鍼灸外来臨床実習に向けての基礎技術評価 筑波技術短期大学鍼灸学科 坂井 友実、形井 秀一、木村 友昭、小林 聰、野口 栄太郎、森 英俊、和久田 哲司、森山 朝正、西條 一止 筑波技術短期大学付属診療所 津嘉山 洋 要旨:鍼灸外来臨床実習に向けて、実習活動に必要な基礎技術の評価を2年次3学期に行うことを計画した。対象となった科目は解剖学、経絡経穴概論・実習、鍼灸基礎実習、総合評価実習である。評価内容はこれらの科目の中から、鍼灸臨床を行っていく上で最も基本となるものを選定し評価することにした。評価は1.生体観察、2.神経学的検査、3.関節可動域(ROM)、4.取穴、5刺鍼、そして6.印象度の6項目について行った。試験時間は学生1人当たり約15分とし、期間中学生1人当たり3回(3日間)の評価を行った。また、学生には評価内容及び判定基準を予め知らせておくこととした。判定は25点満点で11点以上を合格とし、10点以下は不合格で追試とした。 キーワード:臨床実習、基礎技術評価、鍼灸 1.はじめに  臨床実習は治療を必要としている人々に対して、すでに学んだ知識・技術を用いながら臨床現場における具体的な実習を通して理論と実践の統合を図り、鍼灸を実践する能力を養うことを目的とした学習活動である。また、臨床実習はいろいろな視点で人間を見つめ認識していく訓練の場でもある。実習を展開する上で常に相手に関心を注ぎ、心にかけ想いを向けて信頼関係や人間関係を築いていくことは大事な基本姿勢である。  鍼灸学科における目標は医療人として社会に通用する知識、技術、人格を有した鍼灸師の育成であり、臨床実習はそれを達成するための重要な場であるとともに教育課程における総仕上げの科目でもある。一般教育科目、基礎医学科目、臨床医学科目、専門科目、基礎実習、応用実習と積み上げ臨床実習では実際の患者を対象として実習を行う。患者を対象として実習を行う場合、いくつかの段階がある。即ち、最初は①教官の診察から治療までの見学を中心とした実習から始まり、次に②教官の診療補助、そして③患者の問診、④診察(触診、理学的検査など)を経て最終的には⑤治療というところまでを目標にしている。しかし、全ての学生が治療できるところまで必ず到達するとは限らず、診察までしか到達しない者や問診までで終わる者もいる。教官が指導する学生の実状をよく把握し、学生一人一人の能力に応じたきめ細かな適切な指導をしていくことにより、より高いレベルへの実習につながるものと考える。その方法の一つとしてこれまで学習した科目の到達度を確認する事である。今回、実習活動に必要な基礎技術の評価を行うことを計画したので、ここにその内容と評価方法について紹介する。 2.基礎技術評価の位置付け  鍼灸学科の臨床実習時間数は450時間(10単位)で、そのうち45時間分が2年次3学期に行われている。これは一日も早く患者や鍼灸治療室の環境に慣れることを目的として設けられたものであり、3年次からの実習を円滑に行うための準備期間に相当する。従来はこの45時間のうち22.5時間を鍼灸実習室での見学実習に、残りの22.5時間を模擬臨床、主要疾患の診察ルーチンの実習や電子カルテの取り扱いに当てていた。基礎技術評価は後者の模擬臨床や診察ルーチンの実習時間のうちの9時間分を当てることにした。そして、評価に際しては、鍼灸の臨床実習指導教官が可能な限り、このための時間を作り、評価に当たることにした。 3.基礎技術評価の内容(表1)  これまで履修した科目の内、鍼灸の臨床に直接関連がある実習の科目を取り上げ評価することとした。対象となった科目は解剖学、経絡経穴概論・実習、鍼灸基礎実習、総合評価実習である。評価内容はこれらの科目の中から、鍼灸臨床を行っていく上で最も基本となるものを選定し評価することにした(表1)。評価は1.生体観察、2.神経学的検査、3.関節可動域(ROM)、4.取穴、5.刺鍼、そして6.印象度の6項目について行った。 「1生体観察の筋、関節」の評価は体表から触察できるものとし、取穴をする上で指標となる解剖的な部位や体表に現れやすい生体の筋の過緊張、骨の位置の異常などを想定して触察せることにした。動脈拍動の触知の評価は評価者の動脈を触知させ、拍動に一致して学生に声を出してカウントするよう指示しておき、評価者が別の部位で動脈を触知し、拍動と一致してカウントされているかを確認するようにした。 「2.神経学的検査」の反射(深部反射、病的反射)や知覚検査は鍼灸臨床で上肢や下肢のしびれや痛みを取り扱う機会が多いことから、ベッドサイドにおける神経学的検査はぜひ身に付けておかなければならない。