デザイン学科「全国聾学校・進路に関する調査」結果と考察 聴覚部 デザイン学科 児玉 信正 1.はじめに  聴覚障害学生への本格的なデザイン教育を始めて10年が経過した。この間、デザイン学科としてもその教育内容や指導法等に関して試行錯誤を重ねて来ている。また、4年制大学構想へ向けての検討も始まっている。この中で、デザイン学科では教育課程を大幅に改訂するなど新たな教育の構築へ向けスタートしたところである。  今回は特に「入口」の問題として、全国聾学校の進路状況等やデザイン及びデザイン学科への意識等を把握する為に標記の調査を実施した。調査担当者として、その結果と考察の概要を報告する。 2.調査の概要 2.1調査の概要  全国の高等部を設置する聾学校を対象に、調査用紙を各聾学校宛に送り回答用紙及び添付資料(進学資料)・学校要覧を回収した。調査用紙は平成9年6月8日付けで郵送し、回収〆切り日は同年6月26日とした。調査項目は、1該当校の進路について、2本デザイン学科への意識等を中心に質問し記号回答を多くした。 2.2回答状況  回答は44校・回収率は60%を超え、概ね良好と言える。聾学校名簿の地区別に見ると、北海道地区100%、東北地区71%、関東地区52%、北陸地区83%、東海地区33%、近畿地区88%、中国地区66%、四国地区80%、九州地区55%となっており、地域差がある。回答が無かった聾学校には今までに本学への受験がない学校が多く見受けられる。 3.回答内容と結果 3.1聾学校での進学状況について 3.1.1生徒のデザインへの進路希望について  高等部の各学年とも在籍生徒の約15%がデザインに関心を持っており、約10%がデザイン関係に進学希望を持っている。この数字はかなり高率と言える。但し、各学年とも本学デザイン学科へ進学希望は上記の進学希望のうち約半数、約10名ずつであるが、学年進行に伴い減少している。20校がデザイン関係への進路希望無しとしている。 3.1.2生徒の志望校の決定要因について  「志望枝の教育や就職状況等」が第一要因であるが、続いて「入試難易度」、「聾学校の指導や推薦」、「保護者・友人などからの情報や推薦」があげられている。生徒に関わる人々からの勧誘が大きく左右するのであろうか。進学を決定する時期は高校1.2年頃で志望校決定は3年生でとなっている。学科での教育相談でも同様の傾向が見られる。 3.1.3聾学校から本学への進学に関して  「技術短大は入学が難しい大学」と言われているが…との問いに、80%の学校で「YES」と答えているが、内65%の学校は「大学であるから妥当」と答えている。しかし、88%の学校で「入学できれば本学にこだわらない」とも回答している。一方、本学のメリットについては、「聾学校からの進学」が75%、「聴覚情報補償」が60%、「聴覚障害教育」が47%、「就職保障」が36%となっている。受験に関して本学への配慮を求める事項では、「定員増」が55%、「推薦枠の拡大」が38%、「職業科への配慮」が31%、「入学決定を早期に」が27%である。  本学への期待は大きいが、入学の難しさが…と言う聾学校の意向が分かる。また、一部からは「技術短大は聾学校からの進学先」と言う位置づけから「進学先の一つ」に変わってきているとの声もある。3.1.5の進学先の調査とも関連し、重要な指摘である。 その他の具体的な要望の要旨を記す。 ・入学生の地域性を考慮してほしい(入学生のほとんどは関東出身者と聞いている)。 ・合格レベルを引き上げる。 ・他大学の合格手続きが早いため、そちらへ流れる傾向がある。 ・入試から合格発表までが長い。 ・安易にレベルを下げるべきではない。社会のニーズに応えられない卒業生を出してもしょうがない。ろう者に社会人としての常識を教えてほしい。 3.1.4最近5年間の進学状況について  25%の学校が進学希望が増加したと回答している。「本人や家庭の意向」、「友人の影響」などがその理由である。  43%の学校が低学年では進学希望は増加したが、3年次・2年次になると就職に変更している。変更時期は3年次が内42%、2年次が内26%、1年次が内0,中等部が内21%である。その理由は「合格レベルを知って」が内63%、「勉学意欲の喪失」が内36%などである(複数回答)。