第10回ICEVI世界大会報告 青木 和子 要旨 国際視覚障害者教育会議(ICEVI)の第10回世界大会が本年(1997)、8月にブラジル、サンパウロで開催された。この大会は5年ごとに行われ、視覚障害者関連の国際会議としては唯一、最大のものである。内容は早期教育から職業自立、最先端技術の開発状況から就学率の向上の理解教育までと多彩であった。日本からも数件の発表を行った。この会議の最大課題である、発展途上国における視覚障害者教育の現状はまだ非常に厳しく、こういった状況の中で、今後日本が何をなすべきかを考えなければならない。 キーワード 視覚障害者教育 国際交流 教育参加 専門家養成 1 ICEVIとは=世界の視覚障害者の能力を高める 1.1 ICEVI=the International Council for Education of People with Visual Impainnent国際視覚障害児(者)教育会議は1952年にオランダにおいて設立された専門的(professional)、国際的(international)な非営利(non-profit)な組織である。その設立の主旨に触れて、機関誌The Educator第8巻、第2号(1995,11)は次のように述べている。  「現在、世界ではおよそ3,500万人の盲人がおり、その内2,300万人がアジアに、そして700万人がアフリカ地域に居住している。さらに1,500万人の人々が重度な視覚障害者である。発展途上国では全盲の子どもの10%以下しか何らかの意味での教育を受けていない。ほとんどの子どもたちは学校へ行かず、何の補助器具も持たず、その視覚障害をどう補償するかを知らない。」 1.2 ヨーロッパ、北アメリカを中心に視覚障害教育に関する専門家を指導者としてこの組織は発展し、現在は八つの地域、アフリカ、アジア、東アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、中東、北アメリカおよびカリビア地域、太平洋地域にそれぞれの代表を置いている。  活動の基本は5年ごとに開かれる世界大会であるが、各地域ごとに独自の活動が行われている。年2回発行されている機関誌The Educatorは150ケ国以上、2,500以上の機関等に送られている。代表者会議は毎年開かれ、そこでは情報交換、ある国の関係組織の運営方法、政策等について討議される。またセミナー、トレーニングコースが設けられたりいくつかの分野では専門の常任委員会が設けられ活発な活動が行われている。  団体メンバーとしてはヨーロッパ、北アメリカ等においてこの分野で指導的役割を果たしている次の機関が名をつらねている。 *American Foundation for the Blind(USA) *Perkins School for the Blind(USA) *Royal National Institute for the Blind(UNITED KINGDOM) *International Association for the Education of Deafblind People(UNITED KINGDOM) *Intemational Association for the Prevention of Blindness(UMTED KINGDOM) *world Blind Union(AUSTRALIA) *Hellen Keller International(USA) *Sight Savers(UNITED KINGDOM) *Christoffel-Blindenmission(GERMANY)  国際的な団体であるがゆえにその活動の全容をつかむことは難しいが、同じ目標をかかげる国連のいくつかの機関との共同プロジェクトも進められている。再度その目標を確認しておこう。前述のThe EducatorによるとICEVIの主目的は「世界の視覚障害者の能力を高めること」である。 2 第10回ICEVI世界大会の概要 2.1 第10回世界大会は南米ブラジルのサンパウロにおいて8月3日から8日まで行われた。日本からは前回のタイ大会に引き続き、筑波技術短期大学を中心に12名が参加した。全体の参加者は正式登録しているものが660人、59ケ国という発表であったが、主催国のブラジルからの出席者が多く見られ、大会関係者、ポランテイアを含めると、1,000人以上の大会となった。大会運営の中心はLARAMARA(Brazilian Association of Assistance to Visually Impaired People)というサンパウロに拠点を置く民間の視覚障害児教育・訓練機関であったが、そのほかサンパウロ大学やサンパウロ州政府も、様々な形で会議の実施に協力した。 2.2 大会テーマ Stepping Forward Together:Families and Professionals as Partners in Achieving Educatlon for All  ともに前進:「すべての人に教育を」を達成するために家族と専門家はパートナーを組もう  視覚障害教育のなかで従来は学校と家庭はそれぞれの役割を果たすことが求められていたが、現在は教育の質を高めるためには、家族、専門家、そして最も重要なメンバーとして視覚障害者自身がそれぞれの垣根を乗り越え、共同体として進むことの重要性が強調されるようになっている。