平成7年度視覚部における学生の授業評価実施報告 教務委員会視覚部分科会 森山 朝正・宮川 正弘・小池 勝明・加藤 宏・大武 信之 要旨:筑波技術短期大学視覚部では自己点検・自己評価の一環として「学生による授業評価」を平成7年度2.3学期に実施した。ここでは実施までの経緯と実施率,実施後の教官および学生の意見,今後の展望等について述べる。 1.授業評価そして大学改革,それはどこから来たか。  政府の高等教育政策の諮問機関である大学審議会は平成3(1991)年2月に,大学設置基準等の大綱化・簡素化についての答申を行った。文部省がこれを受けて一般教育,外国語,保健体育,専門教育という科目区分,それぞれに必要な単位数の規程を廃止するなどの基準の大幅な弾力化を打ち出したのは同年6月であった。  しかし,先の審議会答申には同時に自己点検・評価システムの導入が提言されており,文部省の基準改正にも各大学等における自己点検・評価の努力義務規程が設けられた。その主旨を要約すれば,基準を弾力化し,研究教育システムの構築を各大学の裁量に任せるかわり,大学はつねに自らを点検・評価せよということになろう。  本学においても,大学設置基準の改正を受けて学則改正が行われ,平成4年度から学則第1条の2として自己評価の項目がつけ加えられた。また,常置委員会として自己点検・自己評価委員会および各部の分科会が設置された。  昭和40年代に吹き荒れた大学紛争,そしてそれ以降もさまざな形で指摘きれてきた大学と社会をめぐる構造的問題が大学の自己点検・評価そして改革という形で一気に動き出したのである(表1;文部時評1994,清水1996)。しかし,この動きも数年を経て,見直し期にきしかかりつつあるらしい(東海教育研究所,1996;現代の高等教育No.365,368)。大学の「自己評価ブーム」(天野,1993)を反省し,改革の本質に立ち返るべきという声が早くもあがっている。 表1 自己点検・評価の実施状況(清水1996より) 表2 各大学はどのよう事項を点検・評価の対象としているか(東海教育研究所,1995より) 2.視覚部における「学生による授業評価」実施に至るまでの経過と検討内容 2.1授業評価以外の教育に関する点検・評価と平成6年度の検討事項  現在多くの大学では,教育点検評価活動として,「カリキュラムの見直し」,「シラバス作成」,「学生による授業評価(Student Evaluation of Lecturing)」(図1)などが取り入れられつつあるが,大学の教育に関する自己点検項目はこの3項に留まらない(表2)。視覚部においては,「カリキュラム改訂」は開学以来何度か行われ,「シラバス」に相当する詳しい授業概要の学生への配布も平成8年度から開始した。本論の主題である「授業評価」についても平成7年度の実施までには1年以上の審議期間をあてて検討したものである。(視覚部)なお,付け加えるならば科目等履修生制度や社会人入試の導入などもこの間に行われた本学における教育の改革である。  教務委員会視覚部分科会(以下視覚部分科会)が学生による授業評価の検討に入ったのは平成6年度10月である。授業評価を平成7年度中に実施することを視覚部点検・評価委員会から委託されたのである。これを受け,視覚部分科会では6年度中に授業評価の意義,そのメリット・デメリットなどを検討した。さらに,3年計画で段階的に実施することなどが話し合われた。このことは平成7年度の第1回視覚部運営委員会で公表された。  7年度には,当該年度中の実施を前提に,実施の対象と範囲,具体的な実施目的,質問項目の絞り込み等について月2回の視覚部分科会を開催し,検討を開始した。 以下に7年度の検討事項の概略を述べる。 2.2平成7年度の検討事項 2.2.1年次計画  平成7年度を初年度とし,3年の年次計画で実施することを確認した。これには授業評価後の結果の公表については各教官から賛同が得られるよう慎重に時間をかけて行うべきであるという意見から,1年次は実施した教官が自分でその評価を受け止め,2年次,3年次と評価結果の公表についての意見が煮詰まったところで公表するという段階的な手順を踏むことの配慮も含まれている。