情報処理学科における教育について-現状と問題点- 平成8年度情報処理学科主催公開シンポジウムより 視覚部情報処理学科 伊奈 論 要旨:情報処理学科での6年間に亘る情報処理教育経験を基に、その現状を紹介するとともに、問題点を整理してみた。さらに現短大カリキュラムの目的、範囲と位置づけ、ポイントの在処について私見を提示した。また全盲者と晴眼者とのマンマンコミュニケーション手段の現状と問題点、および現在もっともホットなWindows環境における視覚障害者とコンピュータのマンマシンコミュニケーションに焦点を当て、その働きと問題点について論じた。最後にコンピュータインタフェースのこれまでの変遷の意味とその将来的な在り方について私見と抱負を述べた。 キーワード:情報処理教育、視覚障害、障害補償、GUI、コミュニケーション 1 はじめに  平成8年度7月22日(月)に開催された情報処理学科自主開催の第1回公開シンポジウム1)において標記のような講演を行った。これは過去6年間の自身の教育経験を基にして、情報処理高等等教育について、現状何が行われていて、何が問題になっているのかをいろいろな角度から分類整理してみたものである。そこで述べた多くの項目は現在でもそのまま継続して適用できるものと考えられる。 2 情報処理教育の現状  まず情報処理学科で行ってきた、あるいは行っている教育について簡潔に示す。 ●何を教えているか コンピュータリテラシー、プログラミング、ハード/ソフト基礎、計算機科学、経営関連科目を教えている。 具体的な科目名としては、 数学、タッチタイピング、ワープロ、計算機の基礎、プログラミング技術、OS、OA、通信、電子回路、アルゴリズム、数値計算法、システムエ学、会計学、財務会計、数理計画法、他 ●どんな教育システムが導入されているか ワークステーションとパソコンをネットワーク接続したシステム SUNワークステーション(学生用、OB用、教官用、他) NEC PC98シリーズ(3室)、富士通FMV(l室) 構内LAN、インターネット接続 ●障害補償に何を使用しているか 音声合成機器、スクリーンリーダ(DOSベース)、点字ディスプレイ、点字プリンタ、音声電卓、パーキンスブレイラ、レーズライタ、触図エディタ、立体コピー機、OCR、自動点訳ソフト、点字エディタ、オプタコン、CD-ROM辞書検索、点字教科書、拡大読書機、大型ディスプレイ、画面拡大表示機/ソフト ●何ができるようになるのか タッチタイプ、コンピュータ操作、文書作成、プログラム作成、ネットワーク利用と管理、プログラム設計、プログラム開発、システム構成(構築)、データベース作成、他 ●どんな資格が得られたのか 準学士、情報処理技術者2種、英検2級 ただし、資格取得指向のカリキュラムを採用しているということではない。 ●どんな職業が想定できるか SE、プログラマ、システム管理者、教育エンジニア、ネットワークエンジニア、システムアナリスト、経営コンサルタント、経営アナリスト、生産管理者、財務管理者、視覚障害補償機器開発者 ●どんな職業に就いたか プログラマ、地方公務員、図書館員、一般企業事務員 ●現実の就職先はどんなところか ソフトハウス、自動車メーカ、医療機器メーカ、デパート事務、視覚障害補償関係企業、公共図書館員、点字図書館員、地方自治体、福祉法人 ●他一般大学にない特徴とは何か、差別化はどこにあるのか視覚障害補償機器の積極的利用 少人数教育 点字や拡大教材が比較的揃っている ●教材はどのように用意しているか (1)点字教材の作成 教材には教科書、参考書および随時配布資料がある。随時配布資料に関しては担当教官が自ら作成している。 教科書・参考書に関しては学内製作が殆どを占めるが、一部は外部から購入を併用している。 学内製作の場合以下の二つのルートがある。 ・教育方法開発センターに依頼 ・学科内点訳プロジェクトに依頼 いずれのルートにしても点訳処理のコンピュータ化がされてはいるが、最終的な点字の校正は人間の眼が頼りとなるため、大変な作業となっている。 購入の場合は点訳グループから購入することになるが、情報関連の専門書の点訳書籍数はまだ多くはない。購入先には以下のようなところがある。 ・点訳グループらん ・点訳広場(IBM) ・米国RFB(Recording For the Blind) 最後に図形の点訳が最も問題となるが、現在は触図を別に作成して点字文書の問に挟み込んで製本している。触図作成の方法としては以下のものがある。 制作方法 出力媒体 花子十点字フォント 立体コピー機 教育方法開発センタのソフト 立体コピー機 フリーソフトEDEL 点字用紙 Tenzu、Brlview2) 点字用紙、立体コピー機 (2)拡大教材の作成 墨字電子ファイルがある場合には拡大印刷、無い場合には原書の拡大コピーで対処している。 ●情報系出身者の職域はどうなっているか 三療のようには行かないとの覚悟が必要、すなわち資格と職域について短絡的に考えることはできない。情報系出身者の進路は晴眼者の世界でも玉虫色である。逆に言えば潰しが利くともいえる。図1に示すように旧来の学部分類に当てはめれば左の方へ行くほど職域が明確、右に行くほど玉虫色が強くなることは否めない。 3 情報処理教育の問題点  視覚障害者の情報処理高等教育を行う上での問題点には以下のようなものがある。 3.1計算機インタフェース ・MS-DOSからWindowsへの計算機OS転換へ追従できていない ・スクリーンリーダとネットワークソフト他アプリケーションとの相性が必ずしもよくない ・WS(Work Station)クラスの計算機に対する視覚障害補償インタフェースが無い 3.2ソフトウエア ・スクリーンリーダで使用できる市販ソフトおよびそのバージョンが大幅に限定される 3.3教材・資料作成 ・点字書籍の少なさ、点訳所要時間が大、図形・表の扱いが困難 ・点訳書籍のボリュームが大、保管方法・保管場所に苦労 3.4マニュアル ・点字化あるいは電子化マニュアルがほとんど手に入らない ・変更、バージョンアップが激しく最新版に追従するのが困難 3.4点字構造 ・数学理科記号、情報処理点字、漢点字も含めた点字整備の遅れ 3.5基礎訓練教育 ・高等教育以前の点字、漢字、歩行訓練から必要な場合もある 3.6授業方法 ・全盲者と弱視者の統合教育の問題 ・学力格差の問題 ・教材、資料、講義手法平等化の弊害 3.7プログラミング ・ビジュアルプログラミングのための視覚障害補償機能が遅れている ・長いプログラムの設計構築方法と解析には困難が伴う 3.8 就職 ・一般企業サイドの視覚障害に対する偏見が大きく、採用に後ろ向き 3.9 職域開拓 ・鍼灸・理学のような国家資格が設けられていない ・履修科目と就職先との関連J性が必ずしも高くない ・定常的な職種・就職先のルートができにくい 3.10 カリキュラム、人材育成 ・職業訓練重視か、計算機科学重視か、資格試験重視かの意思統一 3.11 計算機資源 ・製品サイクルが速く陳腐化が激しい メモリ不足、ディスク容量不足、パワー不足が導入後 2,3年で表面化 ・計算機のレンタル期間(通常5年程度)に対してコンピュータ製品およびソフトウエアのライフサイクルが短くなってきている .買い取り計算機の保守更新が予算上できにくい 図1 情報処理学科の性格と位置付け 4 入学時と入学後の学生の意識  情報処理学科は何をやる所なのか?を入学前に明確に理解することは難しいが、入学後にこんなはずではなかったという不整合を感じる学生も見受けられる。 4.1よくある志望動機 ・パソコンをいじることが好き ・ワープロを使ったことがある、あるいは使えるBASIC言語で簡単なプログラムを動かしたり、作ったことがある ・とにかく三療以外のことをやりたい 4.2入学後の意識  情報処理学科カリキュラムは職業訓練枝、専門学校のように即戦力としての目先の利用技術の教育を目指していない。しかし学生はそれを期待して入ってくる面があることは否めない。そういう学生には以下のような違和感があるようである。 ・望んでいるものと違う ・難しすぎる ・社会で役に立たない 4.3学生の思惑と学科カリキュラム  自動車にたとえるならば、運転技術を習得するために大学の機械工学科に入ってしまった時のような意識のズレがあるのかも知れない。以下のような図式である。 ・学生側-利用方法指向(対比例:車の運転技術指向)Lotus、Excel、一太郎、データベース、Netscapeといったようなワープロ、表計算、ネットワークアクセス等の既成アプリケーションをブラックボックスとして使いこなせることが目的となる ・学科カリキュラム-計算機科学指向(対比例:機械工学指向) アルゴリズム論、数理計画法、情報理論、ソフトウエアエ学、電子回路工学、数値解析といった計算機科学の修得が柱になっている 4.4学科カリキュラムの骨子  コンピュータリテラシーとしての利用技術を軽視せず取り入れてはいるが、到達目標は計算機科学である。この真意は以下の点にあるからである。 ・他大学CS(Computer Science)学科と同等程度の基礎学力を身につけ、社会で対等にやっていけるように ・この分野で将来リーダシップをとってもおかしくない人材 ・社会に出てからでは容易にできないことを学ぶ ・自分一人では容易にできないことを学ぶ(逆に車の運転技術はどこでも学べる) ・科学技術の急激な変革によっても容易に色あせない基礎学力=Cs基礎、専門科目、研究手法、考え方を身につける=アルゴリズム論、プログラミング手法等 4.5 現実  とはいっても以下のような社会的な現実も確かにあるため、学生の意識の問題だけで片付けられない問題であることも事実である。 ・最も重要な計算機科学の勉強が具体的な職域職名に直結しないところがある ・学生本人も採用側も運転技術のみが評価対象となりがち、なぜなら「君は何ができるの?」といった問に答えやすいからである。 5 情報処理専門教育の考え方 情報処理専門教育の重要な要素としては、図2に示すように計算機科学、ハード/ソフト、インタフェース、アプリケーション、語学(英語会話力)がある。計算機科学を中心に、コンピュータリテラシとしてのハード/ソフト、利用技術としてのインタフェース・アプリケーション、盲人にとって第二の眼とも考えられる英語会話力から構成される。 5.1 情報処理教育の範囲と階層  情報処理技術者の核は「計算機科学」と「ソフト/ハード」にあると考えている。  図3の中で「アプリケーション・市販ソフト」、「マンマシンコミュニケーション」の領域はいわゆる利用技術に相当する学科目が対応するが、もっとも技術変革の激しい影響を受けやすい領域である。このうちどの層に重点を置いた教育をすべきかを明確にする必要がある。 6 マンマンコミュニケーション  全盲者と晴眼者のコミュニケーションのことであるが、情報処理技術者としてのプログラム開発、システム設計開発はもとより各種職域では双方向が理想ではあるが、伝達手段の数と精度の於いては以下のようなアンバランスがある 6.1 晴眼者から全盲者へのコミュニケーション  この目的には比較的多くの手段が用意されており、状況は改善されてきている。具体的な例としては、墨字ファイルからの音声化、点訳ソフト、触図・画像提示ツール、オプタコンなど豊富である。 6.2 全盲者から晴眼者へのコミュニケーション  この目的に利用できる手段は非常に少ない。今のところ文字情報ならばワープロ文書で、図形情報に関しては精度が低いがレーズライタが利用できる程度である。ここに大きな問題点がある。 6.3 図形、画像のプレゼンテーション手段  晴眼者が全盲者に提示する手段を、2次元図形と3次元図形の場合に分けて示す。 (1)2次元図形・画像  触図(立体コピー機、点字プロッタ)  全体画像方式(2次元マトリックスピングリッド式)-精度に限界あり  部分画像方式(指先の突起上下・振動、マウス風またはオプタコン風)-全体像の認識が困難 (2)3次元画像・図形  フォースディスプレイ(力覚呈示装置)-局所的になりやすい、大きな物・複雑な物では認識困難  3次元プロッター作画時間がかかりすぎる、一般的に高価 図3情報処理教育の範囲と階層 7 マンマシンインタフェース  インターフェースこそ情報処理の根幹か? コンピュータ利用技術の根幹ではあるが、情報科学技術の根幹ではないという捕らえ方ができる。全盲者が計算機を使用する上でのもっとも重要なインタフェースの一つがスクリーンリーダ(画面読みソフト)である。長かったMSDOS時代のスクリーンリーダは個人の力で開発できたが、現在主流のWindowsのGUI(Graphical User Interface)では変革が急激であることと、内部が複雑になりすぎたため、メーカー主導でないと開発でき難くなってきた。しかしこれでDOS時代を上回る本当に使いやすいスクリーンリーダができるのかという疑問もある。現実的な解決策としてはGUIの障害者インターフェースのホワイトボックス化が必要と思っている。具体的には ・ブラックボックス化のなかで障害者インタフェース作成のための内部仕様の明示と公開 ・様々なインタフェースプログラムが続々と現れるような下地作り ・メーカからのトップダウン仕様のみでは限界がある ・多くの障害者プログラマーが自ら試行錯誤して自分自身の最適なインタフェースが作成できること スクリーンリーダの変遷と今後に対する個人的希望を以下にまとめた。 7.1スクリーンリーダの昨日・今日・明日 【図】 7.2スクリーンリーダの環境比較 【表】 8 視覚障害者にとってのGUI  スクリーンリーダはウインドウの階層構造やメニュー、アイコンを音声読み上げさせることによって探索できるようになっている。探索の方式には大きく二つの手法が利用される。 GUI探索両方式-両面構造探索型、論理構造探索型 しかし探索方式が利用できるようになれば万事解決だろうか。実はGUIへの接し方には以下の2種類がある。Windowsユーザの立場に徹するならば解決と言ってもよいが、情報処理を専攻してWindowsプログラムの開発を志す立場から見た場合何の解決にもなっていない。情報処理学科におけるプログラミング教育は後者の立場を想定している。 