スウェーデンの聴覚障害学生サポートシステム 筑波技術短期大学建築工学科教授 橋本 公克 要旨:手話の研究と実践の先進的役割を果たしている、ストックホルム大学とオレブロ大学の視察を通して、スウェーデンの聴覚障害学生サポートシステムについて、大学の関係者に伺った。1972年、大学で手話法の研究が開始され、1981年に法律で手話が認められた。1982年、手話法が独立した学科となり、1990年、授業が開始された。大学教育が生涯教育の中で位置づけられ、人生のどの時点においても大学に入り直し、所定の単位を取れば何年かけても卒業可能である。 キーワード:聴覚障害者、難聴者、ろう者、手話、サポートシステム はじめに:日常、聴覚障害学生と接し“円滑なコミュニケーションの必要性とその難しさ”を感じている者として、かねてより北欧の福祉、とりわけ聴覚障害者への支援体制について知りたいと感じていた。  1998年3月、聴覚障害学生、健聴学生、聴覚障害児の親、ろう学校教師、短大教官などのグループによって、(1)手話の研究と実践の先進的な役割を果たしているスウェーデンの教育システムを視察した。更に、(2)個人的にイギリスの聴覚障害者支援の状況を視察して、サポートシステムについて、関係者に伺うことができた。  資料の翻訳文も入れ、視察の成果を以下にまとめた。 1.スウェーデンの教育の状況  義務教育から大学まで教育費は無料である。但し、授業料の必要な私立は例外で、全体の1%に過ぎない。  64歳以下なら、どこの大学でも学ぶ権利がある。また、大学も高校も入試はなく、内申書によって入学が決まる。在籍年数も自由なため、留学して戻ることもできる。 1.1手話の確立  1960年代は聴覚の活用と口話法が重視されたが、約30年位前、ろう者自身から手話を使いたいという要求が上がった。そこで、スウェーデン語に適応した手話が考えられ、教職員もそれを一斉に使った。がしかし、相互にうまく作用しなかったと言われる。  1970年代に入ると補聴器の活用と手話が補助手段として用いられた。また、手話の研究も始まった。  1981年、世界で初めて、ろう者の第一言語は手話であることが法律で定められた。このことは”話すこと”が第一言語の「手話」で、”読むこと”と”書くこと”が第二言語の「スウェーデン語」となる。  これによって、ろう者は手話通訳を得る権利を獲得した。また、この頃より、ろう者への社会的認識、新聞、TV等マスメディアの対応が変わった。また、1983年から、ろう学校で手話による教育が始まり、高校には手話の科目が選択科目の一つとして設けられた。  職場では、就業時間内に、無料で、ろう者の一番近い存在の人が手話を学ぶ権利を得た。  スウェーデンには、全人口880万人に対して、400~500人の手話通訳者がいるが、これでも不足している。  ろう者のコニュニケーションの方法について、いつも議論の的である。かっては、手話を使う事はなかった難聴者も手話を習って成果を上げている、と言われる。  国際ろう者会議では、ろう者の第一言語は手話法と決議された。 1.2就学前学校 ①聴覚障害を発見した時点から、26の行政単位(日本の県に当たる)ランスティンゲット(医療保健機関)が支援を開始している。  子供に聴覚障害を認めた時から、聴覚障害児をもつ健聴の両親がそこに入るための支援が始まる。1年間は週一回手話の教師が家庭訪問し、親子に手話の指導に当る。 ②義務教育は無料であるが、1~5歳対象の就学前学校では、収入に応じた負担が求められる。 ストックホルム市内には、ろう児、難聴児の就学前学校は8箇所あって、定員は80名である。  就学前学校に入学する場合、全ての親は、障害の有無に関わらず、2~3週間常時、就学前学校に子供と一緒に通って観察することができる。  聴覚に障害を持つ子供は、就学前学校に通い、手話を自然に習得できる環境に置かれるよう配慮される。 ③スウェーデンでは夫婦の子供という認識があり、母親のみに負担がかかることはない。12歳までの子供が病気になると、親には仕事を休む権利があり、また、手話を学ぶため、職場を休むこともできる。 