ボランティアを導入した手技臨床実習の1995年度の動向について 筑波技術短期大学鍼灸学科 形井 秀一,小林 聰,坂井 友実,野口 栄太郎,宮村 健二,森 英俊,森山 朝正,上田 正一,西條 一止 要旨:1995年度から,ボランティアの協力を得て,実習室で手技の臨床実習を実施している。1996年度に登録したボランティアの総数は338名(女性226名,男性112名)で,平均年齢は45.4歳(女性44.6歳,男性47.2歳)であった。年齢分布では,20歳代から60歳代まで,各年代毎に50名以上が来ていたが,特に40歳代が多く,男女別では,女性は40歳代,男性は60歳代が多かった。募集を始めた95年度の最初の二ヶ月間(5~6月)に68%が登録を済ませた。職業は,主婦や,本学関係者,無職,学生,パートなどが60%以上を占め,施術を受けやすい環境にある人が多く登録する傾向にあった。さらに,居住地も,往復の時間と施術時間が合計2時間以内の人が95%で,これもボランティアになりやすさの条件の一つと考えられる。主訴は,肩こりや軽症の腰痛などが多く,また,主訴のない人も40%近く見られ,疾患の治療を希望していると言うより,健康維持や気持ちよさを目的に登録している人が多いと考えられる。 キーワード;手技臨床実習,ボランティア,疫学調査 I.はじめに  これまで,本学鍼灸学科が実施する臨床実習について毎年報告してきた1)-3)が,昨年度からあん摩・マッサージ・指圧(以下,手技)に関する実習の内容を大きく変更して,新たに学内の実習室でボランティアに協力をお願いした形の実習を開始した。これは,本学附属診療所鍼灸施術所で行っている鍼灸を中心とした外来実習に対して「実習室実習」と呼んでいる。  今回は,1995年度の実習室実習の動向,特にボランティアについて報告する。 Ⅱ.実習室実習について 1)実習室実習導入の理由  実習室実習はボランティアにあん摩を中心とした手技を行う実習である。  実習室実習導入に関しては,旧来の実習の問題点と改善のための新しい実習のあり方,およびその導入について,1996年度のテクノレポートで報告した。  1994年度までの手技の臨床実習は,1年次,および2年次の夏期の1週間,伊豆の土肥で,土肥町住民を対象に実施していた。  その問題点を昨年のレポートから引用すると,「集中講義形式の実習形態の問題点は,継続的な実習が出来ないということにあった。つまり,1年次と2年次に1回ずつの1週間の集中実習を行うだけでは,1年次と2年次の間に手技を学習する授業がないため,1年次に習得した技術レベルを持続できず,さらに,2年生の3学期から行われる附属診療所の総合臨床実習に手技臨床実習の成果を繋げられる様な技術の連続性も生まれ難かった。  そのため,手技を自分の卒後の仕事にしたいと考える学生には,別に手技実習の機会が必要となり,また,鍼灸実習を2年次の3学期から学ぶためにも,手技臨床実習で多くの患者に接し,触診のために必要な手(の感覚や技術)を作ることが必要であるが,それが十分ではなかった。」ことであった。  それらの問題点を改善した新しい実習方法の柱は,附属診療所での外来実習とは異なり,①学内の実習室で,②毎週実習を行う。そのためには,③施術料無料のボランティアを導入することであった。 2)実習室実習のカリキュラム  実習室実習は,1年生の1学期に手技の基礎とその実技を学んだ上で,2学期から始まる。2学期には2年生と交代で一週置きに週1回3時間手技実習を行うが,3学期には毎週になり,2年生の1学期までそれが続く。そして,2年生の2学期になって,1年生と隔週で週1回の実習となる。さらに,3年次には,年間を通して,毎週1回実習室実習を行う。単位数は,1.2年次は1単位,3年次は2単位で,3年間で実習室実習の総単位数は4単位となる。学生は,1.2年次には,一人年間平均16.5名,3年次にはその倍の33名を施術し,3年間で合計66名のボランティアの施術をする(表1)。 表1 年次別「実習室実習」のカリキュラム Ⅲ.1995年度のボランティアについて 1)総数・男女・年齢  1995年度に登録されたボランティアは,女性226名(66.9%),男性112名(33.1%)の計338名で,女性は男性のほぼ2倍であった。  