歴史にみるマッサージの効果 鍼灸学科 和久田 哲司 キーワード:マッサージ、治効、西洋按摩小解、西洋按摩術講義 1.はじめに  日本にマッサージがヨーロッパから伝来して、ほぼ100年になる。マッサージごとき手技療法はどの成書でも述べられているように単にヨーロッパに発生したのではなく、命あるものは、その命を守るための本能的な行為あるいは、苦しむ者に対する人間愛的な行為が起源とされる。古代インドのYogavade、古代中国の導引按矯(自己体操法、按摩法)、古代ギリシャでのヒポクラテスによるマッサージや、あるいはトンガ諸島のtoogi-toogi、サンドウィッチ諸島のlomi-lomiなど世界各地にその地域々々の考え方を根拠に「手当て」が行なわれてきた。  近世ヨーロッパに科学思想が芽生えるとともにこうした手技療法は医学として応用する価値があることが、16世紀フランスのAmbroise Pareによって提唱された。その後19世紀に向けて解剖学、生理学の進歩するにつれて、スウェーデンのストックホルムでの治療体操法、オランダのマッサージ研究そしてドイツ、オーストリアにおいて、これらの施術効果が次々と明かとなってマッサージ療法が医療として確立されてきた。  日本においては明治維新後(1868年)、ドイツ医学が導入されるにつれて、マッサージ医療も明治20年代ごろより行なわれるようになった。明治後半には各地の病院でも実施されるとともに陸軍病院においても兵役者の治療に用いられるようにもなっている。  そこで当時マッサージ医療の導入に心血を注いだ長瀬 時衡らがMassageを「西洋按摩」「泰西按摩」と称し、その治効を証明していった状況の一端を二つの文献より示す。 2.「西洋按摩小解」にみるマッサージ効果  「西洋按摩小解」は明治26(1893)年3月に陸軍軍医監長瀬時衡がReibmayerのマッサージ書を翻訳し、その概要を示したもので、日本における最初のマッサージ書である。その巻末には「摩擦術病者表」を載せており、これは時衡自ら主催する仁壽館での明治25年2月から同年12月に至るマッサージ治療実績である。  この表1をみると全治、不治の判定基準が明らかではないが、おおよそ以下のことが言える。 (1)患者206例中、施術中37例を除いた169例では、全治139(82%)不治30(18%)となっており、治効率が80%以上で非常に高い。 (2)これら44種の症例を系統的にみると、やはり運動器疾患が最も多く、ほぼ半数を占める。その中でリウマチ性疾患(関節・筋)が49例で施術中を除く43例では全治35(81%)不治8(19%)。ついで末梢性麻痒(上肢、下肢など4種)18例では全治12、不治6。中枢性疾患(半身不随など4種)13例で施術中を除く9例では全治3,不治6。捻挫を主とした関節疾`患(3種)10例では施術中例を除く6例は全て全治となっている。 (3)さらに神経痛(坐骨神経、三叉神経など6種)20例中施術中を除く18例では全治17、不治1と治効が高い。 (4)つぎに消化器疾患(歯痛、胃・腸カタル、肝臓・胆嚢、便秘など8種)29例で施術中を除く25例では全治23、不治2となっており、特にカタル性黄疸は著効を示すといっている。 (5)その他脳充血、頭痛や少数例ながら婦人科疾患、泌尿器疾患、精神性疾患などに広範囲に応用して治効を納めている。 3.陸軍にみるマッサージ効果の実績  大正7(1918)年、陸軍二等軍医川合 杏平が著した「西洋按摩術講義応病編」の付録に陸軍におけるマッサージ医療の実績報告が掲載されている。そのうち関節捻挫に関してその一端を紹介する。  「捻挫の一症について明治37~38年戦役前六カ年の陸軍統計をみるも、その患者総数30,837名、毎年平均5139名、平均一人治療日数12.66日なり」とある。  陸軍工兵第三大隊における明治39(1906)年から明治41(1908)年までの3年間にわたる45例の捻挫に対するマッサージ効果をまとめたものである。これによると平均一人当たりの治療12.58日となっている。  