視覚障害者の英語学力と読速度-現状分析を中心とした問題提起- 視覚部一般教育等 青木 和子 要旨:日本人英語学習者の持つ大きな問題の一つは「読みの遅さ」である。これは「読解力」の低さ,ひいては英語学力の低さにも強く結びつく問題として捉えられている。視覚障害者の場合,さらに点字や拡大文字を使用することによる特有の問題が加わる。しかしその実態は今まで明らかにされてはいない。本学学生の英語読速度と学力とを現状分析した結果,両者の関連はかなり高いことが明らかになった。 キーワード:視覚障害,点字,拡大文字,英語教育,読速度 1問題提起 1.1視覚障害者(全盲,弱視者)は「読み」に大きな問題をもっている。適当な読書材料が充分に提供されていないという環境の問題がある一方,その障害の本質に関わる問題として晴眼者に比べ極端に「読む速度が遅い」という点をあげざるをえない。そのため一般に視覚障害者の読書経験はかなり限られたものになっている。 しかしここに興味深い調査結果がある。K. Fellenius(1996)によると,1988年から1991年にかけてスエーデンの25人の視覚障害の学生の読書能力を調査したところ,visual acuity(視力),reading media(点字,拡大文字などの読書材),optical aids(オプチスコープやルーペなど)や読むときの目の近さなどが読書能力に及ぼす影響は明確にはみられず,good readers(すぐれた読み手)は,IQテストの言語能力で高得点を得たもの,そして読むことに強い興味をもっているものであった。これを教育的立場で捉えるなら,視覚障害による様々な困難を補償機器等によって,あるいはある種のトレーニングによって克服するための指導より基本的な言語能力,読書能力を伸ばす指導が重要であるということになる。  視覚障害者の「読み」に関する研究は数多くある。日本における代表的なものは,佐藤(1984)による視覚障害児の読書速度に関する研究,岡田(1979)による弱視児の「読み」に関する研究がある。欧米,特にアメリカでは過去90年間活発にbraille readingに関する研究が行われてきた(M. Knowlton,R. Wetzel,1996)。また弱視児の読みに関する研究も盛んに行われている。それらの研究の中心にあるのは読速度の問題である。障害者の統合教育が進む中で,一般の学校で視覚障害者が学習する上で直面する最も大きな問題は課題となる読書量をいかにこなすかにある,という観点から「読速度」を上げることが重要なテーマとなったという背景が考えられる。 しかしながら,これらの研究はすべて母国語についての「読み」の研究であり,外国語としての英語の読みに関する研究はほとんどない。 1.2外国語としての英語を学習する上で視覚障害はどのような影響を及ぼすであろうか。限られた教材,読みの遅さなどは母国語学習の際の問題と共通であるが,辞書の使用の制限による自主学習の困難さ,点字使用者は英語点字(1級,2級)の学習なども加わり,障害は二重,三重になっていく。このような状況ではよほど能力の高いものか,特に英語に強い興味をもつもの以外は英語学習を苦痛に感じているとしても不思議ではないであろう。一般に視覚障害者は音に敏感であり,その点で外国語学習,特に音声を中心とした語学学習に向いていると考えられている。しかし,音声にのみ依存する学習は学習者が自分のペースでの内省的な学習が充分できないために文法力,語彙力はもとより背景知識やテキストの構成の理解まで要求きれる「読解力」の養成には大きな問題をもつ。この「読解力」という基礎が築かれないままの語学学習は非常に不安定であり,ある程度以上の伸び,たとえばその言語による思考力,それに裏付けられたまとまりのある文章を書く能力への発展を望むことは難しい。いかに効果的な「読み」の学習を行うかが英語学習の重要なポイントとなる。 1.3「読解力と読速度」  一般的な「読み」の定義は心理学,社会学,生理学などの見方も加わり,非常に複雑である。また,学習過程にある外国語を「読む」という活動は母国語の「読み」とは異なる様々な要素が加わる。谷口(1992)によると「英語を読む」という行為は二つに分けられる。一つは音読(reading aloud)であり,もう一つは読解(reading comprehension)である。音読は内容理解に大いに関係するが,これは聴衆である他人があっての活動である。