イギリスの聴覚障害学生サポートシステム 筑波技術短期大学建築工学科教授 橋本 公克 要旨:ロンドンではRNIDの本部で、組織と運営の概要を聞き、成人を対象としたグリニッチセンターでは手話の講習会を見学した。また、就学前児童を対象とした、NDCSで組織と情報機器の展示の説明をうけた。  イギリスでは、寄付とボランティアにより運営されている。サービスの内容は、就学前・成人共、相談.教育.訓練.手話の講習・情報機器の展示紹介・巡回バスサービスなどを行い、民間主導型のサポートシステムである。 キーワード:聴覚障害者、難聴者、ろう者、手話、サポートシステム はじめに:イギリスのCommunication Supportについて、①RNID(The Royal National Institute for Deaf People)の本部で、組織と運営の概要を聞いた後、②17支部の一つに当たる、一般成人を対象としたGreenwich Center(South London Area: Deaf-Hearing Integration)と、③就学前児童を対象としたNDCS(The National Deaf Children's Society)を視察した。(RNIDのサービスとして、この他図書館、Medical Research Unitなど16の団体がある。)調査日:1998.3.25~26(曇り時々小雨) 1.背景 1.1聴覚障害者  イギリスで聴覚に障害のある成人は、8,637,000人(成人の18.5%)、その1/3は60才以上。10,000人の中の12人は、ろう者で生まれている。また、生後2~3年以内に、ろう児になる12人の内、4人は全く聞こえない。また、盲・ろう者約98,000人の内、約21,000人はコミュニケーション・情報・交通に特別の介護が必要である。 難聴別:軽度(25-40dB)4,645,000人(10.0%)、小さな声を聞くときに問題ある。 中度(40-70dB)3,322,000人(7.1%)、補聴器の装用、2m以内で会話を理解できる。 重度(70-95dB)529,000人(1.1%)、耳元30cm位の近くで聞こえる。 ろう(95dB以上)141,000人(0.3%)、聴覚を利用することができない。 計8,637,000人(18.5%) 年齢別:16才~30才(1.8%)31才~40才(2.8%) 41才~50才(8.2%)51才~60才(18.9%) 61才~70才(36.8%)71才~80才(60.3%) 81才~90才(93.4%)(文1) 1.2教育 (1)小中学校:5~16才の生徒には、ろう児が約60,000人いる。その大部分が一般の小中学校に通っている。残りの生徒は、Partially Hearing Unitに通っている。或る人達は、言語セラピストのような専門の先生のいる、ろう学校へ通っている。また、教室の騒音を防ぎ、速く離れている教師のスピーチを聞くため、多くの生徒は無線の補聴器を付けている。 (2)高等教育:今日、さまざまなタイプのCommunication Supportのある大学に入学している。これは、学生のニーズによって変わる。無線やルーフシステムのような装置を要求する人もいる。手話法の通訳とか口話の通訳、ノートテイカーを必要としている人もいる。 1.3職場  ろう者は健聴者と等しく働く機会を与えられる権利がある。しかし、職場の設備・機器や環境の不備から、職務を全うする事ができなかった。今日では受入れ側の、ろう者に対する対応も向上しており、また、科学技術の進歩のおかげで仕事の種類には、ほとんど制限がない。  また、多くの会社が、ろう者をもっと理解するように計画された、訓練コースをつくっている。このコースは基礎的コミュニケーション技術や、機器装置のさまざまな情報などを含んでいる。ろう者と同僚との会話を良くし、職場の関係を向上させている。 2.RNlDのCommunication Supportの概要(文2) 2.1 RNIDの支部の一つGreenwich Centerの支援  情報提供・日常生活訓練・交流などを通して、地域社会に貢献している。 ①日常生活の補助器具の展示と使用説明などアドバイス②補聴器のバッテリー交換サービス。③親子の手話教室の開講。④補聴器使用の診療室の設置。⑤交流のためのコミュニティールームの設置。⑥巡回バスによる、機器の相談・説明などアドバイスサービス。⑦情報提供やパンフレットの発行など広報活動、等。 2.2ろう者とのコミュニケーションをより良くするため。①充分な照明と木製や布など吸音性ある家具を選ぶこと。②ろう者と同じ目の高さに座るか立つこと。③会話の話題を紹介する。④顔がはっきり見えること。自分が話している時、ろう者を見る。⑤ろう者が口話がはっきり読み取れるよう、影にならないよう気をつけること。⑥普通より少しゆっくり、はっきり話す。⑦怒ったように見られやすいので、叫んではいけない。⑧自然な顔の表情はコミュニケーションを更にはっきりする。⑨会話中、話が理解されているか、優しく確かめる。うなずくことが理解されたと、とらない。⑩必要があれば文章をくり返したり、重要な点を書く。⑪いつもコミュニケーションには忍耐強く、ゆっくり時間をかける。 3.NDCSのCommunication Supportの概要(文3) 3.1ろう児のために、次のような事を提供している。 ①幼児期のアドバイスと情報。②聴覚検査と補聴器についての情報。③ろう児の心の教育。④高等教育に関する助言と情報。⑤ろう学生のための奨学金制度。⑥特別教育のニーズへのサポート。⑦訓練コースと特別なイベント。⑧専門職員のための訓練。⑨機器と装置についてのアドバイス。⑩住宅設備を設置する時のアドバイス。⑪権利の申請と裁判所へのサポート。⑫地域の交流。⑬”Talk”雑誌、広い範囲の出版物。⑭芸術公演フェスティバル。⑮科学技術の粋を備えたリスニングバス。⑯家族や職員のオープンデー。 3.2ろう児のためのListening Busサービスについて。  1986年NDCSは、ろう児が使いやすいようにデザインされた補助具や装置を備えた、常設の展示場を設置。 