聴覚障害者は移動体通信の夢を見るか?-利用状況に関するアンケート調査結果から- 聴覚部 内藤一郎、及川力、松井智、齊藤まゆみ、櫻庭晶子 村上裕史、石原保志、加藤伸子、清水豊 要旨:近年、ポケットベルの普及や、携帯電話などでの文字通信が可能になってきたことから、聴覚障害者にとっても外出中や移動時などに自由なテレコミュニケーションを行うことができるようになってきている。こうした状況の中、本学の学生達がこうしたことをどのように捉えているのかを調べるためにテレコミュニケーションに関するアンケート調査を実施した。今回、このアンケート調査の結果を報告する。 キーワード:移動体通信、携帯電話、ポケットベル、テレコミュニケーション 1.はじめに  ポケットベルの普及、携帯電話やPHSでの文字通信が可能になってきたことから、聴覚障害者にも外出先や移動時の自由なテレコミュニケーションが可能になってきている。こうした文字通信やインターネット上の電子メールを活用できることが、今後聴覚障害者の社会進出においてもますます重要な要素になっていくものと考えられる。  こうした中、若い聴覚障害者が現在のテレコミュニケーションの変化をどのように受けとめているのかを調べるために、本学の学生や卒業生を中心にアンケート調査を実施している。平成9年春に実施したアンケート調査では、 (1)聴覚障害者にとってファクシミリは重要なテレコミュニケーション手段である。 (2)若い聴覚障害者の問では、手軽なテレコミュニケーション機器としてポケットベルが普及し始めている。 (3)若い聴覚障害者は、健聴者の大学生に比べてモバイル.コンピューティングの潜在的ユーザーであると考えられる。 などが明らかになってきた1)。  今回、さらにより具体的なアンケート調査を実施し、前回(春)の結果との比較を試みた。本稿では、その結果ついて報告する。 2.アンケート調査について  平成9年秋に移動体通信機器を活用した授業を試みた1)2)。その際に授業に対するアンケート調査と共に利用状況等に関する調査も行った。今回、協力してくれた学生は以下の通りである。 全学科3年生以上 26名 デザイン学科2年生 9名 合計 35名  なお、協力してくれた学生の聴力レベル(良耳)は図1のような分布を示しており、約半数が90~100dBであった。 図1 学生の聴力レベル(良耳) 3.利用状況に関するアンケート結果  各機器の所有率を前回のアンケート調査の結果と共に図2に示す。機器の所有率ではポケットベルの所有率が約2倍近くまで増加している。他の機器の所有率があまり変化していないのに比べて、その増加の傾向が顕著である。  電話の利用頻度の結果を図3に示す。約6割の学生が「全く使ったことがない」もしくは「使ったことはある」と答えている。しかし、約2割の学生が「ほとんど毎日利用」するとも答えている。電話の利用目的に関しては、複数回答を認めた設問において、ポケットベルへの送信が45.7%、音声会話が42.8%であった。  次にファクシミリの利用頻度の結果を図4に示す。「ほとんど毎日利用」が約6割を占め、「週に数回程度利用」を含めると約9割に達する。前回の調査では「よく使う」が約9割であったことから、前回の「良く使う」が「週に数回程度利用」以上であったということがうかがえる。  さらに、ポケットベルの利用頻度の結果を図5に、携帯電話・PHSの利用頻度の結果を図6に示す。どちらの結果も前回同様それぞれの利用頻度が機器の所有率によって決まっているものと考えられる。  最後に、各機器での主なコミュニケーションの相手に関する結果を図7に示す。これも複数回答を認めた設問であるが、電話による音声会話では、両親、兄弟姉妹といった肉親が占める割合が非常に高いが、友人との会話を答えた学生も約3割あった。一方、ポケットベルは友人とのコミュニケーションに集中しているのが特徴である。また、ファクシミリでは両親と友人に対して非常に高い割合を示しているが、他の相手に対しても高い割合を示している。 図2 各機器の所有率 図3 電話の利用頻度 図4 ファクシミリの利用頻度 図5 ポケットベルの利用頻度 図6 携帯電話・PHSの利用頻度 図7 主なコミュニケーションの相手(複数回答可) 4.利用意識に関するアンケート結果  本学の学生が、こうした移動体通信機器を実際に使用、もしくは使用しているのを見てどのように感じているのかを調査した。  まず、手軽なテレコミュニケーション機器として利用し始めているポケットベルに関して、「ポケットベルは聴覚障害者にとって使いやすいと思いますか」という質問を試みた。その結果を図8に示す。この設問では、9割以上が「普通」以上と答えており、ポケットベルに対しては好意的な結果を示している。  次に携帯電話やPHSに対しても同様の質問を試みた。