筑波技術短期大学附属診療所における5年間の鍼灸外来活動報告 Report on Acupuncture Practice for Five Years in Tsukuba College of Technology Clinic 筑波技術短期大学附属診療所 津嘉山 洋,山下 仁,堀 紀子,丹野 恭夫 筑波技術短期大学鍼灸学科 西條 一止 要旨  筑波技術短期大学附属診療所は平成4年に開所した。その目的は筑波技術短期大学における医科学にかかわる教育研究の遂行と東西医学を統合した医療サービスを提供することである。  診療施設としては保険診療機関としての診療所(以後「一般診療部門」という)と施術所(以後「鍼灸部門」という)がそれぞれ存在しているが、運営面で有機的に結合しシステムとして一体化する努力を行っている.筑波技術短期大学附属診療所鍼灸施術所のシステムの概要と臨床活動について報告する。  開所以来5年間の附属診療所全体の総新患数7,663名のうち鍼灸部門の新患数は4,734名(61.6%)で,男性2,103名,女性2,631名とやや女性が多く,40歳代をピークとした山型の分布を示す.鍼灸受療者の主訴は運動器系の疼痛などが多かった。再診患者数は診療所全体でのべ78,375名,このうち一般診療部門はのべ38,066名,鍼灸部門はのべ49,285名であった.一般診療部門と鍼灸部門の双方を利用したものはのべ8,976名(11.5%)であった. Summary:Tsukuba College of Technology Clinic was established in April, 1992 for the purpose of acupuncture training, research and medical service with integrated medical system which unifies modern western medicine and oriental medicine. In this report, the system in our clinic and five years(1992-1996) clinical practice of acupuncture are introduced. 4,734 patients underwent acupuncture and moxibustion treatment (61.6% of the whole patients) during 5 years practice. Total number of acupuncture treatments was 49,285.The major complaints were musculoskeletal pain and stiffness such as neck stiffness or low back pain. キーワード:鍼灸、外来統計、東西医学統合、医療システム Keyword:acupuncture, moxibustion, statistics of outpatients, integrative medicine, medical system 1. はじめに  筑波技術短期大学附属診療所(以後「附属診療所」という)は鍼灸学科学生の臨床実習や教官の臨床研究などの教育研究と、西洋医学と東洋医学を統合した地域住民への医療サービスの提供を目的1)として平成4年に診療を開始した.国立では初めて設立された東洋医学(鍼灸・漢方)と西洋医学を統合した医療(以後「東西医学統合医療」という)を行う診療施設である.開所以来5年を経過したので鍼灸施術部門のシステムの概要、受診患者、臨床研究活動の実態などについて紹介する. 2.筑波技術短期大学附属診療所鍼灸施術所の概要 2.1東西医学統合医療システムの試み  附属診療所は東洋医学と西洋医学を統合した新しい医療を提供することを目的としている.しかし,現状では鍼灸施術は保険診療外の診療と見なされ保険診療機関において行うことは原則として認められていない2).このため診療所においても診療施設としては保険診療機関としての診療所(以後「一般診療部門」という)と施術所(以後「鍼灸部門」という)がそれぞれ別々に存在している.この結果,一般診療部門と鍼灸部門で別の診療録を使用するなどの問題が生じたが,以下のように運営面で有機的に結合しシステムとして一体化する努力を行っている. (1)診療録や補助診断情報などの診療情報の相互参照を可能にした. (2)スタッフは一般診療部門と鍼灸部門の双方へ自由にアクセスが出来る様にした. (3)鍼灸を受診する患者は全て初診時に一般診療部門において医師の診察を受けた後に、鍼灸部門で受けつけるようなシステムをとることにした.  このことにより、東洋医学(鍼灸)の観点のみからの病態判断に偏ることなく、西洋医学と東洋医学の両面の観点からの診療を行うことが出来るようになった.また、最善の治療を提供するという観点から,必要に応じて鍼灸施術と同時に西洋医学的治療や漢方薬による治療を受けることが出来る. 2.2施術料金  施術料金は開所当初は2,000円+消費税であったが平成8年5月より3,000円+消費税3)となった.特定の疾患に対して健康保険から鍼灸施術に療養費が支給される制度があるが,基本的に保険診療と鍼灸施術の併用を認めない制度であるため4),東洋医学と西洋医学を統合した医療を提供するという立場からこの制度は利用していない. 