GUIへの接し方-①GUIはシステム利用の道具とするだけ(単なるGUIユーザ)、②GUIそのものを含めてプログラミングする(ビジュアルプログラミング)  Windows下でのプログラミングを行おうと思えば ・VisualC++プログラミングをはじめとして②の形態が要求される ・GUI探索はもちろんのこと、②を可能とするためには何らかのGUI障害補償プレゼンテーション機能がサポートされなければならない。うまいGUIプレゼンテーション方式があるのかどうかは今のところ不明である。 8.1 汎用GUIインターフェースか特殊限定インタフェースか? ・汎用GUIインタフェースに特別障害補償オプションを設けることで共存できないか ・特殊限定インタフェースも必要となるか  これは昔からある議論であるが、MS-DOSの時代では、マスプロダクトとしての恩恵を十分に受けることができる汎用インタフェースを障害者も利用できるようにしていくことが望ましいと考えられていた。実際問題として、比較的シンプルな障害補償あるいは代行機能を外付けで用意することによって、多くの問題点は解決されてきた。しかしながらWindowsを始めとする複雑化したGUIでは、この原則を踏襲できなくなってくる可能性がある。今後特殊限定インタフェースの必要性が出てくるかも知れない。 8.2 ビジュアルインタフェースの明と暗 ・GUIは目指す最終ゴールか? ・もっとリーズナブルなインタフェースはないのか?  GUIは過渡的なインターフェースであるのか、それとも将来もこの方向へ突き進んで行くべき将来性のあるインタフェースであるのか。最近、明の部分から暗の部分も目立ってきた。以下に両者を対比して示す。 (明)  机の上の環境(書類、筆記具、消しゴム等)を再現、素人でも操作が容易である  ノンバーバル(言葉を使わない)なダイレクトマニピュレイション(右脳的直接操作)が行える (暗)  アイコンが多くなりすぎ、イメージと実態が結びつかなくなってきた  収拾のつかない乱雑な机上の再現になってきていないか  GUI設計には美的(美術的)センスも必要になり、ビジュアルプログラミングが困難になってきた 9 ヒューマンインタフェースの変遷  コンピュータインタフェースがどのように変遷してきたかを簡単な例を示して説明する。またGUIの次に来ることが期待される将来のインタフェースへの夢に簡単に触れる。 9.1 コマンドからアイコンヘ、アイコンからコマンドへ  コンピュータとの対話は従来の文字とキーボードを介したコマンド方式(バーバル的)からアイコンという画像とマウスを介したダイレクトマニピュレーション方式(ノンバーバル的)へと変遷して来ている。これは商品を購入する場合に例えると、個人商店方式からスーパーマーケット方式への変遷に置き換えることもできる。視覚障害者にとってスーパーマーケットは利用し易いだろうか?初めての場所と,慣れた場所ではおのずと差はできるが、狙った一品を手にする目的には個人商店の方が便利そうである(価格はこの際度外視するが)。一方で高級専門店というものがある(私は行ったことがないが)。皇室、華族、VIPがスーパーマーケットで買い物をする図を考えてもらえば分かる。あまりハッピーではないだろう。どんなユーザもコンピュータに対してはいつでもVIPでなければならない。したがって将来のコンピュータインタフェースは個人商店としての高級専門店方式への回帰も否定できないわけである。この意味でGUIが唯一で、将来に亘って有り難がるものでは無いかも知れないなという予感もするわけである。 9.2 未来のヒューマンインタフェース  GUIのスーパーマーケット方式の次に来るものとして以下の二点のアシストに期待している。大分先の将来になりそうではあるが。 ・感性情報処理の組み込みによるアシスト 声色、表情、視線、ジェスチャによるコミュニケーションができるようになる。 ・学習するインタフェースエージェント(Softbot)によるアシスト 専任の秘書を雇えた場合を想像すれば当たらずとも遠からずである。 10おわりに  視覚障害者情報処理教育に関わる広範な話題について紹介かつ論じてきたが、これらはあくまでも個人的な主観からまとめ、かつ論じたものであることをお断りしておく。したがって現実にそぐわないこと、間違い、言い過ぎ、不適切な表現、矛盾等多々あることと思われる。読者諸賢のご叱責、忌憚のないご意見を待つ次第である。 参考文献 1)夏目 武:「視覚障害者向け情報処理教育の実際と問題点ウインドウ対応視覚障害者用支援機器のこれから」、筑波技術短期大学テクノレポート、第4巻、pp9-13(1997) 2)伊奈 論:「全盲者とグラフィックス・画像」、筑波技術短期大学テクノレポート、第3巻、pp91-95(1996)