その結果を図9に示す。携帯電話やPHSに関しては、逆に約9割近くが「普通」以下と答えた。  最後に、「移動体通信機器を利用した文字通信は聴覚障害者にとって便利だと思いますか」という質問を試みた。その結果を図10に示す。この設問に対しては、ポケットベルに比較してもさらに高い傾向を示している。 図8 ポケットベルは使いやすいと思いますか? 図9 携帯電話・PHSは使いやすいと思いますか? 図10 移動体通信機器を使った文字によるコミュニケーションは便利だと思いますか? 5.考察  今回のアンケート調査は、学年・学科に偏りがあり、調査人数も前回に比べて少ないため、必ずしも結果の比較が的確であるかどうかの判断は難しい。しかし、おおよその傾向を議論することは可能であると思われる。  機器の所有率の結果からもわかる通り、わずか3~5ケ月程度の間でポケットベルの所有率は約2倍近くになっている。筑波大学附属聾学校の寄宿舎でも、ポケットベルの所有に伴って電話の利用度数が増加傾向にあるという事例が報告されている3)。また、コミュニケーションを行なう相手としては、他の機器の場合と比較して友人への集中度が高いという特徴がみられた。これらのことから、若い聴覚障害者の間では、友人との手軽なテレコミュニケーション手段としてポケットベルが急速に普及しているものと考えられる。ただし、ファクシミリにおけるコミュニケーションの相手が多岐にわたり、しかもいずれに対しても高い回答結果を示したことは、彼らにとってファクシミリが非常に重要なテレコミュニケーションの手段であることに変化はないと言える。  現在のポケットベルは、その送信操作やエリアの変更操作などの際に音声によるガイドが伴うなど聴覚障害者にとって決して使いやすい環境とは言い難い。しかし、それぞれの操作タイミングに慣れることにより、これらの操作をそれほど苦にしてはいないようである。今回の調査でも学生達からは「送信文字数が少ない」、「送信の際に電話を探すのに苦労する」、「利用エリアが狭い」などの不満が多く述べられているが、その一方で「送信したメッセージに対する反応がファクシミリに比べて非常に早く楽しい」、「待ち合わせに遅れるときに連絡できて便利」などの感想も多く、ポケットベルを好意的にとらえているようである。その傾向は、図8の結果にもみられる。  しかし、携帯電話やPHSの所有率に大きな変化がみられないことからも、手軽な送信手段としてこうした機器を所有するような状況には至っていない。この理由としては、「ポケットベルへの送信のためだけに所有するには機器や利用料金が高価すぎる」、「機器の操作が複雑」などの不満もあり、図9の結果からも、彼らが決して聴覚障害者にとって便利な機器とは思っていないことがうかがえる。ただし、「送信できるポケットベル」という希望も多く述べられていたことから、ポケットベルへの手軽な送信手段を望んでいることは事実である。  彼らは、今回「移動体通信機器を利用した文字通信」に対して、送信機器や送信環境への厳しい評価や不満を示す一方で、非常に高い評価を示した。実際に利用し始めているポケットベルへの使いやすさの評価と比較しても明らかに高い評価である。こうしたことは彼らの自由なテレコミュニケーションへの強い希望の現れであると読むこともできる。 6.今後の課題  今回の調査は、移動体通信の活用実験の実施の際に行なったアンケート調査の一部である。そのため、対象者が本学学生の一部に限られており、人数ならびに聴力レベルの分布が春に行なったアンケート調査のときと異なる。したがってく今回の傾向が本当に全体的な傾向を表しているのかどうか確かめる必要がある。また、具体的な内容に関して健聴者の若者と比較し、聴覚障害者の特徴を検討する必要もある。  こうしたことから、今後、今回の結果を健聴者の大学生や本学卒業生を含めて実施しているアンケート調査の中に反映させ、その結果を比較していく必要がある。  また、実際の活用実験の中にもこうしたアンケート調査の結果を反映させて、聴覚障害者が本当に必要とするような機器や機能などの検討を、より効果的かつ効率的に進めていく必要がある。 7.謝辞  今回のアンケート調査に快く協力してくれた本学学生の諸君に心から感謝にします。 なお、本研究は平成8年度電気通信普及財団の研究助成による成果の一部です。 参考文献 [1]内藤 一郎他,“聴覚障害者における移動体通信の利用に関する検討”,信学技報,ET-97-75,pp31-38,1997 [2]内藤 一郎他,“移動体通信機器を活用した授業の試み”,筑波技術短期大学テクノレポート,5,1998(本誌別稿) [3]石井 清一,赤根 直樹,“寄宿舎におけるテレコミュニケーションの課題”’第31回全日本聾教育研究大会研究集録,pp227-228,1997