感覚情報補償メディアとしての通信衛星 電子情報学科」情報工学教育方法開発センター 高橋 秀知 小林 正幸 要旨:感覚障害者の情報補償・支援方策の一環として,現在日進月歩の状況に在る「技術革新の最先端」とも云える「通信衛星」の使用を考えることは,至極当然のことと考える。この通信衛星を用いた情報広報通信を平成7年から8年にかけ,郵政省の主催のもとに,「通信衛星CS:スーパーバードB号」を使用して実験放送を行った。  この計画に参加した一員として,今回の実験の意義・結果及び今後の見通し等に付き,報告及び私見を展開したい。 キーワード:感覚障害者・情報補償・無線情報伝達・広域伝達・通信衛星 まえがき  感覚障害者の情報補償・支援方策の一環として,現在日進月歩の状況に在る「技術革新の最先端」とも云える「通信衛星」の使用を考えることは,以下の観点から至極当然のことと考える。この通信衛星を用いた広域情報通信方式の利点を考えてみると, 1)全国的な意味での「同一情報の同時受信」が即時的に可能である。 2)受信可能地域に於いては,全国至る箇所での受信が可能である。 3)これらの状況は,特に,災害時・異常事態時に於ける情報の速やかな伝達・交換等のコミュニケーションには,ケーブル等を使用している地上施設が破壊される状況が充分に予測されるため,必須の一方法と考える。  これら種々の利点の上に立って,通信衛星を使用した実験放送が,平成7年から8年にかけ,郵政省の主催のもとに,関連諸団体の協力を得て,「視聴覚障害者向け専門放送システムに関する調査研究会」が結成され,「通信衛星CS:スーパーバードB号」を使用した「視聴覚障害者に対する情報補償方式の実験調査及び緊急事態発生を周知徹底させるためのトリガ電波の発射実験調査」が行はれた。  この実験放送は,沖縄県を除く全国のモニター施設でのモニターによるアンケート調査の実施とその結果分析及び欧米数カ所施設の活動状況調査等の調査報告を加えた報告書として作成され,関係諸団体及び関係者に配布された。  この計画に参画した一員として,今回の実験調査の意義・結果及び今後の見通し等に付き,議論を展開したい。 1.目的  感覚障害者に対する情報補償及び支援活動,特に災害・緊急時に於ける情報伝達は,非常に大切な事項である。この背景に立脚して,今回の実験放送の目的も次の2種類に分類されて実施された。 1)通常一般の放送局が放映・放送している番組について (1)実時間以外の放映・放送に対して,感覚障害から生じる情報欠落の補償及び情景・背景の説明等付加後の放映・放送技術 (2)ニュース・実況放映・放送等の実時間放映・放送技術 2)緊急時の「トリガ」の発信・受信技術 3)その他  現在の技術水準は,何処まで実現可能か?その実証実験を行い,その実験結果の検討を経て,今後の研究・調査の方向を検討することにある。 (注:今回は主として技術的現状の実証調査であって,「著作権法」その他関係法規の困難性に付いては,背景として議論された。) 2.現況  以下,技術面の現況を考察する。 1)通常一般の放送局が放映・放送している番組について (1)実時間以外の放映・放送に対して,感覚障害から生じる情報欠落の補償及び情景・背景の説明付加技術及びその後の放映・放送技術 「聴覚障害者の情報補償・支援技術」  聴覚障害者の情報補償としての字幕等付加技術について(バッチ処理方式)  聴覚障害者に対する音声情報の補償としては,視覚情報としての「文字・映像情報」が主として使用されている。  この方式は,映像と対応文字等を予め作成して置き,この両者を元映像を見ながら適時・適所に合成し製作する方式である。従って,何回もやり直すことを厭わない限り,正確な文字等の情報を,適切な箇所に挿入することが可能である。 「視覚障害者の情報補償・支援技術」  視覚障害者に対する視覚情報の補償としては,聴覚情報としての「音声・音楽・音響情報」が主として使用されている。これらの聴覚関係の情報表現は,「各放送局等に於いて情報通信方式が確立」されているためも有って,困難点は少ないようである。 (2)ニュース・実況放映・放送等の実時間放映・放送技術(リアルタイム処理方式) 「聴覚障害者の情報補償・支援技術」  この方式は,ニュース・実況放送等の映像を放映する瞬間の間隙に音声情報に対応する文字等の情報を挿入し,放映する方式であるため,多くの困難点がある。その主要な点を解説する。その前提知識として,現在の文字挿入方式の一般的な大略順序を記述する。 「1」音声情報を聞きながら音声情報を文字等の情報に変換する。次いで, 「2」変換した文字等の情報を元映像と高速合成する。 の順序となるが,以下のように簡単に行かない困難点がある。  その第一は,音声情報を聞きながらキータイプ入力する操作にある。通常の音声情報の発生割合は,「かな漢字表現で300文字/分程度」であるらしい。これに追いつくためのキータイプ入力は,機関銃のような高速入力となる。従って,このような高速入力は不可能であるし,また長時間にわたる入力作業は体力的に不可能である。よって,これに対する対応策を必要とする。  その第二は,「かな漢字変換」にある。日本語特有の同音意義語を,一回で適切な漢字に変換することが要求される。よって,これに対する対応策を必要とする。  その第三は,高速でキータイプ入力された文字コードを文字化し,映像と高速合成することが要求きれる。