将来の建築士・理学療法士の連携とコミュニケーション-聴覚・視覚障害を越えて- 聴覚部 建築工学科 教授 吉田 あこ・助手 櫻庭 晶子 要旨:高齢者・障害者が地域に住み続けるためには,医学的リハビリテーションと都市・住宅構築との連携が必至である。これに応じて本研究では本学理学療法学科の「生活環境論」と建築工学科の「人間工学実験」との共同授業を行い有効な連携方法の開発を試みた。さらに本実験を通して視覚障害学生と聴覚障害学生とのコミュニケーション法についても相互工夫が発見され,有効なチーム・ワーク造りの芽が生まれ今後の継続研究が期待された。 キーワード:障害者配慮建築,視覚障害,共同実験,体得学習,コミュニケーション 1.研究目的  高齢者も障害者も健常者と共に普通のまちに住み可能な限り普通の人として生活していくというノーマリゼーションの理念によって,住まいやまちの造り力現直苔れ補完される時代となった。  このためにはリハビリテーションの治療を担当する療法士と都市・住宅を構築する建築士との呼吸の合った連携が必要である。  幸い,本大学は理学療法学科と建築工学科を持ち,上記理念の具現のためにそれぞれに「生活環境論」と「人間工学実験」の授業がある。  本研究はこれらの授業をまちづくり・住まいづくりという共通テーマによって共同授業を行い,21世紀社会への円滑な橋渡しとなる療法士と建築士の連携チーム確立を図ろうとした。  しかし,本大学の学生は一方は聴覚障害学生(建築工学科),他方は視覚障害学生(理学療法学科)であり,連携チーム成立にはコミュニケーションの壁が大きい。これをどう乗り切るかも本研究の課題である。 2.両学科学生の概要と予備実験  本学は視覚部と聴覚部があるが約2km離れた別のキャンパスになっており,学生の日常的な行き来はほとんどない状況である。このため互いの障害の理解の機会はほとんどなく,従ってコミュニケーション方法も互いに白紙状態からの本研究の出発となった。  昨年度の学生には両方の障害学生から1名ずつの計12名のグループで試行的な実験を行った。この予備実験によって,実験を始めて15分位たてば相互の立場を理解し,より効果的なコミュニケーション手段に気付き工夫きれることが解った(文-1)。 3.共同実験の内容  今年度は理学療法学科「生活環境論」,建築工学科「建築人間工学実験」の受講者各々9名と10名の計19名で4回の共同実験を行った。両者は初顔合せ,初授業で,組合せは強制的なものでなく,自分のやりたい障害種を選定した時,これを選定した他人と同チームとなり,ここで相互にコミュニケーションの壁を負うことになる方法である。  この実験は1996年4月~5月,12:40~17:00まで3時限が連続した授業で毎週1回合計4回にわたっている。課題は以下の通りである。 第1回福祉のまちづくりの交通ルートの検証(筑波大学キャンパス内) 第2回トイレでの使用実験とその研究発表(建築工学科内) 第3回浴室での使用実験とその研究発表,つくば市内建築物の検証 第4回ビデオ・文献で学習し,知識を整理(理学療法学科内)  グループの編成の方法は,第1回の時にそれぞれの課題をどのような障害種を想定してするのか,例えば片まひ高齢者,車椅子使用者,電動車椅子使用者,白杖使用者,2本杖使用者等の6つのグループに分けて学生に想定障害者を自由に選ばせた。その結果は以下の通りである。 視障学生+聴障学生 2+1人 2グループ 視障学生+聴障学生 1+2人 2グループ 視障学生のみ 3人1グループ 聴障学生のみ 4人1グループ 合計19人で6つのグループができた。以後,第3回までの実験を同一グループで行った。第4回はグループを解いて互いに討論し合った。 想定障害者別の学生名は以下である。 白杖 〇小出,〇菊地,〇田嶋,〇大野 車椅子 〇松田,加藤,島根 松葉杖 〇四方,禰宜,水野 T字杖 〇木下,〇宮村,河口 ロフストランドクラッチ 斉藤,境,中原 電動車椅子 〇池野,〇松井,山口 (〇は聴覚部学生) 4.調査研究方法  授業中のビデオの継続撮影,特徴的な行為の写真撮影,各自の感想を記録きせ,それらを分析した。 5.実験時のコミュニケーション(観察記録より)  視障者は自分の聴覚を頼りにし,聴障者は視覚を頼りにしている。両者が一緒に実験をするためには共通手段でコミュニケーションがとれることが第一の条件である。  内容の説明等は教官が板書,手話通訳,手話の読みとり通訳を付けて聴障者向け支援を行った。視障者には音声言語に変換して支援を行った。  