鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」の開発と発展-視覚障害を持つ鍼灸学科学生への実践応用報告- 鍼灸学科 上田 正一 1はじめに  筑波技術短期大学視覚部は視覚に障害を持つ人を対象として,職業技術に関する教育研究を行なっており,専門教育では,専門基礎教育の充実,演習・実習による技術の修得,科学技術の進歩に対応できる資質の養成が行われ,視覚障害からくる学習上のハンディキャップを軽減するために様々な工夫をこらし,新しく開発された教育機器や多くの学習資料・教材を使って,学生の自習を容易にし,授業を効果的に行なう事を目指している。  また,本学鍼灸学科では,高等教育のレベルで,より高度の知識と技術を養い,就業を促進し職域を拡大するとともに,基礎的な知識と幅の広い教養を養って,将来起こり得る職種の変化に対応できるような資質を育てようとしており,鍼灸・手技療法に関する専門的な知識と技術の修得,東洋医学と西洋医学を統合して活用できる専門技術者の育成,現代医療に参加できる専門的知識と研究的態度をもつ鍼灸師の養成,鍼灸医学および手技療法の分野での指導的な人材の育成をおこなっており,視覚に障害を持つ学生を対象に教育ソフトウェアの開発や,点字資料,拡大資料などの学習資料を作成・提供しているほか,図書館の電子図書閲覧室との連携により,パーソナルコンピュータを活用することによって,ディスプレイ上の文字を拡大したり,合成音声で文書を読み出すなど,弱視学生の目に負担をかけない文書処理,情報処理を可能にし,全盲学生用には,学習資料を電子化して,内容を自由に検索できるシステムを実現している。  これらの機器を利用することによって,視覚に障害を持つ鍼灸学科の学生においてもレポートなどの文書作成が手軽にできるようになり,学生がこれらの多くのシステムを鍼灸講義室からいつでも利用できるよう用意され,学生たちは大いに活用できる環境が整備されてきた。  一方,1970年代に中国で行われた鍼麻酔による外科手術が世界的に大きく報道されたこともあり,鍼灸治療の効用が見直され,社会的な関心が高まり,視覚障害のない鍼灸師が多数,活躍するようになってきた。  社会的なニーズが高まるにつれ,医療従事者として伝統的な東洋医学的知識と経験だけでは不十分であり,現代医学的な疾患の見方や治療に関しても基本的な知識を要求されるようになってきた。  この動きに沿って資格試験が国家試験として統一的に実施されるようになり,はり師,きゅう師,およびあん摩・マッサージ・指圧師の養成課程としての基準を満たしている本学鍼灸学科でも卒業時にこの3種の国家試験の受験資格が得られることから,これら国家試験の試験対策の重要性は鍼灸学科教育のなかで益々増してきていると言える。  このような状況の中1992年に本学鍼灸学科学生(第2期生)からの「鍼灸国家試験対策用CAI」の開発要求の声は押さえることのできないまでに高まり,鍼灸学科コンピュータ室はこれに答える形で開発に着手した。 2鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」の概要 (名称):  開発に着手した1993年度当時,学生からの要望による統合的なCAIに成長することをめざしてEducational Library Input/Output Systemと名付けられ,その頭文字をとって開発コードELIOSとよばれた,その後様々にバージョンアップの方向性が分岐し鍼灸学科専用であったELIOSが理学療法学科や情報処理分野での教育にも活用できることからELIOSPTやELIOSISへと分化し独自の発展をとげ,さらに学内ネットワークを利用し電子図書閲覧室において展開されたELIOSELへと進化を発展していき,解説付きのバージョンなども生まれ,学生間にも次第に浸透してELIOSの主流・亜流を総称して「エリオス」と通称されるようになったものである。 (システム構成): サーバ Netwearサーバ1台電子図書閲覧室(現在,システム及びデータを保存) クライアント MS-DOS搭載パーソナルコンピュータ8台 鍼灸講義室A MS-DOS搭載パーソナルコンピュータ8台 鍼灸講義室B MS-DOS搭載パーソナルコンピュータ8台 診療所2階臨床医学実習室 MS-DOS搭載ノートパソコン10台 学生寄宿舎を含めて原則的に視覚部内のいずれの場所でも利用可能(学内ネット接続用コネクタ設置場所に限る) MS-DOS搭載パーソナルコンピュータ20台 電子図書閲覧室 (音声ガイド):  現在,斉藤 正夫氏開発のVDM100シリーズ対応,「エリオス」の操作はコンピュータとの対話形式で音声をサポートしている。  現在,出力装置としては富士通製FM-VSlO1音声合成装置接続を前提としている。 (システムの仕組と手順):  システムの中核となる「エリオス」の実行プログラムはintel社製プロセッサi8086.i80286.i80386.i80486及びNEC製V30に対応するよう開発され,電子図書閲覧室のNetwearサーバに格納されている。  またシステムに重要なデータも電子図書閲覧室のNetwearサーバに格納されている。  クライアントとなる各パーソナルコンピュータは,ほぼ同じ条件で設定がなされており,基本ソフトとしてのOSにはMS-DOSを採用し,併せてNetwearのクライアント用ソフトウェア,音声用ドライバ,及び「エリオス」を起動するためのメニューファイルと各種バッチファイルが格納されている。  