今回の大会は親や障害者自身の積極的な参加呼びかけが行われた。基調講演はこのテーマに沿って組まれ、教育者同志のパートナーシップ、教育者と親とのパートナーシップについて英国、ブラジル、スペインの状況が話された。この分野での先進国である英国では専門家同志の役割が明確になっており、親あるいは子ども自身が学校を選び、教育内容についても親や子どもの意向が重視される状況になっているのに対し、後発国の代表でもあるブラジルでは「学校が子どもを選ぶ」状況で、かつ人口の60%が実質的に充分な読み書きができないという教育実態から視覚障害者の教育の機会、質ともにまだ遠い道のりであるという実態が明らかにされた。 2.3 トピック  ワークショップ、ポスターセッションは以下の10の分野に分かれて行われた。 1.Braille Literacy(点字学習) 2.Early Intervention Services(早期対応) 3.Integration and Full Inclusion(統合教育) 4.Low Vision(弱視教育) 5.Multiple Disabilities(重複障害) 6.Organization and Management of Services(組織運営) 7.Parent/Family Involvemcnt(両親、家族の関わり) 8.Preparation of Personnel(指導者養成) 9.Technology(テクノロジー) 10.Transition to work(職業教育) 2.4 日本からの発表  日本からはワークショップで2件、ポスターセッションで3件の発表を行った。分野別ではBraille Literacyで、牟田口(筑波大学付属盲学校)が盲児の点字触読能力の縦断的発達について、黒川(筑波技術短期大学)が中途失明者の点字学習過程におけるパタン弁別の発達について報告した。  Preparation of Personnelでは、香田(筑波技術短期大学)が日本で行われている視覚障害者用のスポーツの内容と実践について報告する予定であったが、大会本部の事情により盲人バレーについて筑波技術短期大学で作成したビデオを上映するにとどまった。  また、Technology分野で、加藤(筑波技術短期大学)が大学入試・大学教育における視覚障害学生への図教材の触図化とその代替えの問題について、調査結果を報告した。  一方、Transition to workでは、松澤(筑波技術短期大学)が日本における視覚障害を持つ理学療法士の意識調査について、長岡(筑波技術短期大学)が全盲のコンピュータ技術者の職場適応と問題点について報告した。 3 ワークショップからみた世界の現状  研究発表はワークシヨップ(口頭発表)が40のセッションで119件、ポスター発表は3回にわけて43件で行われた。ここではワークショップのサマリー集から日本ではあまり紹介されていないと思われるいくつかの国からの発表をピックアップする。どのようなテーマが取り上げられているかをみることによって、それぞれの国における視覚障害教育の現状をうかがい知ることができると思われる。 (発表国、テーマ、概要の順。発表者名については省略した。) <インド>視覚障害児の総合リハビリテーションにおける家族の役割  1,450万人の視覚障害者を有するインドの大きな問題は、かれらのほとんどが教育を受けていないということである。貧困にあえぎ、かつ迷信にとらわれた家族自身の教育なくして有効なリハビリテーション活動は行えない。 <ブラジル>教師と親のパートナーシップによる点字学習  専門教師のいない地域における就学前、及び学令児の読み書きの指導のためにLARAMARAが行っている親や教師に対する点字指導についての紹介。 <ロシア>ロシアにおける重複障害児の視覚訓練  6才から12才までの重複障害児と弱視児に対する心理学的リハビリテーションの問題について検討する。VDT(総合視覚訓練法)を試みた結果、像の認知、パターン認識、感覚の安定化、短期・長期記憶、視覚運動などにおいて大きな改善がみられた。 <アルゼンチン>訓練専門家養成に関して  アルゼンチンでは、1980年代に教育システムの見直しがはじまり、多くの議論がなされた。特殊教育の分野ではまだ障害別の定義などが充分確立されていない状況である。一部の恵まれた人たちだけでなく、すべての市民が恩恵を受けられる専門的な教師養成が重要な課題である。一方アルゼンチンは広大な国士をもつため、地方に住む視覚障害者は学校、リハビリテーションにおいて何のサポートも与えられていない。人的資源(Human Resource)の育成が最重要課題である。 <ベトナム>統合教育システムにおける全盲生徒に対する社会的対応の変化  ホーチミン市において実施された第1回目の統合教育5年計画の実施状況についての報告。特に、障害学生に対する見方、対応の仕方等の社会的変化が注目に値する。 <ガーナ>弱視児の統合教育のためのプログラム  ガーナでは1994年まで弱視児の教育はほとんど無視されてきた。