実験中,視障と聴障の学生同士は口話と筆談によってコミュニケーションをはかっていた。特に口話ではお互いに何度も聞き返したり,言い直したりしていた。トイレや浴室の実空間を測定し記録しながらの実験なので,実物や記録した物を指し示しながら伝える努力が見られた。  聴障学生が2人以上いるグループでは話を聞き取れた方がもう1人に手話通訳することも見られた。  実験では想定障害者役は医学系に当たる理学療法学科学生頑空間計iHll役は建築工学科学生が分担し,互いに専門性を生かしての役割のため,コミュニケーションの円滑化が見られた。 6.発表会・レポート作成時のコミュニケーション(ビデオ・観察より)  チームでの実験を経た結果であろう,発表時に聴障・視障相互への伝達方法は教官の手助けを必要としない工夫が生まれていた。  例えば;視障学生が原稿を持って口頭発表をし,同時に同じ原稿を見ながら聴障学生が手話発表をする。こうして,同時にどちらの学生にもわかりやすいような工夫が見られた(シーン5)。  レポート作成は視障学生が主となり,確かな文章でコンピューターに打ち込み,これに聴障学生が空間寸法や図面を付記していた。  また授業後も学生宿舎のファックスでレポート内容の充実を相互の緊密作業で行っていた。 7.学生の評価記録とその考察  共同実験時に現われた互いの障害への理解と共同のコミュニケーションの努力と成果への到達までについて,聴覚障害者に体験感想を言謎してもらった。これらの特徴的なことを列記する。 (1)音声言語を多く発する  “初めて視界障害者と共同実験生活をするので,相手の障害を知ることが先決と思い相手を問いつめた。その結果,字は見える弱視とわかった。今まで盲は全く見えないと思いこんでいた。その先入観を捨てた。考えてみれば,聾者には人によって聴力が違うように盲者も同様であることを知った。互いの障害程度がわかったのでコミューケション方法をはかった。先ず僕たちの発音が聞き取れるならば口語で,聞きとりづらい時はノートに大きな文字でわかるように書いたりして実験を進めた。もうコミュニケーションの問題はなくなった。”(MM)  視覚障害のために,聴覚障害者が気を使って自分の発声を効果的にしようと努力した事例である。 (2)アイコンタクト  聴覚障害者同志の場合はこの簡便な方法が見られた。 (3)身ぶり  “初めて視覚部の人と一緒の授業を受け,最大の困難はコミュニケーションの方法でした。視覚障害者は手話を読みとりにくいし,文字をかいても読みにくい。聴覚障害者が云いたいことを伝えるには身振りを大きくするしかなかった。実際にこれをやってみたら,お互いにコミュニケーションの困難を解決しながら作業が進められ,問題がなかったのでいい経験だった。”(KD)  “ほとんど身振りが多く筆談を補足した。ある物を指してから具体的な行動をするという方法でした。発表の時はこの方法ではだめなので教官に音声で補足をしてもらった。”(TG) (4)筆談  “コミュニケーションにかなり気を使った。こちらは聴覚障害なので筆談が中心だが,先方にやってみると,大きな字は多少読めることがわかり,ひとつのノートに互いに意見を出し合ってこれを下敷にして,その後のレポート作成はFAXで送り合った。当初は思ったことや見方が異なって困難だったが,互いに気付かない点について気付かされたこともあり,次第に同じノートでの筆談が有効になった。”(MD) (5)刺激・補完  “自分も聴覚障害者だが,目も見えるし,手も足も自由に動くことを痛切に感じた。世の中の役に立ちたいと工夫を考えたが,今回のレポートは充分ではなかった。視覚部の人と一緒に作業してコミュニケーションの問題はなかったが,互いにあまり話し合わなかったことが心残りだ。”(SK) (6)手話に興味  視覚障害者が聴覚障害者の手ぶりをまねながら,手話に似せていた。聴障者側では手話を教えたという意識はなかったようだ。 (7)拡大鏡に興味  聴覚障害者が視覚障害者の使用している小道具に興味を示し,手にとって観察し,使用して理解しようとしていた(シーン3)。  (今回の視障学生は今期生は全盲はなく弱視のため拡大鏡その他を用い接眼で文章が読め,単独歩行も可能な障害度合であった。) (8)視覚障者の生活動作の理解  “白杖を担当したが,扱い方がわからず,視覚部におしえてもらった。見掛け程簡単でないことがわかった。”(ON)  “目が見えなかったらどうやってトイレをし,風呂に入るのかいろんなことが分かった。足が悪い時のも視覚部の理学療法から教えてもらって分かり,よい体験だった。