また,当然のことではあるが,3年次以降についても大学の自己評価の観点から継続的に行うことが望ましいとした。 2.2.2実施単位  これは本学の教育組織の構成上,学科ごとに大きな特徴があり,各学科の授業科目にそれぞれ特徴を持つので,授業評価も「学科」を単位として実施することが望ましいとなった。 2.2.3評価項目  他大学の実施状況を見ても教育の内容まで踏み込んで評価を受ける例は少ないこともあり,また,授業評価でなく教官の評価になるのではないかとの懸念を持つ教官もいることを予想し,「教育方法」に関する評価項目を中心に質問紙を作成することとした。  さらに,本学の特性として,少人数教育や障害補償機器の使用など独自の教育方法についての質問内容を盛り込むべきことを確認した。また,学科の特色を出すための個別の項目を盛り込みたいという要望については,自由記述欄を設けることで対応することにした。 2.3.調査目的の規定  以上のことを踏まえ,視覚部分科会としての原案を作成していく方法として,他大学の実施例を参考とし本学の教育の特性を加味しながら具体的な質問事項を絞り込んで行く作業に入った。  5月中の視覚部分科会では,他大学での学生による授業評価例を資料に意見が交換され,以下のような骨子が決定された。 ・質問項目だてについては本学の特徴(少人数教育,職業人の育成を目的とした教育,障害者を対象とした教育)に配慮した項目とする。 ・授業評価を実施することによって,教官のみならず学生自身の授業に対する自覚を促すような質問項目も必要である。 ・他大学の例から,大きな項目だてとしては3~4項目,質問数は20問くらいが適当である。回答形式は5件法とする  6月の視覚部分科会で最終的に決定された授業評価の目的と質問項目案は, 「目的」  本学の建学の理念,「障害者を対象とした職業教育に関する教育研究を行い,幅広い教養と専門的な技術とを有する職業人を育成し,社会自立を促進する。」を遂行するため,また,本学の将来構想に向けての資料を供することを目的として,学生による授業評価を行う。 「項目」 (1)授業の障害補償への配慮-本学の特質を考慮して (2)職業技術教育への達成度-国家試験等を考慮して (3)学問や研究に対する動機付けの確認-大学生としての学生の啓発を図るため (4)学生の授業参加への自己評価,授業の満足度・要望となった。  上記視覚部分科会案を7月の視覚部運営委員会及び視覚部教官会議に提出し,審議の結果,視覚部分科会案により2学期末に学生による授業評価を実施することが承認された。具体的な質問項目については,視覚部分科会の夏休みの宿題となった。 図1 学生による授業評価の実施状況(文部省高等教育局,1996) 3.「学生による授業評価」の実施 3.1調査表の確定と調査の実施  9月に入り加藤委員から提出された案をもとに,視覚部分科会で検討を重ね,最終案としての調査票(資料1)が視覚部教官会議で承認された。  2学期又は3学期終了時(両学期の実施も可)に各教官(非常勤講師は除く)が担当授業科目から1科目以上実施することとした。また,実施した授業科目名のみを記録し,結果については7年度実施分については公表しないこととした。 資料1 学生による授業評価に関する調査表(平成7年度版) 3.2調査実施率  平成7年度の視覚部における授業評価の実施状況は以下のとおりであった。 表3平成7年度学生による授業評価実施科目数 ・一般教育等 18科目 (開設授業科目の32.1%) ・鍼灸学科 19科目 (開設授業科目の38.8%) ・理学療法学科15科目 (開設授業科目の31.9%) ・情報処理学科12科目 (開設授業科目の27.3%) (合計) 64科目 (開設授業科目の31.2%)  上記は教官が授業評価票を教務係から受領する際に申告した科目数に基づいている。個々の教官が調査票を増刷して未申告科目で実施した場合や,反対に申告したが実施しなかった場合があったとしても,これついては一切把握していない。  