深部反射や病的反射の代表的なものや、現れやすい知覚異常の部位をデルマトームで示させるようにした。 「3.ROM」の評価は肩関節と膝関節で行うことにしたが、これも鍼灸臨床で五十肩や変形性膝関節症などの患者を取り扱う機会が多く、ROMの測定が必要となる。 「4.取穴」は鍼灸の治療を行う上で最も基本的なものとして、ぜひとも身に付けておかなければならない。実習で教官に刺鍼部位を経穴で指示された時、取穴が出来ていないと十分な実習活動が行えないことになる。およそ365ある経穴数の内、臨床で良く用いられるもの、鍼灸国家試験で出題頻度の高いものを、平易な経穴(25穴)、やや難しい経穴(25穴)、難しい経穴(20穴)の3段階に分けて合計70穴を選出した。この中から平易な経穴を2穴、やや難しい経穴を2穴、難しい経穴l穴の計5穴を教官が選び取穴させることとした。 「5.刺鍼」は教官自らが被験者となり教官の下腿の前面に刺鍼させて評価することにした。鍼灸臨床を想定した場合、単に鍼を刺入できればよいというものではなく、刺鍼前、刺鍼中、刺鍼後に治療効果の面、衛生面、安全面で、それぞれ行わなければならないことがあり、それらを含めて総合的に評価しなければならない。これは刺鍼練習器を用いての評価よりも優れており、教官が被験者になった方が刺鍼中の手技や刺激の与えかたなど細かいところまで評価できる。 表-1 評価内容 表-2 評価内容 4.評価方法(表2,3,4)  表2に評価の方法と判定基準を示した。1項目あたり5~0の6段階の評価とし、生体生体観察、神経学的検査、ROM、取穴、刺鍼の5項目で25点満点とした。それぞれの評価項目の内、さらに小項目に分かれる場合は5点満点になるよう平均した(表4)。判定は11点以上を合格とし、10点以下は不合格で追試とした。さらに、各項目の内、1点以下があっても追試とした。  また、今回は合否の判定基準には組み込まなかったが、印象度(好感度)を4~0の5段階で評価した。これは態度や服装、言葉使い、治療者としての配慮ある行動が出来ているか等を総合的に評価するものである。 表-3 基礎技術評価採点表 表-4 刺鍼技術採点表 5.実施方法  基礎技術評価は以下の要領で行うことにした。 ①評価者は鍼灸学科プロパーの教官とし、できるだけ多くの教官で評価する。 ②評価項目5つのうち、刺鍼は評価者全員が行うことにし、残り4項目の内2項目を担当した。即ち、1人の教官が3項目を担当し評価した。 ③1日に2人の評価者が担当し、5項目を分担、評価した。 ④学生1人当たりの試験時間は約15分とした。 ⑤期間中、学生l人当たり3回(3日間)の評価を行った。 ⑥学生に評価内容及び判定基準を予め知らせておくこととした。 6.期待される学習効果  基礎技術評価を実施することにより、期待される学習効果として、以下のようなことがあげられる。 ①臨床実習担当教官が学生の実状を肌で感じることができる。 ②評価内容、判定基準をオープンにしたことにより、学生の学習意欲が高まる。 ③基礎科目、基礎技術の見直し。 ④外来臨床実習に臨むについての学生の意識の向上。 などが考えられる。3年次の臨床実習にどのように反映し、どの程度臨床実習活動のレベルアップにつながるかはもう少し時間を要するところである。しかし、このような基礎技術評価の試みはより充実した臨床実習を目指す上での大きな前進といえる。 7.おわりに  鍼灸学科における鍼灸外来臨床実習に向けての基礎技術評価について紹介した。鍼灸学科では、たとえ視覚に障害がっても、鍼灸師として社会的に職業自立できる人材の育成を目指している。臨床実習がそれを達成するための総仕上げでの場であり、基礎技術評価の試みが、臨床実習の向上につながることを期待するものである。 文献 1)藤腹 明子、黒田 裕子 編集:臨床実習ハンドブック、看護学生版シリーズ4,1995,照林社東京 2)坂井 友実、白木 幸一:筑波技術短期大学鍼灸学科総合臨床実習のあり方について,テクノレポートVOL1,153-156,1994 3)西條 一止:鍼灸学科の鍼灸臨床実習のあり方,テクノレポート,VOL2,167-168,1995 4)形井 秀一他:ボランティアを導入した按摩・マッサージ・指圧実習について,テクノレポート,VOL3,83-86,1996 5)形井 秀一他:ボランティアを導入した手技臨床実習の1995年度の動向について,テクノレポート,VOL4,97-101,1997