にも本学が参加した。 第2回目の放送の字幕評価用の番組は本学のビデオスタジオと字幕挿入機器を用いて共同制作した。 2.実験の概要と実験システムの構成  第一回目の実験(1995.12.9)は障害者の日に実施した。内容は,(1)聴覚障害者専用放送の必要性や通信衛星(CS)放送の仕組み (2)「情報格差解消」を目的とした番組内容,字幕,手話,映像等々の方式評価ための放送 (3)「聴覚障害者情報の発信」を目的とした番組などであった。  第2回目は全日本ろうあ連盟独自で実験を実施した。 なおこの実験の放送番組の制作には,字幕挿入,ビデオ撮影,ビデを編集等を本学のスタジオ設備と技術スタッフが参加協力をして実施した。 【実験の主な内容】  テレビ電波を介しての非常信号の受信テストについては東京の受信会場でのみ特別に実施された。 (1)「情報格差解消」番組では,NHK「7時ニュース」の字幕放送について,一部要約とリアルタイムに近い放送の比較,阪神・淡路大震災,NHK教育TV番組の字幕放送 (2)「聴覚障害者情報の発信」番組では,各地の情報提供施設の作品や制作情景の紹介 (3)呼びかけ 「聴覚障害者専用放送の番組はみんなでつくる!」等々の放送を行った。 【受信放送システム】 CS通信衛星のスーパーバードB(第1図専用衛星放送通信システムの構成図を参照)を使って実施された。受信装置は,チューナーにSAT-75,デコーダーをSAU-75,アンテナはSNA50C5を使用した。いずれもSONY製のものである。 [主な仕様] アンテナ形式 オフセット型パラボラ 受診周波数 12.2-12.75GHz 出力周波数 1,000-1,550MHz アンテナ利得 35.1dB コンバーター利得 55±5dB 反射鏡短経 500mm 受診方式 NTSCカラー 受信チャンネル SCC/S1~S11 通信受信チャンネル SCC/1~23 検波出力 0.67Vp-p,75Ω  この受信出力を,本学の講堂の100インチ大型ビデオプロジェクターの画面で投影して評価実験を行った。 3.実験の結果と評価 (1)放送の受信状況と画質,受信状況は非常に良好であった。画像にゴースト(二重画像)は全くなく,ノイズ(雑音)も少なく通常のTV放送より良好であった。第一回目の実験結果のアンケートが調査研究会(1)から発表になった。実験の評価は全国12カ所,557人の聴覚障害者が参加して行われた。その結果,専門テレビ放送局の利用についての要望は「ぜひ利用したい」77.7%と「利用したい」を合計すると91.5%と非常に高かった。一方現在の放送番組への字幕を付けほしいとの要望も77.7%と高率を示しており通常放送に対する字幕放送の要望が強いことも事実である。また番組に手話を付けて欲しいとの要望も字幕に次いで高い値を示している。 4.やまびこテレビの受信と学内再送信システムの構築  やまびこテレビはCS放送のJCSAT2衛星を使用している。サービスエリアがスパーバードに比べてやや狭いのでアンテナ利得の1ランク高いものを使用する方が望ましい。推奨はSONYのものではSNA-60C5(関東,東海,北陸,関西地区に適用可能)であり,その外側の地域ではSAN-75C2が必要となる。但し北海道での受信はこれでも受信電波が弱くなるのでアンテナブースターの用意等が必要である。 (1)衛星の位置 東京での角度 JCSAT2(東経162°)スーパーバードB(東経154°) 仰角 45.9° 42.3° 方位角 157° 145゜ (2)本学で設置した実装システム  やまびこテレビでは,放送受信機器を無償貸し出し方式となっている。従って本学とやまびこテレビ株式会社で借用契約を結んで受信装置の設置を実施した。 使用機器は アンテナ・・・・50C-55 チューナー・・・ATC-OO7G  何れもやまびこテレビ指定の仕様によるもの これらを第2図のように接続し,実際の電波を受信したがアンテナからの受信信号出力が少々パワー不足であったので,チューナーとアンテナ間にBS・CSブースターと信号減衰器を追加し,受信感度の調整をした。使用した機器はマスプロアンテナの下記のものを用いた。 