今日、この協会の科学技術の情報サービス、蔵書、公平なアドバイス、専門的情報などは、ヨーロッパで最も優れていると自負している。このサービスの延長線としてNDCSは、Listening Busをつくった。これは最新の装置と情報の見本を乗せた、革新的な展示車である。イギリス中を走り、NDCSのユニークな科学技術サービスを、約65,000の、ろう児の玄関まで届けている。  学校を訪問すること、聴覚用器具3年に一度の特別のイベント等、Listening Busは、多くの人々に伝達や学習に役立ち、広い範囲の装置に触れてみる機会を与えている。Busには、次のような装置がある。 ①補聴器。②ループシステム。③電話。④テキストフォト。⑤目ざまし時計。⑥煙探知機。⑦ビデオの見出し読み取り器。⑧電子学習ゲーム器。⑨教音のソフト、等。  また、このバスは、100万ポンドCharity Partnerの一部として、ミットランド銀行他によってサポートされている。 写真1 RNID,グリニッチ・センター:父兄を対象に手話の講 写真2 RNID,グリニッチ・センター:情報機器展示コーナー 写真3 NDCS:情報機器展示室で熱心な説明会 写真4 NDCS:開発した玩具と情報機器の展示コーナ 4.大学の就学年数と教育内容(学位)(文4) 2年:Diploma 3年:イングランド、ウェールズ、北アイルランド等大多数の大学。 4年:スコットランドの殆どの大学、教職課程・海外及び、国内企業研修を必要とする学位。 5年かそれ以上:建築学、医学、獣医学など。 短縮コース:少数のコースでは、3年間を2年間でとる事ができる。(長い夏季休暇中に集中授業により全体を短縮している) 4年制以上のコース:科学及びその他のコースでは、企業研修が含まれ、次の期間に行ってよい。 ①2年制と3年制の間。②長い夏期休暇の間。 ③学習しながら、学期と学期の間。(学年と学年)教育実習又は海外研修:多くのコースは、かなりの実習時間をかける。基本的には中間コースではなく。 ④教育課程は、学校での教育実習を含む。 ⑤語学コースは、-年間の海外研修を奨励する。 ⑥社会事業コースは、職業紹介を含む。社会人入学:21才以上の学生の場合、仕事による資格や経験を考慮にいれる。経験や資格が受け入れられるか調べる。 コースの構成:必ずしも全てのコースは、講義室や実験室で行われていない。 中間コース:多くの自然科学や他のコースでは、仕事の体験の期間を含む。 Full or part-time:多くはfull-timeコースをとるが、以下のような場合はpart-timestudyを取ってもよい。 ①やめられない仕事がある場合。 ②扶養する家族がいる場合。 ③マイペースで勉強して、融通性を望む場合、等。  Open University:もし、part-timeで勉強したいなら、Open Universityで学ぶこともできる。  夕方や週末に、個人指導時間やセミナーの予定表を組むことができる。講義はテレビやテープを使う。  大学は障害学生の学習についての長い歴史があり、そのサポートシステムは優れている。 Teaching Method:指導は次の様な方法で行われる。 ①講義はフォーマルな授業。 ②セミナーは、より少ないグループで、ディスカッションを中心にする。(学生が話題提供して、教師が進行役をつとめる) ③個人指導は、少人数で教師と共にディスカッションをする。(1-2名の時もある) ④体験学習又は、実験室の演習、等。 評価:次の様な方法で行う。 ①継続的評価(授業態度)②学期や学年末のテスト ③論文⑳口頭試験⑤体験学習の演習評価点、等。  サポート機関:大学内に障害学生を専門に世話する人がいるか、又は、頻繁に治療を必要とする場合治療センターがあるか。更に、大学は障害学生を受け入れる用意があるか。  例えば、①ブライユ式点字②ボランティアの読書サービス、難読症のサポート③手話通訳グループ④建物間のキャンパス・ミニバス、等。このような便宜が受けられない時、又は、学校案内の中に求める答えが得らられない時は、大学に手紙を書くか電話すること。 5.どの様なサポートが可能か。 (1)視覚障害の場合 ①ブライユ点字、大きな文字、テープ等の教材 ②テープレコーダー ③筆記者 ④講義で使われる教材の説明 ⑤閉回路テレビ、及び、スピーチ・シンセサイザーやブライユ点字、ノートテーカー、リーディングマシーン付のコンピューター等の設備 ⑥サポート情報機器を置く広いスペース ⑦図書室のパーソナル・スペース ⑧充分な採光 ⑨図書の長期貸し出し、コピー機の配慮等である。 (2)聴覚障害の場合 ①ろうの教師も含めた個人指導 ②手話通訳者、ノートテーカー ③通訳者の活躍する時間を調節 ④充分な採光 ⑤講義室、セミナー室でのループシステム ⑥無線のマイクロホン・システム ⑦テープレコーダー、コピー・タイピスト ⑧教師と学生のためのパソコンの)テストのために特別に時間を配慮する ⑨フラッシュライト火災警報⑪教室のフラッシュライトの付いたドアベル ⑩コミュニケーションのある授業、他の学生、先生と、ろう者のわかりあえる授業、等である。 6.Doncaster College for the Deafの場合  この大学は、国内外の16才以上の、ろう者・聴覚障害者のための教育と訓練のためのセンターである。  大学は広く、よく整った指導と訓練の設備を備えている。教育環境は、高い訓練の水準にかなうように設計されている。  英語・数学の科目はもちろん、次のような職業コースもある。応用工芸、実業教育、及び、事務、デザイン建築技術、自動車工学、調理師、公共の仕事、スポーツレクリエーション等、学生は、BTEC, CGLI, RSA, NVQGNVQ, GCSE, GCE' A/S'と、Aレベルの国家資格を目指して勉強している。  学生に実務経験をさせて、個人のニーズに合わせた職業指導を重視している。専門家がトータル・コミュニケーションを通して、学問と職業とカウンセリングの専門的技術を指導している。  学生一人一人の技術とニーズに合った住居を、広範囲に川意している。スポーツや社会的なレクリエーション施設も用意している。 