ユーザはこのクライアントを起動してサーバにアクセスし「エリオス」を起動することになる。  ユーザである学生はこのクライアントになるパーソナルコンピュータを起動し,音声ガイドに頼りながら初期メニュー中の「エリオス」の起動を選択し利用する。  この時点でクライアントのパーソナルコンピュータ上に環境設定されているバッチファイルが起動し,全学ネットワークに自動接続し電子図書閲覧室のサーバ中の「エリオス」専用メニューアプリケーション実行プログラムをクライアントのコンベンショナルメモリ中に展開し,即座に実行を開始する。  実行を開始した「エリオス」専用メニューアプリケーション実行プログラムはユーザである学生の操作を受け付け,学生は目的とする「エリオス」を音声ガイドを頼りに選択し起動をかける。  選択された「エリオス」はユーザ側のクライアントのパーソナルコンピュータのコンベンショナルメモリー上に一部専用メニューアプリケーション実行プログラムを上書きする形で展開し即座に実行を開始する。  実行を開始した「エリオス」本体は,再び全学ネットワークに自動接続し電子図書閲覧室のサーバ中の「エリオス」専用データをクライアントのパーソナルコンピュータのコンベンショナルメモリー上のテンポラリなデータ領域に一時的にロードする。  クライアントのパーソナルコンピュータ上に展開された「エリオス」本体は,あらかじめ起動時に取得したクライアントのマシン情報・日付・時刻を元に乱数を発生させ,この乱数を元に一時的にロードされた「エリオス」専用データをシャッフルし固定のデータ領域をコンベンショナルメモリ中に作成し格納し一時的にロードされた「エリオス」専用データ格納領域を開放する。  この後,クライアント上の「エリオス」本体はユーザーである学生に対し音声ガイド付きで学習を開始し,学生はエリオスと対話的に学習を進めることになる。  学習終了後はクライアント上の「エリオス」本体から学生に対しこれまでの成績とその傾向を提示して終了し,「エリオス」専用メニューアプリケーション実行プログラムへその処理を戻すことになる。  「エリオス」専用メニューアプリケーション実行プログラム内では終了を選択でき,終了選択後は全学ネットワークとの接続を自動切断し,クライアントの初期メニューにその処理を戻すことで「エリオス」全体の使用を終わることになる。 3鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」の特徴 1.学生主体型のシステムである  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」はその開発当初から学生の要望により生まれたもので,特に当時鍼灸学科の2年生(2期生)の方々からの要求仕様を元に開発が進められた経緯を持ち,視覚障害を持つ立場,国家試験を間近に控えた立場からの助言と「エリオス」専用データのデータフォーマットの立案,「エリオス」専用データの打ち込み,「エリオス」本体のデバッグと稼働実験において積極的な協力を得,これと呼応する形で当時から鍼灸学科学生諸子の前向きで積極的な支援を受け,その後3期生,4期生,5期生と様々な指導・鞭燵を受けて改良を重ね現在に至っている。  従って,システム全体を通し,学生が自ら望む理想に近い方向性を持った学生主体のシステムであるといえる。 2.ネットワークを介して利用できるシステムである  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」はその目的別に発展し様々な方向に展開し始めた当初から一般教育の村上 佳久助手の協力を得てネットワーク化に着手し同氏の並々ならぬ努力の結果,電子図書閲覧室にてその実用運用を開始する事ができた。  その後「エリオス」は電子図書閲覧室内にとどまらず,全学ネットワークを利用して鍼灸学科の講義室,学生寄宿舎からも利用が可能となり,ネットワークを介して利用できるシステムへと成長したシステムである。 3.塁字使用者と点字使用者が共通に操作できるシステムである  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」は開発当初からユーザとして本学学生を学生をターゲットとしており,必然的に墨字使用の学生と点字使用の学生がユーザとして存在することを考慮に入れなければならなかった。  「エリオス」はユーザインタフェースとして対話的な音声ガイド使用を前提として開発を進め,入力はキーボードのみに限定し,出力はディスプレイでは黒画面に白文字出力を基本原則とし,音声出力を考慮して画面の一部書き換え式の画面更新をいっさい行わず,画面の全描画を持って画面更新を行う方式を採用すると共に,音声出力に対応するよう一部の画面制御にはBIOSの直接制御を行い不正な音声出力を防止し,文字コード出力にはファンクションコールを使用することですべての必要情報のみを音声化するように配慮して開発された墨字使用者と点字使用者が共通に操作できるシステムである。 4.小さなシステムである  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」はその開発当初から「いつでも」「どこでも」「だれでも」を求めて開発を行ってきた。 