この総数338名は,予定していたボランティアの数に充分であったが,登録者が多過ぎて,次の順番が回ってくるまで1~2カ月以上の期間が必要であるといった事態を招いた。  年齢は18歳~78歳,平均45.4歳(女'性44.6歳,男性47.2歳)であった。  年齢分布は,40歳代が71名と最も多く,次いで,60歳代の60名が続き,20歳代~50歳代はいずれも50名以上であった。男女別で見ると,女性は40歳代が多く,男性は60歳代が多かった(図1)。この年齢分布を一般的な鍼灸治療院と同じ傾向にある本学診療所の新`患の年齢分布(図2)でみると,40歳代をピークに50歳代と60歳代が多く,20歳代と30歳代が少ない。ボランティアは20歳代および30歳代が比較的多いという点で,一般の治療院の傾向とは異なっている。 2)初診月  ボランティアの募集は,本学鍼灸学科が93年から毎年開催している公開講座の参加者約600名を対象に行ったダイレクトメールと,近隣の3つの大学にお願いしたボランティア募集の掲示により行った。  ボランティアの初診の月は,95年の5月(115名)と6月(121名)の2カ月間に全体の68%が集中し,その後も,毎月,15名前後が初診で訪れた。9月以降は,主に,口コミで知って,希望した人たちであった(図3)。 3)職業  ボランティアを職業別に見ると,主婦100名(29.6%),公務員44名(13.0%),本学関係者43名(12.7%),会社員26名(7.7%),学生25名(7.4%),無職14名(4.1%),などで,以下,看護婦12名,パート10名,農業10名,教員7名,自営業6名などが続いている(図4)。なお,「主婦」100名のうち17名は申込用紙には「無職」となっていたが,女性で無職ということで主婦と判断し,「主婦」に加えた。  上位10位以内の職業のうち,比較的時間が自由になりやすかったり,仕事時間との調整がつきやすい主婦,本学関係者,無職,学生,看護婦,およびパート等が合計204名(60.4%)おり,実習室実習を支えてくれる貴重な力になっている。  さらに,職業と男女別の年齢分布で協力ボランティアの傾向を検討すると,男性で最も多かった60歳代はほとんどが無職であった。一方,女性の職業別で多数を占めた主婦は,50歳代と60歳代が中心であり,年齢分布で一番多かった40歳代は主婦のみならず職業を持っている人も多かった。これは,男性の場合,時間が自由になりやすい退職した人が登録しているのに対し,女性は,40歳代では何らかの仕事を有している人が多く,仕事の都合がつきやすい職種や地位に居る人が多い結果であることを示していることが予測される。また,女性の場合,手技の快適さを男性以上に認識していて,積極的に施術を受けたいと時間を調節していることも考えられる。  これらの傾向は,つくば市及びその周辺の地域の住民の東洋医学受療の意識やその条件に何らかの年代的傾向があることを示している可能性もある。だが,今回の調査では詳細は不明で,今後の検討に委ねるべきであろう(図5)。  なお,昨年も述べたが,予約していたボランティアが急な用事で来れなくなったとき,その代替えとして,本学の教職員に忙しい仕事の合間を縫って被施術者になってもらうようお願いしている。学生が毎回予定の施術数をこなすことが出来ているのは,本学関係者の力強い協力があるからである。 4)居住地  ところで,ボランティアの多くは,車で来学するが,一部は,路線バスも利用している。ボランティアの居住地を見ると,つくば市在住のものが177名(52.4%),土浦市が38名(11.2%),つくば市・土浦市を除く茨城が64名(18.9%)であった。また,本学関係者(13.0%)を含め,車で30分前後で来学できる人は95%近くになる。これは,車で来学(往復1時間以内)して施術を受ける(約1時間)ために必要な時間が全体で2時間以内である近隣在住の人がボランティアの大半であることを意味している。  ただし,仕事先の所在地を今回は検討していないので,来所までにかかる正確な時間は不明である。