全専任教官は1科目以上の調査を実施するという視覚部教官会議の決議は,教官1人あたりの担当科目数を考慮に入れても,ほぼ実行きれたと見てよいであろう。  また,平成7年度末には視覚部長名により視覚部教官全員を対象に「『平成7年度学生による授業評価』に関するアンケートについて」という自由記述形式の無記名調査が実施された。これには11名の教官から様々な意見が寄せられ,平成8年度実施に向けての検討資料として視覚部分科会にも提供されている。 3.3.1実施後のアンケート(教官)  視覚部分科会では7年度調査の反省と8年度の調査計画を策定するために平成8年6月に全教官と2.3年次生(前年度調査経験者)を対象にアンケート調査を行った。これは上記の視覚部長によるアンケートとは別に実施されたものである。  教官からは18名の回答が得られ,主な意見は以下の通りである。 <7年度調査について> ・現状のままでよい。 ・有意義であった。年次を重ねて実施・分析すべきである。 ・無記名であっても,少数授業のため個人が特定できてしまい,そのことが学生への圧力となっているのではないか。 ・独自に質問項目を設定し実施した。 ・一般教育に関すると思われる質問項目等,学生は答えにくい項目があるのではないか。 ・問題点が明確になるような質問項目を設定すべきである。 ・実施方法に,より細かい指示を出して欲しい。 ・授業時間中に回答しきれない学生がいた。 <8年度調査に向けて> 結果の公表について 賛成意見 ・全部のデータを公開してよい。 ・公開しなければ,授業の質の向上には貢献しないであろうから公開すべき。 ・数値的なものは公開してよい。 ・部内の教官はお互いの評価点を知ることができることが望ましいので公開すべき。 ・教官名や授業科目名を特定できない形で公開する。 ・学内向けの公開と学外向けの公開の段階をつけたらどうか。 反対意見 ・未だ公開する段階ではない。 ・学科内でデータをもとに話し合えばよい。 ・公開することと,当初の調査目的の関係が不明確なので公開すべきでない。 ・調査項目の中には公開性になじむものとなじまない項目があるのではないか(教官の努力によって,向上が期待できるものとできないもの)。 ・教官個人への批判は公開する訳にはいかない。 結果の集計について ・平均値だけでなくばらつき尺度やヒストグラムなどの結果も教えて欲しい。 ・質問を内容別にグループに分け平均値を求めるのであれば意味があるが,全項目の平均値を求めても意味がない。 ・学科別集計,授業形態別集計,クロス集計などの集計結果も知りたい。 8年度の調査の実施方法について ・基本的に7年度と同じでよい。 ・1-2名の授業では実施の必要なし。 ・障害補償という観点から具体的問題点が明らかになるような設問を設けるべき。 ・調査実施者は授業担当教官以外の者がなるべきではないか。 その他 ・学生に公開性・調査の是非について問いかけるのはおかしい。 ・「実施一公表一フィードバック」の流れの全体システムを確立すべき。 ・非常勤についても実施・公開すべき。 ・集計方法も教務委員で決めて欲しい。 ・評価結果をもとにファカルティ・ディベロップメントのための研修会等を行うべき。 3.3.2実施後のアンケート(学生)  学生から寄せられた意見については以下に学科別にまとめる。 〔鍼灸学科学生〕 内容 件数 ・続けていくべきである。 3 ・学生が教官や授業に関して評価できるのはよいことである。 1 ・学生の本当の気持ちが書けてよい。 1 ・無記名がよい。 1 ・自分たちの評価を教官が参考にしてくれるか不安だ 1 ・お互いに評価し改善し合えれば一番よい。 1 ・実施して授業に変化があったのかわからない。 1 ・授業評価をしても教官の授業の進め方は変わらないと思う。 1 ・全科目に対して評価したい。 1 ・最終評価のみでは現在授業を受けている学生には反映されないので,中間評価も設けて欲しい。 1 ・自分の授業に対する取り組み方を考え直すことができた。 1 合計 13 〔理学療法学科学生〕 内容件数 ・担当教官が行うのでは本心が書けない。 4 ・評価そのものは良いが今後の授業に生かされるか疑問だ。 3 ・この評価は色々な意味で有意義である。 