公開講座「パソコンを利用した点訳入門」の概要と結果 視覚部情報処理学科 伊奈 論 要旨:情報処理学科では今回初めての公開講座を開講するにあたり種々の検討を行い、最終的には地域住民の関心が高く、点訳ボランティアの裾野を広げる効果も見込めるパソコンによる点訳を取り上げた。点字に関する関心および点訳ボランティアになりたいという意欲が非常に高い一方で、パソコンを利用した点訳に対してはまだ敷居が高いと思われている面がある。興味は抱いているが難しいのではないかという先入観があったり、現実に試す機会が無かったりして、それほど普及していないようである。今回はそうした誤解を払拭すると同時に、点訳処理を通して逆にパソコンにも親しんで貰えるような講座設定を心がけた。募集には予想外の人数が申し込んでくれ、この方面の関心の高さを改めて印象づけた。今回は講座開設までの経過と講座内容、受講後のアンケートの結果等について報告する。 キーワード点字、点訳、公開講座、点訳ボランティア、パソコン 1はじめに  情報処理学科としては公式には初めての公開講座を持つことになった。テーマの設定にあたっては学科内で話し合いを持ちいろいろの意見が出されたが、最終的には本学の理解に役立ち、かつ不足気味のボランティアの裾野を広げる役割の両方をにらんで、表題のようにパソコン点訳技術の修得をテーマとして採択した。点訳自体は一般市民にも非常に関心のあるテーマでもある。しかし参加者の習熟度によってどのレベルの内容を設定したらよいのかが重大な問題であった。またどの程度の人数が集まってくれるのかも皆目分からない状態であったので、テーマの設定と参加者の興味、レベル設定を推し量るために日頃から点字教室を開いて多くのボランティアを養成されてきた本学佐藤 光義先生の協力を得て教室の生徒さん(比較的初心者としての5期生が中心)にお会いして生の意見を聞き、その後アンケートを実施させてもらうことにした。アンケートの内容は第2節で示す。 その結果に基づき、本学科が行う講座の特性を持たせるため、受講者にはパソコンの予備知識はなくてもかまわないが点訳の基礎知識を最低限修得しているという前提を設けることにした。募集定員は教室の設備機器と収容人員の制限から10名とした。ところが予想を覆す53名もの応募者があり、定員を上回る15名を選定させていただいた。これは多くの応募者から、定員オーバーであっても自らのノートパソコンを持ち込んででも受講したいのでイスだけでも用意してください、という熱心な申し入れがあったからである。責任をひしひしと感じ始めたのもこの頃である。実際に行った講座の内容は第3、4節で示す。講座の終わりに講座内容についての受講者の意見感想を調査し、今後の講座開設の参考とするために再度アンケートを行なった。その内容と結果を第5節に示す。 2 講座開催にあたって 21需要調査アンケートの実施  講座のテーマと設定レベルを決定する上で、受講対象者の興味、希望および予備知識を調査するために以下のようなアンケートを作成・実施した。 平成9年5月10日 情報処理学科 公開講座「パソコンを利用した点訳入門」に関するアンケート 予定日時:平成9年7月14日~18日の午前10時~12時 公開講座の中身を考える上での参考にさせていただきたく、下記の質問にお答えください。 ①本公開講座に出席するつもりが ある ない 設問1で「ある」と答えられた方は以下の質問にお答えください。 ②現在の点字に関する修得状況について(いくつでも) ・標準日本点字が扱える ・英語点字が扱える ・数学記号点字が扱える ・情報処理点字が扱える ・その他( ) ③パソコンの使用経験が ある ない 「ある」の場合(いくつでも) ・ワープロ利用 ・点訳ソフト利用 ・その他( ) ④本講座で特に身につけたいことあるいは期待することをお答えください。 ・パソコンの基本操作を勉強したい ・ワープロ操作を勉強したい ・点字処理関連ソフトウエアの勉強をしたい ・その他( ) ⑤設問3で「点字処理関連ソフトウエア」とされた方は以下にお答えください。 今回の講座ではどんなソフトウエアについて勉強したいと思いますか。 ・点字の直接入力(6点入力)と編集、点字プリンタ出力(例えばBASEを使用) ・ワープロによる日本語墨字文書ファイルから点字への半自動変換出力 ・英語点字、特に2級英語点字を処理できるようにしたい ・数学記号点字を処理できるようにしたい ・情報処理点字を処理できるようにしたい ・その他( ) 2.2アンケートの結果 回答者数 13名 ①出席のつもりあり14名(全員) ②点字修得状況 標準日本点字 11名 英語点字 2名 数学記号 1名(すこしだけできる) 情報処理点字 0名 その他(楽譜 1名) ③パソコン使用経験あり 10名 なし 2名 ワープロ 8名 点訳ソフト 10名 その他 0名 ④本講座へ期待すること パソコン基本操作 9名 ワープロ操作 4名 点字処理ソフトの修得 12名 その他 0名 ⑤本講座で学びたい点字処理 点字の入力・編集・印字 10名 自動点訳 10名 英語点字 5名 数学記号点字 4名 情報処理点字 3名 その他 0名 3テーマの決定と講座プログラムの設定  当初は本学前教官の染田教授が作成された点字作成エディタEBRA1)を使用して数学記号や情報処理点字、2級英語点字を含むような高度な文書点訳技術の講習を考えていたが、前節のアンケート結果からみて、パソコン操作習熟を前提とした標準日本点字の点訳技術に限定し、①点字の入力・編集・印字②自動点訳の二つの技術習得に重点を置いて行うことにした。 