1.3ろう学校 ①1983年から、ろう学校で手話による教育が始まった。1992年、286のコミューン(自治体)が学校に責任を持つようになった。サポートの責任はコミューンが持ち国からの決まった補助金はない。8校の国立特殊学校は、将来、コミューンに移管される。  98%の視覚障害児が統合教育を受ける状況とは対照的に、5校のろう学校には、500名のろう児が学ぶ。ろう学校における義務教育は通常の9年より長い10年間であり、全教職員は手話ができると言われる。  ストックホルム市内には、465人の聴覚障害児がおり、難聴児167人は難聴学級をもつ基礎学校と高校であるアルビックスクーランで、ろう児140人は通学制の基礎学校マニラスクーランで、300人の難聴児は地域の普通学校へルムスクーラン(ホームスクール)でそれぞれ学び、補聴器不使用の難聴児624人は統合教育を受け、その他、13人の旨ろう重複障害児がいる。  ろう学校は、義務教育段階のみなので、マニラスクーランの卒業生は、オレブロの聴覚障害学級のある高校ビルギンスカスクーラン等に進学する者が多い。オレブロには、寄宿制のろう学校ビルギッタスクーランもある。5校のろう学校には、知識センターが設置され、外部の機関や学校と連携協力して、開かれた支援をしている。 1.4大学  スウェーデンの全38大学には、障害学生カウンセラーがいて必要な支援を行っている。  ストックホルム大学では、1972年から手話の研究が始まり、10年後、手話法の部門が設置され、1990年から手話法の教授の下、手話の授業が開始された。  手話通訳は2人1組で、20分交代で行う。大学関係の専任手話通訳は100人位いるが、更に、900人位は必要な状況である。手話通訳者は、週35~40時間の勤務時間中、手話通訳を15~20時間行い、残りの20時間は準備学習に当ている。  ノートテークは健聴の学生に依頼され、1時間40クローネが謝金として支払われる。  オレブロの通訳センターには、国民学校で2年間の手話教育をうけた50人の手話通訳者がいる。勤務時間は週40時間で残業もある。手話通訳が必要な場合、1週間前までに予約するのが原則であるが、救急のため1人の手話通訳者は24時間常時待機している。  聴覚障害者の大学進学率は10%と、健聴者に比較すると少ない。 2.ストックホルム大学 2.1大学の概要  創京:1878年、公立大学として設立、物理・化学の授業が行われた。ストックホルムの街中にあったが、1960年、フレスカテイ(地名)に移転し、当時不評だったキャンパスも、現在では水と緑豊かな環境は、学生や教職員に大変気に入られ、今日の大学としての体制が終った。  全敷地242,032㎡,フレスカテイー180,923㎡。  学部:法学、社会学、文学、自然科学の4学部約80の教科があり、約800のコースの中から選択、25のスタディ。プログラムがある。  学生数:約35,000人在籍(ろう学生27名在籍。内訳は言語学部20名、他の学部7人)。法学12%、社会学45%、文学34%、自然科学9%。25才以上50%、約1,900人の研究生の内46%が女性。学位取得者の60%が男性。  教職員:学長以下、教職員4,000人(約3,500人が教師)、教授の7%が女性。  学期:1学期(8月中旬~1月中旬)2学期(1月中旬~6月中旬)。6月~8月の夏休み中に夏期大学が開かれ、医学専門学校・工科大学等、他大学の学生も来る  単位:1学期20週間単位でコースが設定されている。1ポイント/1週間。20ポイント/1学期。1年間に40ポイント必要。  学位:スタディプログラムか自分で選択する学科コースのどちらかを選択する。コースは基礎・中級・上級・専攻と4段階に分かれている。1コース20ポイント。前の段階で合格すると、次の段階に進む。学位を得るためには、決められた規準によってコースを選択し、120ポイント必要。専門科目60ポイントを含むこと。 ①一般学位(ジェネラル・デイグリー):Diploma80ポイント(2年間)。Bachelor(学士)120ポイント(3年間)。