よって,これに対する対応策を必要とする。  これらのことを達成して,「リアルタイム処理方式」が可能になる。  以上の状況にあるため,聴覚障害者に対する情報補償の困難点は,「リアルタイム処理方式」にあると云っても過言ではない。 「視覚障害者の情報補償・支援技術」  視覚障害者に対する情報補償・支援は,音声言語による情報伝達が発達しているため,リアルタイムにも充分対応可能の状況にあるが,映像の解説・情景説明に対する情報補償は,大変な困難性があると考えられる。 2)緊急時の「トリガ」の発信・受信技術  緊急時の「トリガ」の発信・受信は,通常の情報伝達より,ある意味に於いては,重要・不可欠な事項である。ここで,緊急時とトリガとの関係を考察してみると, 「聴覚障害者の情報補償・支援技術」  聴覚障害者の場合には,「何らかの方法でトリガが掛かり,何らかの手段によって異常事態が発生したことが認識出来る」と,その後はテレビ等の映像情報と解説字幕・手話によって,的確な情報の修得が可能である。 「視覚障害者の情報補償・支援技術」  視覚障害者の場合には,「音声・サイレン等」の聴覚情報によって,比較的容易に非常・異常事態が発生したことが認識可能であるが,その後は,聴覚情報が唯一の情報伝達手段のため,「災害の惨状等の映像に依らなければ認識不可能な情報」の伝達は困難となる。 3)このように, (1)聴覚障害者に対しては,「緊急・異常事態発生を知らせるトリガ」が困難事であるが,その後は,比較的正確な情報伝達が可能となる。一方, (2)視覚障害者に対しては,「緊急・異常事態発生を知らせるトリガ」は比較的容易に伝達可能であるが,その後,正確な情報伝達が困難事と思われる。 4)更に,一般的日常的な情報に付いては,両障害者共, その要望を要約すると次のように考えられる。 (1)可能な限り情報を正確に伝達して欲しい。 (2)可能な限り情報量を健常者と同程度迄高めて欲しい。 (3)特に,即時性を必要とする情報は,一刻も早く伝えて欲しい。 3.実験放送方式  今回の人工衛星による感覚障害者に対する情報伝達実験は, 緊急連絡 通常の情報伝達 に分類して行われた。 1)「緊急連絡」  緊急連絡の場合,感覚障害者が偶然にも映像を見,放送を聴いていた場合は「テロップ・音声」等にてトリガーを掛けることは可能であるが,見ていない場合には,何らかの方法でトリガーを掛ける必要がある。今回は,特殊な試験電波により赤色灯を点灯することで実験を行った。何らかのトリガーが掛かれば,その後は映像・無線装置の電源を入れれば良いことになる。 2)「通常情報伝達」  通常の「字幕入り」ビデオの映像受信実験とリアルタイムによる映像発信及び受信モニタのアンケート調査及び音声放送実験とそのモニタのアンケート調査を行った。  リアルタム用映像の製作には,筑波技術短期大学で開発したシステムを使用して行ったが,発射装置との機能的な不整合性のため多少の不具合点は発生したが,大勢に於いては成功したと評価されている。 4.おわりに  現在のマイクロ・エレクトロニクスの進歩は,まさに日進月歩の勢いで行われている。今日不可能のことも明日は可能になる時代である。今後の科学技術の進歩がどの方向に行くかは予測の域を出ないが,現在至難の困難事と考えられている「音声言語の文字化」についても,「音声認識の特定話者認識から不特定話者認識」への発展と同音異義語の決定アルゴリズムの開発によって,より正確な変換が可能となろう。これらのことを考えると,映像に対する実時間文字合成も夢ではないと考える。 《聴覚障害者向け実証実験の概要》 日時:平成7年12月9日 場所:東京(中野区勤労福祉会館)ほか全国11会場 参加者:557人の聴覚障害者がモニタとして参加 実験内容:①リアルタイム字幕表示実験 ②緊急連絡ランプ実験  更に,インターネット等の高性能・高速化が増進されると,インターネットと通信衛星網との併用によって,よりコンパクトで,容易に利用可能なシステムの実用化が実現されよう。今後,一層のエレクトロニクス化が進められると,これらのメディアを簡単に使いこなす基礎知識の普及を必要とする。これらのことも有って,アメリカの「スマート・バレイ」の日本版とも云うべき「スマート・バレイ・ジャパン」も発足し,活動を開始しつつある。  このように,底辺の知識・技術の向上と層の厚さを平行して考える必要があろう。  以上のアンケート調査等の統計情報及びより詳細な結果を知りたい場合には, 「視聴覚障害者向け専門放送システムに関する調査研究会・報告書」(平成8年4月23日)を見て欲しい。 表及び図は,調査研究会の報告書による。 「参考資料」 1.「視聴覚障害者向け専用放送システムに関する調査研究会報告書」郵政省・平成8年4月23日 《視覚障害者向け実証実験の概要》 日時:平成7年12月3日 場所:東京(社会福祉法人日本盲人会連合本部) 参加者:49人の視覚障害者がモニタとして参加 (なお,実験後に更に129人に対してアンケート調査を実施。) 実験内容:①点字ピンディスプレイによる点字表示 ②コンピュータを活用した合成音声の発出 ③点字プリンタによる点字紙のプリントアウト 聴覚障害者向け実証実験イメージ図 視覚障害者向け実証実験イメージ図 聴覚障害者向け放送の現状 視覚障害者向け放送の現状