聴覚障害者の情報環境改善のためのデザイン提案(4)-表現の比較と手話表現によるエンターテーメントの可能性- 筑波技術短期大学デザイン学科 伊藤 三千代 松井 智 聴覚障害者の施設利用時の情報受容と行動の関係から、聴覚障害者への情報提供の配慮点を明らかにすることを目的にテーマパーク内の情報環境調査を行った。その結果、施設内で提供される情報は1)従業員のコミュニケーションによる情報、2)スピーカーから流れる音声案内・音・音楽等の情報、3)表示物、印刷物等からの視覚的情報、4)空間の配置や風景から得る視覚情報であった。本研究では「テーマパークにおける情報保障・サービス」に関するいくつかの提案のうち、2)スピーカーからの音声案内情報で、情報の構成要素(仕掛け)となる発信源が人間側にあり現実に改善が可能なジャングルクルーズに着目し、その音声言語情報の現状把握と問題点から聴覚情報の入手に障害を持つ来園者が健聴者と同じ水準でアトラクションを楽しめるための手話表現によるガイドの可能性と具体的なガイド方法を提案するものである。 1.研究目的  本研究では,聴覚情報の入手に障害を持つ学生が東京ディズニーランドの各アトラクションやイベントを体験する上で、どのような情報環境が必要とされるのか、又はどのように配慮されるべきであるかという、アトラクションの各シーンとガイドの表現方法との関わりに着目し、聴覚情報障害からみたアトラクションのあり方を明らかにし提案する。特にアトラクションの内容が仕掛け(動物や人物)の面白さよりスキッパー(案内人)の音声ガイド内容にあるため、聴覚障害者に人気の少ないアトラクションの中で、ジャングルクルーズに関して聴覚障害者から見たシーンの見せ方と表現の可能性を提案する。 2.調査方法 2.1手話通訳付ジャングルクルーズの調査(調査1)  アンケート調査より、ジャングルクルーズの経験があるが、「スキッパーの話す内容がわからずつまらない」と回答した聴覚障害学生3名と手話通訳担当者がポートに乗船。手話通訳担当者がスキッパーのとなりでスキッパーの話すガイド内容を通訳しコースを回る。その様子をビデオで記録し、体験の感想と問題点をカード化し整理する。 2.2コースとガイド内容の調査(調査2)  ジャングルクルーズのコースの左右の景色及びスキッパーを含む正面の景色をそれぞれビデオで撮影する。また左右に見えた仕掛けのシーンを写真で記録する。スタートからゴールまでのスキッパーの話しを全て録音テープから文章に書きおこし、仕掛けとガイド内容を整理する。 3.内容の分析 3.1ガイドとシーンの関係  調査1で、現状のポートの速度でガイド内容をそのまま手話通訳した場合、視線は手話の読み取りをするだけで仕掛けのシーンを見て楽しむ時間がほとんどなかった。またガイドの台詞と仕掛けを見るシーンが秒単位で進み、瞬時に目線を移し変えていくタイミングはかなり速い。シーンと次のシーンの間は約2,3秒間であり、次々と変化するシーンのテンポが健聴の乗客には心地良いのだと考えられる。シーンの初めにスキッパーが「右手前方」「左手前」「あそこに」等方向を指示しするため、健聴者の場合は、その方向にある仕掛けを見ながらガイドの内容を聞くことが出来る。また、座る席によっては反対側の仕掛けが見えなかったり、仕掛けが多くて何を対象に説明しているかわかりにくシーン等があった。 3.2コースとガイド内容の分類  調査2よりコースを時間の流れに沿って整理し、左右、正面に見える場面(視覚情報)と、スキッパーのガイド内容(聴覚情報)をシーンごとに表にまとめた。具体的には、ポートが出航てからアマゾン川(南米の秘境)、ナイル川(アフリカ大草原)、シュバイツァーの滝を通過、さらには、イラワジ川(アジア大陸)後、廃虚、洞窟、インド象の水浴び場、そして人間の住むコンクリートジャングルへたどり着くまで(図1)の一連のシーンを見える方角ごとに整理し、各シーンごとのスキッパーの話す内容とあわせて示した。 図1ジャングルクルーズのコース 4.調査の結果と問題点の概要  調査1,2の結果から聴覚情報を視覚情報だけで伝達する場合、問題はガイド内容、シーン展開と時間、発信側の伝達技術の3つに分類される。 1)ガイド内容では ・「落ち」「酒落」等の言葉遊び。 ・長い説明。 ・架空のモノの話。 が分かりにくい。 2)シーン展開では ・スキッパーの説明と仕掛けを見る時間がない。 ・前後左右に視線を移し変えていくタイミングが速い。 ・仕掛けが象の縄張りのように多数あるシーン、サイ鳥のように小さい場合、座席と反対側のボート脇の水面にある場合、説明されている対象が分からない。 3)発信側の伝達技術では ・スキッパーの口元がマイクで隠れる。 ・または後ろ向きで話すため見えず読み取れない。 ・スキッパーの話し方が速すぎる。 ・どの仕掛けを指差しているか分からない。 などの問題点があった。 これらの問題の改善策を考える場合、シーン展開と時間に関してはアトラクションの面白さや所要時間と関係するので変更することは難しい。