Master(修士)160ポイント(4年間) ②専門学位(プロフェッショナル・デイグリー):ソーシャルワークのBachelor of Science(学士)140ポイント。法科のMaster(修士)180ポイント。心理学のMaster of Science(修士)200ポイント。  在籍:スウェーデンでは大学に入るのも自由、在籍年数も自由、また、戻って来ることもできる。卒業に必要なポイントの積み重ね式である。  なお、大学・高校共、入学試験はない、内申書のみで入学できる。総合制高校の3年ないし4年コースの受験者の内、約1/4が大学に進学。高校の全教科の成績の平均+特定の経験(労働とか奉仕活動)で評価される。 図書館:250万冊、他大学の学生の利用も可能。 予算:19億クローネ(人件費が約60%)(1995年パンフレットより)基礎教育(34%)、大学院教育(37%)、契約指導その他(24%)(割当て、自然科学44%、社会学31%、文学20%、法学5%)。 2.2手話法の研究  発足:1972年、大学で手話法の研究開始。1981年、手話を、ろう者の第一言語に制定。1982年、手話法が独立した学科になる。1990年、教授の下に授業が行われた。  職員:教授を含む8人の教師と1人の秘書、計9人。  教育:二つのタイプの教育が行われている。 (1)ろう者のための教育は、80ポイントの基礎勉強する。  ろう学生は特別なグループをつくって手話のできる教師の下で、手話の教育を受けている。第一言語が手話法、第二言語がスウェーデン語で教育される。1学期20ポイント勉強して終える人もいるが、更に、手話法を学んで60ポイント取ると手話法の教師になれる。更に、進んで学士を取る人もいる。ろう学校の教師になるカリキュラムもある。また、教科選択が1名でも、手話通訳がつく。 (2)健聴者のための手話法の教育は非常に人気がある。  大学での通訳の資格:このコースに入るには手話ができ、手話通訳の経験があること。 ①言語学、(一般的な言語学、スウェーデン語、及び手話法等である。) ②大学のシステム ③大学での実習(通訳のやり方、通訳上のルール、エチケット等、ろう者のために、どのような通訳が最善かについて学ぶ)。以前、60ポイント、今は40ポイントで通訳や、ろう学校の教師等になれる。手話通訳士の資格について検定とか資格試験はない。大学では職員13名が、通訳として活躍している。 2.3ろう者教育について  昔はスウェーデンでも手話は禁止され、口話法であった。しかし、バイリンガル教育により、ろうの子供達は早くから手話を学ぶため、子供も両親も手話ができるようになった。バイリンガル教育を行うことで、第1に手話法、第2にスウェーデン語を行い、また、手話法が改良され、さらに一層上手になり効果が上がった。  1981年、手話法が制定ざれ第1国語となり、ろう者の援助は手話が鉄則であり、筆記通訳者の必要は殆どない。必要な時は通訳センターから派遣される。  大学を希望するろう学生が増加して、手話の必要性が高くなった。また、補聴器はベストではないし、従って、多くの通訳が必要である。  1997年現在、全国の38大学で、障害学生が1,121名いる。(ろう学生57名、盲学生105名、車いす使用学生約700名、その他高校を出ているが読み書き困難な学生が約300名位)。障害学生は一般に学力が低い。しかし、スウェーデン語ができれば、誰でも受け入れる。また、38の大学の内、16の大学で、ろう学生57名、通訳なし70名、在籍している。  ストックホルム大学では、通訳の必要なろう学生8名(ストックホルム大学4人、別の単科大学に4人)通訳の必要としないろう学生35名、難聴学生25名、盲学生15名、アレルギー症・ぜんそく10名、肢体不自由40名、等が在籍している。教師が手話ができるため、45人のろう学生は通訳なしで勉強している。  通訳は職員としてはいないが、通訳センターから必要時に雇う。通訳センターでは約354名活躍している。通訳が不足のため、現在ではまだ希望枝に入学できない。大学関係の通訳として約100名働いているが、あと約900名は必要と言われる。  