5 ・全体の把握はできるが漠然としている。(具体的な質問を,例 視覚障害への配慮→黒板の字) 1 ・この評価で何が分かるのか。(意図・目的不明) 2 ・少人数の授業評価にどの程度意味があるのか。 1 ・この評価の前後で学生・教官とも改善があったとは思えない。 1 ・知識・熱意・スピード等の項目は適当だった。 1 ・講義の形式についての質問が欲しい。(教科丸読みがあった。) 1 ・自由記載式と選択式の併用はよい。(選択式にはコメントできるようにしてほしい) 1 ・授業内容は教官の個性で左右されるので評価方法に工夫を要する。 1 ・知識は十分であったかの質問は,教官が知識を生かしているかどうかわからないので不適当である。 1 ・授業概要どおりに進められているかどうか資料がないので分からない。 1 合計 23 〔情報処理学科学生〕 内容 ・継続してやってもらいたい。 6 ・理由として担当者にフィードバックされ,授業の質が高まるからと理由をつけたもの。 3 ・出された意見に積極的に対処し,授業に反映して欲しい。 5 ・結果に対する対処が学生にわかるとよい。 1 ・意見を書いても取り入れられていない。 2 ・匿名の趣旨が守られなかったので困る。 2 ・評価結果を各教官の評価として使うには慎重にすべきである。 1 ・5段階で評価するのは難しい。 1 ・現在のやり方では授業以外のこと(カリキュラムなど)についての意見が出にくいので,やり方を改良して欲しい。 1 ・(本年度も)昨年と同じでよい。 1 ・全科目でやって欲しい。 1 ・やってもやらなくてもよい。 1 ・学期ごとにやって欲しい。 1 合計 26 ※回答件数はのべ回答。 4.今後の展望と問題点  視覚部において平成7年度に実施された学生による授業評価は,はじめての試みとしては概ね成功したといえるであろう。教官,学生双方とも多くは授業評価の実施そのものには賛成している。しかし,なお「なんのための授業評価か」という本質の問題が棚上げされてしまっているのではないかという意見もある。はじめにも指摘したように,現在は全国的にも授業評価も見直しの時期にさしかかっている。先行した大学からもマンネリ化からの反省の声も聞こえるようになってきた(井下;SFC,1995,立川;ICU,1995)。  視覚部では8年度も7年度の調査用紙を-部手直しし授業評価を実施することになっている。3年計画の2年次として公開に向けての具体的方法を検討中である。政府の審議会は既に「大学教員任期制案」を打ち出し,さらなる大学改革を押し進めようとしている。授業評価が教官の評価に利用きれる恐れはないのかという問題は実は分科会の中でも平成6年度の段階から引き続き論議きれてきた。視覚部における授業評価は大学改革という外圧によるものではなく,自ら描くよき大学づくりへの取り組みととらえられなければならない。そのためには授業評価の今後の実施には教務委員会分科会だけではなく,視覚部の点検評価委員会との協議,そしてなによりも視覚部教官会議でのさらなる論議と教官・学生双方の理解が重要となろう。 REFERENCES 天野 郁夫(1993)大学評価を「自己評価」する,IDE現代の高等教育,No.346「今月のテーマ『大学の自己評価』を評価する」,5-11. IDE現代の高等教育No.365「今月のテーマ大学教育の小道具」(1995) IDE現代の高等教育No.368「今月のテーマ動き始めた授業評価」(1995) 井下 理(1995),藤沢キャンパスにおける授業評価,「シンポジウム 他者評価による教育 改善報告書」(主催 茨城工業高等専門学校)33-45. 文部時報「特集大学改革の進展」(1994,10月) 文部省高等教育局大学課大学改革推進室「大学改革の進捗状況について」(1996,4月) 清水 一彦(1996)「大学改革」,清水 一彦ら「教育データランド'96-,97」時事通信社,56-57. 立川 明(1995)学生による授業評価国際基督教大学の場合,IDE現代の高等教育No.368「今月のテーマ動き始めた授業評価」,8-13 束海高等教育研究所編(1995)「何のための大学評価か」大月書店