弱視児たちは特殊学校ではむりやり点字を習わされ、一般校では何のサポートもなかった。そのため多くの生徒がドロップアウトしていた。こういった子どもたちのために現在とられている統合措置Multidisciplinary approachについて紹介する。 <スペイン>視覚障害児のステレオタイプ  バルセロナの早期治療チーム(Early Attention Team)が行った研究。6ケ月から12歳までの55人の視覚障害児を対象として正常な行動発達をするものとそうでないもの(パーソナリティーに何らかの問題を抱えている)についてその原因を調査した。治療法などについても提示する。 <中国>ゴールデンキー計画(Golden Key Project)  中国Guangxi Provinceにおいて1996-98にかけて行われた視覚障害児の就学率を上げるためのプロジェクトの紹介。就学率は14.68%から90%に上がった。地方政府との共同作業、家族の説得、社会の受け入れ体制づくりなどが成功につながった。このプロジェクトは他の就学率の低い地域へ今後適用していく。 <ナイジェリア>完全教育のための親、専門家、社会のネットワーク  ナイジェリアの障害児は法律的にはそれぞれふさわしい教育を受ける権利は補償されているが、視覚障害児についてSTM(Science, Technology, Mathematics)はかれらの能力を越えたものであるという考え方がある。これに対し、Gindiri Materials Centerが行ったチャレンジについて紹介する。 <オランダ>視覚障害に精神障害をもつ人々のための能力開発  Bartimeusの一部である視力援助センターでは視覚と精神障害をあわせもつ人々に診断的情報とアドバイスを提供する。主目的は様々な角度からの行動分析をもとに援助の量やタイプについて再検討し、個々の必要性、能力を自分自身で開発できるよう援助する。 <デンマーク>職業教育  コペンハーゲンの視覚障害研究所(The Institute for the Blind and Partially Sighted)は、視覚障害者に「将来のための自立コース」(Future Workshop)を設けている。これは5~8人を一組とする18週間のフルタイムコースである。目的は受講者に自己に対する現実的かつ希望的な認識をもたせ、将来の可能性についての概念をもたせるものである。コースの終わりにはグループや指導者との協力によって詳細な教育・職業計画を作成する。 <アメリカ>触図  様々な図情報の使用が急速に進む中で、これは視覚障害者の機会均等への障害になっている事実が明らかになってきている。インターネットやWWWのような電子サービスに対応する触図作成のための新しい技術について考える。さらにこれに関連して音声付き触図情報の現状について、アメリカ、ドイツ、オーストリアのプロジェクトが紹介される。 <ハンガリー>アクセステクノロジーを利用した視覚障害者の教育と雇用を拡大するための東ヨーロッパ地域ネットワークの導入  東欧諸国一チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド、リトアニアは大きな政治的変化を受け、これは視覚障害者の教育、雇用にも影響を与えた。情報、知識、設備、技術のすべてにおいて不十分な状況に加え、それぞれ孤立しがちな状況を打開するためにアメリカのオーバーブルック校の支援のもとにEENAT計画(Expanding Education and Employment Opportunity for Blindand Visually Impaired Persons)を組み、ネットワークを通して様々なサービスを提供している。 <英国>視覚障害者のための自立移動システム  MOBICシステムは視覚障害者のための移動援助モデルであり、旅行前計画システム(Pre-journey System)と屋外システム(Outdoor System)からなっている。前者では合成音声装置つきのコンピューターを使った電子地図による旅行計画を作成する。実地訓練となる後者では通信衛星を使用できるポータブルコンピューターが明確な位置確認を行う。ここでは6ヶ月のフィールド実験の結果について報告する。 <オーストラリア>音声付き触図(Audio-Tactile Graphics)  触図の読みとりは早期教育の課題である。様々な図に慣れさせるため家庭などでも子どもが自習できるよう音声(テープ)付きの教材を開発。コンピューターを利用したものから家庭でも作れる簡単なものまでを紹介する。 4 今後のICEVIの活動方針及び活動計画 第10回ICEVI大会は2002年のオランダ大会に向けて、新しい代表としてオランダのCoen G. A. deJong氏を、また各地域代表を選出し終了した。(日本代表は黒川 哲宇 教授)大会はさらに今後5年間の活動方針・計画についての決議を採択した。次はその要旨である。 *発展途上国の視覚障害者の多くは、いまだ教育及び訓練の機会を与えられていない。この事実を再認識し、その改善を最優先課題とする。 *視覚障害児の発達に最も重要な時期である0歳から3歳までの早期教育についての研究はまだ不充分であり、この分野の研究の充実を計る。 *今大会を通じ親の教育者としての役割は他の専門家と等しく重要であると認識された。今後はICEVIの活動におけるすべての分野で親の代表を加えていく。また、障害者自身の参加も積極的に進めていく。 *テクノロジーの進歩は著しいが、先進国も含めどの国においても視覚障害に関わる専門家が不足している。専門家養成が急務である。 *今大会のテーマであった親、教育者、専門家、視覚障害者のパートナーシップの推進をはかる。  さらにICEVIの役割としてはこれまでの協力と連携からより積極的な各種サービスの推進へと移す必要性が強調された。 5 日本の立場と役割  この大会への参加を通して世界の視覚障害者の現状を知り、日本における視覚障害教育のユニークさを改めて知ることとなった。日本の障害児教育の分野でも視覚障害教育の歴史は最も古く、盲学校教育を核としての体制が確立されて久しい。全盲者の読み書き能力(リテラシー)は、点字の学習及び、合成音声装置付きパソコンの普及により漢字仮名混じり文の作成も可能となり、一般の人とほぼ変わらない。さらにより高い能力の獲得を目指す研究、技術開発が視覚障害者自身を中心にして進められている。また、視覚障害者の職業についても日本は際だった特徴を持つ。いわゆる三療に加え、本学でも多くの卒業生が現場で活躍しつつある理学療法士という職業分野は他の国ではみられない。  しかし、問題はこういった日本の視覚障害教育の現状が世界にはほとんど知られていないということである。日本の発表に対する会場での反応をみても、発表内容に対する質問やコメントというよりももっと素朴な疑問が寄せられた。たとえば、日本の点字とはどういうものか、コンピューター利用のためのアクセステクノロジーにはどんなものがあるのか、理学療法という職業分野は視覚障害者にとって本当に適切か、三療という伝統を有する日本においてのみ可能なのではないか、鍼灸は欧米でも広く医療で活用されているが、医師免許のないものにはその使用は認められていない等である。今大会限りの、またその中でも限られた情報のみで概観することは難しいが、情報発信の少ない日本の視覚障害教育に関する世界の理解と関心は極めて薄いといわざるを得ない。  筑波技術短期大学を中心としてのこの大会への参加は前回のタイで行われた9回大会に続くものであり、情報発信の場としての意義は大きい。しかしながら欧米諸国のICEVI活動への貢献度を考えるとき、日本の立場と今後のあり方、役割について考えざるを得ない。言語の壁、経済的バックアップなど解決すべき課題は多いが、日本もICEVIのメンバーであることをもっと内外にアピールし、発展途上国からの留学生の受け入れ、専門家の交流など世界に目を向けた行動を起こす時期がきていると痛感した。 参考文献: Annemieko van de Pol ICEVIs visit to Bartimeus, A worldwide organization that offers help to visually impaired people The Educator, VOl.8,No.2,pp4-5. 1995 Brohier, William G. Short Report on the World Summit for Social Development, The Educator,VOl.9,No.1l,pp、4-6.1996 Brohier, William G. Four Down, One to Go! The Educator, VOl.9,No.2,pp、2-4. 1996 Grensnigt, Herman A.A. Report on the Activities of ICEVI in the European Region in 1995. The Educator,VOl.9,No.2,p5.1996 THE 10TH CONFERENCE OF ICEVI Kazuko Aoki Abstract:The 10th Conference of ICEVI(the Intemational Council for Education of People with Visual Impainnent) was held in Sao Paulo, Brazil in August,1997.This is the largest international Conference in this field held every five years. Twelve people participated in the conference from Japan. This report gives the guideline of ICEVI itself and the conference. The conference reveals that the educational environment for the visually handicapped in developing countries is still harsh Some consideration was added concerning the role of Japan as a member of ICEVI in the future.