7.The Nottingham Trent Universityの場合 7.1障害者へのスペシャル・サポート (1)入学時の手続き:障害学生のアクセスや施設に関する質問は、電話、ミニコムや手紙を出すことを奨励している。大学は障害をもつ応募者が必要としているサポート及び、施設を検討するために来校を勧め、その話し合いは、例え面接試験と同じ日であっても別に行われる。 (2)視覚障害者:RNIBと工学の専門家が協力して、視覚障害者のための、図書館へのアクセスを提供している。また、地方自治体の社会福祉チームと盲協会が協力して、学生のために移動訓練と資全について助言している。 (3)聴覚障害者:手話通訳者、ノートテーカー、設備のアドバイスなどのサポートは、聴覚障害学生のためのDerbyshireサービスで行なわれている。このサービスは、障害学生支給全から、概ね、まかなわれている。 (4)難読症者:難読症サポート・グループは学生協会で会議をもつ。属性評価とサポートは、学生介助サービスがとり行う。地方には、熱意ある難読症協会もある。 (5)試験:特別な評価が必要であれば、個別に行なう。試験の時は、リーダー、筆記者、大文字の試験用紙を準備している。 8.Martin Barrett君へのサポートの状況。  Coventry Universityで、美術をBA(Bachelor of Arts)学士を取るために、全日制で勉強している。私はまったく聞こえなく、第一言語はBritish Sign Languageです。 (1)ろう難聴学生サービスについて。  個人指導、セミナー、講義のコミュニケーション・サポートをしてくれる。私はCSW(Communication Support Worker)の助けをかりて、他の学生と話をしたり情報を集めたり、文書をビデオの手話に変えたりしてもらう。私が手話で示すセミナーの提出物を、準備するのを助けてくれる。また、手話の論文をビデオで提出して、それを文字に変えてもらう。また、私はLEAからの障害学生支給金で、資金援助も受けている。 (2)Language Barriersについて。  私は通訳なしではコミュニケーションが難しい、例えば、アトリエでは健聴学生が絵を描きながらグループで話し合っている。しかし、私からその話しに参加できるのは、通訳者(CSW)が、他の学生の作品や、私の作品について話してくれる時だけです。教師は通訳を通しての話に慣れて、とても助けになります。学生にも話しが理解できる人がいます。  私のろうの状態は、手話通訳なしではコミュニケーションが難しく、健聴学生と学生クラブに行くが、細かい話し合いはできない。それで週に1回、手話のできる、ろうの友人とプールで遊んだり、時々、映画にも行く。 (3)理解度の発展。  私は、このコースで特に風景画を描くことが楽しい。最初は、作品が理解できなかった。私達は感動と動きを猫かなければならない。そして、その作品を皆に見せ、考えと技法を説明しなければならない。少しづつ作品を見て説明を聞いているうち、考えが自分で理解できるようになり、自分の作品に自信がもてるようになった。  今、私は2年目で、今年はずっと状況が良くなっていると思う。その理由は、多くの健聴学生が、私とコミュニケーションをするように、協力的になってくれることによる。しかし私が、この大学で学んだことで、私白身に自信がもてたという事にもよると思う。  あとがき:今回の視察の感想として、聴覚障害者教育には、基本的には、残された聴能をできるだけ活用し、手話・情報機器など多様な手法を併用して、能力に応じた個別対応が、有効であると再認識した。  日本でも聴覚障害レベルと情報支援の関係の研究や、教育方法の開発を進め、限ぎられていた一般大学への進学コースの選択の幅を広げる必要がある。  今後、手話や情報機器の保障された、「日本型サポートシステム」の確立の一助になる、国内外の状況や資料を調査したい。  尚、スウェーデンでは、現地の松本 ゆきこ氏に通訳して頂いた。また、イギリスは、ロンドン留学中の橋本 紅に通訳を依頼、文献の翻訳は、元松戸市立中学校教諭橋本 映世の諸氏に協力して頂いた。付記して感謝します。 文献: 文1 Deaf and Hard of Hearing People RNID February 1997 文2 GREENWICH CENTER(South London Area) 文3 The National Deaf Childrens Society(NDCS) 文4 Higher Education and Disability 1997 図1 The British Fingerspelling Alphabet Auditory Difficulties Student Support System in Sweden and England Tomokatsu HASHIMOTO Professor of Architectural Engineering Course Tsukuba College of Technology Summary Study Visit for Support System for the Deaf in Sweden and England In order to find out what should be support system for the deaf in Japanese universities, we visited Sweden having stipulated by laws for the first time in the world that the first language for deaf persons is the sign language. I summarized main points of the results and Japanese study themes. 