表3は同大隊における明治42(1909)年1年間のマッサージを施した13例の捻挫,患者実績である。  これらの実績についてドイツ陸軍の調査との比較が述べられている。  「1893年ドイツ軍医学会の5氏の半年報告の調査によれば、関節捻挫に按摩術施すは早期を可とす。従来は炎症または外傷性刺激が去る後とせしが、現今は受傷直後ともしくは少なくとも24時間以内とす。適当の方法により施術すれば、炎症を発せず。著しき刺激症状なく治癒の時期を非常に短縮せしむ。すなわち従来の罨法療法によれば治療日数23.7日なりしも按摩療法によれば8.9日にして、その差異14.8日の減少をみる。軍人経済上の稗益また少なからずと。」とある。  「結論として、按摩術の治療日数の減少は事実なり。我陸軍統計が12.6日はドイツの器法療法の23.7日より少なきこと11.04なれども、その按摩療法に及ばざること、なお3.76日なり。しかるに吾人の按摩成績9.21はドイツのそれと大いに接近し、僅か0.3日の多きのみ。これを要するに単純罨法療法は最も長く、混合療法はこれに継ぎ、早期按摩療法最も短し。故に捻挫にありては按摩療法は他の各種の療法に比し最も優秀のものなることを断言しうるにいたれり。」  このような結果からマッサージ術が優れた医療法であることは断言出来る。その技術はかなりの練磨が必要であることと、人力を要するところから専門家の養成と配属の必要性を解いている。 表1 摩擦術折病者表(仁壽館) 表2 明治39年~41年3カ年間捻挫患者数 表3 明治42年按摩術を施したる捻挫患者数 4.結び  マッサージを含む手技療法は医療技術である。手技の如何によって治療の成績に大きく影響する。従って治療技術の修得に努めなければならない。マッサージは本来、西洋医学における電気療法、水治療法など理学療法の一分野である。リハビリテーション医学の普及によって総合的医療体制が図られた結果、マンツーマンの非能率的医療は次第に軽視されてきた。  しかし今日、平成12(2000)年には要介護老人が280万人、その内寝たきり老人は120万人に達すると推測されており、老人が生きがいある生活を送るためにも在宅ケアの充実が要求されてきた。これらのニーズに答えるためには専門的な知識と技能を持ったマンパワーが必須となってきている。  こうした情勢下においてマッサージが治療、介護・看護そして健康維持の三領域の側面を持っていることを再認識して、今日的な社会のニーズに答えるべく役割を果たして行くことが肝要である。  以下、マッサージの簡易な一例を付記して終りとする。  左足底筋の炎症:患者57歳、男、パネル組み立て作業。3.4週間ほど以前から、しだいに歩行時、立位時に足底の疼痛を発する。入浴時に足部の温罨法や足底の湿布を行なってみたが、いっこうに軽快しない。  マッサージ第1日(平成9年7月28日):足底筋の踵骨付着部に硬結と圧痛及び軽度の熱感を触知する。やや強めの背屈運動で疼痛を訴える。下腿前側及び外側の緊張をみる。立位作業者によくみる慢性炎症と思われる。  処方:患部が足底であるため、鍼灸に替えてマッサージをもちいる。Reibmayer式の準備マッサージを下腿に行なった後、患部にKelloggマッサージの深部操提及び運動法を加える。(10分程度)  第1回の施術後、立位での疼痛は消失し、歩行時疼痛も軽減する。日常での入浴後の足底部の圧迫と運動法を指示する。  マッサージ第2日(8月18日):患部の硬結、圧痛の軽減を触知する。歩行時の痙痛は消失し長時間の立位で痛みを覚える程度に快復。前回の処置に加えて腰下肢の運動法を指示する。  マッサージ第3日(9月1日):本症はすっかり軽快する。再発防止のマッサージと日頃の作業前後における下肢、腰部の予防体操法を指示して終る。 ※マッサージ法は3回にして終了したが、この間他の治療法は特に指示以外は行なっていない。従って実施より奏効顕著をみたのは、患者への施術と患者への適切な助言によって治療への協力が得られたものである。