毎年政府が障害者のための予算を決め、また、すべての大学には障害者のための予算がある。また、1993年7月以降、総合大学・単科大学は組織、カリキュラムに関する責任を与えられている。大学の評議会は、半数は一般社会の関心を代表した外部の有識者、半数は大学当局と学生の意見を代弁する教職員と学生で構成されている。 2.4手話通訳士 2.4.1手話法の教師になるには (1)教師専門大学で手話法の教師の資格をとる。ここには健聴者のための、ろう学校教員養成コースもある。 (2)大学で、ろう者のための教師養成のコースを学習。 2.4.2手話法の教育と職業 (1)この大学の手話コースに入る学生は、カルチャーセンター、高校での選択科目として学んでいる。また、手話を学んだ学生は、この大学で職員として通訳センターで活躍している。 (2)ここの大学で勉強した人はプロの職員として他の大学でも正式に採用される。もしこの大学で勉強していない手話通訳の場合は、正式採用ではなく年間契約で働く。過去10年間、手話法とスウェーデン語を学んだ人は100%就職している。ろう者で現在医師はいないが、ルンド大学医学コースで勉強している者が1名いる。また、ろう者で歯科医師が1名いる。職業の制限は原則的にない。 2.5通訳センターについて(文2) 2.5.1手話法(サイン・ランゲージ)  手話法は、ろう者の問で、いつからともなく使われてきた。自然発生の言葉である。手の形によるコミュニケーションだけでなく、口、まつげ、目の動き、顔の表情は言葉の重要な要素である。 2.5.2手話通訳センター  1980年代には、ろう学生が増え通訳の必要から、手話通訳センターが1987年に創設された、センターは、ストックホルムの高等教育を受ける、すべての学生のために通訳の責任をもつ。(センターのある大学を除く) 2.5.3心にとめておいてほしいこと。  的確な通訳をするためにも、学生と同じ文献を読むことによって、話される内容を、あらかじめ準備できる事がとても重要である。写真、OHP等、授業準備のため通訳する2~3日前までに、資料を入手したい。 2.6ストックホルム大学のサポートシステム(文1)  大学では、次のようなサポートが行われている。 (1)ノートテイク:学生が講義のノートテイクを誰かに手伝ってもらうこと。普通、学生が自分で仲間と協力してノートをまとめる。障害のある学生のアドバイザーや一般学生のアドバイザーが援助者を紹介する。 (2)朗読援助:誰かに教科書を朗読録音してもらう。たいてい要約か100ページ以下の本である。学生は普通、自分の朗読者がいて、必要なら障害学生のためのアドバイザーが手伝う。 (3)手話法:ろう学生に対するサービスは、大学の手話通訳の団体が管理しており、地域に通訳者を送っている。 (4)個人的援助:移動や日常生活の介助は、個人的援助で進められる。殆どの学生は、自分の援助者を好み自分で雇う。障害学生のアドバイザーは経済的な面を取り扱い、要求されればアシスタントを探してあげる。 (5)個人授業:障害学生は必要な時、個人教授を受けることができる。教師の費用は、大学の障害者用補助金から支払われる。 (6)キャンパス・アシスタント:大学では、障害学生に対してキャンパス・アシスタントを2人付けている。病人用車の乗り降りの介助から、キャンパスの回りのエスコート、入学時の会場の案内、食堂やトイレまで、あらゆることでお手伝いする。このサービスは補助令ではなく、大学の通常経費から支払われる。 (7)コンピュータ等の設備付き特別室:装置化された特別室があり、一つは個人指導とセミナーに使われている。 6台のパソコンの内、2台のPCとApple Macintosh1台のパソコンはインターネットで接続されている。 (8)時間延長テストと代わりのテスト:テストは教師と障害学生と相談の後、別な形でテストを受けるか、または、テストの延長を認められる。最後の決定は、試験教官がきめる。延長テストは他の学生の受ける時間より少し長めに、かわりのテストは記述式の代わりに、他の学生がいない時、口頭にするか、パソコン使用が許される。 