ドイツと英国の視覚障害者教育施設を訪ねて - Baum 社、VzFB、RNIB - 情報処理学科 宮川正弘 要旨:ドイツのBaum 社,Karlsruhe 大学、VzFB (Hannover) および英国のRNIB ロンドン本部研究部とLoughbourough市にあるVocational College (VC)を訪ねたので、これらの組織の活動を紹介すると共に、視覚障害者の教育と職業自立について考えたことを記した。卒業生の就職・進路からみると、本学と時期を同じくして創設されたVCは本学視覚部とは異なる性格の教育組織(盲学校高等部相当)であるとおもわれる。 キーワード:視覚障害保障,視覚障害者教育 1.はじめに 1995年の秋、視覚障害補償機器を開発している会社に就職した1期生のR君が学科に遊びにきて、私は今この機械を使っていますと見せてくれたのがBaum 社のDavid という(点字)ピン表示機(pin-display)であった。ノートパソコンを大型にした大きさのそれは点字40文字のピン表示と6点の入力キーを備えて使い勝手が良さそうであった。(当時も今も学科で使っているピン表示機はパソコンに接続して、パソコンを通して駆動する。 一方、David はパソコンと一体となっていた。)Windows3.1 が発表され、視覚障害者のWindows 利用が悲観的に語られていた同じころ、渋谷の国連大学で「コンピュータと共生」という題で行われたシンポジュームでBaum社の技術者が自社の開発中のWindows95対応読み上げソフトVirgoについて講演した[1]。Baum とは何としっかりした製品を作れる会社なのだろうと思った(大会社を想像した)。今回念願のBaum社を訪れて、その開発が古城の中で10 名足らずのチームで行われていることを知り驚いた。Baum は斯界では世界企業であるがどのような貢献をつづけられるのか。あるいは消えていく運命にあるのかわからない。 2.ドイツの教育施設 2.1 Baum Elektronik GmbH 所在地がSchiloss Langenzell とあるBaum 社はその名のとおりおとぎばなしのようなお城の中にあった。巨大なマロニエの老木、水草の茂った池、ドイツの5月の空気の中の尖塔をいただいた古城は、情報機器メーカー本社としては目を疑わんばかりの夢のような光景である。 教育者であった現社長Baum氏が1980に創立し、1989 から自社ブランド製品を製造しているBaum 社の本部は開発3名、マニュアル作成など3名、その他3名の全部で10名足らずの小世帯である(販売部門その他があっても大企業とはいえないだろう)。すばらしい貢献は主任技師のStigmu¨ller 氏個人の功績によるところが大きい。 David は1996年まで出荷台数600 台という。日本のVDS社の読み上げソフトの販売台数が約2,000と聞いたことと比べると、予想以上に少ない。後継機のVARIOはノートパソコンに40 文字の点字表示装置が着脱する小型のものになっている。音声もWindowsの音声を使うことになっており、使いやすそうである。日本のKGS社のピンを使用しており、ピンの単価が41DM=2,800円と聞いた。Vario は6,000 DM=約33万円と高価であるが、学校などへの普及を予定しているという。 点字の打出しはThiel 社のプリンタで行われていた。 また、弱視用画面拡大および点字機器メーカとしてTieman社、Papenmier社、Reinecker社等を挙げていた。 Karlsruhe 大学、Stuttgart 大学ドイツで有数の工学部を持つKarlsruhe大学[3]には、視覚障害者のグループ(少数)が組織されて、教育を受けている。このグループは本年に開かれる国際会議ICCHP 2000 の開催を担当しているので、意見交換を期待していたが、あいにくとドイツ全土はPfingsten (聖霊降誕祭)の3連休祭日と重なり、やっと約束を取り付けて、大学に行って待っていたものの、Prof. J. Klaus のグループの人と会うことは出来なかった。 独自8 点式の数式を含む点字体系を発表しているStuttgart 大学のDr W. Schweikhard とも、結局会うことが出来なかった。両グループとの今後の交流を期待したい。 2.2 VzFB Hannover にあるVzFB (Verein zur Fo¨rderung den Blindenbildung, 英訳名Association for the Advancement of Education for the Blind) を訪ねる。所在地Kirchrohde は中央駅からかなり遠いところにある(U-Bahn の停留所で白杖を持った人を見かけた)。責任者のDr. WolfgangHirsh は不在で秘書の人がてきぱきといろんなセクションを見せてくれた。印象的なのは、やはり翻訳をやるところで、全盲のMr. Martin Klein がメモを見ながら英語で丁寧に説明してくれた。 活動は、点字出版と視覚補償機器の販売(258+10ページのカタログがある)である。運営資金は、後述のRNIBと同じく、売り上げと補助金と寄付である(両組織は似ている)。