一方読解は読み手自身の内的な活動である。訳読中心の英語教育に対する批判の一つとして余りに正確な読みとりを要求するため極端に読速度が遅くなり,これがテキスト全体の読解を妨げる結果になるという指摘がある。このような背景から日本における「英語の読み」の研究においても読速度をその評価の指標とするものが多くなっている。しかしながら,日本人学習者の英語読速度を習熟度別に概括できるほどのデータはまだない。谷口(1992)によると1分間に150語程度が日本の高校2,3年生の目標になるであろうと述べている。現実的には大学レベルにおいても100語に満たない学生が多いと言われている。平均的なアメリカ人の読速度についても諸説があるが,Fry(1982)は普通の大人では易しい読み物であれば250~500語と言っている。 1.4英語を母国語とする視覚障害者の読速度  Lorimer(1990)によると,点字使用者は非常に優れた読み手であっても黙読(silent reading)の速度においては晴眼者の速度に達することは極めて困難であり,平均的な読みの速度は1分間に100語程度である。また,Mangold(1982)による視覚障害者受け入れるにあたっての教師むけの総合ガイドブックでは,一般高校生の読速度は平均1分間170-200語であるのに対し拡大文字のテキストや拡大鏡を利用する強度の弱視学生や点字使用学生の読速度はおそらく半分以下であろうと述べている。このギャップを少しでも埋めるために本書では録音教科書等の使用を勧めている。実際にアメリカではRFB&D(Recording for the Blindand Dyslexic)という非営利団体がこのような学生の要望に応じて録音教科書を幅広く提供している。また,Kerzweil(盲人読書機)の活用や合成音声装置を備えたコンピューターの利用も盛んに行われている。一方このことが学生の活字離れ,特に点字離れを生んでいるひとつの要因となっているとの指摘もある。Ryles(1996)は先天性の盲(強度弱視も含む法的にblindと認められている)の成人を対象に,主たる読書材として点字を使用している看,プリントを利用している者について調査し,前者のほうが教育レベル及び雇用率ともに高く,経済的にも自立し,読書に費やす時間が長いと述べている。これは基本的な「読む」能力が視覚障害者の社会的自立に大きな影響を及ぼすということを示していて興味深い。 1.5研究課題  視覚障害者の「読み」という観点と英語教育における「読みの指導」というふたつの観点から以下の2点を研究課題と設定した。 1視覚障害はどの程度英語読速度に影響をを及ぼすか,また,英語学力と読速度には相関があるか。 2視覚障害者が英語読速度をあげる効果的な方法はなにか。 2現状分析 2.1本学学生の視覚障害の状態と読書材  本学に入学してくる学生は全員が矯正視力0.3以下であるがその視覚障害の状態は様々であり,また教育的背景も大きく異なっている。読書材についても多様な要求があり,現在筆者が英語読解の授業で用意している教材は墨字が4種類,点字が2種類と計6種類である。墨字使用者にはさらにテキストをルーペやオプチスコープなどの文字拡大装置を使用する者もいる。墨字使用者と点字使用者の割合は年度によって大きく異なるが,平均的には約前者3に対し後者1となっている。 2.2英語学力と読速度  本学学生の教育的背景は4年生の大学を卒業している者,留学経験のある者,一般高校卒業生,盲学校卒業生など多様であり,当然のことながら英語学力の点ではレベルの差が著しい。しかし,非常に高いレベルの学生はほんの一握りであり大半は英語学習に多くの困難を抱えているというのが実状である。特に目立つことはやはり「読み」の遅苔である。今回は研究課題の1に沿って英語読速度と学力の関係を本学学生の1年入学時の調査をまとめることによって検討する。 2.3調査方法と結果 2.3.1英語学力  英語Iの受講者(1年生)全員に対し4月当初に実力試験を実施した。試験は英検平成6年度第1回の準2級問題を使用した。(リスニング問題中の絵を使用する部分はカット,また回答時間は英検の視覚障害者特別枠に準じ,通常の1.5倍とした。)テスト結果は総得点110点(筆記80点,リスニング30点)を以下の要領で上位,中位,下位の3グループに分類した。 A上位グループ80~110 B中位グループ40~79 C下位グループ39以下