視・聴覚障害学生の心の健康について(4) Mental Health of the Visually and Hearing Impaired Students from the Viewpoint of University Personality Inventory 市川 忠彦 石川 知子 吉田 次男* 石原 保志** 堀 正士*** 筑波技術短期大学 保健管理センター *筑波技術短期大学 視覚部 理学療法学科 **筑波技術短期大学 聴覚部 教育方法開発センター ***筑波大学 保健管理センター 要旨:1993,1994,1995年度入学の視覚障害学生と聴覚障害学生を視・聴覚障害学生群として一括してみると,1993,1994年度はUPI得点が正常対照群よりも低く,1995年度は正常対照群との間に有意差は認められなかった。しかし視覚障害学生群と聴覚障害学生群とを別々にみると,1993年度から1995年度までの3年間のいずれの年度においても聴覚障害学生群のUPI得点は,視覚障害学生群や正常対照群に比べ低い傾向が見られた。このことから,視覚障害学生群と聴覚障害学生群とを,視・聴覚障害学生群として一括して扱うのは,精神的健康度の検討の上からは不適当であり,視覚障害学生、聴覚障害学生を別々に検討していくことが大切と思われた。調査年度による有意差は視覚障害学生群で一部認められたが,聴覚障害学生は各年度ともきわめて値が似通っており,有意差は認められなかった。各群内での男女別,年齢別のUPI得点の検討ではいずれの群においても有意差はなく,聴覚障害学生群のUPI得点が低いという傾向は男女共に,また18才,19才の群に共通してみられた。視覚障害学生群と正常対照群では,チェック率が50%以上の設問項目の種類は3年間でともに11項目であり,内5つは同じ項目であった。視覚障害学生群については,「36.なんとなく不安である」という設問項目が3年間共通して見られた。 キーワード:UPI、視覚障害、聴覚障害、メンタルヘルス KeyWords:UPI, the hearing impailcd,the visually impaired, mental health 1.はじめに  筑波技術短期大学は、視覚障害者および聴覚障害者の高等教育機関としてわが国で初めて設立された国立の3年制大学である。われわれは、1989年度の全入学生を皮切りに、毎年春、大学生健康調査(UNIVERSITY PERSONALITY INVENTORY、通称UPI1,2)を、各学生の同意を得た上で実施し、その結果をもとにして視・聴覚障害学生のメンタルヘルスの諸特徴を系統的に研究している。今回は、1995年度入学生も加えて3年間のUPI得点について視覚障害学生群と聴覚障害学生群の比較を行うとともに,各学生群の経年変化の検討,男女別,年齢別の比較を行ったので、それらの結果について考察を加えてみたい。 2.対象と方法  今回、1993年度及び1994年度の入学生に加え、1995年度の入学生も対象とした。これらの対象は、UPIが施行できて、入学時の年齢が18才と19才の視覚障害学生及び聴覚障害学生である。1995年度は、対象となる視覚障害学生は28人で、うち男は19人、女は9人であった。一方、聴覚障害学生は46人で、うち男は33人、女は13人であった(表1-1)。  また、年齢別にみると、視覚障害学生群では18才の学生が21人、19才の学生が7人、聴覚障害学生群では18才の学生が43人、19才の学生が3人であった。これらの学生のUPI得点の比較・検討と各設問項目の分析を試みた。正常対照群としては、筑波大学学生74人を、入学年度・年齢・性別について、対象となった本学学生と同じ構成で無作為に選んだ(表1-2)。また、統計学的処理にはt‐検定、Cochran-Coxの検定,Welchの検定、分散分析を用いた。 表1-1 対象の男女別内訳 表1-2 対象の年齢別内訳 表2 視・聴覚障害学生群のUPI得点 表3 視覚障害学生群、聴覚障害学生群,正常対照群のUPI得点 3.