月に2回点字のStern/ZEIT 盲人新聞を出している(写真)。創立120 年を記念したパンフレットによると、1876年7月27日に第2回全欧盲者のための教員会議(Dresden)で創立とあり、慈善事業団体(charitable institution) としては世界最古とある。歴史を見ると、Neukloster/Mecklenburg からBerlin-Steglitz(1883)それから現在のHannover (1899)に移転している。1895 年に両面行間点字印刷のための金属板を製作する機械(Marburg/Lahn[2]のBlista から発売)の発明はここの技師によるとされている。 VzFBにおける点字新聞の打出し(写真) 3.英国RNIB(Royal National Institute for the Blind) 3. 1 RNIB研究部 London のRNIB 研究部のDr J. Gill と会うことが出来、活動の状況を聞くことが出来た。研究部は実質彼一人で、EU の委員会などを通して視覚障害者の為のuniversal design 規格を提案したり、種々の広報活動を精力的に行っている。RNIB の展示室には10台以上弱視者用拡大読書機(CCT)が置かれれていた。近くの別室で盲導犬をつれた全盲の人がパソコンに向かっていた。銀行での就業を支援する為に特注したというUnix を音声で使えるように特別に製作したUnix 端末を見かけた。実際に実施した人々がこのプロジェクトをどのように評価したかは興味が持たれる(詳細は調べなかった)。 3. 2 RNIB Vocational College (VC) ロンドンから鉄道で1.5時間のラフバラ市(Loughborough)にあるRNIB Vocational College (VC) は本学視覚部と似た目的をもってほとんど同時(1988)に創設された学校で参考になると聞かされていた。短大の創設期にここを訪ねられた先生方もある(お互いに卒業生は出ていない時期であろう)。その後の目立った交流はない。 VC は筑波技術短大とは大分違う教育組織である。VCには成人コースと(中卒)学齢コースがある。したがって、教育組織としては盲学校高等部に近いと思われる(盲学校高等部に相当する教育機関が英国全土に他にどのように組織されているかは聞くことが出来なかった)。 学齢(16-18才)コースFurther Education(FE)は2年間、成人コースTrainingfor Work(TW)は1年間が標準である。FE の教育課程は次の4 つである。 1. 一般(Foundation programme)、2. 職場訓練(Vocational qualifications)、3. 経営情報(事務)(Administration NVQ)、 4. 情報(InformationTechnology NVQ)。ここでのNVQ(National Vovcational Qualification)資格の実態(日本の高卒程度なのかなど)については調べることが出来なかった。 VC は隣接したLoughborough College (LC)と提携している(表3を参照)。(VC に入学し、LCのコースを取って、Nottingham Trent Univ. のComputing 課程で勉強中の実例がパンフレットにある。)同地域にある英国大学ランキング98校中21位[3]のLoughbough University との関係は不明である。大学入学者もいるということでやはり盲学校高等部に近い組織ではないかと思われる。表1にこれまでの両コースの卒業生数を示す。特に成人コースは減少傾向が見られる。また表2に学齢コースの進路を示す。 表3に今年度(98/99)の学齢コース者(考慮中2名を含む全16 名)の進路を示す(これを見ると本大学視覚部との違いが分かる)。 資格GNVQ の詳細は不明である。NVQ 4 が学卒Degree に相当する。進学先(*印)の専門はBA Sports /Leisure ManagemantとBA Leisure Managementとあるが、この専攻の実態はわからない。 表1:VC の卒業生数(画像) 表2:学齢コース(FE)進路(画像) 表3:学齢コース1998/99 夏卒の進路(画像) 4.おわりに 視覚障害者の高等教育と職業自立のためにさまざまな努力がドイツと英国で行われているのをみた。用いられている機器や技術は大雑把に言えば似たりよったりといえる。有効な機器は世界の(先進国の)どの施設でもすぐに使われるようになる。日本のような経済力と技術力のある国は開発に力を入れるべきであろう。 本報告の一部を助成された日本電気株式会社(NEC)にお礼を申し上げます。 参考文献 [1] Franco Mendieta: The Windows Concept, ACM Computerと共生国際会議、東京、1994(handout). [2] 斎藤玲子:ドイツの最新式点字関連視覚障害者支援機器、筑波技術短期大学テクノレポート, 6, 67-70,1999. [3] 朝日新聞社編:「世界大学ランキング1999- 2000」,朝日新聞社, 1-690, 1999.