2.3教育  鍼灸学科学生の総合臨床実習5,6)が行われるほか,免許を取得した鍼灸師を対象とした卒後臨床研修として平成5年より臨床研修生の受け入れを開始した7). 2.4診療体制  附属診療所の専任職員は教官3名,技官5名,事務官3名である.専任職員に加え鍼灸学科・理学療法学科・保健管理センターの医師・鍼灸師教官の参加を得て診療と教育を行っている.(表1)  鍼灸部門においては常勤の鍼灸師教官を中心として,学生臨床実習補助などのための非常勤鍼灸師や,診療所臨床研修生や鍼灸学科研究生が診療体制に加わっている.(表2) 2.5視覚障害者と晴眼者との情報共有  筑波技術短期大学視覚部は視覚障害者の職業自立を目的とした高等教育機関であり視覚障害を持つ教官が教鞭をとり鍼灸臨床活動も行っている.卒後臨床研修には視覚障害を持つ鍼灸師も受け入れている.鍼灸部門においては視覚障害をもつ教官・鍼灸師と視覚障害をもたない教官・鍼灸師が混在して業務を遂行している.  こうした環境では点字使用者と墨字使用者間での診療録などについての情報共有に問題が生じる.鍼灸学科開発の電子カルテシステム8)による情報共有の試みも行われているが,端末台数や入力に関わるマンパワーの問題などから実用に至っていない.診療情報が点字と墨字の二つのシステムに分割されるのを避けるために診療録は墨字を基本におき,コンピュータ入力された点字使用者の診療データを墨字に出力し診療録に貼りつける,墨字情報を点字使用者に音読するなどの手段で情報共有をはかっている.一般診療部門の診療情報についても保険診療上墨字を基本としている.これについても点字使用者に対しては音読にて対応している.今後出来る限り早期に電子カルテシステムによる視覚障害補償を実現させたい.  その他,機器等の表示への点字シールの貼りつけやスタッフ通路の路面ガイドの貼りつけ,書類の点訳,拡大読書器の設置などの環境整備を行って来た 表1 付属診療所の常勤職員(平成8年度) 表2 鍼灸部門の診療体制 表3 鍼灸部門鍼灸師 3.鍼灸部門の患者受療状況  鍼灸外来患者記録から5年間の患者数、年齢、性別、職業、主訴について集計した. 3.1患者数  5年間の附属診療所全体の総新患数7,663名のうち鍼灸部門の新患数は4,734名(61.6%)であった.  5年間の再診患者数は診療所全体で延べ78,375名、このうち鍼灸部門は延べ49,285名であった.一般診療部門と鍼灸部門の双方を利用したものは延べ8,976名(11.5%)であった. 3.2患者構成  性別および年齢は,男性2,103名,女性2,631名とやや女性が多く,40歳代をピークとした山型の分布を示す.(図1)  職業は会社等勤務,パートタイムを含んだ主婦が最も多かったが,公務員がやや多く自営業や農林水産業が少ない傾向があった(図2)  職務内容から見ると,事務職,技術職,教育職,研究職,管理職などが多く,肉体労働が少ない.(図3)  鍼灸受療患者の居住地域はつくば市内(45.6%)とつくば市以外の茨城県内(44.7%)が大多数をしめたが,茨城県外の関東地方(7.8%)や関東地方以外(1.9%)など遠方から受診される場合もあった.  鍼灸部門に関する情報は診療所の患者,友人,家族,職員関係など人づてに入手した場合が多かったが,テレビや地域情報誌などのマスコミから情報を得た場合も無視できない割合をしめている.紹介状は持参しないことが多いが医療機関で紹介された例が比較的多い.(図4)  初診時に併用していた他の治療機関としては病院や医院が圧倒的に多かった。(図5)  鍼灸の経験については,経験のあるものと無いものはほぼ同数であった.鍼灸の経験者の中では灸の経験者が少なかった.  附属診療所の患者構成の特徴として,明治鍼灸大学附属鍼灸センター9,10)や兵庫県立東洋医学研究所11)に比べ年齢構成が若いことがあげられる.地域的に公共交通機関が未発達なため自力で通院可能なのは自動車による通院が容易な若年層であるという状況12)に加え,研究教育機関を中心として開発が進み若年人口が流入してきた筑波研究学園都市の特質を表しているものと考えられる.新興住宅地として開発が進んだ地域にある関西鍼灸短期大学付属診療所13)においてもやはり年齢構成は若く,主婦およびいわゆるホワイトカラーの比率が高い.(図6) 3.3鍼灸受療者の主訴  鍼灸受療者の主訴は運動器系の疼痛などが多くをしめるが,その他では喘息・アトピー性皮膚炎・花粉症などのアレルギー疾患や,腹部症状,耳鳴・難聴,婦人科系愁訴などが目立つ.(表4)  多少の比率の違いはあるものの,他施設の報告でもやはり受療患者の主訴は肩凝り・腰痛など運動器系の不快感や痩痛を中心としている9,10,11,12,13,14).健康保険制度によって現代医学が浸透している現代日本において,施術直後に疼痛軽減が得られることが鍼灸の特徴として一般に認識されているものと考えられる.その他の訴えも現代医学的治療による手応えが得られにくいものが多い. 図1 鍼灸部門受領者の年令および性別(n=4,734) 図2 鍼灸部門受領者の職業(n=4,146) 図3 鍼灸部門受領者の職務内容(n=3,015) 図4 情報入手先(n=3,482) 図5 他の治療機関(n=3,261) 図6 鍼灸施術機関の患者年令の比較 4.臨床研究  1972年のニューヨークタイムズの鍼麻酔についての報道以来,鍼治療は世界的に医療資源として関心を持たれるようになった.