聴覚障害学生を対象としたスキー教室 齊藤 まゆみ,及川 力(聴覚部一般教育等),鈴木 隆雄(下館市教育委員会) summary:聴覚部において実施しているスキー教室の概要と現状について報告し,今後の課題と展望について検討した。過去3回実施したスキー教室では,学外講師に聴覚障害者のスキー正指導員1名と学内講師2名で,丁寧でわかりやすい指導を心掛けてきた。参加希望者も年々増加し,昨年度は在学生の1割を超えるまでとなった。この数値は,スキー教室が一定の評価を得られるようになった結果であると思われる。そこで過去の実習を通して本学学生のスキーに対する考え方や現状を検討したところ,スキーに関する十分な知識がない,十分な指導を受けた経験がない現状が明らかとなった。またスキーに対する関心も,スノーポードやモーグルなど学生のニーズが多様化していることも示された。 keywords:スキー教室,聴覚障害学生 1.目的  筑波技術短期大学聴覚部におけるスキー教室は,学生の課外教育活動の一環として筑波技術短期大学教育研究助成財団の助成を受け,平成6年度から実施している。指導対象が全員聴覚障害者である本学の特殊性を考慮し,全日本スキー連盟正指導員の資格を持ち,聴覚障害のある学外講師1名と学内講師2名の指導スタッフで,少人数でわかりやすい指導を重視してきた。その成果として平成8年度には参加希望者が在学生の1割を超える20名に達するまでになり,この活動も初期の目標を達成したと思われる。そこで過去3回の本学におけるスキー教室の概要を報告するとともに参加者に対して実施したアンケート結果をもとに今後の課題について検討したので報告する。 2.スキー教室のねらい  このスキー教室のねらいは「スキーに関する自立能力を育成すること」であり,具体的には以下に示す7項目を掲げている。実習を通じてねらいの能力を開発することを目的とし,実習中は常にねらいを意識することを心掛けるようにした。 *スキーを自分で準備して安全に自分の力で楽しめること。 *スキーに関する知識や技術を自分で求め,深め,高めていくことができる。そのための知識,批判力,方法論的能力をもつ。 *スキーの世界を自分で開拓していけること。 *スキーを通じて自分を豊かにしていけること。 *スキーを通じて人間関係を豊かに広めていくことができること。 *スキーを通じて自然について考えを深めることができること。 *スキーを発展させていくことができ,人に伝えることができ,教えることができる。 3.スキー教室の概要 3.1期間 春季休業中の3月中旬に3泊4日で実施している。学生の募集は1月に行い,実習1カ月前の2月中旬に,事前学習用テキストを配付している。 3.2場所 長野県志賀高原西館山スキー場を中心とする志賀高原スキー場である。志賀高原スキー場は21ものスキー場からなり日本最大級である。平成10年に長野オリンピック,パラリンピック開催を控え,リフト券に身体障害者割引が適用されるなど環境も整ってきた。また立地条件から,3月でも比較的ゲレンデコンディションがよい。さらにスノーボードとの住み分けもはかられており,講習の安全性確保という面からも適していると思われる。 3.3宿舎 お茶の水女子大学志賀高原体育運動場を利用している。 3.4プログラム 実習のプログラムは図1に示す通りである。スキーのような野外活動では,自己中心的な活動が他人の生命に危険を及ぼすこともある。このため時間を守ること,自己中心的な活動をしないことという指示を徹底させた。その結果,実習において遅刻する学生が皆無であり,毎回定刻に実習が開始できたこと,また他人に迷惑をかけるようなトラブルも発生しなかったことが非常に評価できる。  スキー場での講習は午前2時間半,午後2時間半となっており,昼休みは宿舎で休憩をとるようにしている。この時間は傷害の予防や指導者間の情報交換,希望者にはビデオによるフォームチェックなどに利用している。夜は宿舎において,スキー技術に関する班別ミーティングと全体ミーティングを行い,テキストやビデオをもとに専門用語やゲレンデにおける安全確保(ルールやマナー等),講習時の並び方や「見る」ポイントなどについて解説している。