「いつでも」を実現するためには,欲したときに即座に利用できる環境を整えなければならず,「どこでも」を実現するためにはネットワークに対応するばかりでなく,学生が個人所有しているネットワークと独立したパーソナルコンピュータ上でも稼働しなければならず,「だれでも」を実現するためには視力のある者だけでなく,全く視力のない学生でも利用できるよう音声対応にしなければならなかった。  これらをすべて満たすためにはメモリの制限を受けない様に,より小さなシステムにしなければならず,機能は減らすことなく,実行プログラムのメモリ使用サイズは小さくする事を目的とし,「1バイトでも小さく」を目標に開発が進められ,使用メモリ31kを実現した非常に小さなシステムである。 4鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」の実践応用と問題点  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」は1994年の最初のリリースから1996年末の現在に至るまで約2年にわたり常に最新バージョンを学生に提供し,実践応用を続けてきた。  初期バージョン提供当時の人気は高く大いに学生に利用されていたが,その後の使用頻度は3学期に集中する傾向が見られ,国家試験の間際になって始めて利用するという学生が増加している感が否めない。  残念ながら現在のバージョンでは誰がいつどれぐらい使用したかを統計的に調査するためのアカウント機能を有していないため統計処理による使用頻度を明らかにすることは困難であるが,学生の動向を観察すると年々使用率は下がってきている感触を受けている。  このアカウント機能を現在の「エリオス」に付加することはさほど困難なことではないが,これを行った場合,学生から見れば学習を教官側に観察されているという意識が生まれ,本来「エリオス」の持っている重要な特徴である「学生主体型のシステム」が崩れてしまう恐れもあり苦慮するところである。  また,1995年マイクロソフト社から発売されたOSであるWindows95の人気は高く,学生間でも比較的視力のある学生には多く受け入れられており,現在のところ「エリオス」はこのWindows95に対応していないため,やや古いシステムの感が否めないためか学生の人気は1996年に入ってから転落し続けているように感じられる。  一部,教官サイドからはデータシャッフルの方法に改善を求められており,データのユニットだけでなく,ユニット内の各項目もシャッフルしてほしい旨の要求があり,これも非常に理にかなった要求で,現状のバージョンでは大きな問題点である。 5鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」の今後の発展と将来構想  鍼灸国家試験対策用CAI「エリオス」は上記4の様なさまざまな問題点を抱えており,解決をはかるとともに,更なる発展を遂げなければならないと考えている。 1.統合と分散  まず,さまざまに分化発展してしまった「エリオス」の主流・亜流を一時統合し,さまざまに分化することによりおのおので追加された特殊機能をすべて寄せ集めそれらを包含した統一バージョンの「エリオス」を開発する。  次にその統一版の「エリオス」に各用途別の機能を付加した特殊バージョンを作成し分散させることによりさまざまなニーズに答えるように展開していくことが現実的であると考える。  具体的には次の様なものを用意する必要がある。 1-1スタンドアロンバージョン  ネットワークに接続しないで使用できるもので,学生が個人所有しているパーソナルコンピュータ上で稼動し,システムもデータも1台のパソコン内に収めて稼動するタイプのバージョンで具体的にはフロッピーディスクを貸し出す形で提供することになると考えられる。 1-2全学ネットワークバージョン  全学ネットワークのみで提供きれ,学生は全学ネットを用いて利用できるバージョンで,特にユーザアカウントを必要としないバージョン 1-3学科内ネットワークバージョン  全学ネットは利用するもののシステム本体は鍼灸学科内の鍼灸学科サーバに置き,インターネットを介して学外からも利用可能なバージョンで,厳密なユーザアカウントを行うとともに成績を一元管理して教官サイドから学生個人の得手不得手を分析できるバージョン 1-4データリンクバージョン  現在鍼灸学科で開発が進められている「セレーネ」(音声対応全文検索エンジン)と機能結合することにより,電子化されたざまざまな参考資料や教科書,電子図書,辞書とデータのリンクを行い,疑問の個所で疑問の内容をすぐさま調べながら学習を進められるバージョン 1-5学内試験バージョン  厳密なデータ保護のもと,各科目の定期考査(期末試験や小テスト)の実施を紙ではなく「エリオス」を用いて行うバージョンで,墨字使用の学生と点字使用の学生との間のハンディキャップを埋め,より公平で平等な試験を行うためのバージョンージョンで,実施には各方面の諸先生方々,学生諸氏の深いご理解とご協力が必要である。 2.OSの検討  現在主流となってきつつあるOSであるWindows95に対応したバージョンの作成が必要であると考える。  また,ネットワークを利用するバージョンにおいては現在のNetwearのみにとどまらず,新しいテクノロジーのOSにも対応したバージョンの開発も見つめていく必要があると考える。 3.他学科への対応  今後とも他学科からの利用要求があるならば各学科のニーズに合わせたバージョンを展開していく必要があると考えている。