1-1. Builguinskolan (Orebro Senior High School) Builguinskolan is a school (senior high school) set up as an annex to a common school. At present, the number of students is approximately 1,650, and the professional education has been developed in six courses. For students gathered from all the country far from families, there are four kinds of accommodation: Family Home, Group Accommodation, Student Home and Independent Flats. Besides, attention have been given also in the hardware sphere for auditory difficulties students such as character type telephone, TV information system, CD-ROMs for sign language learning, etc. 1-2. Auditory Difficulties Student Support in Orebro University Orebro University has accepted and supported auditory difficulties students in a leading way even in Sweden. At the present time, among approximately 95 difficulties students studying in the university, auditory difficulties students are approximately 60. Among them some 10 students have received the support of sign language interpretation. Besides, supports like extension in test hour, rewriting in braille, note take, writing supplement, etc. have been received. It was a surprise that the supports to such an extent have been burdened only by 2.5 supporter's hands. 1-3. Auditory Difficulties Student Support System of Stockholm University Through the inspection of Stockholm University which plays a leading role of study and practice of sign language, we questioned interested parties of the University as to the overall figure of the auditory difficulties student support system. The summary is as follows: In 1972, the study of sign language method was started in the university. In 1981, the sign language was recognized by the law. In 1982, the sign language method constituted an independent faculty, and in 1990, lessons were carried out. The university education was positioned in the lifetime education, and it is possible to matriculate again in the university even at any point of time in the life and graduate even spending how many years if taken the specified units. 2-1. English Communication Support System We heard the outline of organization and administration at the head office of RNID in London, and visited courses of sign language in Greenwich Center aiming at adults. Besides, we received the explanation on the organization at NDCS for preschool pupils and exhibition of information units. In England, they have been administered by the cotributions and volunteers. As for service, consultation, education, training, demand of sign language, exhibition and introduction of information units, circulation bus service, etc. for preschool pupils and adults have been carried out, being a support system of civil initiative type.