さらに講師を囲んで聴覚障害者の先輩としてのさまざまな講演,有志による座談会も行っている。これらのプログラムは参加学生からも好評で,スキー技術だけでなく,ねらいに掲げたようにさまざまな面からこのスキー教室において重要な役割をはたしているものと思われる。またこのスキー教室には,スタッフ以外に有志の先生方や技官の方が参加されており,色々な面でサポートしていただいている。 図1 スキー教室日程表 4.アンケートおよび実習から見たスキー教室の課題と展望 4.1対象および方法 平成8年度スキー教室に参加した20名(男12,女8)の学生を対象に,アンケートおよび技能テストを実施した。アンケートは実習最終日に実施した。技能テストは中斜面において実施し,0から4のレベルで評価した。 4.2参加動機  アンケート結果より,参加動機は表1に示すような4項目があげられた(一部複数回答)。 参加者20名中5名が2度目の参加であり,これまでのスキー教室が支持された結果であると思われる。聴覚部では,学生がサークルなどでツアーを企画したり,友人同士でスキーバスや自家用車を利用してスキー場へでかけている。  アンケート結果によると一部地域の出身者を除き3),スキーを始めた頃に学校の行事等でスキーを教えてもらう機会を持っていた。しかしその後はほとんど指導を受けた経験がない(図2)のが現状である。したがって本やビデオによる自習や友人同士によるアドバイスが現在のスキー技術習得のもとになっている(図3)。  その結果,専門の指導員によるアドバイスや的確な指導がなされておらず,自己流(自己満足)の中途半端な技術,ルールやマナーを知らない,自称中・上級者に多いノー・コントロール・スキーヤーになってしまう可能性が高い。これらは危険防止の観点からも望ましいことではない。 4.3技能レベルと技能テスト結果  図4は学生の自己申告による技能レベルとスキー場において実施した技能チェックによるレベルをグラフ化したものである。スキー技術を体系的に客観評価すると,スキーヤーは質の向上に伴ってスキーの形態を変化させていくことができ,スタンスはよりナチュラルに,ポジションはプルークからパラレルへと変わっていくことがわかる。そこで今回われわれはスキー技術体系4)を参考にレベルを0から4に設定した。レベル0を全く初めての者とし,レベル1が,いわゆるプルークポジションでワイドスタンスをとりながらターンをするレベルとした。レベル2は,プルークとパラレルポジションでワイドからオープンスタンスをとりながらターンができる者とした。レベル3は,パラレルポジションでオープンスタンスをとりながらターンができる者,そしてレベル4は,パラレルポジションでナチュラルスタンスでターンができる者と分類した。なお,本学のスキー教室参加学生にはレベル0該当者はいなかった。  技能チェックによる分類では,レベル4に相当する学生が2名となった。この2名については,滑走日数も指導を受けた経験も豊富であり,自己評価と指導者側の評価が一致した。しかし自己申告でレベル4に相当するとしたもののうち2名が実際にはレベル3に,レベル3に相当すると申告したもののうち6名がレベル2と評価されるなど,自己の能力を正しく把握していない学生が多いことがわかった。これらの学生はいわゆるノー・コントロール・スキーヤーに相当し,適度に整備されたコンディションのよい斜面であれば自己のイメージ通り滑ることができる。しかしスキー操作が十分ではないために,環境の変化(コブ斜面やアイスバーン,湿雪,新雪,深雪)に対応しきれないことが多い。統計によると,スキー事故は20歳代にもっとも発生が多く,ノーコントロールによるスピードの出しすぎがその原因にあげられている1)5)。また近年はスピードの出し過ぎによるスキーヤー同士の衝突事故も増加傾向にあり,賠償責任など訴訟問題に発展する例もある。