写真1 ストックホルム大学:概要説明に、熱心な質疑が行われた。 写真2 コース別に識別された学生用掲示板、色彩豊かな情報誌。 写真3 動線に接した開放的なコミュニケーション・コーナー。 図1 Svenska Hand Alfabetet 3.オレブロ大学 3.1大学の概要 創立:1977年、オレブロ大学は市内にあった教養系大学と教員養成系大学が合併する形で開学した。 学生数:学部生約10,500名、院生約120名に加え、海外からの留学生も多数受入れている。 教官:スタッフは約700名、その30%(教育学科及び、社会学科においては50%)以上が博士号取得者である。 学科:職業課程や教養課程が入り交じった多数の教育コースで構成されており、特殊教育学コースを含む教員養成系の教育学科(education)をはじめ、言語学や歴史・コニュニケーションについて学ぶ人間学科(humanities)、心理学・法科学・社会学・政治学など社会に関する幅広い知識を身につける社会関係学科(pubulicrelation)、コンピュータ技師になるための職業課程である情報処理学科(technology and science)など、合計九つの学科が開設されている。 3.2障害学生に対するサポートの概要 3.2.1:障害学生サポート  現在、大学に学ぶ障害学生の数は約95名であり、その障害の種類は聴覚障害の他、視覚障害、肢体不自由、学習障害、及びこれらの重複障害など多岐にわたる。  職員が行うサポートの内容は、試験時間の延長、点訳、手話通訳、ノートティク、筆記補助などさまざまで、相談に来る学生に対し、提供できる限りのことを、2.5名のコーディネーターでサポートしている。 3.2.2ろう学生に対するサポート  前述の障害学生約95名のうち、聴覚に障害のある学唯は約60名である。このうち20名が難聴であり、30名が手話で授業が進められる手話コースに所属している。そのため、一般の健聴学生と同じ講義に手話通訳サービスを受けて参加している学生は10名程と少ない。  これらの学生は、教育学科、情報処理学科、音楽教育学科などにそれぞれ1~2名づつ所属しており、うち1名が視覚・聴覚の重複障害を持つ学生である。  ろう学生に対するサポートも、上記の職員によりコーディネートされ、手話通訳やノートテイク、また、難聴学生には補調システム等のサービスが提供されている。  コーディネーターの役割は、大学と機関あるいは、人をつなぐ事である。手話通訳が必要であれば、通訳センターと連絡をとる。ノートテイクが必要であれば、学化を募集して手当てを予算化する。そうした事の積み重ねさえあれば、このようなサポートは実現できる。 3.3手話通訳サービス  手話通訳者は10名おり、市内にある通訳センターとの契約により派遣されてきている。オレブロ地区には、聴覚障害に関する施設が多く、それを求めて多くの聴覚障害者が転居してくる。そのため手話通訳への要望も高い。通訳センターには教育、医療、日常の色々な場面に応じた専門の手話通訳者が用意されている、大学に対してもセンターの管理のもとで派遣した方が都合がよいということで、大学では手話通訳者を、あえて専任職員として雇用していない。  また、手話通訳は心身に負担のかかる仕事なので、入学の講義では通常2人1組で派遣され、交代で通訳に当っている。フルタイムに雇用されている手話通訳者であっても、健康を維持するため、実際に手話通訳を行うのは1週間15~20時間と規定されており、残りの時間は通訳のための準備学習を行っている。 3.4ろう学生サポートにおける問題点と改善  数年前、支援サービスの改善のために行ったアンケート調査の結果、二つの問題点が指摘された。①サポートを受けている学生であっても、多くの者が健聴学生と同じクラスで授業を受ける時に、孤独感や疎外感を感じている。②教科書なしの講義形式で進められる大学の専門教育についていけず、さまざまな悩みを持っている。  これらに対する改善のための取り組みとして、前者はできるだけ、ろう学生が同じクラスに配置されるよう調整すること。