普通の大学では情報補償に危倶がある、進学対象校がない、等の声もある。  27%の学校が進学希望の増減は無いと回答している。聾学校の場合、専攻科への「進学」が教育課程に組み込まれている場合が多いようである。  5%の学校が進学希望が減少したと回答している。生徒数の減少も大きな要因であろう。 3.1.5最近5年間の具体的な進学校名について  最近5年間の専攻科を除く進学先(大学名等)を具体的に列記してもらった。  記入があった聾学校は61%(27校)であり、進学先数の平均は5,4校で、5校以上を記入した聾学校は8校、20校以上を記入した聾学校が別に2校あった。記入数の多い聾学校を地域的に見ると、関東・東海・近畿地区が多い。  進学先(大学等)の総数は延べ145校で、内本学が延べ35校分に相当する。本学以外の普通大学・短大の進学先は延べ78校であり、学部は文系が多く、理工系は3校、情報系は4校である。また、デザイン・美術系学部は23校であり約1/3を占めている。専門学校は延べ21校、この内デザイン・美術系は8校、リハビリテーションセンター・職業訓練校は延べ11校であった。本学以外の進学先所在地は聾学校所在地の地域に限られ、地域外は数例である。自宅からの通学がほとんどであることが分かる。  進学例が無い(6年以前にある場合を含む)・無記入が合わせて39%(17校)である。聾学校での大学進学の困難さが読み取れる。全て大学進学がよしとする訳ではないが、聾学校での重要な教育的課題の一つであることは指摘できよう。 3.2デザイン学科への関心や期待について 3.2.1デザイン学科への進学指導に関し欲しい情報は?  「入試関連の情報」が約80%で一番多い。中でも、実技試験や合格レベルについての要望が多い。ついで、「デザイン学科の内容」である。入試情報の伝達はその方法を含め困難ではあるが、聾学校からの直接の教育相談等を活発にしたい。 3.2.2デザイン学科の知名度・関心度・印象について  教員・生徒・保護者、いずれも知名度は高いと言える。大学名の浸透は図られているようである。関心度は教員間ではかなり高いと言えるが、生徒・保護者間では高いとは言えない。やはり、進学が具体的にならないと関心も高まらないのであろうか。印象度は、概ね良好と言えようが「どちらとも言えない」が圧倒的である。このような調査では書き難いのかも知れない。 3.2.3デザイン学科への期待について  デザイン学科に対する聾学校の期待は、「社会自立力の育成」と「人格の形成・人間教育」が80~70%と圧倒的である。続いて、「職業教育の教授」、「優良企業への就職」が45~35%となっている。一方、「デザイン学や聴覚障害学の研究」、「デザイン・造形あるいはデザイン教育・造形教育の啓蒙」は15%程度にとどまっている。聾学校の期待は、明らかに教育に重点が置かれていることが分かる。しかし、人格形成等の教育への期待はデザインに限ることでもなく、ある意味で聾学校での教育の到達点を示しているのかも知れない。聾教育の本質にかかわることなのであろうか。他の具体的な期待事項を記す。 ・聴覚障害者のデザイン研究 ・デザイン学科で学んだことがいかせるところへの就職 ・聴覚障害者に能力がある場合はそれを伸ばしていってほしい 3.2.4デザイン学科の入試に関して  デザイン学科の入試の各方法について、生徒にとって及び指導する教員にとってどの程度負担になっているかを5段階での回答を求めた。  総じて、生徒や教員にとって現行方法の負担感は、総じて重いように受け取られている。生徒は、英語は60%、現代社会と実技は50%、小論文と国語は47%、面接は23%、適性検査は10%の順である。負担に感じていないものは、面接が11%、適性検査が9%、実技が7%である。やはり、事前学習が可能であるものを負担に感じている。言い換えると事前学習=受験勉強自体を負担に感じているのであろうか。教員は、小論文は47%、国語と現代社会は45%、実技は42%、英語は40%、面接は20%、適性検査は11%である。小論文は聴覚障害生徒への文章指導の困難さがを示していよう。一方、面接や国語や現代社会16%、英語などは14%が負担に感じていないとしている。 