BCB20LA 950~1880MHz利得17~22dB 信号減衰器 〃 -5dB チューナーの出力は,「学内広報用CATV放送システム」文献(2)(3)に接続し,学生の寄宿舎(個室を含む)キャンパス内全域に放送している。 (3)JCSAT2の電波の探索と受信アンテナの調整方法について  ここでやまびこテレビ受信のためのJCSAT2の電波を探すのに,以下のような技法を用いると比較的簡単に調整が可能なのでここに記述しておく。台風や突風等の後に画像の受信が異常となった場合この方法を用いて確認すると簡便である。 1)CSチューナーの電源を投入する。 2)チューナのリモコンの[SAT]で受信衛星を選択する。  ここではSCC(スーパーバード)を選択する。(順次押すと他の衛星の名前が表示される) 3)CSチューナーのチャンネルを放送モードの11CHに設定する。 4)パラボラアンテナの方向をスーパーバード2号の方向に方位角と仰角を設定し,衛星放送が受信できるようにアンテナの角度を調整する。スーパーバードの電波は強力なので探しやすい。 5)チューナーの選択を2)と同様の操作でSCCからJS-SATに切り換える。次に受信チャンネルを29CHにする。 6)アンテナの仰角を固定して,方位角を約10゜近く右(南方)に向ける。  ここで青色バックカラーが消えて,白黒のまだら画面がちらりと見える所を探す。 7)次にテレビモニターの画面を見ながら注意深く方位角と仰角について微調整を行う。  29CHでは,JC-SAT2のテストパターンが常時放送されているのでこれが画面で明瞭に受像できように調整する。 8)テストパターンが見えない時は別の衛星を受信していることになるので,2)~7)の調整を繰り返す。 9)次に受信チャンネルを6CHに切り換えてやまびこテレビの受信状態に設定すれば終了である。  以上は,本学でアンテナ設置時に,比較的簡単にJCSAT2衛星の電波を見つけてアンテナ角度を調整する方法について実験したので参考までに記述してみた。 (4)放送の内容と学生の反応  放送内容は,多岐にわたり日常生活に必要な情報や教育番組,教養,娯楽まで様々な企画が取り入れられている。実際放送された番組の一例を示すと下の表のようになる。放送番組には本学の学生や教官の講演会の様子等も放送ざれいる。現状では相当の人達の人気を得ているようである。ただ一つ残念なことは,2から6週間くらいの周期で再放送番組が多く,新しい番組の入れ替えが少ないことである。放送番組の作成費がかかるので仕方がないことでもある。できるだけ多くの視聴者が参加することによってこの放送を支えて行くための必要性を感じている。 図1聴覚障害者専用衛星放送通信システムの構成図 やまびこテレビ放送番組の一例 5.今後の課題  この実験とやまびこテレビの学内放送化を進めながら感じたことは,衛星放送の技術が進歩し,デジタル放送が開始された今日,放送チャンネル数を大幅に増設することがが可能となったので,出来るだけ早期にやまびこテレビの他にも聴覚障害者専門放送が実現し,しかも最新の先端技術や多角的なメディアを活用して,手話や字幕情報を用いた放送の実現をすべきであると思う。このことにより放送メディアを通じて聴覚障害者同志及び健聴者と聴覚障害者相互で離れた場所から多元的に意見交換ができるようになる。より多くの聴覚障害者が一般社会で情報交換における不利益を被らないような社会環境を実現することすることが必要であると思う。また通常のテレビ放送においては,字幕放送を出来る限り増やす必要があり,そのためには時間と費用のかからない字幕挿入装置の開発が必要である。このことは聴覚障害者専用番組の制作コストを下げることにもつながり,かつ容易に番組の制作が可能になるであろう。また,インターネットとの組み合わせにより一方的な放送ではなく,視聴者との対話型の放送システムの検討等も今後の課題でる。 第2図やまびこテレビ装置接続構成図 参考文献 (1)聴覚障害者向け専門放送システムに関する調査研究会報告書,平成8年4月23日. (2)内野 權次・小林 正幸・石原 保志,学内広報CATVシステムとその拡充について,筑波技術短期大学教育方法開発センター年報,第一号,1994.3,pp25-28 (3)内野 權次,学内広報CATVの授業活用システム,筑波技術短期大学教育方法開発センター年報,第2号,1995,1,pp.112-114.