そこでこの教室でもスキーコントロール,事故防止を重視し,特に該当学生にはスキー正指導員のグループに入ってもらい,自己流の技術の矯正とスキーに対する考え方などについてより詳細な指導をうけさせた。実習当初は自分が低い評価を受けたとして否定的な態度を示すものも見受けられたが,正指導員の指導力と人柄により実習ごとに学生の変化が他の指導者からもはっきりとわかり,最終的には技術向上と意識変化が認められた。  聴覚障害者のための指導という観点から正指導員の指導法をみると,聴覚障害者に運動のリズムを視覚的に理解させようとするさまざまな工夫がなされていた。また指導に用いる言葉(手話も含めて)やポイントが端的であり,わかりやすいこと,隊列や教具の工夫など,受講学生だけでなく指導者としても学ぶべき点が多く,有益であった。日本国内では,聴覚障害者で全ロ本スキー連盟スキー正指導員の資格を持つのは1名だけであるという現状からも,引き続き本学のスキー教室に講師として参加できることを期待する。 4.4 スキー教室に対する課題  平成6年度から開始したスキー教室も,年々参加学生が増え,参加希望者が20名をこえるまでとなった。これまで少人数でわかりやすい指導を心掛けてきたが,受講学生の増加にともない3名の指導者では対応が難しくなってきている。  講習時には,指導者や他の受講生の滑り方を見るときのポイント,イメージトレーニングなど状況に応じた課題を与えて指導を展開している。しかし滑走中に声による指導ができないことから,滑走後のアドバイスという形が一般的となり,同人数の健聴者の場合と比べて待機時間が長くなる傾向がある。個々にアドバイスをしていると,グループ内の人数が増えるに伴い,実際の滑走時間が短くなる。また全体に目が届きにくくなるなど学生側の指導を受けたいとするニーズが満たされなくなる。ビデオ撮影によるフォームチェックは学生側にもニーズが高い。だがこれも人数が増えると撮影に時間がかかり,3名のスタッフでは対応しきれなくなる。  これまでのスキー教室では有志の先生方がレベルに応じて各班に入り,コミュニケーションを中心にアシスタント的役割を兼ねてもらって対応してきた。それでも小さな連絡ミスから,集合場所や時間,ゲレンデ間の移動に行き違いが生じているのが現状である。こうした課題を克服するために,マンパワーだけでなく,教具等の工夫はもちろんのこと,トランシーバや携帯電話などの機器利用の可能性を探るための実験も検討中である。 表1 スキー教室への参加動機 図2 スキー指導を受けた経験 図3 スキー技術をどのようにして習得したか? 図4 学生の自己申告レベルと技能テスト結果 5.今後の展望  スキーも多様化し,いわゆるゲレンデスキーだけでなくネイチャースキー,モノスキー,スノーポード,コブ斜面を楓爽と飛ばすモーグルや競技志向など学生のニーズも多様化してきた。  今回スキー教室に参加した学生の半数以上がスノーポードの経験者であり,スノーポードの楽しさも指摘している。スノーポードはここ数年で急激に人口が増えてきたスポーツであり,指導者不足とあいまって事故が急増している3)。現状では指導を受けられる環境が十分であるとはいえず,本学の学生も自己流でスノーポードを扱っているの。その結果,過去3年間,スキーシーズンになると必ず骨折を含むスキー・スノーポード傷害が発生し,授業に支障を来す学生が発生している。そこで今後はスキー教室とスノーポード教室を隔年開催するなど,学生のニーズと現状に即した対応も検討する必要があろう。 6.文献 1) 大学スキー研究会編:「スキー教本」,pp150-152(1987).杏林書院 2) 杉谷 英俊:「スキー授業実践報告」.聴覚障害,52巻pp31-35(1997). 3) 鷲見 靖彦(他8名):「最近8シーズンにおけるスノーポード外傷の動向-とくにスキー外傷との比較-」,臨床スポーツ医学,第14巻2号,pp207-212(1997). 4) 全日本スキー連盟編:「日本スキー教程」,(1995).スキージャーナル. 5) 全日本スキー連盟編:「スキーと安全」,pp18‐29.(1991)スキージャーナル.