3.3その他 3.3.1教育相談や説明会への参加などについて  生徒が教育相談や説明会への参加した聾学校及び学校(教員)が本学を訪問した聾学校はどちらも68%である。また、17校が本学あるいはデザイン学科から説明に来てほしいと回答している。近いうちに、ぜひとも訪問したいものである。 3.3.2その他の意見や要望(要旨) ・筑波技術短大の関心は保護者、教員間で高いものがある。しかし、本県からは入学していない。定員が少ない、入試難易度が高い等のイメージがある。もう少し、門戸を広げてほしい。 ・デザイン学科の過年度の入試問題を送ってほしい。 ・入試結果、入試情報の公開を希望。 ・過去の受験生が実技試験でショックを受けて帰ってきた。周囲の受験生のできが格段にうまく見えた。技短も受験戦争に突入したか..と言う感想を持つ。地方で、経済的にも受験準備が思うにまかせない生徒には狭き門になりつつあるように思う。 ・4年制大学で教員養成をしてほしい。聾学校に聴障者の教員が必要。 ・大阪の説明会でデザイン学科の学生の作品が見たい。 ・卒業生の貴学での学習成績等を知らせてほしい。後輩の指導に役立てたい。 ・学生の学習状況や日常生活の様子、大学の現状と今後等について、具体的なことを定期刊行物(例:筑波技短便り)を発行するなどして定期的に知らせてほしい。 ・本校は普通科が無く、教育課程上、大学進学は事実上不可能と言える。数年のうちに普通科を設置するが、そうなれば貴校を希望する生徒も出てくるものと思う。 4.まとめにかえて  本学は入学すなわち入試が難しいが大学として当然であるとの考えが多い一方、やはり門戸を広く、入りやすくしてほしいと言う切実な希望も伝わってくる。このことは、大学の存在や位置づけ、なかんずく聾学校と本学との関係等重大な問題を示唆していると言えよう。聾学校と本学と社会の相関を改めて問う時期なのかも知れない。  進学状況を回答校や進学先等からみると、地域的な差が顕著である。また、地域の中でも特定の聾学校に進学が多いことが分かる。聾学校の多くは、大学進学は困難が多いと判断されているのであろうか。デザインあるいは美術系学部への進学も多く見られた。また、在学生徒の関心や希望も多いことがこれを裏づけている。この方面への潜在的な進路希望は多いと判断できる。本デザイン学科でもこのことへの対応は重要である。  入試に関して一部には誤解や理解不足の面も見受けられる。大学としてもより積極的な方策をとるよう希望する。また、聾学校側も受け手だけでなく、積極的に本学に係わってほしいものである。また、入試方法等の改善も重要な課題であると考える。聾学校の教育にいわゆる受験勉強=偏差値教育を求めないような配慮をしながら、デザイン学科としても緊急に取り組んで行きたい。  聾学校教育の大きな柱である職業教育と言う観点からも再考しなければならないと考える。大学進学を見据えて各地の聾学校で普通科が新設されているが、まだまだ職業教育を柱に頑張ると言っておられる聾学校も数多い。但し、職業教育は専門教育と名を変えたが姿や中身も変える必要があるのではないか。職業教育即ち就職…と言っていた時代から、職業に関する専門的な教育を通して生徒の考える力、生きる力等を育成する事が必要であると考える。日本の教育、中でも後期中等教育での職業教育が大きく変わろうとしている時、聾学校の教育もさらなる充実が求められているのではないだろうか。その意味で、職業科の進路の一つに進学と言う選択肢が今以上にクローズアップされねばならないだろうし、また、同時に本学もこのことを真塾に受けとめる必要があると考える。  産業構造の変化や情報化、国際化等の中でデザイン自体、大きく変貌している。また、全国で大学改革も進み、高等教育がより幅広く受けられるようにもなってきている。デザイン学科でも本調査や他の資料をもとに、デザインの教育、デザイン教育の研究、デザインの研究に鋭意努力を重ねて行く所存である。  各聾学校ではご多忙中にもかかわらず、本調査に対し多大なご協力をいただいた。末尾ではありますが、この紙面をお借りして心から御礼申し上げる次第である。 参考文献  平成9年度 全国聾学校教職員名簿 全国聾学校長会編