移動体通信機器を活用した授業の試み 聴覚部 内藤 一郎、及川 力、松井 智、齊藤 まゆみ、櫻庭 晶子 村上 裕史、石原 保志、加藤 伸子、清水 豊 要旨:近年、ポケットベルや携帯電話・PHSでの文字通信を利用することで、聴覚障害者にも自由なテレコミュニケーションが可能になってきた。我々は、こうした機器を積極的に仕事や生活に活用していけるような学生の育成を目的として、移動体通信機器を活用した授業の試みを開始した。今回、実際に活用した授業の内容とその結果について報告する。 キーワード:移動体通信機器、学外授業、携帯電話、ポケットベル 1.はじめに  近年、ポケットベルが普及し、携帯電話やPHSでの文字を使った通信も可能になってきたことから、聴覚障害者にも文字メッセージを利用した自由なテレコミュニケーションが可能になりつつあり、すでに聾学校の寄宿舎で外出した学生との連絡にポケットベルを利用している事例も報告されている1)。  平成9年の春に、本学学生、卒業生、四年制大学学生に行なった移動体通信に関するアンケート調査でも、若い聴覚障害者がこうした文字メッセージを利用したテレコミュニケーションに強い関心と期待を示してるという結果が得られている2)。  こうした中、我々は、今後、聴覚障害者が社会に進出し自立していく中で、こうした移動体通信機器を積極的に活用していくことができる力量を持つことが大切であると考え、実際の授業の中で活用する試みを開始した。本稿では、移動体通信機器を活用した授業の内容とその結果を報告する。 2.移動体通信を活用した授業について  今回、移動体通信機器の活用を試みた授業は (1)野外でのキャンプ実習 (2)デザイン学科の学外演習 である。  また、今回利用した機器は以下の通りである。 ノート・パソコン:AL-N2T515J5 1台(松下電器) 携帯電話:デジタルムーバN203 4台(NTTドコモ) ポケットベル:インフォネクストD11 8台(NTTドコモ) 通信方法としては、 (1)ノート・パソコンから電子メールを利用したポケットベルへの同一メッセージ一斉送信(漢字を含み50文字まで) (2)携帯電話同士の文字メッセージの送受信(カナ50文字まで) (3)携帯電話からポケットベルへのメッセージの送信(カナ10文字まで) の3通りである。  なお、実習の評価として、参加した学生に対して移動体通信機器の活用に関するアンケート調査を実施した。 3.野外でのキャンプ実習について  9月27,28日に、3年生を対象に野外のキャンプ実習を実施し、その際にポケットベルの活用を試みた。参加学生数が49名と多いこともあり、学生を6,7名毎にグループ分けし、各グループの班長にポケットベルを所持させた。そして、ノート・パソコンと携帯電話を使い、電子メールを利用した各ポケットベルへの同一メッセージの一斉送信、ならびに特定のポケットベルへのメッセージの送信により教官側からの指示を各グループへ伝達した。(図1) 実際に送信した内容は、以下の通りである。 ・各班、寝袋を取りに来て下さい。チェックシートを忘れずに! ・各班、かごとチェックシートを持って食器セットを取りに来てください! ・追加装備の串焼きの串を取りに来てください!(該当する班のみに送信) ・夕食コンテストまであと30分。そろそろ追い込みを! ・夕食コンテストまであと10分です!そろそろ仕上げを!! ・ナイトハイクは、広場集合!バインダーと筆記用具持参! ・班長、装備係長ミーティング時間変更!9時半に広場に集合!!(図2) ・この後はテントに戻って話をしてください! ・警告!1時になったらテントに戻りなさい! ・片付け終わった班は、水場・カマド周辺の清掃に協力してください!  図2に実際にポケットベルで受信したメッセージの一例を示す。電子メールを利用した漢字を含むメッセージは、図のように表示される。  キャンプ実習の中でポケットベルを活用した結果、教官側としては分散した学生に対する指示の伝達が、当初思っていた以上に効率的に行えた。特に、手話や口形などが認識しにくい夜間においても、集合時間や集合場所の変更が確実に伝達でき、時間や場所を間違えた学生はいなかった。学生側からも、実習後のアンケート調査の結果、「緊急時を考えると便利で安心できる」、「集合時間や集合場所の変更などで役に立った」、「できれば全員に持たせてほしい」など好意的な意見が多かった。ただし、「キャンプにまでこうした機器を持ち込むことに疑問がある」、「移動体通信機器を利用するには今回の実習は狭すぎる」などの厳しい指摘もあった。 図1 保健体育野外キャンプ実習 図2 受信したメッセージの一例 4.デザイン学科の学外演習について  10月28日に、東京の銀座で開催された『バリアフリークリエーション97 バリアフリーは銀座から』の各会場を、グループごとに見学し、その見学内容を報告するというデザイン学科の学外演習において、携帯電話とポケットベルによる文字メッセージの活用を試みた。  なお、半日の演習の中で十分な成果をあげるために、演習前に授業2時限分(約160分間)の練習を行なった。また、実際の操作には、音声によるガイドにしたがって進める部分もあるため、音声ガイドに対しては、「○○の操作後、10秒ほど待ってから××の操作を行い..」というように時間による指示を試みたマニュアルを作成し学生に配布した。  今回の演習は、参加学生が10名と少ないこともあり、学生を3,4名ずつのグループに分け、各グループに携帯電話とポケットベルを所持させた(図3)。