後者は高校段階で手話の必要な学生と難聴学生のグループを、入学前に2週間位、体験入学を行い講義に参加したり、先輩のろう学生と交流を計っている。開始以来、大変好評を得ているとの話であった。 3.5手話学の講義  オレブロ大学では、手話や手話通訳に関する講義も多く開設されている。ろう学生の中には、手話教授法を学び手話の教師になりたいとする者も多い。また、手話通訳を目指す健聴学生も、多数在籍している。  「手話の基礎」は、20ポイントの講義であり、はじめに一般の言語学に関する概説(2ポイント)、次いで手話言語学(15ポイント)、更に、バイリンガリズム(3ポイント)といった内容の授業を手話で行う。 3.6ろう学生の授業を受けての感想  健聴の学生と同じクラスで、手話通訳によるサービスを受けながら授業をうけていた、3名のろう学生に話を聞いた。その内の一人、将来コンピューター技師になりたいというY君(23才)は、入学当初はクラスの友人に迷惑を掛けるのが嫌いで、手話通訳を見ながら自分でノートを取っていたが、それでは授業について行くことが困難なため、コーディネーターに相談をして友人にノートテイクを頼むようになった経緯を話してくれた。やはり健聴学生が多数のクラスで生じる孤独感などの問題については、完全には解消されていないようだ。 3.7オレブロ大学留学生の月額経費の概算(97~98年) ①宿泊:1,774 ②食費: 学食(週5日昼食) 720 週末、寮での昼食 290 キャンパスでのコーヒー(週5回) 90 寮での夕食30日(1回50SEK) 1,100 学科の印刷物 800 テレビ、新聞、電話 400 医療費、その他 200 趣味、娯楽 800 バイク借り賃 60 枕借り賃 30 月額小計(宿泊+食費) 6,264SEK ③その他: ・電話を持つ場合(SEK) 電話の保証金 1,000 26才以下の初回金 500 26才以上の初回金 975 1カ月の費用 約110 (これに25%の税金がかかる) ・必要経費(SEK) 学生の家賃の保証金 500 最初6週間の家賃 約2,500 Student Unionの入会金 約180 (法律により、大学生は全てStudent Unionに加入) ・選択できる経費(SEK) 掛けぶとんと枕(1学期) 150 オートバイ(or自転車)の借用料(1学期) 300 電話の保証金 1,000 オリエンテーション・プログラム 500 ・食料品の単価(SEK) ミルク1K 6.25 小麦粉2K 9.9 オレンジジュース1K 8.90 さとう2K 22.9 チーズ1k 40-70 スパゲッティー1K 13.0 コーヒー1/2 20 ポテト1k 5.0 バター1/2k 20 たまご6こ 10.0 パン1loaf10-15 たばこ1はこ 35.0 (但し、1998年3月1クローネ=17円)  あとがき:スウェーデンは、1970年代初めから手話法の学問的研究と、ろう者自身の熱い運動の中から、81年には手話法を法制化し、国・自治体・大学など、官主導型の財政的支援とサポートのシステムが確立していると伺った。 文1 THE GOAL IS FOR EVERYBODY TO TAKE PART A Report on the Situation of Disabled Students at Stockholm University by H.Y. Kim 18-Mar-l997 文2 Pamphlet of Stockholm University 文3 Information Package-University of Orebro 写真4 オレブロ大学:手話での授業の1コマ。 写真5 オレブロ大学:スウェーデン語通訳者、スウェーデン語手話通訳者、及び日本語手話通訳者を介して話す、ろう学生。(左から3人目、Y君23才) 写真6 寄宿制ろう学校、ビルギッタ・スクーラン(オレブロ):クラス・ルーム難聴者に対しては残存聴覚活用、ろう児に対しては手話法を用いて教育。クラスの割合は手話が75%,スウェーデン語が25%,の割合となっている。 写真7 ビルギンスカ・スクーラン(オレブロ高校):リアルタイムで会話ができる文字電話。