しかし,本当に見えなく本当に足が悪いと,初めてのトイレなど「ん!?,これはなんだ?」と大変で,用がすぐたせないことを実感した。"(KC)  “視覚障害の人の歩き方が普通の人と違うことがわかった。歩く時も何かしている時もいつも耳をすましているような感じで,これは丁度僕達が常に周囲に視線を張りめぐらしているのに似ているようだ。これを生かせば視覚部の設計にうまく反映出来る実感がもてた。”(KS)  “また,視覚障害の人になって白杖を使ったら,こんな困難なことがあったのかといろいろ考えきれられた。”(KD) (9)FAXの有効性  “レポート作成は本来なら仲間と共に話し合いながらの共同作業が普通だが,視覚部・聴覚部が2km離れた環境のせいで仕方なくこちらの考えをFAXという便利な方法で出したら,視覚部の学生はこちらの考えを取り込んでレポート作成をしてくれて,その内容には不満はない。障害のせいだと思うようなことが起こるということはあまりなかった。これからも共同実験を続けたい。”(IN)  “実験の時,筆談で記録し,これをレポートとして,各々の宿舎からFAXで送り合った。視覚部は大きく書くのでFAX頁が3mにもわたり驚いた。こちらも計測なので大きくわかりやすく書いたので7枚にもなり,先方のFAXの紙がなくならないかと心配した。”(MD) (10)レポート作成時の役割分担  “確かに視覚部の人が主になって作成され申し訳ない。我々はきちんと計測をし,これを表現した。感想・発表はそれぞれの分担のを発表した。聴覚障害の我々は計測を白板に書いて発表し,視覚部の人も特殊な眼鏡を使いながら内容を見ていたので伝わった。”(M1) (11)レポート成果  “互いの障害の程度に合ったコミュニケーションを研究した後は,この問題は全く気にならず理学療法の専門知識と,自分たち建築学の専門知識を上手に使い,お互いの長所を生かした。その結果満足いくレポートができた。4回にわたった共同実験でまたとない貴重な経験となった。”(MM)  教官から見て,レポートの成果は,例年のそれぞれの学科での成果に比べてはるかに多角的に検討された内容となっていた。互いの専門性が生かされよい噛み合いがあったと思われる。 8.結論  時代の要請に応じて,療法士と建築士の連携で高齢者・障害者の身になって現場で考える方法により空間構築を考えさせたが,その結果混合グループはきわめて読みの深い空間の捉え方が見られた。これは今後の療法士と建築士との連携に明るい光を与えるものである。  さらに異なった障害種同士のチーム・ワークにも可能性の芽が生み出きれ,今後の研究継続に期待がかけられる結果となった。 <ビデオ・写真に現われた特徴的なシーン> シーン1’96.4.15 PM1:57 建築(聴障)学生1名(MD) 理療(視障)学生2名(KT,SM) 車椅子の実験グループ 理学療法の学生が,建築の学生のメジャーの使い方を見て感心している。計測した寸法を紙に書いて確認しあう。 シーン2’96.4.15 PM2:33 建築(聴障)学生2名(KS,MM) 理療(視障)学生1名(KG) 片麻輝を想定した実験グループ 理学療法の学生が,片麻陣の人の動作の見本を示してくれたので,建築の学生が次にやってみる。動作を媒介としたコミュニケーション。 シーン3’96.4.15 PM4:23 建築(聴障)学生1名(IN) 理療(視障)学生1名(YG) 理療の学生の使っている拡大鏡に興味を持ち,借りて使ってみる。 シーン4’96.4.22 PM2:18 建築(聴障)学生1名(IN,MI) 理療(視障)学生1名(KT,SM) 手前2人が理療学生,奥2人が建築学生。車椅子を使った実験。理療学生の1人がメモを取るのを建築の2人がのぞき込んでいる。 シーン5’96.4.22 PM1:18 建築(聴障)学生1名(IN) 理療(視障)学生1名(YG) 実験のレポートの発表会。話し手・聴き手共に聴障・視障者が混じっている。発表者2人は一緒に実験し,レポートをまとめた。同じ原稿を見て理療の学生が口頭発表をし,建築の学生が手話発表をしている。正面に見えるのは理療の学生2人,目を近づけて資料を見たりしながら聴いている。 シーン6’96.5.20 PM5:12 理療(視障)学生2名(KT,SM) デパート内の環状エスカレータに車いすで乗る試み。群衆の中での挑戦なので特に視覚部の学生が動きを見落としはしないかと心配した。車いすに乗っているのも,押しているのもどちらも視覚部学生である。驚くばかりに滑らかな動作であった。