3.1プログラムの設定  以下のようなスケジュールと分担でスタートしたが、実際にはすべての教官および補助者がボランティアとして積極的に担当日以外にもサポートをしてくれた。 期間:7月14日~7月18日 午前10時から12時まで 担当者:情報処理学科教官5名と補助者2名 伊奈 論、栗原 亨、斎藤 玲子、長岡 英司、三宅 輝久 (補助)辰巳、遠藤 スケジュール 7月14日担当 長岡、三宅 辰巳 講師紹介・全体説明 パソコンの基本操作、コマンド(format、copy、dir、ren、type等) ワープロ操作 7月15日担当斎藤、長岡 辰巳、遠藤 BASEその1 BASEの基本機能と構造 基本操作(起動、入力、フルキー入力) 7月16日担当斎藤、三宅 辰巳、遠藤 BASEその2 基本操作(6点入力、編集) BASEの練習 例題実習 7月17日担当三宅、伊奈 遠藤 BASEその3 BASEの練習 TDCの機能と構造 墨字のプリントアウト 点字のプリントアウト 例題実習 7月18日担当伊奈、栗原 自動点訳の方法とその校正方法 EXTRAの機能と構造 基本操作 例題実習 3.2教材作成(FD、資料両面コピー、製本) BASE/TDC(FD2枚) (EXTRAVer1.5) BASE取扱説明書(15+7)部 BASE活用講座(15+7)部 EXTRAの使い方(15+2)部 3.3環境設定と稼動確認 436実習室(NEC PC9801DAパソコン) 机とイス 15人分 THIEL点字プリンタとレーザショットの移動設置 利用ソフトウエア:BASE、EXTRA、一太郎4 4講座内容 大きくは以下の3点にテーマを絞って開設した。 (1)パソコン利用基礎技術の修得  点訳ソフトの主流はまだMS-DOS下で動作するため、MS-DOSのコマンド系を中心としたパソコンの基本を講義実習した。 (2)代表的点訳ソフトの利用による点訳技術の修得  広く流通している点訳フリーソフトBASEを利用しての点訳技術に重点を置いて講義実習を行った。今回の重点はここにあるため、時間配分が大きくなっている。またBASEと同時配布されている点字ファイル変換ソフトTDCの利用実習も行った。 (3)市販ソフトEXTRAを利用しての半自動点訳処理の実際  日本語ワープロで作成されたような墨字文書ファイルからの自動点訳ソフトの働きと操作方法、変換実力レベルの現状等を経験してもらうために、市販ソフトEXTRAバージョン1.5を使用して実習を行った。 本講座期間中、作成配布したテキストは以下の通りである。 (配付資料一覧) 点字エディタBASE取扱説明書 107p BASE活用講座 66p パソコンの基本操作 12p 点訳ソフトBASEの使い方 その1 8p BASEの編集機能 6p BASEの環境設定と印刷、TDC 21p 一括点訳プログラム(EXTRA)の使用方法 9p 写真1 講座風景 5まとめアンケートの実施  今回の講座の反省点の把握および今後の講座開催の参考とするためにアンケートを行った。以下がアンケートの内容である。 5.1まとめアンケートの内容 97.7.18 筑波技術短期大学情報処理学科 公開講座「パソコンを利用した点訳入門」アンケート  公開講座に参加戴きまして有り難うございました。今回は合計53名の応募者がありましたが、学科の教室設備の都合上15名に絞らさせていただきました。また当学科としては初めての開講であり、いろいろと不備があったことと思いますが、今後の講座開設の参考にさせていただきたく、以下のアンケートにご協力ください。 ①開講期間について ・短い ・長い ・適切 ・その他( ) ②開講時間帯について ・1日集中がよい ・今回のように分散がよい その場合(・午前・午後・夕方)がよい ③内容について ・物足りない ・適切である ・豊富すぎる ・その他( ) ④レベルについて ・やさしい(低い) ・普通(適度) ・難しい(高い) ・その他( ) ⑤本講座を受講して (1)最も役に立ったこと (2)今回最も面白かった(興味を持った)こと (3)その他 ⑥その他・感想(何でも気が付いたこと、希望したいこと、不満だったことなど) ⑦今後希望する講座の種類と内容 ・パソコン入門的なもの(含Windows95) ・点字入門的なもの ・点字処理の発展的なもの 英語点字(2級英語点字) 数学点字・理科記号点字 情報処理点字 ・その他( ) ⑧次回参加の可能性について ・また参加したい ・参加しない ・どちらともいえない ご協力どうもありがとうございました。 