しかしながらその効果の科学的な証明は一部の疾患を除いて充分ではなく,質の高い臨床研究が必要であると米国の政府機関によっても指摘されている15).  附属診療所は日本において現代医学的な診療情報と鍼灸の診療情報を共有できる数少ない施設である.また,鍼灸治療を行う公的施設は少ない.このことから,医学的にみて質の高い鍼灸の臨床研究を行うこともまた附属診療所に課せられた社会的使命の一つと考えられる.  臨床研究としては,腰痛16,17)や腰下肢痛18),頚椎捻挫,不妊症,五十肩19)などを対象として症例集積が行われ,腰痛に対する無作為化比較試験も試みられている.その他,研修鍼灸師を中心として症例報告を行っている.東西医学統合医療の実績としては起立性調節障害(以後「OD」という)を基礎とした不登校児に対する研究20)が報告されている.また、公的な臨床施設として鍼灸の社会的評価に必要な情報を提供する義務があるものと考え,鍼灸治療に伴う有害事象などについて検討を行っている. 表4 鍼灸受領者の主訴 5.東西医学統合医療  西洋医学と東洋医学を統合した医療の提供を目的としているが,初診時には全例で一般診療部門との併診が実現しているが,再診時の一般診療部門との併診患者は現在11%にとどまっているように東西医学統合医療が充分に実現されているとはいえない.このことは専門医の外来の曜日が限られており,鍼灸の外来担当日と一致しないことが多いことも原因であり改善をはかりたい.一般診療部門との患者を介した交流をさらにすすめることで東西医学統合医療の実態が明らかになってくるものと考えられる.現在,ODに対する研究をのぞき鍼灸の臨床研究の多くは施術部門を中心に行われているが,鍼灸サイドのみの観点でなく東西医学統合医療の観点からの研究が増えることが望まれる.新しい医療システムを提示するために,医療スタッフとの交流をさらにすすめる必要を感じている.  最後にデータの入力に御尽力頂いた菊地 良子氏および作間 千鶴子氏に感謝いたします. 文献 1)筑波技術短期大学:筑波技術短期大学附属診療所規則 (1991) 2)社会保険診療研究会:医師のための保険診療入門,pp20(1993),薬業時報社 3)筑波技術短期大学:筑波技術短期大学附属診療所料金規定(1992) 4)厚生省保険局医療課:療養費の支給基準,pp163(1996),社会保険研究所 5)坂井 友実,白木 幸一:筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方,筑波技術短期大学テクノレポート,vol.1,pp153-156(1994) 6)西條 一止:筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方,筑波技術短期大学テクノレポート,vol.2,pp167-168(1994) 7)山下 仁,津嘉山 洋,丹野 恭夫,他:鍼灸師の卒後研修-筑波技術短期大学附属診療所における試み-,筑波技術短期大学テクノレポート(投稿中) 8)上田 正一:電子カルテシステムの開発,筑波技術短期大学テクノレポート,vol1,pp103-108(1994) 9)田和 宗徳,矢野 忠,佐々木 和郎,他:明治鍼灸大学附属鍼灸センターの実態報告(第1報),明治鍼灸医学,no7,pp107-117(1990) 10)田和 宗徳,矢野 忠,佐々木 和郎,他:明治鍼灸大学附属鍼灸センターの実態報告(第2報),明治鍼灸医学,no8,pp85-95(1991) 11)松本 克彦,石川 亨:兵庫県立東洋医学研究所同附属診療所の概要,医道の日本,no490,pp76-79(1985) 12)上山 茂,岩槻 弘,織田 ふみ,他:茨城県における鍼灸`患者の実態,全日本鍼灸学会雑誌,vol.37,pp145-151(1987) 13)関西鍼灸短期大学付属診療所診療委員会:平成5年度外来患者の統計報告,関西鍼灸短期大学年報,vol.9,pp79-87(1993) 14)森山 朝正,芹澤 勝助:臨床レポート(25)当センター臨床治療施設における1500症例の実態とその分析,医道の日本,no480,pp21-29(1984) 15)Bill Hall, Anita Greene: NIH Panel Issues Consensus Statement on Acupuncture, http://www.nih.gov/news/pr/nov97/od-05htm, Wednesday, Nov.5,1997. 16)津嘉山 洋,山下 仁,高橋 貴光,他:筑波技術短期大学附属診療所における腰痛に対する鍼灸治療の実態,日本腰痛研究会雑誌,vol.1,pp93-99(1995) 17)和田 恒彦,高橋 貴光,山下 仁,他:-穴刺鍼で直後効果のみられた腰痛の数症例一治療法選択の判断様式を抽出する試み-,臨床鍼灸,vol11,pp8-11,(1996) 18)山下 仁,津嘉山 洋,坂井 友実,他:腰部神経根症に対する鍼治療の効果-症例集積による検討-,日本腰痛研究会雑誌,vol.3,pp27-32(1997) 19)堀 紀子,山下 仁,津嘉山 洋,他:五十肩に対する鍼治療の効果-症例集積による検討-,全日本鍼灸学会雑誌,vol46,pp340-P344(1996) 20)藤原 順子,西條 一止,前田 里美,他:起立調節障害を伴う不登校児の自律神経機能に関する研究(3)-自律神経機能不全への東洋医学的治療効果-,小児科学会雑誌,vol.101,pp662-669,(1997)