やはり聴覚障害者への情報補償として改善の可能性が高いものは発信側の伝達技術の向上で、ガイド内容を含め手話ガイドと表現方法を提案をする。 5.問題点の考察と具体的提案 5.1聴覚障害者にわかりやすく面白いガイドの検討  ジャングルクルーズの面白さの特徴のひとつにスキッパーのおしゃべりがあり、各スキッパーによって個人差があるが、酒落や落ち、引用など言葉の遊びが多く聴覚障害者にとっては苦手とするところである。例えば「…いいかげんなやつら…」と「なげやり」、「…首を売って回っている…」と「借金で首が回らない」、「…お酒を飲まないけれど絡む癖」など今回のガイド内容でわかりにくい酒落や落ちが数カ所あった。聴覚障害者にとってガイド内容のわかりやすさと面白さは、簡潔な内容と言葉使い、表現や表情の大きさ、動きの面白さがポイントになる。そこで手話通訳士の助言をもとにジャングルクルーズでの手話表現の限界や特性を生かした表現について検討し台詞を再構成した。表1.1~1.3中「従来のスキッパー」「手話付スキッパー」の台詞が比較できるようまとめた。(表1.1.A) 5.2視線の誘導と見せ方の考察  視覚情報のみの受容では、ポート前方中央のスキッパーの手話されている内容と仕掛けの両者を見る時間と、視線の移動が問題となる。現状のスキッパーも指差しで方向指示の表現、つまり乗客の視線を前方、左右、ポート脇下方とシーン位置への誘導は多く行なっている。この場合、健聴者は次の説明が始まるとガイドを見るかまたは見なくても指差しや音声指示ですぐ次の仕掛けに視線を移すことができる。しかし、聴覚障害者の場合は①ガイドと仕掛けが視野に入る場所に座ること、②ガイドが常に仕掛けのある側に移動しできるだけ仕掛けが見える位置で説明をすること、③仕掛けを見る十分な時間と、④ガイドと仕掛けに向ける視線の規則的なリズムをつくることを考慮する必要があった。  聴覚情報である台詞の時間を視覚情報の手話の読み取りと仕掛けを見る時間に置き換え見せ方の視覚的な段取りを考察した。表中、説明されている仕掛けの方向を「眼」のマークで、手話を見る時間とシーンを見る時間を二種類の矢印で区別した。(表1.1.B) 5.3手話ガイドと表現の提案  手話でガイドを行う場合以下のことが考えられる。①スキッパーのマイクを小型の装置型に変え口元を隠さないこと、②手話でガイドする場合は手話とジェスチャーの特徴を生かし簡潔に伝達できる内容で各シーンの説明時間を短縮し(表2.3.C)、③なるべく表情と動きでシーンや対象が想像できるような表現にすること。例えば、ゴリラと鰐のジャンケン(表2.1,D)、蛇の絡み(表2.3.E)、4人の探検隊等の動物の動きや位置関係、驚きや危険を知らせるためのオーバーな表現の検討(表2.2.F)、さらに槍、銃、傘(表2.3.G)、宝物など小道具を使いモノの説明を視覚的表現に替える工夫をした。 表1.1 分かりやすいガイド内容の検討(提案) 表2.1 手話ガイドの表現(提案) 表1.2 分かりやすいガイド内容の検討(提案) 表2.2 手話ガイド内容の表現(提案) 表1.3 分かりやすいガイド内容の検討(提案) 表2.3 手話ガイド内容の表現(提案) 6.手話ガイド方法のシュミレーションとまとめ  聴覚障害者に分かりやすいガイド内容の検討(表1.1~1.3)をもとに聴覚障害学生が提案した手話ガイド方法でシュミレーションを行った。方法は36型モニター3台(左右、正面)画面にジャングルクルーズのコースを映しその前方でシーンと同時に手話ガイドをするもので、仮のポートを設定し聴覚障害学生十数名に乗客になってもらいその様子を収録した。その結果、聴覚障害学生にはガイドの内容はほとんど理解され、ガイドの説明に声を上げて笑う場面もあった。またジャングルクルーズのキャスト及び運営会社側にビデオでプレゼンテーションした際も好評を得た。  尚、本研究で報告した内容は筑波技術短期大学デザイン学科開講のメディアデザイン演習での「TDLの聴覚障害ゲストの対応に関する提案・調査」を基にしたものであり、手話ガイドの表現者はデザイン学科4期生の竹中 彩、さらに手話指導にあたっては茨城県立聴覚障害者福祉センター「やすらぎ」所属の手話通訳士長田 繁子さんに協力助言をいただいた。 7.参考文献 1)伊藤 三千代:「デザイン学科学生の情報の収得・伝達に関する調査],筑波技術短期大学デザイン学科ゼミpp1-12(1995) 2)筑波技術短期大学デザイン学科TDL調査グループ:「TDLの聴覚障害ゲストの対応に関する提案・調査報告書」,(1995) 3)松井 智・伊藤 三千代:「聴覚障害者の情報環境改善のためのデザイン提案(1)-テーマパークにおける情報保障・サービスに関する提案-」,筑波技術短期大学テクノレポート第4巻,pp167-170(1997) 4)松井 智:「聴覚障害者の情報処理過程の特性に関する基礎研究」,文部省科学研究費補助金研究成果報告書,(1997)