5.2まとめアンケートの結果 回答者数 14名 ①開催期間 短い 4名 長い 1名 適切 8名 その他 0名 ②開催時間帯 1日集中 2名 分散午前(今回と同一) 11名 午後 3名 夕方 0名 ③内容 物足りない 0名 適切 10名 豊富すぎる 3名 ④レベル設定 低い 0名 適度 9名 高い 3名 その他 0名 ⑤本講座を受講して (1)役に立ったこと ・パソコンの基礎知識が得られたこと、点字処理のイロハが分かったこと ・の考え方、使い方、コマンドを理解できたこと ・BASEの仕組み、編集機能、活用法を理解修得できたこと ・点字ファイル形式変換ソフトTDCの学習 自動点訳EXIRAの機能と使い方が分かったこと ・パソコンに慣れたこと、資料をたくさん貰えたこと(後日熟読予定) ・ハードのことも少し分かるようになったこと ・DOSやBASEについての役割と操作の切り分けが整理できたこと (2)興味を持ったこと ・MS-DOSの動かし方 ・BASEの編集 ・点字プリンタへの打ち出し ・EXTRAの機能、使用方法 ・EXTRAを使っての作業 ・点字処理の奥が深く、知りたいことが沢山あることが分かったこと (3)その他  点字の歴史と成り立ち、構造についての話 ⑥その他感想 ・受講者のレベルの差があり、進行が早いところがあったが、質問が自由にできたので心強かった ・パソコンの使い方を丁寧に教えてもらえて感謝している ・途中で休憩時間があると良かった(復習や遅れの回復のため) ・質問にきめ細かく答えて貰えて感謝している ・最後にQ&Aの時間が欲しかった ・時間が短かった。レベルに合わせて座席をグループ分けした方が良かった ・パソコン操作に不慣れで、進行スピードに付いていくのが大変だった ・大変わかりやすい説明であった。資料の豊富さに驚いた。時間を午後まで延長して欲しかった ・様々なことを学習でき感謝している。パソコンにもう少し時間をかけようと思う ・順序立ててかつ嚙み砕いた説明で分かり易かった。パソコンによる点訳の現状と意義をよく理解できたが、今後はどうなっていくのかといった将来への見通しの考えも聞きたかった ・今回のような講座を事前に受けておけばよかった。そうすればこれまでのパソコン点訳の苦労はなかったと思う。これで今後は効率のよい点訳ができると思う ⑦ 今後希望する講座の種類と内容 パソコン入門 8名 点字入門 1名 点字処理の発展 10名 内訳:英語点字 5名 数学理科記号点字 1名 情報処理点字 2名 その他 0名 ⑧次回参加 また参加する 12名 参加しない 0名 どちらとも言えない 2名 6 アンケート結果の評価  アンケート結果に見るように開催期間、時間帯、内容、レベルともにおおよそ適切であったことが伺える。しかしながら講座期間中にも経験したことではあるが、受講者間の格差が少なからずあるために、講座内容のレベル設定、進行速度、重点の置き方などに難しさがあった。進度の速い受講者を退屈させることなく、かつ修得の遅れぎみの初心者にも対応できるような気配りが求められる。幸い今回は当初の担当日に拘泥することなく全体を通して5名から7名の講師体制で行うことができたため、明確な脱落者はほとんどなかったと思われる。講師と補助者をなるべく多くして自由に質問できる個別指導が行き渡るような体制づくりが望ましい。また配布資料を充実して一人でも追従学習できるようにしておくこと、教材の中身を達成レベル別に分類して個々の能力に見合った学習が行えるような構成にしておくこと、などを実施した資料がどの受講者からも喜ばれていた事実がある。  テーマ・内容については5節⑦の結果から分かるように、より高度な発展的な学習を希望している受講者もいれば、さらに基礎的なパソコン講座を期待する受講者もいるわけで、比較的分散傾向が見られる。今後は募集時の応募条件を明確にしておくことでミスマッチの受講者を出さないような努力も必要と思われる。 7おわりに  手探りで始めた初めての公開講座であったが、予想外に多くの応募を受け、不安感は責任感の重さへと変わっていった。特にこれといった報酬もない公開講座に全力投球してくれた先生方や補助の女'性諸姉の献身ぶりには目を見張るものがありました。こうした講座を開催できたことを風化させること無く記録に留めたいとの思いから本報告書を作成したものである。 謝辞  本学科主任の山形 俊介教授、教育方法開発センターの佐藤 光義教授には本講座開設にあたりひとかたならぬお骨折りと助言を頂きましたこと、ここに感謝いたします。 参考文献 1)染田 貞道:「情報処理・数学記号および英語混在文書用点字エディタ」、筑波技術短期大学テクノレポート、第4巻、pplO3-105(1997)