居住地が遠くても,大学に極近い距離に職場があり,そこから通ってきている人も少なからずいる可能性は否定できない(図6)。 5)主訴について  ボランティアが抱える主訴を見ると,肩こりが131名(38.8%)で最も多く,次いで主訴なし128名(37.9%),腰痛81名(24.0%)となっており,以下,肩痛20名(5.9%),膝痛14名(4.1%),などが続く(図7)。  今回のボランティアの主訴上位4位までは,順位の違いはあったが,鍼灸治療を行っている一般の治療院の患者の主訴の上位4位までと同じであった。  例えば,筑波技術短期大学附属診療所の鍼灸外来の患者では,腰背痛418名(25.4%)が主訴別分類の1位を占め,次いで,頚肩こり189名(11.5%),膝痛104名(6.3%),肩痛94名(5.7%)となっている(図8)。  このように,実習室実習のボランティアの主訴の順位と一般の治療院の主訴の順位に違いが見られるのは,治療目的で来所している本学附属診療所や鍼灸治療院の患者と,慰安や健康維持の目的で受療するポタンティアの違いであろう。そのことは,主訴なしが40%近くいることからも言える。  さらに,実習室実習と診療所鍼灸外来の両方を担当している立場から判断して,実習室実習のボランティアの腰痛や肩痛,膝痛の程度は,治療対象となると言うよりも,痛みがあるとボランティアが表現する部が,重かったり,日常生活の上では多少動きに支障がある程度の軽いものである。  すなわち,ボランティアの多くは,本来の意味の治療を受ける必要のない状態であって,体調の悪さの改善やより快適な心身の状態を維持したいという目的で来られているということである。  ただし,実習室実習のボランティアの中で,もし定期的な治療を鍼灸などで行う必要があれば,授業担当教官はその旨をボランティアに話し,納得が得られれば附属診療所の鍼灸外来の受診を勧めている。また逆に,鍼灸外来を受診していた人で,治療は一応終了したがあん摩を続けることが体調維持に効果的であると判断された場合は,患者が希望すれば実習室実習の施術を受けることはできる。 図2 筑波技術短期大学附属診療所の鍼灸外来患者の性別.年齢分布(筑波技術短期大学鍼灸学科鍼灸科学教室発行『経済医術を科学の目で』1994年より引用) 図1’95年度ボランティア年齢分布 図3’95年度ボランティア初診月 図4’95年度ボランティア職業 図5’95年度ボランティア職業別年齢分布 図6’95年度ボランティア居住地 図7’95年度ボランティア主訴 図8 筑波技術短期大学附属診療所の鍼灸外来患者の主訴分類(筑波技術短期大学鍼灸学科鍼灸科学教室発行『経験医術を科学の目で』1994年より引用) Ⅳ.まとめ  1995年度より導入した「実習室実習(実習室内でボランティアに実践的に手技を行う実習)」の初年度(95年度)の実績をまとめた。 ①ボランティア登録総数338名(男女比=112:226)。平均年齢45.4歳で,40歳代と60歳代が多かった。 ②338名中236名(69.8%)が最初の2カ月間に登録した。 ③主婦や本学関係者,無職,学生,パートなど,ボランティアとして被施術者になるために比較的楽な条件の仕事などをしている人が60%を占めていた。 ④車で30分以内の近隣に在住する人が95%近くであった。 ⑤主訴は,肩こりや軽症の腰痛などが多く,また,主訴の訴えがない人も40%近く見られた。 謝辞  本論文をまとめるにあたっては,本学鍼灸学科短期雇用の和田 恒彦,澤田 裕美子,松本 毅の3君に,資料の整理など多大なるご協力を頂いた。ここに謝意を表します。 引用文献 1)坂井 友実:筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方について,テクノレポート,VOL1,153-156,1994. 2)西條 一止:鍼灸学科の鍼灸臨床実習のあり方,テクノレポート,VOL2,167-168,1995. 3)形井 秀一,宮村 健二,小林 聰,野口 栄太郎:ボランティアを導入した按摩・マッサージ・指圧実習について,テクノレポート,VOL3,83-86,1996.