結果 3.1 表2は,1993,1994,1995年度の新入生の各年度毎のUPI得点と、同年度の正常対照群UPI得点である。視覚障害学生と聴覚障害学生とを合わせた場合のUPI得点は、1993年度は、12.2,1994年度は13.3,1995年度は14.7であり、各年度に対する正常対照群のUPI得点は、それぞれ15.3,18.5,17.9であった。このうち、1993年度と1994年度については、視・聴覚障害学生群のUPI得点は低い傾向にあり、正常対照群との間に統計学的な有意差が認められた。 3.2 そこで、今度は視覚障害学生群、聴覚障害学生群別々にUPI得点を出してみた(表3)。1995年度については、視覚障害学生群のUPI得点は19.1,聴覚障害学生群では12.1,正常対照群では17.9であった。表3に示したように、過去3年間のいずれの年度においても視覚障害学生群は正常対照群とは有意差がないが、聴覚障害学生群はUPI得点が低い傾向にあり、正常対照群との間には統計学的有意差が認められた。 3.3 次に、視覚障害学生群、聴覚障害学生群、正常対照群別に、各年度毎に男女別のUPI得点を比較した(表4)。その結果、いずれの群においても男女間にはUPI得点に有意差は認められなかった。 3.4 対象の年齢差が大きすぎないようにとの配慮から、検討の対象を18才と19才に限定しているが、視覚障害学生群、聴覚障害学生群、正常対照群別に、各年齢毎にUPI得点を比較した。その結果、UPI得点は18才の群と19才の群との間には、有意差を認めなかった(表5)。 3.5 チェック率が50%以上の設問項目を、視覚障害学生群、聴覚障害学生群、正常対照群別に各年度についてあげてみた(表6)。聴覚障害学生群では,1993年度及び1994年度には該当項目はなかった。 3.6 視覚障害学生群と正常対照群では、チェック率が50%以上の設問項目の種類は3年間でともに11項目であり、うち5つは同じ項目だった。また、視覚障害学生群については、「36.なんとなく不安である」という設問項目が3年間共通して見られた(表7)。 表4 男女別UPI得点 表5 年齢別UPI得点 表6 50%以上のチェック率を示した項目 表7 チェック率50%以上の設問項目内容 4.考察  視覚障害学生群と聴覚障害学生群を視・聴覚障害学生群として一括してみてみると、1993年度,1994年度は、UPI得点が正常対照群よりも低く、1995年度は、正常対照群との間に有意差は認められなかった。ところが、視覚障害学生群と聴覚障害学生群とを別々にみると、1993年度から1995年度までの3年間のいずれの年度においても、聴覚障害学生群のUPI得点は、視覚障害学生群や正常対照群に比べ低い傾向が見られた。このことから、視覚障害学生群と聴覚障害学生群とを、視・聴覚障害学生群として一括して扱うのは、精神的健康度の検討の上からは、不適当であり、視覚障害学生群、聴覚障害学生群を別々に検討していくことが大切と思われた。  また、それぞれの障害学生群について、各年度毎に男女別や、年齢別の違いがあるかどうか検討したが、男女間、年齢の問に有意差はなく、聴覚障害学生群のUPI得点が低いというのは、男女共に、また18才,19才に共通してみられる傾向であることがわかった。  UPI得点が低い、すなわち、「聴覚障害学生群の精神的健康度が高いということをどのように捉えればよいか」という点については、ポジティブおよびネガティブ両面の評価が可能と思われるということを、これまでにも報告してきた3.4.5)。すなわち、ポジティブには、文字通りに自己について病的に悩むことが少ないことを意味しており、このような評価からは、聴覚障害者の世界が、ややもすれば明るさが前景に立つ「外向の世界」であるとみることもできる。しかしこの外向性は、内面の充実を欠いた見かけ上のものである場合が少なくない、というネガティブな評価も決して忘れてはならない。