参加した学生には、必ずポケットベルか携帯電話のいずれかを所持させた。そして、演習中に各グループ間で連絡を取り合い、「途中に一回全員で集合して喫茶などの休憩をとること」という課題を演習の本来の課題の他に与えた。  なお、実際に利用する際に注意することとして以下の項目を指示した。 ・機器をなくさないように注意すること。 ・メッセージには、必ずグループ名か氏名など送信者やグループが特定できるものを入れること。 ・メッセージを受け取ったら簡単な内容で良いから必ず相手に返信すること。 ・文章のないメッセージ(正しく送信できなかったもの)や差出人の不明なメッセージが届いたら、他のグループや教官にその旨連絡をすること。  正味2時間程度の演習であったが、その間に行われたメッセージのやり取りは、教官側からのメッセージを除いた学生たちだけのものが、携帯電話同士で8回、携帯電話からポケットベルへの送信で67回あった。しかし、正しくメッセージを送信できたものが携帯電話同士の送信で3回(成功率37.5%)、携帯電話からポケットベルへの送信で32回(成功率47.8%)であった。図4に正しく送信できなかった場合のポケベル側での表示の一例を示す。正しく送信ができない場合には、メッセージがなく受信時間だけが表示される。これは、携帯電話同士で正しく送信できなかった場合も同じである。学生達は、これを「空ベル」と読んでいる。  なお、携帯電話同士では5o文字という比較的長いメッセージを送信することができ、学生達も当初は強い関心を示していたが、送受信した全メッセージの約9割が10文字までのポケットベルへの送信であった。今回利用した機器では、ポケットベルへの送信操作の場合には、あらかじめ携帯電話に登録してあるポケットベルの番号を利用できたが、携帯電話同士の送信の場合には、その都度携帯電話の番号を入力する必要があり、その操作が煩雑であった。その結果が送信数の違いにあらわれたものと思われる。したがって、学生達は、メッセージの長さよりも操作の簡単さを選択した結果となった。  また、メッセージの内容は、課題との関連もあるが学生にとって不慣れな銀座であったこともあり、「イマドコニイルB」など、互いに地図を睨みながらの位置の確認が多かった。実際にグループ間でやり取りされたメッセージの一例を図5~図7に示す。  なお、送信操作の上手な学生ほど、他の学生に比べて失敗したメッセージを受け取りやすく、逆に下手な学生ほど成功したメッセージを受け取りやすい。教室内で練習した際には、自分の送信操作の成功・失敗を確認できるが、学外で実際に利用する場合には、送信した側からは成功・失敗の確認ができず、受信した側も誰が失敗したのかを知ることができない場合がほとんどであるため、実際の演習では操作の上手な学生ほどテレコミュニケーションの失敗感を、下手な学生ほど成功感を抱く結果がみられた。  実習後のアンケートの結果では、正しくメッセージを送信できない場合が半分以上あったため、「空ベルが多くいらいらした」などの意見が多かったが、その一方で「鬼ごっこや宝探しをしているようで楽しかった」、「グループ活動には便利だと思った」、「迷子にならないためには便利だと思う」などの好意的な意見も多くみられた。 図4 正しく送信できなかったメッセージの一例 図5 やりとりされたメッセージの一例(1) 図6 やりとりされたメッセージの一例(2) 図7 やりとりされたメッセージの一例(3) 5.考察  学外の授業の中で、移動体通信機器を利用する場合には、大きく分けて以下のような2つの目的が考えられる。 (1)授業を効率的に進行させるため (2)学生に実際に機器を利用させるため  今回は参加人数と機器の台数の関係もあり、キャンプ実習での活用が(1)に、学外演習での活用が(2)に当てはまることとなった。  今回、初めての試みでもあり、実際に実施するにあたって、(1)の場合には、操作者が慣れていることもあり運用は順調であるが、こうした指示の伝達方法に学生達から不満がでることが心配された。また、(2)の場合には、学生達には自分達で操作している楽しさはあるが、操作に慣れていないためミスが多く、そのことに不満がでることが心配された。  授業が終了した後のアンケート調査で、「学外での授業の中でこうした移動体通信機器を利用することをどのように思いますか」という質問を試みた。その結果を図8に示す。送信の失敗の影響もみられるが、全体的に学生達は今回の試みを好意的にとらえており、当初抱いていた不安は一応払拭された。ただし、「何のために利用したのかよくわからなかった」という指摘も出されており、今後、こうした試みを行なう際には、その目的を学生達に明確に示していく必要性を痛感した。  また、今回の結果からも現在の移動体通信機器やその環境が決して聴覚障害者にとって使いやすいものではないことも明確になった。したがって、そうした問題の検討も授業での活用を通して検討していく必要があると痛感した。 図8学外での実習や演習で移動体通信を活用するきだと思いますか? 6.謝辞  今回のアンケート調査に快く協力してくれた本学学生の諸君に心から感謝にします。  なお、本研究は平成8年度電気通信普及財団の研究助成による成果の一部です。 参考文献 [1]石井 清一,赤根 直樹,“寄宿舎におけるテレコミュニケーションの課題”,第31回全日本聾教育研究大会研究集録,pp227-228,1997 [2]内藤 一郎他,“聴覚障害者における移動体通信の利用に関する検討”,信学技報,ET-97-75,pp31-38,1997