つまり、聴覚障害による感覚遮断が何らかの機序で、自己の心身の状態についての気づきを生理学的に障害しているために表面的な健康感が保たれ、それがUPIの得点上には見かけの精神的健康度の高さとして反映きれた可能性もある。これは、感情や衝動を言語化して表現することができない者に、その身体的表現として心身症の状態が発生するという、失感情症ALEXITHYMIAのメカニズムに類似している。  さらに、コミュニケーションの障害のために獲得可能な情報量が少なく、精神発達も健聴者に比べ緩徐であるために、自己の心身の病的な状態や交友関係の不調を「悩み」として捉えるに至っていないと考えることもできる。また、言語の獲得が緩徐であるために、質問の意味を十分に理解していない可能性も否定できず、今後、質問の方法を改変する必要があるかもしれない6,7)。いずれにしても、UPI得点に男女差や年齢による差が認められなかったことは、聴覚障害学生に共通する背景を、精神的健康度が高くみえることの1つの要因として考慮しても良いのではないかと思われた。  次に、チェック率が50%以上の設問項目数の検討からは、視覚障害学生群と正常対照群は3年間でともに11項目あげられ、そのうち5項目は、年度は異なっても両群に共通してみられた。また、両群であげられた11項目の多くは、抑うつ傾向や神経症的傾向と関係の深い項目だった。このようなことから、視覚障害学生群と正常対照群とは近い位置関係にあるのではないかと思われた。また、視覚障害学生群では、「なんとなく不安である」という項目が、3年間共通して認められるのが特徴的であった。これに対し、他の群では、3年間共通して認められる項目はなかった。正常対照群では、設問項目「28.根気が続かない」が、2年連続で認められているが、視覚障害学生群及び聴覚障害学生群では、3年間一度も認められていない。これらのことが、視・聴覚障害学生群の特徴なのかどうかは、今後さらに検討を要するところであろう。  このように視覚障害学生群、聴覚障害学生群、正常対照群という集団としての3者の位置関係をみてみると、3年間の検討を踏まえても、聴覚障害学生群のみはやや異質で、視覚障害学生群は正常対照群に、より近い関係にあるのではないかと思われた。 5.まとめ (1)1993年度から1995年度までの3年間の筑波技術短期大学入学生のUPI得点を,正常対照群である同年度筑波大学入学生と比較検討した。 (2)その結果, ①視覚障害学生群のUPI得点の平均値は,正常対照群に比べて有意差はないが,聴覚障害学生群のそれは,正常対照群に比べて有意に低かった。 ②視覚障害学生群、聴覚障害学生群、正常対照群では、UPI得点の男女差、年齢差は認められなかった。 ③チェック率が50%以上の設問項目数の検討では、視覚障害学生群は正常対照群により近いことがうかがわれた。 参考文献 1)平山 皓、岡庭 武、沢崎 俊之:UPIの有効性の検討、第25回保健管理研究集会報告書、241-244,1987 2)市川 忠彦、石川 知子、友部 久美子、平田 三代子:視・聴覚障害学生の精神的健康管理の試み、筑波技術短期大学テクノレポート(1)、32-34,1994 3)市川 忠彦、石川 知子、吉田 次男、石原 保志、堀 正士:視・聴覚障害学生の心の健康について(1)、筑波技術短期大学テクノレポート(2)、41-45,1995 4)市川 忠彦、石川 知子、吉田 次男、石原 保志、堀 正士:視・聴覚障害学生の心の健康について(2)、筑波技術短期大学テクノレポート(3)、21-26,1996 5)市川 忠彦、石川 知子、吉田 次男、石原 保志、堀 正士:視・聴覚障害学生の心の健康について(3)、筑波技術短期大学テクノレポート(4)、51-56,1997 6)石川 知子、市川 忠彦、吉田 次男、石原 保志:視・聴覚障害をもつ大学生の健康管理をめぐって、聴覚障害、49,25-30,1994 7)石川 知子:聴覚障害青年の心理と取扱い、JOHNS,11,1561-1564,1995